108 王宮舞踏会 5
虹色髪が最上のものだと信じられているこの国で、私の白色髪が評価されないのは当然のことだ。
それはどうしようもないことなのに、フェリクス様は柔らかい言葉で私の白い髪を評価してくれた。
決して虹色髪を貶めることなく高く評価しながらも、白い髪も同じくらい価値があると、はっきり明言したのだ。
周りにいた貴族たちは戸惑った表情を浮かべたけれど、すぐに気を取り直した様子で大きく頷いた。
「私どもの偉大なる王を救われた、勇気ある王妃陛下のことを存じ上げない者は、今やこの国におりません! 王妃陛下の色を継がれるのであれば、さぞや勇敢なお子様になられることでしょう」
「ええ、王がおっしゃったようにレストレア山脈の積雪のおかげで、我が国は豊かになったのですから、その色を敬わない者などおりませんわ」
貴族たちが次々とフェリクス様の言葉に迎合する様子を見て、王の権能の強さを見たように思う。
この国では虹色髪が最上で、誰だってそれ以外の髪色は認めていないはずなのに、誰もがフェリクス様の発言に賛同しているのだから。
少なくとも10年前にはこのような反応は見られなかったわ、と思いながらフェリクス様を見上げると、彼は私を見てふっと目元を柔らかくした。
そのわずかな動きを見て、周りの貴族たちがはっと息を呑む。
それから、貴族たちは私を取り囲むと、もう1度白い髪を褒めそやし始めた。
恐らく、フェリクス様が私を好ましく思っていることを貴族たちは感じ取り、彼が大事にしている私を大事に扱ってくれようとしているのだ。
これまでになかった扱いに戸惑っていると、ブリアナが心配そうな声を出した。
「まあ、皆様、もうそこらへんでお止めになってあげたらどうですか? 王妃陛下は勇敢な行いによって体を壊されたのですから、お子様を産むためにはお力をつける時間が必要なはずです。それなのに、次代を望む言葉ばかりをかけたりしたら、王妃陛下にとって大きなプレッシャーになりますわ」
他の貴族たちははっとしたように目を見開くと、「その通りですね」「大変無神経でした」と次々と謝罪の言葉を口にした。
けれど、実際に私は妊娠しているので、何も言えずに首を横に振る。
すると、私の代わりにフェリクス様が貴族たちに向かってとりなす言葉を掛けた。
「元はと言えば、私が赤子について語り出したのだ。ブリアナ嬢の言う通り、健康状態がどうであれ、女性にとって出産は一大事だ。そのことを改めて認識したから、いつその幸福が私たちのもとに訪れたとしても、できるだけ安全に子を産めるように環境を整備することにしよう」
フェリクス様の言葉はやっぱり私に対する思いやりに満ちていて、それでいてその場にいる誰も傷付けないものだった。
そのため、クリスタから聞いた『血の舞踏会』におけるフェリクス様の対応が、どうしても私の知る彼の言動と一致しなくて困惑する。
戸惑って彼を見上げていると、フェリクス様は私の腰に手をまわしてきて、気遣うように顔を覗き込んできた。
その仕草から、ああ、彼に心配されているのだなと思う。
先ほど、髪色が話題になったため、私が虹色髪でないことに気落ちしていないかと心配してくれているのだ。
実際にフェリクス様は白い髪を美しいと思ってくれているのだろうけれど、それでも心の裡で思うだけでなく、皆の前ではっきりと明言してくれたのは、私に対する思いやりだろう。
そのことに気付き、彼が貴族たちの前で私の味方をしてくれたことに嬉しくなる。
いくらフェリクス様が王と言えど、誰もが彼の意見の全てに賛同するわけではない。
この国で虹色髪の価値は不変だから、それ以外の髪色は人によって評価が異なるはずだ。
取り扱いが難しいものだから、身の保身を考えるならば、黙っていることが一番なのに、彼は反発や反感を買う恐れを分かっていながら、私を庇ってくれたのだ。
感謝と私は大丈夫という気持ちを込めて微笑みかけると、フェリクス様は安心したように頷いた。
それから、彼は丁寧な仕草で私の手を取ると、周りの貴族たちに「楽しんでくれ」と言い置いて、その場を後にした。
まだ会場の一部を回っただけだったので、てっきり次のグループに声を掛けるのだろうと思っていたけれど、案内されたのはバルコニーだった。
フェリクス様が入り口を警備する騎士に何かを言いつけた後、騎士たちが会場側から入り口を閉めたので、恐らく、他に誰も通さないようにと指示を出したのだろう。
何か話があるのかしらと思ったものの、夜風の気持ちよさに気を取られる。
久しぶりに大勢の人と話をしたことで高揚しているのか、少し体が火照っているようだ。
ふうっと息を吐いていると、フェリクス様がグラスを差し出してきた。
「ルピア、冷たい水だ」
「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたの」
グラスに口を付けると、冷えた水が喉を通り過ぎていって、とても美味しく感じる。
人心地ついていると、フェリクス様が私の手からグラスを受け取り、近くのテーブルの上に置いた。
それから、称賛するかのような、少し照れたかのような表情で見つめてくる。
「ルピア、舞踏会に参加してくれてありがとう。君は素晴らしい王妃だ。今夜はずっと、君の夫として隣に立てていることが誇らしかった」
フェリクス様からの突然の褒め言葉に、私はびっくりして彼を見上げる。
まあ、今夜、この会場で一番注目と尊敬を集めていたのはフェリクス様だわ。
だから、むしろ私の方が彼の隣に立てていることを誇らしく思うべきじゃないかしら。
「フェリクス様、今夜の舞踏会で一番人気が高いのはあなただわ。舞踏会に参加していた誰もがあなたから目が離せない様子で、一挙手一投足に注目していたもの」
「それは私が王だから、皆が注意を払っているだけだ」
さらりと返されたけれど、そうではないと思う。
男性も女性も、若い方も年配の方も、焦がれるような、あるいは敬うような眼差して彼を見ていたのだから。
けれど、フェリクス様は私に対して同じようなことを思っていたようで、皮肉気に唇を歪めた。
「女性たちがどうかは知らないが、少なくとも紳士諸君が注目していた相手は君だよ」
そうは思わないけれど、と思いながら私は首を傾げる。
「そうだとしたら、それはあなたが目に見えて私を尊重してくれるからだわ。だからこそ、誰もが私に礼儀正しくしようとしてくれるのよ」
フェリクス様は否定するかのように首を横に振った。
「そうじゃない。君がどうしようもないほど美しいから、男性陣は君から視線を逸らせないんだよ」
「まあ、フェリクス様ったら」
時間をかけて着飾った私に対する誉め言葉としては満点ね、と笑みを浮かべたけれど、彼は笑い返してくれなかった。
冗談ではなかったのだろうか。
「10年間眠っている間に、君は痩せてしまった。私に言わせればもっとたくさん食べて、体力を回復してほしいところだが、我が国の基準では、君くらいの体形が最も魅力的だと見做されている。加えて、君が実年齢より12歳も若いことを皆は知らないから、皆の目に映るのは、いつまで経っても若く美しい奇跡のようなお妃様だ。憧憬の目で見つめるには十分だ」
フェリクス様は心許ない様子で眉を下げた。
「だから、私は君が攫われないようにと、君の周りにくっついていたのだ」
「まあ、フェリクス様ったら」
今度こそ冗談だと思って、笑みを浮かべる。
けれど、彼は笑い返すことなく、困ったような表情を浮かべた。
「久しぶりに夜会に出たが、男性の全員が洗練されていて魅力的に見えた。君が彼らのうちの誰かに魅かれるのじゃないかと思うと心配なんだ」
そう言ったフェリクス様自身がバルコニーの窓ガラス越しに会場の光に照らされ、キラキラと輝いていた。
多分、舞踏会に参加している男性の中で一番魅力的なのはフェリクス様だ。
そんな彼がずっと隣にいてくれると言うのに、どうやったら他の男性に目移りすることができるのだろう。
そう考えた私は、無言で首を横に振ったのだった。
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