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3・悪の組織に勧誘されたけど、ただの一般人です★挿絵あり

挿絵(By みてみん)


「お前は……何者だ……!」


 博雄ひろおの脳内では、目前の相手に対する考察が繰り広げられている。


(触っただけで命を奪う能力か……? 今までの怪獣たちは獣の特性を生かした物理攻撃だけだった。特異能力を持った怪獣、しかも人の姿など、見たことがないぞ……!)


「だーかーらー、俺はただのスタントマンだっつってんだろ! いいかげんにしろよヒーローくぅん!?」


 博雄に相対する男は、ただの問いかけに対し情緒不安定にブチギレた。


(やはりコイツは怪獣だ。感情が、思考回路がぐちゃぐちゃだ……。

 スタントマンなんて初めて聞いたぞ)


 青筋を浮かべて怒鳴る男は、かと思えば冷静になって語りだした。

 思わず警戒する博雄。

 こういう犯人は刺激したらまずいことになると、警察の勘が言っているのだ。


「俺では君の目を覚ますことはできないだろう。けどさ、この死体を見てご覧?

 ほら、この臓器とかさ。よく見てみたら、”ニセモノ”だって気付くよ」


 ――ぞくり、と。

 

 博雄の背筋に嫌な汗が走った。


 男は、地面に落ちている赤黒い臓器を手に取り、目元でよく観察した後に手放す。そして、足元に落下した臓器を踏み潰した。

 グシャリ、と赤が飛び散る。


 博雄は拳銃を強く握りしめ――ようとして、手からすり抜ける凶器に呆然とした。

 力が入らないのだ。

 圧倒的な力を前にして、博雄の身体は、心はすでに敗北していた。


「なにがニセモノだよ……! お前の手下が殺したのは、紛れもなく尊い命だろうが!」

 

 強がりだ。先程の爬虫類怪獣のときよりも弱々しい、目に見えた虚勢だ。

 それでいて、周囲のヒーローたちや群衆は動かない。

 否、動けない。


 交差点の周囲は、完全に男のフィールドと化していた。


「いやー、ニセモノだよ、これは。どこからどう見てもね。だって……」


『ここは”舞台”なんだから』


「…………ッ!」


(なんだよ、コイツはっ…………!?)


 それは煽惑的な言葉だった。


 ――何かに縋りたい。口車に乗せられたい。虫のいい嘘を信じていたい。


 そんな人々の弱みにつけ込むような声で、男は残酷で都合がいい言葉を吐いた。


(”コレ”がただの舞台で、ただのお芝居だったら、どんなに良かったことか。

 目の前の死体はすべて偽物で、カメラは演劇を撮るためにあって、幕が下りたらいつもどおりの日常が始まる……。

 ……そんな、馬鹿なことあるかよッ! これは現実だ! 現実なんだ……ッ)


 一瞬、縋りかけた自分が惨めだった。博雄は誘惑を振り切るように、口で男に抵抗する。


「舞台、だと……! 俺たちの戦いはすべて、お前に仕組まれたものだったとでもいうのか!」

「さぁねー。でも、”台本”はあるじゃん? それを探しなよ。そしたら、真実がわかると思うからさ」


(台本、だと……!? ここまで人を殺しておいて…………!)


 あくまでも”お芝居”と掛けた物言いに、博雄の正義心は再び燃え上がった。

 だが、その闘志も虚しく、男はニヤリと笑って大ジャンプ。

 取り囲む聴衆を飛び越して、最後に博雄に向かって手を振る。


「ってことでバイバ~イ! また会おうぜ、ヒーローの俳優くん!」

「ッおい――」


 博雄は突然の逃走に追いつけない。

 いや、追いつきたくないのだ。

 それどころかむしろホッとしていて、そんな自分に嫌悪感と男への殺意が湧き上がった。


(悔しいが、俺ではコイツにまだ勝てない! だが、もっと、もっと強くなって、コイツを殺してやる……!)


「スタントマン……! 覚えたぞ! その顔! その声!」



「地獄の底まで引きずり下ろしてやる……!」


 男は、へらへらとした笑みを浮かべたまま、闇の中へ消えていった。


 *


 封鎖されていたとはいえ、流石に舞台さんのリアルな作品は人を集めすぎたらしい。

 まあ、劇団で鍛えた殺陣能力で切り抜けてみせたがな!


(なんて言ってる場合じゃねぇ……この血まみれをどうにかしねぇと)


 赤い液体を頭から被った、クソ目立ちすぎる状態で街中を歩けやしない。下手したら職質からの尋問ルートだ。


 一時避難場所として選んだ裏路地は、ゴミ捨て場もかくやという汚臭を放っている。下水道が隣接されているのだろうか。

 とりあえず上着は脱ぎ捨て、ジーンズは維持だ。体についた液体を上着の無事な部分で拭う。……見られる状態にはなったかな。


「……で、どなたさん?」


 俺は背後に近づく殺気立った気配に声をかけた。「ア゛ァ!?」というガラの悪い声が帰ってきて、お約束どおりのような展開にため息をつく。


「悪いけど、突っかかってくるようだったら手加減できないよ? 今は誰の目もないからな。

 俳優くんの説得に失敗してイラついてんだよ、こちとら」

「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! テメーは俺たちの縄張りに入った! それだけでブッ殺されても文句言えねェんだよォ!」


 絵に書いたようなチンピラだ。ノースリーブで隠れていない部分には、いかつい龍の入墨が見える。手ぶらで薄着な様子から、銃などは所持していないらしい。


(だるい)


 大体悪さしてるわけじゃないからいいじゃん、などとのたまっても聞いてはくれなさそうだ。

 ……しゃーねーなぁ。

 喧嘩はいつぶりか忘れたが、戦闘訓練なら劇団で積んできた。

 頭の悪そうなチンピラ相手だ。保険も兼ねて、ちょっくらカマかけてやるか。


「あーあ、今日は最悪だぜ。ダッセェ龍の入れ墨入れたアホに突っかかられるなんて、俺もツイてないわー」

「ッざけんなよゴルァ!!!!」


 ほら、バカみたいに突っ込んできた。

 この手の輩は怒らせといたらヤりやすいってばっちゃが言ってた。


「サンドバッグになりやがれ」


 ……我ながらちょっとかっこいい。


 *


「ず、びば……ぜん゛で、じだ……」

「それでいいんだよ、それで」


 ボロボロになったチンピラを足蹴にして、俺はふと冷静になる。

 ストレス発散になったのはいいが、表道に出れない問題はちっとも解決できていない。なんなら喧嘩のせいでさっきより血痕が増えている。

 チンピラの服にも赤いシミがついちゃったし、剥ぎ取る選択肢は不可能。


(…………一か八かだな)


 ここにとどまっていてもしょうがない、と裏路地を後にしようとしたその時であった。


「先輩! 先輩じゃないッスか!」

「……んお?」


 聞き覚えのある声が耳に入る。

 ……たしかこの声は……


「劇団の後輩」

「いい加減名前覚えてほしいっスよ……」


 そういってうなだれる後輩。

 そうだ。こいつは俺の所属していた劇団に、ちょうど今年入ってきた新入りだった。


「いや、なんでお前ここにいるんだよ」

「オレが聞きたいッス! なんだって、犯罪者扱いされて追い回されてたんスからね!」

「は? お前とうとう人殺したのか?」

「なわけ! ……はー、夢ならはやく醒めてほしいッス……」


 よく見ると、後輩が肩に背負っているのは、特撮のモブ怪獣の特殊スーツだった。

 俺はネームド怪獣を担当していたが、彼はまだ新入り。遠目から撮影されるだけのエキストラ怪獣を担当しているのだろう。


「……んーと、とりあえず状況を説明してくれ。ここにいる理由と、怪獣持ってる理由。俺にゃさっぱりだ」

「オレもよくわかってないんスけどね。

 えっと、オレはさっきまでドラマの撮影してたんスけど、あ、先輩とは別のロケ地ですよ。

 撮影開始した瞬間、ヒーロー役の俳優が怪獣をガチで倒し始めて」


 ……既視感を感じる(頭痛が痛い)。


「みんな大混乱しちゃって、中には気絶する団員も出ちゃったりして。このままじゃ殺されるって思って、オレだけ逃げてきたんです。

 でも彼ら足が早くて、必死で逃げ回って、ようやく撒いたと思ったら先輩を見つけたんです」

「で、怪獣スーツ着たら殺されそうだから脱いだってわけ」

「そうッス!」


 ……はー。まさか後輩も同じような目にあっていたとはな。


「実は俺も似たような境遇なんだよ」

「まじッスか!?」


 俺はこの身にあった事実を簡単に説明した。


「うわあ……状況かぶりすぎて作為的なものを感じます」

「だろ? ヒーロー役ども、俺ら団員に恨みでもあって、共同戦線はっていたぶるって魂胆か?」

「そうとしか考えられないッスよ!? なんだってこんなことに……」


 二人してため息をつく。


「えーっと。とりま、この辛気臭い場所を抜け出そうや。

 アイツらに見つからなけりゃいいんだろ? もう暗いし、さっさと寮に帰りたいしな」

「ですね! ……あー、先輩いてよかった! オレ一人だったらめっちゃ心細かったッス!」


 辺りはもう真っ暗で、遠くを照らしているネオンが目印となった。


 こうして俺たちは、なるべく他人に姿を見られないように遠回りをしながら、なんとか劇団の住み込み寮に帰り着いたわけだが……。


「寮ってこんな物騒なかんじでしたっけ」

「アイツらハロウィンの時期勘違いしてねぇか?」


 寮の場所はここで間違いないはずなのに、何かが違う。

 絶対違う。


 だって――


「なんで骸骨の飾り付けしてんの!? 怖!」

「しかも血痕みたいなのもついてるし! 悪ふざけにも程があるッス!」


 築50年のボロアパートが、おどろおどろしい外観にリフォームされていた。

 いや、ツッコミどころ多すぎだろ。


「先輩……頬つねってくれません?」

「はいよ」

「あいででででで!」


 どうやら夢じゃなさそうだ。

 ……おかしい。絶対おかしい。

 一朝一夕でこんなクオリティの高いホラー装飾が完成するとか、どんな神業だよ。例の舞台さんかよ。

 それに俳優さんたちの様子もおかしかった。いっそ別世界に来てしまったと言われても納得してしまう。


「……入るか」

「…………ハイ」


 意を決して扉に手をかける。先導はもちろん俺。

 頼むから普通の同僚たちであってくれ、という一心で開く。

 しかし、扉の中の光景は、あっさりとその期待を裏切った。


「……………………なんでアイツら怪獣のスーツ着てんだよ…………」

「…………わけがわからないッス」


 ――アパートの通路を通りかかる二人の劇団員が、モブ怪獣の特殊スーツを装着していた。

 頼むからドッキリだと言ってくれ。

 下腹部の辺りがチクチクし始めた頃。劇団員が俺たちの存在に気付いたのか、うやうやしく頭を下げて挨拶しに来た。


「お待ちしておりました、スタントマン様!」

「…………んん?」


 やけに他人行儀だ。一応顔見知りの筈だが、まるで初対面のような物言い。


「そちらの怪獣は、スタントマン様の手下ですか?」

「手下…………」

「手下っつーか、パシリ?」

「ひどいっス!」

「私についてきてください。ボスがお呼びです」


 俺たちの掛け合いを軽く流した怪獣スーツの劇団員は、すたすたとエレベーターへ俺たちを誘導する。


「ここいつの間にエレベーター実装されたんスか」

「何いってんだ、今日だろ?」


 考えることを放棄した俺達は、ついに地下3階に到着。

 ある一室まで案内され、ソファに座るよう促される。部屋を去った怪獣劇団員。残される俺たち。


「どこにもボスなんていないじゃないっスか」

「あ、ばななだ」

「……先輩……かわいそうに……」

「………………」


(やめろ! 哀れな目で俺を見るな!)


 一室に沈黙が残り、ボスとやらを待って数十秒。

 ようやく現れたと思ったボスは、スピーカーからの登場であった。


『よくぞ来てくれた、スタントマンよ』


(……あー、そういうアレね)


 モザイク音声の”ボス”に、俺はすべてを察する。アレだ。お約束の、顔は見せられない系ボスだ。

 後輩は完全にフリーズ中。使い物にならない。


『お前の能力は、さしづめ”皮被り”といったところか。対象の中身を吸い出し、その皮だけを残す。そして余った皮は擬態に利用できる、と。

 皮を手に入れれば、中身の持っていた能力が増え、吸精力も上昇する。

 そこの手下も似たような能力を持っているようだな。

 ……私はお前らを気に入った。我々の組織に入らないか?』


(? エッチなお話ッスか?)

(いや多分違うぞ後輩)


 二人は小声で相談する。


『ふぅーむ。私はお前を買っているのだ。

 見たまえ』


 ボスの合図と共に、部屋の電気がスッと消えて、目前にスクリーンが投影される。

 そこに映っていたのは、某テレビ番組のニュースだった。

 その時間帯でおなじみのニュースキャスターが淡々とニュースを読み上げる。合成音声……じゃないよな。


【本日16:30頃、都心のスクランブル交差点で、死者300人を超える大規模な怪獣テロが発生しました。現在23人の重傷者が治療中で、軽症者も含めると、被害者は500人を超えています。事件当時の映像をご覧ください】


 映し出される、怪獣スーツと主演の俳優くん。

 もう映像完成したのかー編集早いなー

 ……なんてなるかよ! まだだろ! 今日撮影したばっかでそもそもあれはノーカンだろ!


 場面は目まぐるしく変わり、なんと俺が死体から出てきた場面まで放送されていた。

 ……地上波出演できたよ、母さん。あ、録画頼んでないや…………。


【こちらの映像から、爬虫類型の怪獣にテロの手引をしたと、劇団員の蛇沼へびぬま 俊平しゅんぺいに容疑がかかっています。

 続いて、現場に立ち会わせた警察官の演間えんま 博雄ひろおさんに話をお聞きします。演間さん、当時の状況をお聞かせください。】


 ……あっ! 俳優くん!

 って、お前警官だったのかよ! 俳優兼警察官とか、どんなハードワークだよ……。


【はい。……あのときは必死で、あまり覚えていないのですが……。


 蛇沼が、言っていました。台本があるのだと。つまり、彼はこの殺戮事件をただの脚本程度としか思っていないのです。俺は間違いなく蛇沼が容疑者だと思います。


 そして、爬虫類型の怪獣はそれほど力が強くありませんでした。ヒーローのプロットさんを殺害した犯人は、彼で間違いないと思います】


【ありがとうございます。次の質問に――】


 ピシャン。投影されたスクリーンが消滅し、部屋に光が戻った。


 俺は頭を抱えた。


 ……頼むから、誰かドッキリ大成功だと言ってくれ。


 もうとっくに美味しいリアクションしてるからさ。

 この絶望顔をyoutubeにあげても構わないから。


 だから――嘘だと言ってくれ。

 

『実におめでたい。これでスタントマンの名前は全国区に広まったな。


 さしあたってお願いがある。


 私達組織は、世界征服を目的としている。

 そのために必要なのは、圧倒的な悪のカリスマ。しかしボスである私は事情があり顔が出せない。

 そんなとき、逸材が現れた。


 君のことだ、スタントマン……いや、蛇沼くん?

 

 弱者を魅了する存在感! 大衆を悪の道へ突き進ませる天性の才能! そして素晴らしい悪のポリシー! 

 私はお前のことを大いに、大いに気に入ったのだよ!


 単刀直入に言おう。 


 我々が用意するのは安全なねぐら、金、そして仕事である。


 ――お前に、”悪のヒーロー”として、表社会で顔を売って欲しい』




 夢はまだ醒めそうにない。


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