166 ルピアと過保護軍団 2
その日の午後、私は厨房に顔を出した。
目覚めて以降、ちょこちょこと厨房に顔を出していたので、料理人たちは慣れた様子で私を出迎えてくれる。
けれど、笑顔で厨房内を見回したところで、私の顔から笑みが消えた。
なぜなら食器棚には、前回来た時になかった白色と紫色のお皿が山積みになっていたからだ。
「……料理長、あれらのお皿は何かしら?」
「さすが王妃陛下、お目が高い! あれらは昨日、新たに配布された新品のお皿になります。今後は新しいお皿を使って料理を供するよう通達があったんです」
嬉しそうに告げてくる料理長を前に、私は困って眉尻を下げる。
「白色のお皿は使いやすそうだけれど、紫色というのは載せる料理を選ぶのじゃないかしら」
「その通りです! 明らかに料理人の腕前を試されていますね。腕が鳴ります!」
料理長はそでをまくり上げると腕を出し、力を示すように折り曲げた。
何て前向きなのかしら。
料理長は本心から喜んでいるようだったので、お皿が新しくなった意図がどんなものだとしても問題ないのでしょうねと、話題を変えることにする。
「今日は久しぶりにクフロスを作ろうと思うの」
「えっ、あれを作るとしたら、3時間はかかりますよ」
「体調はいいから大丈夫よ」
心配そうに見つめてくる料理長に、問題ないわと請け合う。
それから、私はジャガイモを手に取ると、お気に入りの樽の上に腰かけたのだった。
出来上がった料理を持って執務室を訪れると、驚きに満ちた2人の男性に迎えられた。
「ルピア!」
「お、王妃陛下!」
2人はがたがたと音を立てて椅子から立ち上がると、私のもとまで走り寄ってきた。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。それから、私が転ぶことを心配して、ふわふわの絨毯を敷いてくれてありがとう。少しお腹が空いた頃じゃないかと思って、差し入れを持ってきたの」
「えっ、それは料理だよね。まさかルピアの手作りじゃないよね」
フェリクス様は私が差し出した包みを見つめたまま、掠れた声で尋ねてきた。
「ええ、クフロスを作ったの」
だから、温かいうちに食べてちょうだいと続けようとしたけれど、それより早くフェリクス様が大きな声を出した。
「クフロス! ルピア手作りのクフロスだって!? それはこの世で最も美味しく、一度食べたらずっとずっと、その後何年もの間、もう一度食べたいと夢に見続けることになる伝説の食べ物じゃないか!!」
「フェリクス様ったら」
大袈裟ねと苦笑する。
けれど、フェリクス様は私の声が聞こえていないようで、苦悩するように顔を歪めた。
「ぐ……、ぐ……、嬉しいが、どうしようもなく嬉しいが、それでルピアが無理をするのは話が違う……」
「そうでした。王妃陛下は必ずお返しをなさろうという謙虚でお優しいお心をお持ちでした。しかし、これではお返しの方が重過ぎます……」
フェリクス様の隣では、ギルベルト宰相ががくりと床に崩れ落ちた。
いつも以上に大袈裟で酷い対応だわ、と困ってミレナを振り返ると、彼女は馬鹿にしたような顔つきで実の兄を見下ろし、明らかな嫌味を口にした。
「『王妃陛下はお忙しいでしょうから、今後はお控えいただきましても、いっこうに構いません』という言い方と比べると、随分進歩しましたね」
それは以前、私がフェリクス様に手作りの料理を作った時に、ギルベルト宰相から言われた言葉だった。
宰相は記憶力がいいから、過去の自分の発言だと覚えているんじゃないかしら、とちらりと見ると、絶望的な表情を浮かべていた。
「一介の宰相ごときが何と無礼な口をきいたものでしょう! ああ、なぜ私がまだ生きながらえているのか、私は不思議でなりません!!」
ミレナが以前の宰相の腹立たしい態度を忘れられず、ことあるごとに嫌味を言いたくなる気持ちは分かるけど、宰相はフェリクス様以上に大袈裟だから、嫌味を言ったら後が面倒になるのよね。
「それはもちろん、宰相は生きながらえられないような罪を何もおかしていないからよ」
私はにこやかに言葉を返すと、さり気なく話を変えた。
「クフロスはたった今揚げたばかりだから、温かいうちに食べてもらえると嬉しいわ」
「お、王妃陛下の手作りクフロス! 私は今、スターリング王国に生まれた幸運に心から感謝しています!!」
両手を組み合わせ、神に祈るようなポーズを取る宰相に対し、フェリクス様が大きな声で文句を言った。
「おい、待て、ギルベルト! なぜお前がルピアのクフロスを食べる流れになっているんだ! ふわふわの絨毯を敷くというアイディアを出したのは私だ! お前は関係ないだろう!!」
しかし、宰相も負けていないようで、先ほどまでの弱々しい態度はどこへやら、むっとしたように言い返す。
「フェリクス王は指示を出しただけじゃないですか! それを書類にまとめ、予算を捻出し、実行したのは私です!!」
延々と言い合いを続ける2人を見ておかしくなった私は、笑い声を漏らした。
「うふふ、以前、城下町でお肉を取り合って喧嘩をしている男の子たちを見たことがあるの。フェリクス様もギルベルト宰相も大人になったのに、食べ物を取り合って喧嘩をするなんて、どこかに少年心が残っているのでしょうね」
「……ルピア様、とても素敵なご感想ですが、本質を取り違えておられます」
ミレナが顔をしかめて注意してきたので、そうなのかしらともう一度2人を見つめる。
すると、彼らはまだ言い合いをしていたので、私は再度声をかけた。
「あの、よかったら冷める前に食べてもらえないかしら」
大声で言い争っていたにもかかわらず、私の声はちゃんと聞こえたようで、フェリクス様とギルベルト宰相はぱたりと諍いを止めると、さっと自分たちの椅子に座った。
それから、2人はクフロスを掴むと、大きな口を開けてぱくりと噛みついた。
次の瞬間、どちらも片手で口元を押さえると、感激したようなうめき声を漏らす。
けれど、すぐに1個でも多く食べようとばかりに、ばくばく食べ始めた。
「……美味しい! 本当に美味しいよ!!」
「世界で一番美味しいです!!」
「人生で一番美味しい食べ物だ」
「感激であの世に召されそうです」
延々と褒めながら食べ続ける2人を、私はにこにこしながら見守ったのだった。
ちなみに、その日以降、フェリクス様とギルベルト宰相の過保護の度合いは再び常識の範囲内に収まったのだった。