【SIDE国王フェリクス】深夜の密談 中
「聖獣様、お久しぶりです」
私は窓から飛び込んできた妃の聖獣に声を掛けた。
ルピアとともにディアブロ王国を訪問するにあたって、聖獣にも声を掛けたのだが、「僕は自分の城に戻っているよ」とにべもなく断られたことを思い出す。
それなのに、こうして訪ねてきたところをみると、何か用事ができたのかもしれない。
突発的な用事というのは大抵悪いことだと身構えたが、聖獣はのんびりした様子で王妃と世間話を始めた。
どうやら用事があると考えたのは私の勘違いで、聖獣はルピアの家族に会いに来ただけらしい。
何事もなければそれに越したことはないと安堵していると、王妃がちらりと私を見た。
「バド、フェリクス王は身代わりの魔女について、独特の考えを持っているみたいよ。魔女にとって身代わりの魔法は、祝福ではないらしいわ」
聖獣が呆れたような表情を浮かべたため、私はルピアの身近にいる聖獣にこそ理解してほしいと、長年抱き続けていた思いを言葉にする。
「聖獣様、私はずっと、『身代わり』の魔法は魔女にとって不公平なものだと考えてきました。相手の身代わりになって救えることは、魔女にとって喜びだというのは、救われる側にとってありがたい話です。しかし、魔女が全ての苦しみと痛みを一人で引き受けるのは、あまりにも不公平な話です」
生まれた時から魔女はそうあるべきだと考えている王妃や聖獣と異なり、16歳で初めて魔女の存在を知った私にとって、ルピアの献身は非常に不公平なものに思われたのだ。
「ルピアは2度も私の身代わりになってくれましたが、その際、私の怪我や毒を一切合切その身に受けました。そのため、彼女は長い間、死ぬほどの苦しみに耐えなければなりませんでした。一方の私は、苦しむことなくぴんぴんしているのです。私は彼女の代わりに、苦しみを引き受けるべきだった」
勢い込んで話をした私だったけれど、そこで急に口ごもる。
現在のルピアは私への恋心を失くしており、身代わりになることはないため、身代わりになる際の苦しみについて語ることは的外れに思われたからだ。
しかし、すぐにルピアは愛に溢れた女性だから、いつか必ず大切な相手をもう一度見つけるだろうという気持ちになる。
そして、その相手が私になる可能性もあるのだから、必死に努力し続けようと考えていると、強張った顔の私を見て何と思ったのか、カーラ王妃が持っていた扇をばさりと開いた。
それから、王妃は扇から目元だけを出して私を見つめる。
「それで、フェリクス王が言いたいのは、もう一度ルピアがあなたの身代わりになった場合、あの子だけに怪我や病気の苦しみを負担させたくないということ?」
ルピアが再び私の身代わりになる未来は絶対に避けたいが、と思いながら頷くと、カーラ王妃は無言になった。
代わりに、王妃の隣にいた聖獣が不思議そうに首を傾げた。
「なぜだい。魔女が身代わりの代償として苦しみを引き受けるのは当然の話だ。それなのに、フェリクス、君はそもそもそこが問題だと言うのか?」
私の発言を全く理解できていない様子の王妃と聖獣を見て、魔女が全ての苦しみを一人で引き受けることを、誰も問題だと思わないことが問題なのだと初めて気が付く。
恐らく、魔女を知る者たちにとって、魔女が自分の身を犠牲にすることは、疑問にも思わない当然のことなのだろう。
『身代わりの魔女』は長い間ずっと、その方法で身代わりの魔法を行使してきた。
だから、そのやり方について、私が口を差し挟むことはできないが―――このままにしておけば、今後もずっと、ルピアは魔法を行使するたびに一人で苦しまなければならない。
私は両手をぐっと握りしめると、できるだけ感情を抑えようと意識しながら声を出す。
「私は魔女のやり方を批判するつもりはありません。長年かけて編み出した、身代わりの相手を救う方法ですから、今の方法が最善なのでしょう。しかし、ルピアの負担を軽くするために、私も何かしたいのです」
「…………」
奇異な者を見る目で私を見つめてくる王妃の隣で、聖獣がのんびりした声を上げた。
「非常に独創的な考えだね。ただ、できないこともないんじゃないかな」
「えっ!」
驚きの声を上げる私とは対照的に、カーラ王妃は訝し気に片方の眉を上げる。
「そうなの?」
聖獣は尻尾をふわりと振ることで、王妃への返事に代えた。
それから、聖獣は考えるような表情を浮かべる。
「『身代わりの魔女』と言いながら、訓練すれば、魔女は身代わり以外の魔法も使えるようになる。たとえばルピアにとっての虹をかける魔法がそれだ」
聖獣が言いたいことは分からなかったが、その通りなので私は無言で頷いた。
そんな私を見ながら、聖獣は説明を続ける。
「『身代わり』の魔法は全ての魔女が共通で使えるが、それ以外の魔法は魔女が個別の訓練で獲得するものだ。しかし、それら全ての魔法に共通する条件がある。対価となるのは必ず魔女自身ということだ。そのはずだが、……魔女の身以外を対価にする例外が一つだけあるんだ」
「それは何ですか?」
じりじりとした焦燥感を覚えながら尋ねると、聖獣はさらりと爆弾を落とした。
「答えを言う前に、一つの事実を明らかにしてもいいかな。僕はルピアが抱えていた卵から生まれたが、その卵から生まれた聖獣は僕だけじゃないんだ」
いつも読んでくださりありがとうございます!
ただいまコミックス2巻が発売中ですが、3/7(金)ノベル5巻も発売予定です。
どうぞよろしくお願いします。






