8 王妃の奮闘 1
「「「これは王妃陛下、ようこそいらっしゃいました!!」」」
事前に話が通っていたようで、厨房に顔を出すと、料理人たちから一斉に頭を下げられた。
まあ、皆さん忙しいだろうに、手を止めてもらって悪いわねと思いながら、感謝の笑みを浮かべる。
「お忙しいところ申し訳ないけれど、お邪魔するわね」
そう返事をすると、驚いたように目を見開かれた。
……まただわ。
どういうわけか、王宮内のどの場所に顔を出しても、初対面の人から必ず驚きの表情を向けられる。
理由が分からずに専属侍女のミレナに尋ねたところ、言いにくそうに答えてくれた。
『ルピア様の母国は大陸一の大国ですから、どうしても王妃陛下は遥か格上のお方というイメージがあるのです。にもかかわらず、ルピア様が私どもにお声を掛けてくださるので、皆は驚いているのではないでしょうか』
そう言われても、私が交わす会話の多くは、礼儀の範疇のものに過ぎない。
つまり、当たり前の会話で驚かれるほど、皆が抱いている私のイメージは酷いものなのだろう。
自分でも気付かないうちに、居丈高なイメージを抱かせてしまったのかしらと反省しながら、私は料理長にお願いする。
「この国の料理について、母国でも学んだことがあるの。そのことを思い出しながら、自分で作ってみようと思うのだけれどよいかしら? 少しでもおかしなところがあれば、その都度教えてもらえると嬉しいわ」
「はっ、はい! 承りました! ところで、その……確認ですが、今のお言葉から解釈しますと、王妃陛下は実際にお料理をされるということですか?」
「ええ」
笑顔で頷くと、その場の全員から目を見開かれる。
……料理を学びに来たのに、料理をすると答えたら驚かれるって、どういうことかしら?
不思議に思って首を傾げていると、料理長はこちらが恐縮するくらい申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「す、すみません! もちろん王妃陛下に我が国の料理を作っていただけるのであれば、これほど光栄なことはありません。ええと、ただ、事前に伺っていた話では、伝統料理である『クフロス』を作ることになっており、そちらの材料をご用意していたのですが、これは非常に手間が掛かる料理でして」
「ええ、3時間ほどかかるのよね。その間ずっと厨房にいたら迷惑かしら?」
迷惑を掛けることは本意でないため、心配になって料理長に質問する。
『クフロス』はスターリング王国の伝統的な料理だ。
芋とバターとミルクにその家伝来のソースを混ぜ合わせ、そこにカットした野菜を加えて、パン粉で包んで揚げる料理になる。
通常であれば1時間程度の調理時間で済むのだけれど、王宮で作る場合は手間を惜しまないため3倍の時間が掛かると、母国にいる料理のお師匠様は言っていた。
……そう、私は幼い頃にフェリクス様を選んで以降、スターリング王国に嫁いでも困らないよう、この国についてありとあらゆることを学んできたのだ。もちろんその中には料理も含まれる。
私の質問を聞いた料理長は、慌てたように両手を振った。
「と、とんでもないことでございます! そうではなく、よければ私どもで下準備などを手伝わせてもらえればと思いますが、よろしいでしょうか?」
まあ、これは料理のほとんどを料理人たちが作ってしまい、私は最後に味見をするだけのパターンだわ。
事前に危機を察知した私は、笑顔でお断りを入れる。
「ありがたい申し出だけど、よければ1人で作りたいわ」
「えっ!!」
あまりに驚かれるので、非常識なことを言っているのかしらと決まりが悪くなる。
時々、高位貴族の令嬢が王宮に料理を教わりにくると聞いていたけれど、彼女たちは見学だけで実際に料理を作らないのかもしれない。
そうだとしたら、料理人たちは料理をするご令嬢を見守ることに慣れておらず、その分色々と心配なのかもしれない。
そう考えた私は、安心させるための言葉を紡ぐ。
「もちろん刃物や油の扱いには気を付けるし、万が一怪我をしてもあなた方のせいでないことはお約束するわ」
「は、はい……」
料理長以下料理人全員が目を白黒させているので、よっぽど王妃らしからぬ行動を取っているらしい。
どうやら私は、これまでのご令嬢たち同様に(?)厨房の見学をするものと思われていたようだ。実際に料理をすることが事前に分かっていたら、止められていたかもしれない。
だとしたら、今日ここで料理ができることを示しておかないと、色々と心配されて、今後は見学しか許してもらえないかもしれない。
それはダメよ、私はいつかフェリクス様に手作りの料理を食べてもらうという夢があるのだからと、制止が掛かる前に慌てて包丁を握りしめた。
まずは泥を落とすことからね、と考えた私は、準備してあった野菜を大きな桶に入れると、水でじゃぶじゃぶと洗い始めた。
たったそれだけの行為で、料理人たちの間から「あああ」「陛下自ら……」とうめき声が漏れる。
いやいや、これくらいで驚かれていては料理なんてできないわ、と考えながらも、洗い終わった野菜の皮を手早くむくと、それぞれの野菜の切り方に合わせて切っていく。
赤い野菜は三角に、茶色の野菜は丸く、緑の野菜は四角に、という風に。
それらの作業をしている間に、ざわざわと騒がしかった料理人たちがいつの間にか静かになっており、気付いた時には、皆が食い入るように私の手元を見ていた。
そして、全ての野菜を切り終わると、料理長が震える声を上げる。
「……信じられない、完璧なカットだ」
その声を皮切りに、他の料理人たちが再びざわつき始めた。
「お……王妃陛下が包丁を使えるのかと心配していましたが、そのレベルじゃありませんね!」
「ああ、凄い。料理の達人だ。というか、我が国の伝統料理をマスターしているよな?」
「ええ、僕もそう思います。我が国の野菜料理は、形もサイズも正解がありますよね。10年間王宮で料理を作っている僕だって、あれほど正確に野菜をカットできません。一体どうなっているんですか!?」
「あれ、でも、あれは何ですかね? 緑の野菜の内側をくり抜いているのは……?」
料理人たちが驚くのも、もっともだと思う。
なぜなら私が行っているのは、一般の家では薄まりつつある古典的で伝統的なスターリング王国の料理方法なのだから、どこで学んだのだろうと不思議に思っているはずだ。
けれど、答えの内容が恥ずかしく思われたため、聞かれるまで黙っていようと、次の作業に取り掛かる。
私は大きなボールに細かく砕いた芋とバターとミルクを入れると、きょろきょろと辺りを見回した。
それから、座り心地のよさそうな樽を見つけると、その上にひょいっと座る。
「お、王妃陛下!?」
驚いたような声を上げる料理長に、私はにっこりと笑ってみせた。
「これを混ぜるのに、私は1時間かかるのよ。立っていると疲れるから、見逃してちょうだい」
「え、い、1時間も混ぜられるんですか!? それはお疲れになってしまいますよ! よければ、私に手伝わせていただけませんか!!」
ゆるく首を振ると、がっくりとうなだれられる。
「そ、そうですか。いえ、もう本当に、王妃陛下に我が国の料理をお作りいただけることは、感激以外の何物でもないのですが、……我々でもやらないほど細やかに料理をしていただけるので、頭が下がる思いでございます!!」
なぜならそれが、私がお師匠様から習った調理方法だからね。
私は秘伝のたれを少しずつ垂らしながら、ゆっくりとボールの中身を混ぜ合わせていく。
今や誰もが固唾を呑んで私の手元を見つめていた。
「しばらくはかき混ぜるだけだから、見ても面白いものはないわよ」
そう忠告したけれど、全員から「「「すごく面白いし、勉強になります!!」」」と返された。はて。
一瞬首を傾げたけれど、私の作り方におかしなところがあればその都度教えてほしいと頼んでいたことを思い出し、料理人たちは仕事をしているだけだわと納得する。
そのため、私は料理の続きに戻ったのだった。






