164 フェリクス様の10年分の懺悔 5
「今日はとても調子がいいからたくさん食べられそうだわ」と事前に告げていた夕食の席で、私は目を見開いた。
私の食べられる物、好きな物ばかりが、所狭しとテーブルに並べられていたからだ。
「ルピア、どうした? 君の嫌いな物が交じっていたか?」
フェリクス様が心配そうに尋ねてきたけれど、そんなことがないことは、彼が一番よく分かっているはずだ。
「私は『身代わりの魔女』として、食べられる物が限られているわ。細かく定められているはずなのに、どうやって私が食べられる物を調べたの?」
「君が口にする食材を覚えていただけだ」
何てことかしら。彼は普段の食事の中で、私が食べられる物を自然と覚えていたのだわ。
それから、きっと私の表情も細かに見ていて、どの食材が好きかも把握したのね。
「フェリクス様ったら、大変だったでしょうに、細やかに気を遣ってもらって申し訳ないわ」
素直な気持ちを表すと、フェリクス様は一見、関係がないように見えることを言い出した。
「私の人生で最も感謝すべきことは、君が私を好きになってくれたことだ」
「えっ」
「それだけでなく、君は私のもとに嫁いでくれた。だからね、誰よりも君を大切にして、幸せにすると決めたんだ。毎日の食事はその一環だよ」
まあ、フェリクス様はとても難しいことを簡単なことのようにさらりと言うわ、と困惑していると、彼は「それにね」と言葉を付け足した。
「君が嫁いできた時は、体にもっと肉が付いていた。今なら分かる。君の家族は君に少しでも体力を付けさせたかったんだ。……もしも身代わりになった場合、体がやせ細ってしまうから」
フェリクス様は本当に私のことをよく見ているし、よく考えてくれているわ。
こんなに私のことを想ってくれる人は、きっと他にいないわね。
じんと感動していると、フェリクス様が困ったように眉尻を下げた。
「ルピア、感動してもらっているところ悪いけど、そう感じるべきは私の方だ。君はいつだって、何だって私のために差し出すし、犠牲にしてくれる。そして、多くの場合、それを言葉にもしない。だからね、いつだってもらっているのは私の方だ」
返事ができないでいると、フェリクス様は私に食べるよう促してきた。
それから、お皿の上には既にたくさんの料理が並べられていたのに、私が特に好きなフルーツをさらに盛ってくれた。
「君の食事が少しでも楽しいものになりますように。君が私のために行ってくれた善行を言葉にしないように、君は悲しいことがあっても言葉にしない。だから、私は私で、君が楽しいと思えるように努めるだけだ」
私は以前、フェリクス様に言われた言葉を思い出す。
『君は何事も我慢し、腹の中に負の感情を溜め込むタイプなのだ。……ルピア、腹の中に溜めた感情は、自然に消えてなくなりはしない』
フェリクス様のすごいところは、「そんな性格はよくないから、変えるよう努力しなさい」と決して言わないことだ。
さり気なくそのことで私自身が辛い思いをすると示唆しながらも、その性格でもできるだけ楽しく暮らせるよう、手を回してくれるのだ。
フェリクス様の優しさに感謝しながら、私はそうねと頷いた。
「フェリクス様の言う通り、私は負の感情を呑み込んでしまえるの。悲しいことがあっても、しばらく抱えていると、いつの間にか消えてなくなるのよ」
「ルピア」
フェリクス様が痛ましそうな表情で私を見てきたけれど、そんな彼に私はにこりと微笑む。
「……と思っていたけど、きっとこれまでの私の悲しみは大したものではなかったのだわ。だから、時間とともに薄れて消えてなくなってしまったのよ。けれど、フェリクス様が側妃を迎えると聞いた時は苦しくて、苦しくて、時間が経っても苦しさが消えてくれなかったの」
「ル、ルピア……」
途端にフェリクス様が、あわあわと動揺し始める。
私は手を伸ばすと、彼の手をぎゅっと握った。
「だから、私は気付いたのよ。ああ、フェリクス様は私にとってとても大事な人なのだわと。苦しい気持ちが、私にとってフェリクス様がどれほど大事かを教えてくれたのね」
フェリクス様は溢れる感情を飲み込もうとするように、ごくりと唾を飲み込んだ。
そんな彼をまっすぐ見つめると、私は迷うことなく言い切った。
「悲しい思いも、悲しい時間もきっと無駄ではなかったわ。だから、私が眠っていた10年間は失われた10年ではなく、新たなものを得るための10年だったのだわ」
「ルピア……君は本当に私の女神だな。私が苦しんでいた10年間に新しい答えをくれるなんて。私は君が好きだよ」
そんな風に、やっぱり私への好意の告白で終わってしまったけれど、その日やっと、フェリクス様の10年前語りは終わりを告げたのだった。