異世界を救い元の世界に帰った聖女は幼馴染のおっさんを攻略するのに忙しい
現代ではあらゆる小説が流行っていた。
恋愛の異世界転移、冒険溢れる異世界転生など。いまでは誰もが夢のような話に憧れている。
いつは自分も、と夢を見る子供や大人は大勢いる。だけど、それが実際に起きていることを知り、体験する存在はとても極僅か。
そして、彼女もまたその奇跡的な極僅かな一人となる。
彼女の名前は水谷奈緒。
特に見た目が美しいわけでも成績優秀でも親が金持ちでもないどこにでも普通の女の子。
ある日、高校一年生のオリエンテーション中のことだった。突如床下が光り、目を開ければ“聖女”として世界を救うため異世界に召還されていた。
見た目麗しい王子様や騎士様、など。これが小説の恋愛ストーリーであれば世界を救ったのち攻略対象と結ばれるのがセオリーな展開であった。
だが、しかし。
彼女は少しだけセオリーな展開から外れた子でもあった。
異世界に蔓延っていた瘴気を唯一払うことが出来る聖女として、地球から召喚された奈緒は各国を巡礼したおかげで無事瘴気は払われた。
世界に再び青空が戻り、人々は聖女ナオを賛えた。
そして、本来召喚された聖女には褒美として王族との婚姻だけでなく複数の夫を持つことを許されていた。
聖女を召還した国“エヴァンジェリスタ”の第一王子“アーベル”は白い花束を両手いっぱいに抱え、愛しい少女の下へ急ぎ足で進んでいた。
アーベルは幼い頃から聖女の物語に憧れており、いつしか自分だけの聖女が来てくれるのを夢見ていた。
そしてついにアーベルの前に聖女が現れた。
最初は見た目麗しくない奈緒の存在に、聖女なのにと蔑んでしまったが奈緒の美しさは外見ではなく志であった。
巡礼の旅に何度か同行したことがあったが、その度に奈緒の強い眼差しとそして優しさにアーベルはいつしか心を奪われていた。
そしてこの巡礼が終わり、世界に青空が戻った時は告白をしようと心に決めていた。
「ナオ、ナオ!!」
白い花は愛する人に捧げる求婚を求める証。
この花を渡し、相手が受け取れば婚姻は成立する。そして結婚式ではこの白い花をあしらった衣装を身に纏うようになっている。
きっと彼女は驚くだろう。
そしていつかみた甘く蕩け恋する顔で、アーベルの求婚を受け入れてくれるだろう。
考えるだけで胸が破裂しそうなくらい苦しいのに、この高揚感はなんだろうか。アーベルは見えてきた聖女に与えられた一室へたどり着いた。
本来ならば、ノックをして訪問者の名を告げ、部屋の主に入室の許可を得てから入るのが礼儀だ。
だが、王族であり自分が優先されるのが当然の思考であるアーベルはノックも無しに部屋の扉を押し開けた。
「ナオ、どうか私の妃になってくれ!」
「え、やだ」
ありったけの白い花束を差し出し求婚の声に即答で返ってきた拒絶の言葉。
シン、と部屋の中が静寂に包まれる。
アーベルはさきほどまでの興奮が嘘のように静まり、呆けてしまう。だが部屋の主である奈緒はアーベルなど眼中にないのか二人の男性の胸倉をつかんだ状態でシェイクアップしていた。
一人は真っ白な衣装と十字架が記された赤い帽子をかぶった高齢の男性ともう一人は神々しい王冠を頭に乗せ赤いマントを身に付けた高齢の男。
どちらもアーベルの記憶の間違いがなければ、一人は教会の大司教ともう一人は自身の父親で間違いない。
「ちょっとー、約束が違うじゃないですかー」
「「んべ、ちょ、まべ」」
「世界を巡礼したら元の世界に帰してくれる約束でしょー?なーにが王族に迎え入れるだって?そんなの一ミクロンたりとも望んでいませんけど?」
「せ、せせいっじょ、さんま!」
「約束破るわけ?ならこっちも手段は問わないよー?せっかく人が穏便に済ませようとしているのにさー。こっちは、報酬は元の世界に帰すだけだって言ってるでしょ?」
「ナ、ナオ!元の世界に帰るのか!?」
「帰るわよ、勿論」
王に対して不敬だとかそんなことよりも奈緒の口から発せられた元の世界に帰る発言にアーベルは素早く食いついた。
そして全く否定せずに肯定する奈緒に対しアーベルは青褪めた。
「そんな帰るなど言わないでくれ!」
「だが断る」
振り向きもせず切り捨てる奈緒にアーベルは足の力が抜けそうになるのを必死で堪えるが、不意に部屋の隅に転がっている存在に気付いた。
「ドルインにルークス?」
体育座り状態で壁と向き合い顔をうずめているのはアーベルの友人であり尚且つ幼馴染のドルイン。
彼は代々王家に忠誠を誓う騎士の家系であり、ドルインはアーベルに忠誠を誓っていた。
だが、気を許しあえた親友同士でもある。
そんな彼も世界を救うために一緒に旅をした仲間であり、恋のライバルでもある。
そしてドルインの横で屍のように倒れ臥せっているルークスもまた一緒に旅をした仲間であり恋のライバルだ。
「・・・奈緒」
「なに?」
「もしかしてドルイン達も」
「あぁ、うん。結婚してって迫られたから秒で断った」
まさかの同じ展開にあっていた。
ただ唯一違うのは二人が求婚を申し出たとき、奈緒は王と大司教をシェイクアップしていなかったので辛辣な言葉の攻撃により撃沈していた。
いま奈緒の意識は王と大司教に主に向いているので、辛辣な言葉への攻撃がアーベルに向いていないだけである。
「帰せ、帰せ。自分たちの命を犠牲にして私を帰して」
「「ひぇええ」」
「ひえぇ、じゃない。そっちの都合ばかりで人様を誘拐しておきながら何様よ」
「で、でも帰還の魔法が分からな」
「こっちは女神さま情報で帰還の陣があるのを知ってるの」
シェイクアップからアイアンクローへ進化し、渾身の力で顔面に指を食い込ませれば断末魔のような悲鳴が響き渡る。
その間、後ろでアーベルは必死に奈緒を口説こうとするも。
「もげろ」
「禿げろ」
「だが断る」
以上の三言のみで全て跳ねのけていた。
「わかりました!聖女さまのお望みのままにぃぃい!」
心が折れた大司教は、奈緒の要望を受け入れ即座に実力揃いの神官と魔術師を呼び寄せ隠されていた帰還の陣への発動を始めさせた。
「あ!ちゃんと時間は召還前の時間に戻しておいてくださいよ!」
「「は、はひぃ」」
聖女の力を今後も利用しようと考えていた王様も大司教もまだ45歳なのに、奈緒に精神的と肉体的に責められた所為かすでに70前後まで老けてしまっていた。
帰還の陣が輝きを増し始め、奈緒の瞳は喜びに輝く。
それをみたアーベルは、奈緒へと手を伸ばした。
「ナオ、どうかこの国に留まって私の妃になってくれ!」
「絶対やだ、こちとら片思い歴12年、両想い1日だぞ。あと少しで既成事実作れる寸前だったから帰るわ」
「!?」
「じゃ、お疲れ様でしたー!」
最後に、奈緒にとって最高の笑顔を見せながら魔法陣の中へ消えていく。
帰還の陣から輝きが消えれば、魔術師や神官たちは王や上司を顧みることなく部屋を去っていった。
残されたのは振られた男どもと精神的に痛めつけられた汚い大人二人組だけ。
*
時は西暦20××年。
一組の男女が腕を組んで、賑わう街中を歩いていた。
「それでね、賢ちゃん!このあと」
現代に戻った奈緒は即座に愛しい人の元へ駆け込み既成事実を作ろうとした。
だが、愛する人からの渾身の願いにより学校を卒業するまでは清らかなお付き合いをすることとなり、本日は買い出しに街に出ただけだが奈緒からすれば買い物デートである。
「ナオ!やっと会えた!君を追いかけて転生してk「あ!賢ちゃん!あそこにご当地マスコットの“もゆるふ君”がいるよ!」
「?」
突如目の前に現れた金髪碧眼に、即座に奈緒は反対方面を指さす。
思わず奈緒が指を指した方角へ恋人が視線を向けた瞬間、「ッしゃあオラー!!!」と声になるかならないかの音量で目の前の金髪碧眼に向けてラリアットを食らわす。
相手も油断をしていた所為か、綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいく。そして何事もなかったかのように恋人の傍に戻り、腕にしがみついた。
「奈緒、あれは“もゆるふ”じゃなくて弟の“もっふぁる”だ」
「え!?なにそれ!もゆるふ君にいつ弟生まれたの!?」
「さぁな、気付いたら増えていたな」
「じゃあ、私たちも気づいたら熟年夫婦って言われるように、このまま市役所で婚姻届けだそうよ!」
「・・・あー、そういや今日は牛乳の安売りだったな。まだ間に合うか?」
隙あれば恋人の名前欄以外すべて記入された婚姻届けを掲げ、市役所へ連行しようとする奈緒に誤魔化すように別の話題を切り出す。
ベタな逃げ方だが、大好きな人を困らせたくないので深追いはしない。
時間はまだたっぷりある。
異世界に行ったことで以前よりもたくましくなった奈緒は本日も幼馴染であり恋人との既成事実を作るために翻弄する。
聖女だからって、危険な旅をするのだから体鍛えるに決まっているじゃないか。
指導してくれた武闘家の師匠、本当にありがとう!!
お読みいただきありがとうございました( *´艸`)
いつか、この二人の恋愛攻防を中編範囲で書いてみたいものです(∩´∀`)∩