【SIDEフェリクス】聖獣キトの城 2
キト様が否定しないということは、肯定を意味しているのだろう。
彼女はルピアとともに生まれてきた聖獣だ。
だから、魔女のための聖獣であるはずなのに、魔女の夫のための聖獣だというのか。
驚愕のあまり言葉を失ったけれど、すぐにそんなはずはないと思い直す。
「いえ、魔女の夫のための聖獣だ、というのは語弊がありますね。キト様はあくまで魔女のための聖獣のはずです。つまり……『魔女のために、魔女の夫に力を貸すことができる聖獣』というのが正確ではないですか?」
「……そちは頭がよいの。さすが魔女に選ばれるだけのことはある」
キト様の言葉を聞いて、やはりそうかと納得する。
同時に、胸の奥底からふつふつと希望が湧いてきた。
私はずっと、ルピアの力になれる方法を探していた。
それがやっと見つかるのかもしれない。
そう考えて嬉しくなっていると、キト様が見せつけるように翼を広げた。
鮮やかなピンク色の羽がふわりと広がり、ああ、聖獣はかくも美しいものかと目を奪われる。
そんな私に向かって、キト様は誇らし気な声を出した。
「元々、『翼』とは私のことだ。見ての通り翼持ちだからな」
その言葉を聞いて、幼い頃から肖像画に描かれた女神の聖獣を目にするたびに抱いていた疑問を思い出す。
『なぜ四足獣である聖獣に、「陽なる翼」という名前が冠してあるのか』、と。
一方のキト様は美しい翼を持っていて、『翼』と名乗るのに相応しい姿形をしていた。
「私は役割を持って生まれてきたが、なかなかその役割を果たすことができなかった。よって、私に代わって役割を果たさせるため、対になる者が生まれた。それが『陽なる翼』だ。おかしな話だが、後から生まれた『陽なる翼』と区別するため、私は『陰なる翼』と呼ばれるようになったのだ」
なるほど、バド様が『陽なる翼』と呼ばれるようになったのは、『翼』であるキト様の対になる者として生まれてきたからなのか。
だからこそ、翼を持ってもいないのに、翼という名前が冠されたのだろう。
キト様の説明に納得できるものを感じながらも、不明な点があったため、教えてほしくて質問する。
「キト様が果たせなかった役割とは何でしょうか?」
答えにくい質問かと思ったが、キト様は気にする様子もなくあっさり答えを口にした。
「そちが言ったように、私は魔女の聖獣だ。魔女が行使する魔法を補助するために存在する。しかし、私のやり方では、それが上手くいかなかったのだ」
ここは間違えてはならないところだと、私は言葉を変えてもう一度キト様に確認する。
「つまり、キト様の方法では、魔女の魔法を上手く補助することができなかった。そのため、直接魔女を補助できるバド様が生まれてきたということですね」
「その通りだ。しかし、バドは力が強過ぎた。あまりに強い聖獣は世界のバランスを崩しかねないから、頻繁には生まれてくることができない。だから、それなりの頻度で生まれてくる私が魔女に助力しなければならないのだが……これまで一度も上手くいったことがないのだ」
明らかに気落ちした様子のキト様を見て、私は少なからず驚きを覚えた。
それから、聖獣というのは己の役割に忠実で、何としてでもその役割を果たそうとするものなのだと学習する。
「キト様は直接魔女を助力するのではなく、魔女の夫に力を貸すことで魔女を助力するのですよね。魔女の夫は魔法や聖獣に慣れていないこともあり、キト様の力を上手く使うことができなかったということですか?」
「……概ねそんなところだ」
曖昧な部分を曖昧なまま終わらせようとするキト様に、私は真剣な表情で食い下がった。
「正確にはどういうことでしょうか?」
「……そちが正確に理解するためには、『身代わりの魔女』の特異性から話をしなければならない」
長い話だから聞くのが面倒だろう、と続けるキト様に、私は「ぜひ教えてください!」と熱心に頼み込んだ。
私はずっとルピアに報いる方法を探していたのだ。
ここで引き下がることなど、できようはずがない。
私の真剣な表情を見たキト様は、奇特な者を見るような表情を浮かべると、考えるように首を傾げる。
「魔女はもともと地域に根差した存在だ。その場所と強くつながることで、その土地に影響を与えることができる。それは天候だったり、環境だったり、土の状態だったり、そういった地域に根差したことだ」
キト様の話によると、昔はそんな風に土地の力を借りることで、小さな奇跡を起こすことができる、『魔女』と呼ばれる存在がいたらしい。
しかし、ある日、―――目覚めない許嫁を持つ一人の少女の願いにより―――特定の願いを叶える『身代わりの魔女』が誕生したのだ。
「『身代わりの魔女』は特定の願いしか叶えない特殊な魔女だ。だから、魔法の行使方法も独特で、つながる対象が『場所』から『人』に置き換わった。通常の魔女であれば、生まれ育った土地とつながるものを、身代わりの魔女は想う相手とつながったのだ」
「そうなのですね」
土地とつながった魔女は、その地の力を借りて魔法を行使した。
しかし、思う相手とつながった魔女は、恐らくお相手の力を借りることができなかったのだろう。
そんな私の予想を肯定するかのように、キト様が不満気な声を出す。
「土地とつながる魔女とは違い、『身代わりの魔女』は個人とつながる。個人の力などたかが知れているから、借りられる力はない。そのため、『身代わりの魔女』は己の身を対価として差し出すしかなかった。それは身代わりの魔女の成り立ちや、魔法の行使方法を考えれば自然なことではあるのだが、……魔女本人にとっては大変な話だ」
「その通りです! 身代わりの魔女は己の身を差し出すことで何年もの間、痛みと苦しみに耐えなければならないのです! 間違いなく大変で酷い話です!!」
勢い込んで言うと、キト様はぱちくりと目を瞬かせた。
「いや、私の言いたかったことはそうではなく……」
「では、どういうことですか! キト様の役割は身代わりの魔女のためになるよう、魔女の夫に助力することですよね?」
「それはその通りだが……」
「それに、キト様は初代『身代わりの魔女』の時からずっと、『身代わりの魔女』にかかわっています。つまり、遥か昔から一貫して魔女の夫に助力する立場で、それは魔女一人に全ての苦しみを押し付けるつもりがなかった、ということですよね!!」
激しい調子で言い募ると、聖獣はぼそぼそと言い訳をするように呟いた。
「私は元々、泉の底で眠る聖獣だったのだ。その私に呼びかけてきた少女に力を貸したため、私の役割が定まってしまったが、……魔女の夫に助力することにしたのは、魔女一人に苦しみを負わせないためではない。魔女の身だけを対価にしても、大した魔法が使えないから、その対応策としてだ」
「は? 本気で言っているんですか? 魔女が痛みを覚え、苦しむことは、聖獣にとってどうでもいいんですか? ただ大きな魔法を行使するための合理的な方法として、魔女の夫に助力させようとしたんですか?」
矢継ぎ早に質問すると、キト様はたじたじとなった。
「……ま、まあ、私がどう考えたとしても、そちが望むような結果にはなる。魔女の夫が助力する分だけ、魔女の負担が減るのは間違いないからな」
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