140 魔女の生まれた地 4
「ふ、双子の聖獣?」
寝耳に水の話を聞かされ、私はびっくりして目を丸くした。
一体どういうことかしら。私と一緒に生まれてきたのはバドだけよね……と思ったところで、何かが記憶に引っ掛かる。
「……ええと」
考え込む私を何と思ったのか、フェリクス様が心配した様子で声を掛けてきた。
「ルピア、その……」
けれど、私は自分の考えに没頭するあまり、すぐにはフェリクス様に返事をすることができなかった。
ただただ自分の過去の記憶を深く探っていき……バド以外の聖獣の存在が、記憶の欠片として浮かび上がってきたため、驚いて顔を上げる。
私は気遣わし気な様子のフェリクス様を見つめると、呆然としたまま呟いた。
「……どうして忘れていたのかしら。私には2頭の聖獣がいたのだったわ」
「何か覚えているのか?」
フェリクス様が驚いた様子で尋ねてきたので、そうよね、普通であれば覚えているはずもないわよねと思う。
古い記憶の中で、幼い2頭の聖獣と一緒にいる私はせいぜい1歳くらいだ。
通常であれば、そんな幼い頃の記憶が残っているはずはないのだから。
「不思議ね。記憶なんてないほど幼い頃の話のはずなのに……四足獣のバドと翼持ちのキト。2頭の聖獣が、私の側にいてくれたことを覚えているわ。まあ、キトは一体どこに行ってしまったのかしら?」
狼に似た姿をした水色のバドに対して、鳥型をしたピンク色の聖獣がキトだ。
生まれた時はいつだって、あの2頭が私の側にいて、世話を焼いてくれたことを思い出す。
キトのことはこれまですっかり忘れていたのに、思い出した途端に懐かしい気持ちになって、どこにいるのかが気になり始めた。
そのため、落ち着きなくうろうろと視線を彷徨わせていると、村長が躊躇う様子ながらぼそりと囁いた。
「……この村の泉の底に」
「えっ、何ですって?」
村長の声は小さ過ぎて聞こえなかったため、何と言ったのかしらと聞き返す。
すると、村長はごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた様子で口を開いた。
「これはルピア様が1歳の頃のお話です。当時、ルピア様は王妃陛下と2頭の聖獣様とご一緒に、この村に遊びに来ていらっしゃいました。しかし、この地に来て幾日か経った頃でしょうか、……突然、キト様が立ち上がったかと思ったら、ふらふらとした足取りで泉に向かっていったのです」
「キトが?」
一体なぜ泉に興味を示したのかしらと訝しく思いながら村長を見つめると、彼女は何かを思い出そうとするかのように目を瞑った。
「私にはキト様が泉の中に入っていくのが見えました。泉の水は澄んでいて濁ることはなく、中にあるものは全て見通せるはずですが、なぜかその時、私はキト様を見失ってしまったのです。私の目には、キト様が突然泉の中で消えたように見えました。しかし、そんなはずはないので、皆には見間違いだろうと言われました」
すると、それまで黙っていたバドが口を開く。
「いや、見間違いではないだろうね。キトの城はこの村の泉にある。彼女は自分の城に戻ったのだ」
「えっ、ということは、本当に今もこの村の泉にはお城があるの? そして、そのお城はキトのものなの?」
びっくりして質問すると、バドはその通りだと頷いた。
「ああ、そうだ。とは言っても、僕も皆の話を聞いていて、やっと今思い出したんだけどね」
バドはそう言うと、顔を上げて天を仰いだ。
「ルピア、決まりごとを定める場合、そこには必ず合理的な理由がある。なぜ王妃は、『身代わりの魔女』は夫と一緒でないと、この村を訪れてはいけないと言ったのだろうね?」
バドが敢えて質問をしてきたということは、この質問が重要なものだと、彼は考えているのだろう。
けれど、私にはバドの質問の答えが分からなかった。
小さい頃から何度も同じことを言われ続けてきたため、そういうものだと思っていたし、そこに理由があるとは考えもしなかったからだ。
そのため、素直に分からないと返す。
「……分からないわ」
すると、私に代わってフェリクス様が意見を述べた。
「恐らく、『身代わりの魔女の夫』にこの村を訪れるべき理由があるのではないか」
「えっ?」
それは思ってもみない回答だったため、びっくりして目を見開いたけれど、フェリクス様は真剣な表情で続けた。
「本日、村長からうかがった内容は、ルピアが先代魔女から聞かされてもいいものだった。それなのに、なぜわざわざ魔女にこの村を訪問させ、魔女の夫とともに話を聞かせたのか。恐らく、これらは『身代わりの魔女の夫』に何かを見せ、話を聞かせるために作られたルールなのだろう」
『魔女』にではなく、『魔女の夫』に何かを見せ、魔女の成り立ちの話を聞かせることが、この村を訪問させる目的だ、という考えは非常に斬新なものだった。
面白くはあるけれど、フェリクス様にとってよくないアイディアのような気がするわと眉尻を下げる。
けれど、思い出したことがあったため、私はおずおずと口を開いた。
「お母様はお父様を連れてこの村に来たことがあるわ。けれど、お父様がこの村で何かを見つけたという話は聞かないわ」
フェリクス様は申し訳なさそうな表情を浮かべると、私の両親の事例は今回とは異なるのではないか、と口にする。
「王妃は生まれる際、聖獣の卵を持っていなかったからね。バド様の言う通り、泉の底にあるのがキト様の城であれば、キト様の卵を持って生まれてきた魔女とその夫のみが、この村で特別な何かを発見できる可能性を持っているのではないだろうか」
フェリクス様はいったん言葉を切ると、自らに言い聞かせるような声を出した。
「この村の泉の底にある城は、キト様の……『陰なる翼』のものなのだから」
「キト・ラ・バトラスディーン……」
初めて聞く言葉ながら、なぜかその名前がキトの正式な名前であることを理解する。
名前から読み取れるように、キトはバドと対をなす者に違いない。
そして、バドの城は遥か天空に存在する。
だからこそ、対をなすキトの城が深い泉の底にあるというのは、納得できる話だった。
問題はキトの役割が何であるか、だ。
バドは『身代わりの魔女』を助け、補助する者だ。
では、バドの対になるキトの役割は何だろう?
無意識のうちにフェリクス様を見つめると、彼は私が見つめてきた理由が分かるとばかりに頷いた。
それから、私の隣に座るイザークとバドに視線を移す。
「イザーク、バド様、しばらくの間、ルピアをお願いしてもいいだろうか。私は泉の底の城に用事がある」
静かに、けれど、きっぱりと言い切ったフェリクス様に衝撃を受け、私は思わず彼の名前を呼んだ。
「フェリクス様!」
彼は焦る私の気持ちを理解してくれたようで、手を伸ばしてくると、普段より強い力で私の両手を握りしめた。
「ルピア、実のところ、君が双子の聖獣を抱えて生まれてきたことについて、私はあらかじめ知っていたのだ」






