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5・悪役の演技してたら不良娘に懐かれた件



 とある小洒落たカフェのカウンター席で、向かい合う中年男性と若い男がいた。


「で、後田くん。二週間の無断欠勤、どう言い訳してくれるのかな?」

「…………言えないッス」

「ふーん?

 僕たちが君のシフトを埋めるのに駆け回った苦労を、無下にするつもりかい?

 怒らないから、本当の理由を言ってご覧」

「…………………………」


(……悪の組織に誘拐されてたなんて……

 言えるわけないじゃないッスか……!!!)


 彼の心の中は半べそだ。

 お察しの通り、彼はとある劇団員の後輩だ。一度も名前を呼ばれていないが、彼には後田うしろだ 忠司ただしという立派な名前があった。


「ハー。前々からへらへらした奴だとは思ってたけど、まさか音信不通になって、かと思えばまた働きたい? 都合がいいにも程があるよ。

 もし復帰したいというのなら、それなりの誠意を見せてもらわないと」


(…………く、屈辱…だけど、仕方ないッスよね!? ボスの命令なんスから!!

 多分、誰もオレなんか見てないっ)


 後田は意を決して起立し、上半身を傾け、そのまま勢いよく地面に滑り込んだ。


「申し訳ありませんでした! …………ッス!」


 スライディング土下座。

 水泳の飛び込みの如く美しい姿勢を見せる後田は、むしろ清々しいほどの謝罪っぷりを見せつけた。

 そして、当然のように集まる視線。カフェで優雅なティータイムを過ごしていた客たちの注目が、後田に集中砲火だ。


(顔上げられねェ――!)


 やがてその謝罪が30秒ほど続いた頃だろうか。

 後田の背中が蹴られた。


「グェ」

「あれー? 後田じゃーん!

 おっひさー」


 後田が悶絶しながら顔を上げると、見知った顔があった。

 バイト先の先輩である。思わぬ援護射撃に顔をぱっと綻ばせる後田。


「田辺先輩! お久しぶりで――」

「なんて、言わせねェーよッ!」

「ぐはっ」


 蹴るだけで飽き足らず、今度は柔道の背負い投げを決められる後田。

 彼はもう心も身体もボロボロだというのに、田辺の死体撃ちは止まらない。


「なにが! 『お久しぶりです!』だよこの阿呆!

 私達がッ! どんだけ! 苦労したと! 思ってるんだよ――!?」

「や、やめ」

「テメーのせいで! テスト期間が犠牲になった! 時間外労働は当たり前! 睡眠時間3時間!

 こちとら奨学金かかってんだよコノヤロー!?」

「」


 ゲシゲシと頭部を何度も殴られて、とうとう後田は動かなくなった。

 流石の田辺も焦り顔で攻撃の手を止めた。


「……あれ、死んでる? これやばいやつ?」

「………………死の瀬戸際でぎりぎり生きてるッスよ…………」


 なかなかしぶといのが彼の長所なのである。


「危うく殺人犯になるとこだったわ。

 ふぅー。なんかスッキリしたし、許したる。後田、今日から私の奴隷な」

「そんな強引な……」


「聞いて? 私の戦績。

 14・連・勤♡

 店長ー! 後田が埋め合わせしたいって――」

「オレは田辺さんの奴隷です」


「物分りのいい子ね。

 じゃ、早速命令。そこの自販機でモンスター買ってきて。色はピンク。モチ、後田の奢りよね?」

「ハイハイ……わかりましたッス」

「ハイは一回!」


 げっそりした顔の後田の背中をぽんぽんと叩く田辺が、まるで悪魔のように見えた。


(田辺先輩。近所の大学の3年生で、オレより3つ年上のお姉さん。

 新人の頃は優しかったのに、今じゃただの鬼……)


 どこに行ってもパシられる後田は、己の運命は不変なのだと悟った。


(しっかし。また表社会で人間として暮らせって、ボスは何考えてるんッスかね)


 悪の組織と繋がりのある自分をなぜ衆目に晒すような真似をするのか。

 また、謎の資金源から月百万という莫大な給金を出せるのに、アルバイトにチマチマと小銭を稼がせる合理的な理由が浮かばない。

 ボスの思惑に疑問を抱きながらも、後田はかつてのバイト仲間との再開を素直に喜ぶのだった。


 *


 外は今にも雨が振りそうな様相であった。

 傘も持たずにカフェを飛び出してきた後田だが、ゴロゴロと不穏な予感を匂わせる空に、己の運の悪さを憎む。


「えーっと、ピンモン、ピンモン……」


 カフェから少し離れた場所にある自販機で、田辺のリクエスト品を探す後田。しかしお目当ての品物はなかなか見つからない。

 そんなときだ。後田の背後から声をかけてくる青年がいた。


「ピンモンなら、あそこの反対側の車線の自販機ですよ」

「あ、マジすか……ありがとうござ…………ッ!!!」


(演間博雄! 演間博雄じゃないッスか――!!??)


 ただの親切な通行人かと思いきや、彼の目前にいたのは組織の宿敵であった。

 

 後田が組織のアパートに軟禁されてから2週間。外に出れない後田の唯一の娯楽が、テレビを見ることであった。

 ワイドショーで、例の事件について討論されるたびに流される博雄の映像。毎日のように報道されていては、自然と学習して脳に染み込んでしまうのが人間の性。


 後田は思わず出かけた声を両手で抑え、平静を装う。しかしその仕草に何かを察したらしい青年は、バツが悪そうに苦笑いした。


「はは、僕も有名になったもんですね。もう素顔じゃ出歩けないや」


 ――例の事件当時のこと。

 博雄の勇姿は、NHKの中継カメラだけでなく、数多くの観衆の手で撮影されていた。その動画がSNS上で大きく拡散され、おかげで彼は一躍時の人となってしまったのだ。


「警察官だったときは、景気づけによくあそこの自販機でエナドリ買って出勤してたもんですよ。

 ……どうでもいいですよね、すみません。最近まともに人と喋る機会がなくて、会話に飢えてたんです」

「はぁ……そうッスか」


 唐突に語り始める博雄に、一刻も早く立ち去りたい後田。二人の利害は永遠に一致しなさそうだ。


「……雨だ」


 どちらが呟いたのか、その声色はぽつぽつとした降雨音にかき消されてしまう。

 雨除けが併設された自販機の手前で立ち尽くす男性二人。彼らの間に特にこれといった会話はなく、両者、ただぼーっとしていた。


(……ピンモン買ってこなかったら、先輩怒るだろうなぁ)


 しばらくして、とうとう後田は重い腰を上げる。小雨に打たれる感覚と共に、背後の博雄にひらひらと手を振った。


「こりゃー酷い天気になりそうだなァ……。

 あ。

 傘、ないなら、あそこのカフェに寄るといいッスよ。超美味いんで」

「……ああ、ありがとう」


 ちゃっかりと店の宣伝をする後田であった。


 後田は、決して博雄のような人間が嫌いではない。

 ――悪の組織という後ろ盾がなければ、もっと仲良くなれただろうな。

 なんて考えが浮かんでは、泡のように消えた。


 二度目の正義と悪の邂逅は、穏やかな空気が流れていた。


 *


 交渉術において、相手に優位に立ち続ける方法は2つある。

 1つ目。実際に優れたカードを持って挑むこと。確固とした物証があると、相手に付け入るスキを与えさせない。

 2つ目。優れたカードを持つように”思い込ませる”ことだ。

 たとえそれが真っ赤なウソでも、最終的に相手に是と言わせれば勝ちだ。嘘つきと罵られても、締結された契約は簡単に覆せないのである。


「へびぬ……蟻塚様。今日はどこを”セッティング”しますか?

 ……しかし、相変わらず、今日もお美しい……」


 真っ昼間。とある住宅街の片隅で、通行人の注目を集める主従の姿があった。

 片膝をついて、忠誠を誓う騎士のような姿勢のギャル。

 ドン引きだ。


(優位に立つためとはいえ――ここまで崇拝されるなんて思ってなかったよ!?)


 俺はギャルの誘いに乗った。しかし、それは”蛇沼俊平”を公表することを恐れてではない。(いや、実際はそうなんだけど……)


 悪のヒーローである俺が『面白そうだから』乗ったのだ。そう思い込ませた。

 

 それはもう、嘘八百を語った。


 思い出す。あれは一週間ほど前のことだったか――




『正体を知って俺を追い詰めたと思ってるとこ悪いけど。

 君はもう詰んでるんだよ、江戸ちゃん?』


 そう言って、背中からギャルをぎゅっと包容した。役得ゥ!

 ……いや、決して触りたかったとか痴漢的な思想じゃないからな? これは脅しのためだからな? 


『はい? 何を言って――』


『まず、俺の近くに寄った時点でアウト。俺は”触れれば相手の中身を吸える”んだよ?

 まさかそんなことも知らない君じゃないよね?』


『で、でも。貴方がここで私を殺せば、貴方は取り囲まれて――』


 うろたえる彼女に、俺は耳元で囁いた。

 

 演じるのは”悪意”。

 ……怖がらせろ。怖がらせて、相手から冷静を奪え!


『あははっ、そんなの大した問題じゃないよ。


 ――バレたら全員殺してしまえばいい。

 通りすがりの君の友人も。大事な兄弟も。全く関係ない通行人もね。

 俺はここにはいなかった。いつの間にか屍があった。目撃者は0。その事実を作り出せば、

 なんてことだ、俺は無実だ』

『……っ。

 でも、でも。私は、貴方なら乗ってくれると思って……』

『命乞いかい?』


 彼女を拘束する手を強めた。なるべく圧迫感を感じるように、より強く。

 

(そうだ。いくらでも語れ。お前の弱みを見せろ。

 俺の付け入る隙を作り出せ!)


『……初めてなんです。私が、生きてて面白いと思えたの。


 何をやってもつまらない。父は”神”に心を奪われていて、母は父の傀儡。両親が愛したのは”神の子”の私で、本当の私なんて見てくれない。

 学校では、頑張って勉強すれば、1位を取れた。ちょっと練習するだけで、それなりになんでもできた。


 でも、そんな私が妬ましかったんでしょうね。クラスメイトに両親の正体が露見すれば、私はどこに行ってもいじめられた。

 単純に、生きるのがつまらなかった』


(きた、勝ち確)


 相手が回想を始めたら、それは自分の負けを認めたということだ。

 俺は終わりの見えた勝負に、先の筋書きを脳内で描いた。


『でも!

 交差点で血まみれの貴方を見たとき……心が今までにないほど昂ぶって……。

 これが恋なんだと、初めて理解しました。

 きっと、貴方が人間じゃないから、好きなんです。

 人間は、つまらない生き物ですから。


 だから……私は”脚本”を考えて、貴方と接触した』


 震える声で大胆な告白をやってのけるギャルに、俺は内心恐怖を感じた。


(計画犯……てか、ストーカー!?)


『報酬は“新興宗教の主”。……どう、ですか?』


 不安げな瞳を揺らす彼女だが、その言葉には己の脚本への過大な自信が見て取れた。


『――面白い。

 ちょうど、かき回したいと思っていた所だ。

 それに、君自身への興味も尽きない』

『…………!!』


 ドン引きって意味でな!!

 色恋じゃないからな! 勘違いするなよ!

 そこ、顔真っ赤!


『ぁ、……良かった…………』


 そう言って、へにゃりと俺の腕で倒れ込むギャル。

 マジかよ、コイツ気絶しやがった!

 どんだけ疲れてんだよ!


『前途多難だ…………って、おりょ?』


 彼女をどこに送り届けようか――と思案していたところ、耳に装着された無線のイヤホンから着信音が鳴った。

 ……この音は、確かボスからだ。


(……出るっきゃないかぁ)


 ピッとイヤホンの受信ボタンを押し、戦々恐々とボスからのお言葉を待つ。

 嫌な予感しかしねぇ。


『よくやった、スタントマンよ。人間をこちら側に引き入れるとはな。

 今回は1つ忠告だ。

 ――我々はいつでもお前を見ている。

 人間どもに情を抱き、裏切ろうなどと考えるなよ』

『……ああ、わかってるよ』


 お説教でした。

 ボスはそれだけを言い残して、通話を終えた。……俺程度の裏切りを警戒するとか、ボス意外と怖がりなのかな?

 なんつって。

 舐めてると痛い目にあう。


『……ま、連絡先くらいは教えてやろう』


 一応任務を授かってるもんでな。台本があるならやりやすい。

 俺は、彼女に自分の電話番号を書いた紙切れを握らせる。そして近場の公園のベンチに寝かせて、その場を去ったのだった。




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