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4・指名手配された一般人(冤罪)、悪の組織の顔となる


「……どういうつもりだァ!? 演間テメー!!」


 バァン、と無骨な机が叩かれる。

 そこは警察署の取調室。事情聴取を受けることになった博雄と、例の虐殺事件当日に、彼と一緒に見回りにあたっていた先輩が机を挟んで向かい合っていた。

 蛍光灯の鈍い光が博雄の顔に暗い影を落とす。


「先輩……勝手な行動をして、申し訳ありませんでした」

「ごめんなさいで済む話じゃねぇんだよ! サツの仕事はなぁ、怪獣と戦うことじゃねえ! 市民を守ることなんだよ!」


 先輩は顔を真っ赤にして叫んだ。

 対する博雄は、ただただ俯いて落ち込んでいるだけだ。その態度が再び先輩の怒りを誘うというのにも、沈み込んだ今の博雄には気付けないだろう。


「…………俺は…………」

「連絡しろって言っただろ……!? どうして約束を破った!

 俺は……お前を危険な目に合わせたくて、一人で行かせたんじゃねぇんだよ……!」


 涙ぐんだ表情で、博雄を諭すように叱る先輩。彼の言葉には、部下への心配がにじみ出ている。


「携帯が……なかったんです」

「ハァ!?」

「車に置きっぱなしにしちゃったみたいで……」

「…………? 

 俺ァ、連絡がこない演間に何回も電話をかけたが、着信音なんか聞こえなかったぞ。マナーモードにしてたのか?」

「……連絡用の携帯でしたから、確かしてなかったと思います」


 ハァ、と頭に手をついて、呆れたように演間を見やる先輩。


「なぁ……演間。わかってるんだよ。お前が正義感からとっさに動いちまったんだってな。 お前は間違ったことをしてない。だが、然るべき防衛手段を持たない、丸腰の人間が、怪獣相手に勝てるなんて、馬鹿な理想を持つのは辞めろ。

 じゃないと、お前――いつか死ぬぞ」

「……………………わかってます」


 重苦しい先輩の言葉が、博雄の心に突き刺さった。それは実感のこもった言葉であり、すでに中年に差し掛かっている先輩のつらい過去を思わせた。


「先輩。俺、警察やめようと思ってるんです」

「………………」


 鉄筋コンクリート製の取調室に、冷たい隙間風が通り抜ける。


「俺はまだ見習いの身で、警官のケの字も知らない。でも、それでも俺は……。


 ……許せないんです。


 たくさんの人が死んで、何もできない俺自身が。

 警察官という身分にたかって、いざ窮地に陥ったらヒーローに頼りっきりという情けなさが。

 そして、何百人という人を殺しておきながら、のうのうと生きている蛇沼が……許せない」


「……演間。お前、自分の言っていることわかってるのか」


 先輩は、厳しい顔で博雄に背を向けた。


「ええ。わかってますよ。

 ……俺が言ったのは、警察官に誇りを持っている先輩方を侮辱する言葉です」

「……なら!」


「――でも!!!

 でも、俺は、もうこんな無力感を、絶対に味わいたくない!


 子供の頃からずっと憧れていたプロットさん。

 いつも可愛がってくれた三冬さん。岬さん。

 友達の裕二も巻き込まれた。

 ……みんな死んでしまった。


 俺がもっと早くついていれば、こんなことには……!」


 博雄が失ったものは大きかった。

 幼い憧れと、信頼できる先輩、学生時代の友人。

 そして警察としての誇りが、完全に砕け散った。


 対する先輩は、博雄の言葉をゆっくりと咀嚼しながら、己の考えを語った。


「……俺もな、ヒーローに憧れた時期があった。

 若かったよ。あのときは、強けりゃいいってんで、周りの人が傷つくのも知らずに、ただただ突っ走ってた。

 だが、いつの間にか守るものができた。

 泥棒を捕まえて、スゲェ感謝してくれた婆さん。迷子で困ってたガキ。可愛い嫁さん。息子なんてできちまってな。

 俺は、捨てられないんだよ。結局な」


「先輩……」


「ま! こんな牢屋みてェなとこでしみじみしてても、しょうがねーよ。

 周りを傷つけて、たとえ何かを失っても、得たいものがあるってンだろ、演間?」


 先輩は朗らかな声で言った。


「俺にお前を止める権利はねぇよ。

 ……だが、1つだけ忠告だ。

 あまり、のめり込みすぎるなよ。本当に大事なものを失いたくないならな」

「……はい!

 先輩、今まで本当にお世話になりました」


 博雄の意志は固い。退職の意は揺らがなさそうだ。


「……ったく。せっかく1年間みっちり指導してやったのによォー」

「タバコ吸ってパシられてただけな気が……」

「辞めるからって調子乗りやがって」


 いつもの調子でにこやかに冗談を叩きあう二人。

 今の博雄は、先程までの落ち込んだ様子が嘘のように笑顔が浮かんでいた。


「あ、携帯は返しとけよ。アレ署長のおっさんの私物だからなー」


 そういって、先輩は飄々と取調室を去っていく。

 ライターの着火音と、白煙の残留を残して、博雄は取調室に一人残された。


(嵐のような人だ。

 ……先輩は、俺の背中を押してくれたんだ。これで俺は、自分自身を絶対に裏切れない……。

 勝てないな、先輩には)


 ふぅ、と息を吐き出す博雄。軋むパイプ椅子に上半身を預け、ゆるりと緊張を解いてつぶやく。


「携帯、ほんとになかったんだけどなぁ……」


 *


「ちなみに保留するってのは無し?」

『無しだ。我々のアジトに辿り着いた時点で、お前の運命は、我々に従うか死ぬかの二択』

「…………そーですか」


 ”ボス”との対談は続いている。

 裏の読めないボスの言葉に、俺たち二人はただ戸惑うばかりであった。


(ひゃ、百万ッスよ!? 月に、百万! それに、終身雇用ッスよ!)

(金に目が眩みすぎだろ)

(眩んでないッス!)


 後輩と相談しつつ、雇用形態を把握する。

 この場に一人だったら、ボスに完全に呑まれていたと思う。……後輩には感謝しないとな。


(……でも先輩、別にあの人”悪の組織の顔”になってほしいってだけで、犯罪を犯せとは言ってないですよね?)

(まぁ、そうだがなぁ……。すでに指名手配されてるのに、組織の汚名までつくなんて、お先真っ暗だな)

(いやー、どっちにしろ、オレたちに選択権なんてないんスよ?

 今の状況、透明なギロチン当てられてるようなもんッスから)

(…………)


 正論も正論。何も言い返せない。

 俺は覚悟を決めてスピーカーを見つめた。


「飲んでやるよ、その条件。

 だが、その前に聞きたいことがある」

『なんだ』

「ボスさんよ。

 実は俺ら、箱入り息子なもんで、社会の常識、怪獣についての知識、てんで知らないんすわ。

 ちょっくらそのへんをご教授願えますかね……?」

『断る』


 淡い期待はすげなく打ち砕かれた。


『何故私がそのような面倒臭いことをしなければならないのだ』


(意外と俗っぽいんだな)


 ――そうして、結局悪の組織に引き入れられる事となった俺達。


 ボスから与えられた最初の任務。それは、『社会を恐怖の渦に巻き込め。手段、期間は問わず』とのことだった。

 組織からの支援物資は、ある程度の金とモブ怪獣10匹。それと、ボスが利用している監視カメラの使用権。

 ちなみに後輩は留守番だそうで。まだ顔が割れていない後輩は、別方面で利用するつもりなのだろう。



 顔を覆い隠したフードとマスクが邪魔くさい。けど、こうしなきゃ娑婆を歩けないってんだから、いよいよ犯罪者(※冤罪)の実感が湧いてきた。


(恐怖の渦に巻き込め、って言われてもなぁ……)


 暗闇が這い寄ってきた午後6時。こんな時間でも、熱心な活動家というのはいるらしい。

 警察に捕まる可能性があるとはいえ、たまの息抜きは必要だ。俺は郊外をだらだらと散歩していた。


「どうか、江戸 誠一に清き一票をお願いします!」


 東京の町外れで熱狂するフォロワーたち。ウグイス嬢が声たかだかに政治家をお膳立てしていて、彼の清らかな経歴に耳をふさぎたくなる。

 

(気分悪りぃ)


 どいつもこいつも、世間を見渡せばエリートがのさばっている。惨めな気分になった俺は、そそくさにその場を立ち去ろうとした。その時だった。


「気持ち悪いですよね。あの人達」


 若い女の声。

 出処は、熱狂を見守る隣人であった。

 毛先がくるくると巻かれた金髪に、太ももまで露出したミニミニスカートが特徴的なギャル。

 ……色々と目に毒である。


「……なに、おねえさん。心でも読めるの?」

「そんなわけないじゃないですか。……でも、なんとなくわかりますよ。そんなイヤそーなオーラだしてたら」


 久々の逆ナンに心が踊りそうだったが、彼女の憂鬱な表情に思わず冷静になる。

 ……誰でもいいから話したい、ってか? まあ、聞くくらいならしてやろうか。


「あの人、うちの父なんです」

「ほお」

「驚かないんですね」

「……潔癖すぎる親に、半グレのガキなんぞ、腐るほど見てきた」

「ひっどい言われよう」


 クスクスと笑うギャル。ちゃらそうな見た目の割に、笑うときに口を抑えたりなんかして。


「笑わないで聞いてくださいよ。あの人、新興宗教の教祖様やってるんです」

「……」

「囲ってるのは全員信者。はぁ、通行人から白い目向けられてるの、気付いてないのかなー」

「気付いてないんだろ」

「うん。気付いてない。ぜんっぜん、気付いてない」


 ギャルの目的がわからなかった。無駄話をしたいのであれば、友達にでもすればいい。

 なぜ通行人Aの俺にいちいち話しかけるのか? しかしその疑問は、抱いてすぐに解決する運びとなる。



「蛇沼俊平」

「…………ッ!?」



 ――バレていた。


(マスクをしたからばれないなんて、見積もりが甘すぎたか……っ)


 ただの頭の悪いギャルだと思って油断していたら、コレだ。

 ……ああ、俺は今、猛烈な後悔に襲われていた。


「見ていたんです。


 ……とても素晴らしい舞台でした。

 日本が揺れ動いた悲劇。それに立ち向かった一般人の英雄。


 あの時彼を殺さなかった理由は、これから“台本”通りに舞台装置を整えるため。

 彼は主演の俳優であり、もっと成長させて、実が熟してから殺すつもりなのでしょう?


 心が躍りましたよ。こんなにも次の展開が気になる“演劇”、見たことない!」


(……なん……だよ、この女……!?)


 心臓の鼓動が早まる。

 フチの大きめなカラーコンタクトを装着した、底の見えない瞳で笑う女が、俺はまるで獲物を前にした捕食者のように見えた。


「そんな“演出家”の貴方に依頼があるんです。


 あの宗教、ぶっ壊してくれませんか?」




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