133 ディアブロ王国への帰還 4
「フェリクス様、ディアブロ王国の王宮が見えてきたわ!」
生まれ育った懐かしい王宮が見えてきたため、私は馬車の窓に額をくっつけるようにしてフェリクス様に声を掛けた。
「ああ、とても美しい宮殿だね」
そう答えるフェリクス様の声が緊張しているように思われたため、はっとして窓から顔を離す。
そうだわ。フェリクス様は今日初めて私の家族に会うのだ。
彼は私が長い間眠っていたことに責任を感じていて、私の家族に申し訳なく思っているから、会うのが辛いのではないだろうか。
「ええと、フェリクス様、私の家族はちょっと私に過保護なところがあるの。だから、本当はすごく優しいのだけど、私を守ろうとして、時として周りの人に厳しい態度を取ることがあるわ」
「それは頼もしいね。ルピアを完璧に守ってくれるということだね」
緊張していた表情から一転、嬉しそうに微笑むフェリクス様を見て、私は眉尻を下げた。
困ったわ。私の家族がフェリクス様に厳しい態度を取るかもしれないから、事前に忠告しようと思ったのだけど、伝わってないわね。
どうしたものかしらと考えている間に、馬車は王宮の入り口に到着した。
「えっ?」
馬車の扉が開かれた先に視線をやると、よく見知った顔が見えたため、私は驚いて目を見開く。
それから、急いで馬車を下りようとしたところ、その男性が降車を補助するために私に片手を差し出してきた。
彼の手に支えられながら馬車を下り、目の前に立つ人物を見上げると、母国にいた時に何度も聞いた懐かしい声が響く。
「おやおや、慌てて馬車を下りようとするなんて、まるで子どものようじゃないか。一国の王妃陛下におなりあそばせたのだから、さぞ淑やかで慎ましやかになられたに違いないと期待していたが、最後に会った17歳の時と変わらないな」
私の視線の先では、金髪碧眼の従兄がおかしそうに唇の端を持ち上げていた。
そのため、私は懐かしさのあまりはしゃいだ声を出す。
「まあ、私だって日々成長しているわ。それに、誕生日を迎えたんだから」
「ああ、そうだったな。ということは18歳か?」
「正解よ。私のハートは18歳だわ」
おどけて返すと、イザークが揶揄うような表情を浮かべた。
「ふむ、ハートだけか? どうやらちっともご苦労されていないようで、見た目も18歳のように見えるな」
「イザーク!」
叱るような声を出すと、従兄のイザークが笑い声を上げながら、私をぎゅっと抱きしめてきた。
「お帰りルピア! 僕はずっと君に会いたかったんだ! 久しぶりに会ったのだから、言いたいことくらい言わせてくれ」
「イザークの冗談はきわど過ぎるわ」
私は12年間眠り続けたため、実際には肉体もまだ18歳でしかないのだ。
けれど、世間的には30歳になっているのだから、その冗談は危険じゃないかしら。
そう困っていると、イザークは自分の背の高さを誇示するようなポーズを取った。
「異国の王妃陛下、12年半振りですね。30歳になったイザーク・アスターです」
ええ、知っているわ、と思いながら同じ年の従兄を呆れて見つめる。
「こんにちはアスター公爵。スターリング王国の王妃、ルピア・スターリングです。同じく30歳ですわ」
「ふむ、近くでまじまじと見ても18歳のようだな。これはもう王妃陛下に一切の苦労がないようにと、国王陛下が蝶よ花よと王妃陛下を大切にされてきたのだろうな」
そのひやりとした声を聞いて、そうだった、イザークとは昔から家族のような付き合いをしてきたから、彼は私を守ろうとするところがあるのだったわと遅まきながら思い出す。
まずいわね。イザークは私が12年も眠り続けて家族と会えなかったことを、フェリクス様のせいだと考えて恨んでいるかもしれないわ。
そして、彼には激情家な一面があるから、感情のままに行動されたら大変だわ。
そう思っていると、何も知らない様子のフェリクス様が私の後ろに立ち、私の両肩に手を置いた。
「ああ、蝶よ花よと大事にし、風にも当てないほど大切にしている愛妻だ。そろそろ返してくれないか」
そう言いながら、フェリクス様は私の頭のてっぺんに唇を落としたので、イザークが驚いたようにくるりと目を回す。
それから、イザークは不躾なほどじろじろとフェリクス様を見つめた。
「ルピアが魅かれたのはどのような相手だろうと常々思っていたが、これはまた、宝石のように美しい国王だな! 3色の髪に藍青色の瞳だなんて、こんな美しい組み合わせがあるものなのか。これほど見た目がよければ、女性たちが放っておかないだろうな。そうであれば、妻が眠り続けたこの12年の間に華やかな話がいくつもあったことだろう……痛っ!」
「ああ、失礼。足を踏んでしまったか。それから、一言言っておくと、私は妃以外の女性が側にいるのに耐えられないタイプだ。華やかな話などあるはずもない」
フェリクス様はちっとも悪いと思っていない表情でそう言うと、イザークの足の上から自分の足をどけた。
えっ、どうしてフェリクス様はイザークの足を踏んでしまったのかしら? フェリクス様がすごく足を伸ばしたように見えたけど、まさかわざと足を踏むわけもないから偶然よね?
不思議に思って目を瞬かせていると、足を踏まれたイザークはちっとも怒る様子を見せなかった。
それどころか、全く気にする様子もなく、フェリクス様の発言を笑い飛ばす。
「ははは、嘘だろう! せっかく整った顔立ちで生まれてきたというのに、何という無駄遣いだ!」
おかしそうに笑うイザークを見て、私はぱちぱちと目を瞬かせる。
まあ、イザークが初対面のフェリクス様を相手に笑っているわ。
これはよっぽどフェリクス様を気に入ったということよね。
イザークにしてもフェリクス様にしても、完璧なるマナーを身に付けている。
それなのに、どちらも名前を名乗ろうとしなかったため、相手を気に入らないのかしらと心配したけれど、杞憂だったみたいね。
もしかしたら2人とも誰もが知る有名人だから、自己紹介がなくても分かるだろうと思って省略したのかしら。
不思議に思いながらも、それではと私が2人をそれぞれ紹介することにする。
「イザーク、スターリング国王のフェリクス様よ。それから、フェリクス様、私の従兄でアスター公爵のイザークよ」
すると、イザークは澄ました顔で頷いた。
「ああ、お噂はかねがね。ルピアが嫁いだ時は小国だったはずだが、たった12年で大陸一の大国にまでのし上がった強国の覇者だな。『英雄色を好む』と言うのに、妃一人だけを想い続けるとは、乙女が夢見る理想の相手じゃないか」
同じようにフェリクス様も頷く。
「高名なるイザーク・アスター公爵か。まるで激しい炎のようだな」
2人の会話を聞いて、私はもう一度大きく首を傾げる。
どうして2人ともお互いのことを理解しているのかしら、と不思議に思ったからだ。
それから、イザークの表情もフェリクス様の表情も、初対面の相手に対して浮かべるものには見えなかったからだ。
そのため、私は一体どういうことかしらと、交互に2人を見つめたのだった。






