11 虹のかかる理由 1
『身代わりの魔女』の能力は、「婚姻相手の怪我や病気をその身に引き受け、完全に治癒することができる」ことだ。
それが、神様からいただいた大きな力で、フェリクス様のためだけに使う能力だった。
他方、魔女の能力はそれだけでなく、訓練することで魔女の望みに応じた小さな魔法を使うことができた。
私の場合、その小さな魔法は「虹をかけること」だった。
―――スターリング王国の成り立ちには、「虹の女神」が存在する。
なぜなら「スターリング王国創世記」には、こう綴られているからだ。
『国の始まりにおいて、王国の大地は痩せており、十分な作物が実ることはなかった。
誰もが飢え、救いを求めていたところ、女神が空の端から端まで大きな虹をかけられた。
すると、その空の下の大地は豊かになり、作物が実るようになった』
国民はその伝説を信じており、「虹の女神」は国民の誰からも信仰されていた。
そして、虹の7色の髪色を持つ者が、「女神に愛されし者」として尊重された。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
この7色のうちいずれかの髪色を持つ者は女神に愛されており、よりよい行いができると信じられていたのだ。
さらに、稀に複数色の虹色の髪を持つ者が存在し、彼らは「女神の愛し子」として、絶大なる尊敬を集めていた。
複数の虹色髪を持つ者は、貴族の中に稀に現れたけれど、王族は必ず2色以上を持っていた。
そのため、王族とは2色以上の髪色を持つ者のことだと誰もが信じていた。
―――そんな王族の中に、フェリクス様は藍色一色の髪で生まれてきたのだ。
私が彼を好きになったのはフェリクス様が6歳の時だったけれど、―――夢で覗き見したことによると、その時既に、彼の母である当時の王妃は、彼を手酷く扱っていた。
『私と王の子がこのような一色の髪色であるはずがない! お前は取り違えられたのだ。ああ見苦しいその髪色!!』
王妃は実の息子を一切慈しむことなく、顔を合わせる度に幼いフェリクス様に暴言を吐いた。
けれど、次々と浴びせられる理不尽な言葉の数々に、フェリクス様は1度だって言い返すことはなかった。
『申し訳ありません、王妃様』
そう言いながら頭を下げ、王妃の激高が収まるのを待つのが常だった。
それから、城の裏庭に行っては、一人で泣いていた。
当時のフェリクス様は、わずか6歳の子どもだ。
母親が恋しいに決まっているのに、母である王妃も……そして、父である国王も、どちらも息子を蔑んでいて、優しい言葉一つ掛けることはなかった。
にもかかわらず、彼は一色の髪色で生まれてきた自分が悪いのだと―――幼い頃から母親に言い聞かせられてきた言葉をそのまま信じ、『虹の女神にもっと愛されたかったな』と泣くのだ。
『そうしたら、お父様とお母様は僕を好きになってくれたのに』
そうおまじないのように繰り返しながら。
だから私は―――魔法で虹をかけようと決心した。
フェリクス様の誕生日や記念日、その他彼にとって意味がある日にスターリング王国の王宮に虹をかけ、彼が「虹の女神」から愛されているのだと皆に示すのだ。
けれど、私の決心とは裏腹に、そう簡単にはいかなかった。
なぜならいくらフェリクス様という媒介が存在しても、遠く離れた国に虹をかけるのは簡単な話でなかったからだ。
そのため、虹をかける魔法を行使できるようになるまで、丸1年を要した。
さらに、虹の魔法を行使するためには、相応の負担を必要とした。
―――『身代わりの魔女』は、魔法の対価として自らの身を差し出す。
怪我や病気を引き受けた際には、自らの体に移し、意識なく眠り続けることで治癒する。
小さな魔法をかけた際には、意識を失うことはないものの、体中の力を吸い取られて寝込む。
つまり、虹をかけた後は、1週間ほど高熱にうなされて寝込み、その間は食事ものどを通らないほど衰弱した状態に陥るのだ。
そのため、私が虹をかけようとする度に、父や母、兄や姉、従兄は私を止めようとした。
「虹をかけることはおまじないにすぎない。相手は嬉しい気持ちになるかもしれないが、実質的な利益はないのだから、それによってお前が苦しむことは間違っている」
家族の誰もが、純粋に私のことを心配して助言してくれるのは分かっていた。
けれど、私以外の誰も、彼のことを夢で見ることができないので、どれほど彼が苦しんでいるのかを分かっていないのだ。
彼の国において、彼の側にいる全員が彼を救えないでいる。
藍色の髪を持つことで両親から責められる彼を可哀そうだと思っても、理不尽だと憤っても、―――相手が国王と王妃であるがため、誰一人として口に出してフェリクス様を慰めることはないのだ。
だったら、せめて私が小さな希望を見せてあげたい。
そして、フェリクス様はとても大事な存在だと、本人に分かってほしい。
その思いから、私は事あるごとにスターリング王国の王宮に虹をかけた。
始めは「凄い偶然ですね」と言っていたスターリング王国の者たちも、3回、4回と続くと、「これは必然で女神のご意思だ!」と言い始めた。
それから、フェリクス様を興奮したように囲み、「『虹の女神』がフェリクス王子を祝福されているのだ!!」と称賛し始めた。
そして、あっという間に、国中の者がフェリクス様を『女神の愛し子』と呼び出したのだ。
―――変化は劇的だった。
たったそれだけのことで、王妃は息子を認め、慈しむようになったのだから。
王妃にならって、国王も同じように息子に愛情を示し始める。
すると、彼の精神が落ち着いたことで、成長を止めていた全てが動き出したのか、平均よりも低かった彼の身長がぐんぐんと伸びはじめた。
髪の色も1色から2色に、2色から3色に変化する。
―――それは、複数色の髪を持つ者の間で稀に起こる事象だったけれど、そのことですら「女神が愛されていることを髪色としてお示しになられた!」と、フェリクス様はもてはやされた。
そして、長らく空位になっていた王太子の席に、フェリクス様が就くことになったのだ。






