112 新たな虹の乙女 2
「ブリアナ嬢が『虹の乙女』……」
言われてみれば、確かに納得できる話だった。
ブリアナは赤色と緑色の2色の虹色髪をしているため、『虹の乙女』に選ばれることに何の不思議もなかったからだ。
10年前、3色の虹色髪はフェリクス様とハーラルトとアナイスの3人しかいなかった。
アナイスは『虹の乙女』として各地を回っているらしいから、王都ではブリアナが『虹の乙女』としての勤めを果たしているのだろう。
私はふと、昨夜の王宮舞踏会でブリアナがフェリクス様に発していた言葉を思い出す。
『今夜の王宮舞踏会に関して、王から特別に、必ず参加するようにとのお言葉を賜りましたことを非常に光栄に思っております。たとえ足が折れたとしても、槍が降ってきたとしても、必ず参加するつもりでしたわ』
その言葉を聞いた時は、ブリアナは虹色髪を持っているので、フェリクス様が特別に参加を要請することに不思議はないわと思ったけれど、実際にはもっと大きな役割があったのかもしれない。
『虹の乙女』であるのならば、様々な公式行事にも参加するだろうし、それは王宮舞踏会であっても例外ではないだろうから。
「ブリアナ嬢はこの国にとって、とても大切な存在なのね」
頷きながらそう返すと、クリスタは肩を竦めた。
「たまたま珍しい髪色を持って生まれてきた、というだけじゃないかしら。それよりもバド様の卵を持って生まれてきたお義姉様の方が、よっぽど大切な存在だと思うわよ」
どうしてここでバドの話が出てきたのかしら、と不思議に思いながらも、バドがすごいことに同意する。
「確かにバドは色々なことができる、立派で素敵な聖獣よ。でも、私が魔女であることは秘密だから、バドのことも大っぴらには言えないの」
私の言葉を聞いたクリスタは、考える様子で質問してきた。
「……お義姉様はバド様のことをどのくらい知っているの? その、聖獣であることについて」
「聖獣であるバドについて? そうね、私と一緒に生まれてきたことと、お城を持っていること、時々お城に戻ってお仕事をしていることくらいかしら」
指を折って数えながら答えると、クリスタはさらに質問を重ねてくる。
「バド様とこの国のかかわりについては、何か知っているかしら?」
クリスタはどうして突然、バドについて知りたくなったのかしら。
興味を持ってもらうのは嬉しいけど、バドとこの国のかかわりはほとんどないんじゃないかしら。
「バドは私が結婚した際に、初めてこの地に来たの。だから、バドがこの国にかかわり始めたのはその時からだわ。あの子は限られた者の前にしか姿を現さないから、この国の方々とのかかわりはフェリクス様やクリスタ、ハーラルトとミレナくらいじゃないかしら」
クリスタは少し考える様子を見せた後、何かを思いついた様子で両手をぱちりと打ち鳴らした。
「お義姉様は舞踏会に参加できるほどお元気になったから、そろそろ市井を回ってみるのはどうかしら。手始めに、大聖堂を訪れるといいと思うの」
「クリスタの言う通りね」
この国は皆、『虹の女神』を信仰している。
女神が奉られている場所だから、大聖堂を訪問することはこの国を理解する助けになるだろう。
同意を込めて頷くと、クリスタはふっと表情を緩めた。
「お義姉様がやりたいことを止めはしないけど、できるならずっとこの国にいてほしいわ。だから、……もしかしたら大聖堂で何かを見つけて、この地との縁が深いことを知ってもらえるかもしれない、と期待しているの」
「縁?」
何のことを言っているのかしらと首を傾げたけれど、クリスタは説明できないと首を横に振る。
「ふと思い出したことがあって、もしかしたらそのこととバド様は関連があるのかもしれないと思ったの。ただ、お義姉様は知らないみたいだから、実際には関係ないのかもしれない。私にも分かっていないことだから説明できないわ。いずれにせよ、大聖堂に行けば分かるはずよ」
クリスタはそう言うと、まっすぐ私を見つめてきた。
「お義姉様がこの国に残ってくれるのならば、それがフェリクスお兄様の隣でも、ハーラルトの隣でも、私は構わないわ」
「クリスタ」
私は困ってしまって、彼女の名前を呼んだ。
「私はフェリクス様の妃だし、妊娠しているのよ。ハーラルトはあなたが言ったようにとっても立派で、若くて未来があるから、とても私に縛り付けることはできないわ。初めからハーラルトという選択肢はないの」
昨夜は私も動揺していて、ハーラルト本人に向かってきっぱり拒絶することができなかった。
でも、冷静になった頭で考えたら、ハーラルトが私と一緒になるなんて、とんでもないことだという思いが強くなる。
私の決意した表情を見たクリスタは、困ったわとばかりにため息をついた。
「お義姉様は生真面目なのよね。でも、各国の王家の歴史を学んでいるはずだから、私の提案がおかしなことではないと分かっているはずよ。父王の妻を娶った新王の話や、兄王の妻を娶った弟王子の話なんて珍しくもないもの」
その通りだけど、この場合はそうじゃないわ。
「相手を知らない、歴史書の中で読む話であれば受け入れることもできるけど、ハーラルトのように実在の相手を前にしたら、とてもそんな話は受け入れられないわ」
「ハーラルトが望んでいるとしても? 相手が初婚であれば、ハーラルトは幸せになれるのかしら?」
痛いところを突かれ、返事ができないでいると、クリスタが優しい声を出した。
「お義姉様は特殊なケースなのよ。10年間眠っていた間に感情がリセットされたし、その原因はお兄様にあるから、嫌だというのであれば結婚の継続を強制できないわ。周りの者たちはそれぞれ思惑があるだろうけれど、そんなの知ったことではないし」
「クリスタ」
それはあんまりじゃないかしら、と困って名前を呼ぶと、クリスタは悪戯っぽい表情を浮かべた。
「うふふ、だって、皆が違うこと望んでいるから、全員を満足させる結論は存在しないもの。でもね、お義姉様が出した結論であれば、全員が納得するはずよ。だから、お義姉様が好きなようにやることが、この問題を解決する唯一の方法なのよ」
クリスタの言葉を聞いて、気付いたことがある。
目覚めて以降、誰も私に何かを強要することはなかったし、私の好きなようにさせてくれているのだ、と。
何て優しい国で、優しい人々なのかしら、と改めてスターリング王国の素晴らしさに感謝していると、クリスタが言葉を続けた。
「お義姉様は次に選んだ相手と、今度こそ生涯一緒に暮らすだろうから、本当に好きな相手を選ぶべきだわ。それに、魔女はその能力を発揮するために、好きなお相手と結婚しなければならないのでしょう?」
「それは」
その通りだわ。
言葉に詰まる私に向かって、クリスタはきっぱりと言い切る。
「お義姉様はずっと、お兄様と別れるか、それともやり直すか、という二択で考えているわよね。そうではなくて、誰を選ぶのかと考えてちょうだい」
「クリスタ」
どこまでも私のことを思ってくれるクリスタにじんとしていると、彼女はおどけた様子で言葉を続けた。
「ああ、お義姉様、これは私のための望みでもあるのよ。ディアブロ王国に戻った後に、母国の者を選ばれてしまったら、お義姉様はもう二度とこの国に来てくれないでしょうからね」
クリスタは本当に優しいわ。実際には、私のことを考えての言葉でしょうに、私が気にしないようにと優しい我儘を追加してくれたのだから。
嬉しさで胸が詰まり、言葉を発せないでいると、クリスタがぎゅっと手を握ってきた。
「ハーラルトは若いから、無茶なことを言い出すかもしれないけど、結局、あの子は王子様なのよ。骨の髄まで紳士だから、女性が本気で嫌だと言ったら、おかしなことはしないはずよ。だから、嫌なことは嫌だと言ってちょうだいね!」
どこまでも私のためにアドバイスしてくれるクリスタに、目がうるうるとしてくる。
そんな私に向かって、クリスタは顔をしかめた。
「問題はお兄様なのだけど、こちらは私にも読めないわ。私より頭がいいし、お義姉様のこととなると常識を捨ててくるから、行動が不規則過ぎて予測できないのよね。ただ、お兄様はお義姉様至上主義だから、お義姉様の嫌がることはしないはずよ。それだけが救いだわ」
確かにフェリクス様は無理を言ってくるような方ではないわ。
納得して頷いていると、クリスタが考えるかのように頬に手を当てた。
「お義姉様がご自分で言われた通り、今はお兄様と結婚している状態でしょ。だから、ハーラルトを選んだら、周りから色々と言われるかもしれないけど、最終的には上手く片が付くはずよ。我が国には優秀なブレインがいるから」
「クリスタ」
一体何を企んでいるのかしら、と困って彼女を見つめる。
すると、クリスタはにっこり笑って、信頼する兄と宰相への丸投げ案を披露した。
「お兄様と腹黒宰相は情報操作がお得意でしょ。あの2人はお義姉様が悪く言われることに我慢ならないから、お義姉様が選び取った結果に合わせて、上手に貴族や国民の感情をコントロールしてくれるはずよ」
まあ、何てことかしら。
私を好きだと言ってくれたフェリクス様が、私とハーラルトの未来のために情報操作をしなければいけないとしたら、ものすごく辛いはずだ。
そんなことはさせられないわ。
そう考えた気持ちが届いたわけでもないだろうけれど、その時、ノックの音とともにフェリクス様が私の部屋を訪れた。
「お邪魔するよ、ルピア」
マンガUP! にて、コミカライズ連載中(本日更新)です。






