8・悪役(のフリをした一般人)、悪事を企てる♯2 ★挿絵あり
挿絵二枚あります。
「新巻ヒロトですっ! よろしくお願いします……!」
「彼が新しく伝道師様に認められた“導かれし者”よ。仲良くしてあげてね」
『神々の光』の教団本部にて、緊張した面持ちで自己紹介をする新巻。
年配の信者が大半を占める中、若者の男性、それに新入りの信者ともなれば、おばさんたちの人気を集めるのも必定。
「新巻くんは何歳なのかしら!?」
「22っす!」
「大学生なの? かわいい顔してるわ〜」
「あ、あざす。今〇〇大学の二年生で……」
「頭もいいのね〜! 彼女とかはいるのー?」
「い、今はいないです……」
「やだ〜! せっかく若いのに勿体ないわよ!
あ、新谷さんの娘さん! どうかしら、美人さんで恋人いないらしいわよ。ほら、この子!」
「あの、そういうのは……」
「ちょっとちょっと! 私抜きで勝手に話を進めないで〜!」
ワチャワチャと揉まれてぐったりする新巻。気力溢れるおばさんたちにすっかりと生命力を奪われてしまったようだ。
(スタントマンなんかより、この人たちのほうがよっぽど精気を吸収してるよ……)
どこかの誰かはそうぼやく。
「静粛に!
新巻くん。どうして神々の光に入ったのか、皆に教えてあげて」
新巻をカフェで勧誘して、教団まで連れてきたふくよかな女性がそう言うと、おせっかいやきのおばちゃんたちは黙り込んだ。
どうやら彼女はボス的な存在らしい。
「……は、はい!
僕は、喧嘩別れした親友が怪獣に襲われて、意識不明になって、すごく落ち込んでいたところを橋渡さんに拾われて。
教本をそのとき渡されたんですけど、数日間その本の通りに祈り続けたら、親友が目を覚ましたんです!
だから、この宗教に入ろうって決めました!」
「そういうことなの。
新巻くん、あなたはきっと神に気に入られているわ。私達団員は、そんな“神に愛された”あなたを歓迎します」
そうして紹介が終わり、ぱちぱちと拍手を送る団員たちに、照れくさそうに首をかく新巻。
照れながらも、新巻は語り始めた。
「やっぱり奇跡だと思うんですよ。
親友が助かったのは、お医者さんに『本当だったらありえない』なんて言われてたらしくて。
ーーだから、思うんです。
神様なら、渋谷の怪獣テロ事件だって、なかったことにできるんだって!」
空気が、止まった。
「第二次世界大戦。地球温暖化。人類は様々な困難に立ち向かってきましたよね。
でも、ただの人間では、解決できないんですよ。所詮は肉体に縛られた魂でしかない僕たちに、できることなんて限られてる。
結局どこに行っても、僕らは欲求に縛られた獣だ。
いくら善行を積もうと、いくら瞑想しようと、僕らの醜い欲は人を殺し続ける」
誰も、言葉を発さない。
いや、“発せない”。
「……けど、神様は違う! 僕たちで必死に祈り続ければ、親友を『生き返らせた』神様なら、
天から奇跡を起こせる神様なら、全部なかったことにできーー」
「……あ、新巻くん、そこまでよ。
そこから先は、伝道師さまの言葉でしょう?」
流れを止めたのは橋渡であった。
「ーーあっ、ごめんなさい!
僕ごときが皆さんに力説しちゃって……つい、神様の素晴らしさを伝えたくなっちゃいまして」
「もー」「びっくりしたわー」と安堵のため息をつく団員たちだが、
全員が新巻の気迫に気圧された事実に。
なぜか聞き入ってしまう魔性の魅了に。
真っ白なキャンバスに一点の黒が混じりこんだように。
ーー彼らは、腹の底が冷えるような畏怖を抱いていた。
*
(バカの演技は疲れるわァ……)
“新巻ヒロト”のアパートに帰宅した俺は、帰りのコンビニで買い込んだビールを嗜みながら、ふぅっと煙を吐いた。
電子タバコ特有の薄味なフレーバーが部屋に漂う。
これでも健康的になったほうだ。以前はLARKを愛煙してたくらいだからな。
(後輩のやつ、俺のこと『騙されやすい馬鹿な男』とでも思ってるんだろうが、
ぷぷぷ、お前がモデルなんだけどな! バーーーカ!)
笑える。
バイト中の後輩の、同情心溢れる表情に、思わず吹き出しそうになったぜ。
っと、メールだ。
なになに?
【
from 後田 忠司
to スネーク
先輩、劇団員の皆さんと連絡つきましたか?
オレの方はまだ帰ってこないっす
】
……一瞬、後田って誰だ? と思ったが、このアホそうな文面で解った。
あいつ、名前でも後輩ヅラしてやがる。ウケる。
(いやー、俺は送れないっしょ……なんてったって指名手配犯、蛇沼俊平だからな)
【
from スネーク
to 後田 忠司
俺は身分的に送れないから、後輩に頼んだ。
あいつらがどっちの世界の記憶を持ってるのかわからんし
】
めるめる。
10秒後くらいに返信。はえーな。
【
from 後田 忠司
to スネーク
了解
あ、劇団seaのHP消えてました。なんならwikiもないです。
劇団sea自体はあったらしいんすけど、公演歴0で、組織があった記録しかないですね
】
……ん? マジか。
マジだった。検索結果の最上位に表示されるが、何度リロードしても404エラーで入れない。
サーバーダウンの可能性もあるが、もう何がなんだか。
【
from 後田 忠司
to スネーク
先輩! てか、facebook消しといたほうがいいですよ
ヤバイことになってます
】
またまたメールの追撃。
……あ、そういえばSNSずっと放置してたわ。ツイッターはハンドルネームだが、FBは流石に本名である。何なら公演の宣伝とか同級生との交流とかで地味に使ってた。
恐る恐るアプリを開いて、久々にアカウントにログインする。
聞いてくれよ。何個通知が来てると思う?
3万だぜ。3万。
ちらっと通知欄を覗く。
――「蛇沼俊平●す」「コラ画像見たー?」「あなたの理念に共感しました!」「逃げるな」「おめでとうございます! 貴方に10億が当選しました!」「人殺し」「キモい」「●ね」「アタシと突き合って♂ほしいわァ~ん」――
俺はアプリをそっと閉じた。
怖い。人間怖い。
【
from 後田 忠司
to スネーク
先輩! ログインしやがりましたね!?
】
あっ。
facebookって確か、ログイン履歴が他人から確認できたような……。
アプリアイコンの通知を示す数字が急に増加していく。俺は自分の愚かさを恨んだ。
【
from スネーク
to 後田 忠司
もう寝る
】
俺はビール缶を片手にベッドに潜り込んだ。
ほろ酔いの高揚感は、もう台無しだった。
【
from 後田 忠司
to スネーク
おやすみなさい。
明日のSNSでの反応が楽しみですね。
】
……後輩の癖に生意気だ!
*
枯れ葉が舞い落ちる肌寒い季節。
――二人は、運命の出会いを果たした。
「あのっ、ハンカチ、落としましたよ」
「……ありがとうございます、っ!」
目と目が合う瞬間(略)。
――なーんてな。これはただの”マッチポンプ”な運命。
”俺”と江戸愛実が出会い、お互いに一目惚れをして、一緒に行動する辻褄合わせのためだけの恋。
『例のカフェ』で意気投合した二人は、実は正体が”神の愛し子”の娘と、教団に所属する一般教団員だと知る。それを引き裂くヴィランは、愛実の父こと誠一だ。
なんてありきたり。けど、このありきたりさが後々のインパクトとなるのだ。
……で、終わるはずだったんだけど……。
「やぁ新巻くん! 中学校以来だね! 彼女連れかい?」
「……お、おう……」
なんでお前が話しかけてくるんだよ!?
演間 博雄――!
「同級生の間で噂になってるよ? 新巻くんが怪しい宗教にハマった~って」
「へ、へえ。そうなんだ。僕はどう噂されようと興味ないけどね」
「ヒロトくん、だれこの人?」
「……ただの旧知の仲だよ。
あのさ、僕は今デート中なんだ。邪魔しないでほしいんだけど」
「そんな邪険にするなよー。俺は警察官だから、救える人は救いたいのさ。
――『神々の光』で、違法薬物が検出された。君は教団で何か怪しいものを飲まされていないか?」
……知らない。
愛実の脚本にも、俺のプランにも、そんな舞台セットは存在していない。
では、何だ? 博雄の目的は、警察官として、本当に新巻ヒロトを心配するためなのか?
「…………それは本当か?」
「ああ。独自調査で発見した。
まだ公表はされていないが、一週間以内には警察の調査が入るだろう。
前から奇妙な噂があったんだよ。教団の近くでうめき声が聞こえたとか、教団から出てきた信者が虚ろな目をしていたとか。目をつけられてはいたのさ」
……俺はモノホンの闇に足を踏み入れてしまったらしい。
「そこでお願いがあるんだけど。
……君はまだ引き返せる。俺の極秘調査に協力して、一般教団員として、薬物の場所を探し出してきてほしい」
つまり、潜入。スパイか。
誠意のこもった博雄の眼差しに、思わずほだされそうになった俺だが――
「断る。
教団の人たちはみんないい人なんだ。
そんな人達を疑うなんて、僕にはできないよ」
「……わかった。
じゃあ、この話はなかったことにしておく」
あっさりと引き下がった博雄は、足早にカフェを去っていった。
彼の背中が見えなくなったくらいで、愛実に顔を寄せて小声で話しかける。
「なあ。知ってたのか?」
「知らなかったです……。
まさか、犯罪にまで手を染めていたとは……終わってますね、父」
俯く愛実を前にして、俺は脳をフル回転させた。
(考えろ。脚本の整合性を合わせるんだ。
発見された違法薬物。
警察の調査は一週間以内。
愛実と新巻ヒロトの恋路。
導き出されるストーリーは……これだ!)
「愛実。
明日の夜8時、誠一を呼び出せ。場所はこのカフェ」
「……え? でも、私と父は仲悪くて……」
「いいか。どんな手を使ってでも、呼び出すんだ。
――俺は脚本を改変する」
携帯を取り出し、後田にメールする。
【
from スネーク
to 後田 忠司
明日、カフェのシフト夜まで残れるか?
】
バイト中の後田の腰ポケットが、振動する携帯で震えた。
すぐにチェックする後田。
【
from 後田 忠司
to スネーク
大丈夫ですけど…………まさか!
】
ああ、そのまさかだよ。
【
from スネーク
to 後田 忠司
いえーいピースピース
】
そうメールして、後田に二本指を見せつける俺。
ギギギと擬音が付きそうな動きで、後田は俺の席を振り返りーー
後田は片手で持っていたお盆を手放した。
「……う……ぅう……
うわ――――――!!!!」
顎の関節外れるんじゃねぇかってレベルで驚いて、携帯を持って後田はカフェを走り去ってしまった。
…………いや、こっちが想定外なんだけど。
ーーカウントダウンは残り100時間。