95 フェリクス様の10年間 4
フェリクス様の後悔に満ちた表情を見て、私は当時の辛かった気持ちが少しだけ薄れていくのを感じた。
誤解を正したくて何度会いに行っても、フェリクス様に会ってもらうことはできなかった。
そのため、当時の私は彼のもとへ向かうことが怖くなっていたけれど、私の前で力なく項垂れるフェリクス様を怖くは感じない。
「フェリクス様、ずっと昔の終わったことを覚えていてくれてありがとう。心が砕けることはなかったけれど、あの頃の私はあなたに会いにいくことを怖く感じていたの。こうやって私に接してくれるあなたは、ちっとも怖くないのにね」
不思議ね、と微笑みかけてみたけれど、彼が笑い返してくれることはなかった。
痛ましいものを見るような表情を浮かべ、無言で私の手を握ってくる。
けれど、その手は驚くほどに冷えていた。
そのため、彼は緊張しているのだわと感じ、少しでもその状態がほぐれるようにと彼の手をゆっくり擦る。
「フェリクス様、お話をしましょう」
「えっ」
私の唐突な提案に、フェリクス様は戸惑ったような声を上げた。
私は彼を見上げると、賛成してほしいと思いながら言葉を続ける。
「私がどう考えているのかが分からない時は、いえ、分かっていると思っている時でも、できるだけ話をしましょう。私もフェリクス様の気持ちを尋ねるようにするから。そうしたら、あなたも私もお互いの気持ちを取り違えることはなかったし、あなたがそんな風に自分を責めることはなかったはずよ」
フェリクス様はしばらく無言のまま私を見つめた後、何か眩しいものを見たとばかりに目をこすった。
「……素晴らしい提案をありがとう。君は本当に慈愛の人だね。……今後、私は機会を見つけては、思っていることを全て口にするようにするし、君の気持ちも不躾にならない程度に尋ねることにする。君はいつだって正直に答えてくれるから、そうすれば、君の気持ちを誤解することはなくなるだろう。そして……自分を責めずに済むかもしれない」
彼は私の提案に賛同する言葉を口にしたけれど、どういうわけか最後の一言だけは本心でないように思われた。
もしかしたら私がどう考えたとしても、私を拒絶した自分の過去を許せずに、彼は自分を責め続けるのだろうか。
そんなことはないはずよねと思いながら、彼の負担が軽くなるように、正直な心情を口にする。
「フェリクス様、私はあなたを責めようと思ったことは1度もないわ」
その言葉を聞いたフェリクス様はホッとした表情をするかと思ったのに、ますます痛ましげに顔を歪めた。
「ルピア、1度私を責めたらどうかな? 言いたいことを全部言うんだ。きっと、すごくすっきりするよ」
「フェリクス様を責める……」
一体何について、彼を責めるというのかしら。
フェリクス様はいつだって、国のために一所懸命取り組んでいる。
私が眠り続ける前も後も、彼の私人としての時間が驚くほど少ないことは身近にいる私が1番よく分かっている。
そして、そんなわずかな私人としての時間の多くを、彼は私のために使ってくれたのだ。
多分、彼自身のために使う時間はほとんどなかったのじゃないだろうか。
「せっかくもらった機会だけど、あなたを責める点が見つからないわ」
「ルピア……いくつもあるよ。たとえば君が魔女だということを私は信じていなかった」
フェリクス様は緊張した様子で、核心的な言葉を口にした。
先ほどからずっと、フェリクス様は彼にとって言いづらいことを口にしている。
多くの者であればなかったことにして、触れずに終わらせるような話題をわざわざ拾い上げて、私の中に眠っているであろう不満や不平を解消しようとしてくれているのだ。
―――10年もの間。
多くのものを両肩に乗せた、考えることもやることもたくさんある一国の王が、私のことをずっと思いやってくれていたのだ。
これほど誠実で優しい人は、大陸中を探しても他にいないのじゃないだろうか。
そう考えながら、私はもう1度、10年前の出来事を見つめ直してみる。
「……そうね、確かにフェリクス様に信じてもらえなかった時は悲しかったけど、思い返してみれば、私の説明は驚くほど稚拙だったわ。常識人のフェリクス様が信じるのは難しかったはずよ」
フェリクス様は大きく首を横に振った。
「物事を信じる時、根拠や理由を求めるのは私の通常行動だ。しかし、君は私の妃なのだから、唯一の例外として扱うべきだった。無条件に信じなかった私が間違っていた」
「まあ、フェリクス様ったら」
冗談を言われていると思ったため、わざとおどけた表情を作ってみたけれど、彼は笑わなかった。
冗談ではなかったのだろうか。
私はふと浮かんだ質問を口にする。
「ねえ、フェリクス様、もしも私に尻尾が生えたと言ったら、あなたはどうするかしら?」
「……君が窮屈な思いをしないように、ドレスの腰回り部分を全て補正させる」
「まあ、突拍子もない私の言葉を信じてくれるの?」
「ああ」
彼が真顔だったため、私は本当に信じてもらったような気持ちになる。
そのため、私はこてりと彼にもたれかかった。
「フェリクス様は素敵な人ね。そして、過去を修繕するのが上手だわ。……私は10年前、そんな風にあなたに信じてほしかったの。でも、そんな恋はどこにもあるはずないから、幼い魔女の恋心が望んだ幻想でしかなかったはずなのに……あなたは傷付いた魔女の恋心まで癒してくれたのだわ」
笑みを浮かべる私とは対照的に、フェリクス様は泣きそうな表情を浮かべる。
「ルピア、私の魔女はずっと大人だったよ。私よりも何倍も情け深くて、城中の皆に慕われ、正しいものをまっすぐ見つめていた。幻想ではない。だから、どうか……私がそんな風に君に恋するのを許してくれ」
そう言いながら、彼は私の手を握ってきたけれど―――その手は変わらず、驚くほど冷たかった。
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