104 王宮舞踏会 1
規則正しい生活を送り、だいぶ体力がついてきたわと思った頃、王宮舞踏会の日がやってきた。
その日は早い時間からゆっくりお風呂に入り、たくさんの侍女によって体中をぴかぴかに磨き上げられる。
ネイルや髪といった全ての準備が終わった後、私はときめきながらドレスに袖を通した。
私が眠っていた間に新たな布が開発されたようで、ドレスはつるつるとして肌触りがよく、仄かに光を放っている。
そして、今年の流行らしいリボンが胸元を飾っていた。
背中にあるボタンを留めてもらった後、私は鏡に全身を映してみる。
多分、このドレスは妊婦用に作られたのだろう。
上半身はぴったりとしているのにウェスト部分はゆったりとしていて、そこからふんわりとスカート部分が広がっているのだから。
そして、ありがたいことに、私の左肩から胸元まで広がる傷跡が綺麗に隠れるスタイルだった。
サイズも測ったようにぴったりで、とても着心地がいい。
「いえ、実際に測って作ってあるのでしょうね。これはオートクチュールだもの」
私の体に合わせて作られた、私の外見をよく見せるためにデザインされた、私のための一点物のドレス。
本物かと見間違うほど精巧に作られた造花がいくつも飾られており、私の好みにもぴったり一致していた。
「……ディアブロ王国から持ってきたドレスをテーラーに見せて、私が着るドレスの傾向を把握したのかしら? そうでなければ、これほど私の好みを取り込むことはできないわよね」
着てみたことではっきり分かる。
これはフェリクス様が言っていた「着るものがなくて困らないためのドレス」ではなく、私の好みに合わせて作らせた「私のためのドレス」だ。
気分が高揚してきたようで、私はお腹に気を付けながらゆっくりとその場で回ってみた。
すると、スカート部分が美しくふわりと広がり、とても楽しい気分になる。
思わず声に出して笑っていると、誰かにウェストを掴まれた。
「えっ?」
びっくりして掴まれた部分を見下ろすと、フェリクス様が床に膝をつく形で、私のウェストに両手を回していた。
「フェリクス様?」
名前を呼ぶと、彼は顔も上げずにぎゅううっと抱きしめる腕に力を込めた……ただし、私のお腹には触れないように気を遣ってくれていたので、妊婦である私に注意したいことがあるのだろう。
果たしてフェリクス様は私のお腹に顔を伏せたまま、くぐもった声を出した。
「ルピア、頼むから私の心臓を止めようとするのは止めてくれ」
「その、心配をかけたのならば申し訳なかったけれど、私は大丈夫よ。もう何年も、ダンスをしている最中に転んだことはないから。それに、今の回転は普段の何倍もゆっくり回ったわ」
他に思い当たることがなかったので、私がこの場でくるりと回ったことを咎められているのかしらと思いながら、安心させる言葉を紡ぐ。
けれど、フェリクス様は思った以上に心配症のようで、ちっとも安心していない表情で頭を振った。
「それでも、私の心臓を止めるには十分だ」
そうね、私自身は大丈夫だと思っていても万が一ということはあるし、見ている方はハラハラするのかもしれない。
「私が悪かったわ。もうはしゃがないわ」
しゅんとしてそう言うと、フェリクス様は立ち上がって考える様子を見せた。
「いや……君にそんなつまらない生活をしてほしいわけではない。難しいだろうが、今後は私がいるところではしゃいでもらえるとありがたい」
「わかったわ。フェリクス様に会うまで、楽しい気持ちを取っておくわね」
笑顔でそう言ったけれど、フェリクス様は私の提案が現実的でないと思ったようだ。
「私が君のもとに戻るまで何時間も、君は楽しい気持ちを我慢しておくのか? それは非常に難しく聞こえるな。よければ君が楽しい気分になるたびに、私に使いを出してくれないか」
まあ、私が使いを出すたびに、フェリクス様は執務の途中で抜けてくるつもりかしら。
そして、私が嬉しさでくるりと回るのを見守るの?
「フェリクス様、楽しい気持ちをずっと持ち続けるのは我慢じゃないわ。待っている間ずっと楽しい気持ちが続くのだもの。私を訪れてくれたあなたに話をして、あなたも楽しくなってくれたら、私はもっと楽しい気持ちになれるわ」
私の言葉を聞いたフェリクス様は戸惑った様子を見せた。
それから、少し考えた後、確認するかのように首を傾げる。
「そうなのか?」
「ええ」
笑顔で答えると、フェリクス様も小さく笑みを浮かべた。
「そうか。だとしたら、君のはしゃいだ姿が見られるかもしれないと、毎日楽しみにしながら君のもとに戻ってくることにしよう」
フェリクス様はそう言うと、一歩後ろに下がって私の全身を眺めた。
「ルピア、妖精のように愛らしいよ。先ほど君が回ってみせた時は心臓が止まるかと思ったが、理由の半分は君が転ぶかもしれないと焦ったことで、残りの半分は君が美し過ぎたせいだ」
「えっ?」
待ってちょうだい。フェリクス様はこんな風に正面から褒めてくる方だったかしら。
綺麗に見えるようにとできるだけ手を尽くしたから、褒めてもらうことは嬉しいけれど、フェリクス様の表情は真に迫っていて、本気で言っているように聞こえてしまう。
ルピア、その気になってはいけないわ。
紳士は自分の妻を褒めるものだから、社交辞令だとわきまえて、「ありがとう」と余裕の笑みを浮かべてお礼を言っておけばいいのよ。
それが正しい礼儀だというのに、本気にして顔を真っ赤にしてどうするの。
こんな調子で私は、今夜の王宮舞踏会を乗り切れるのかしら。
自分自身に不安になり、顔を真っ赤にしたまま縋るようにフェリクス様を見つめると、彼は無言のままごくりと唾を飲み込んだ。
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