表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/26

24・狂信者、暗躍する#4 ★挿絵あり



 ……最初に気付いたのは、轟音。


 高層ビルが建ち並ぶ、新宿のオフィス街。

 夕方に差し掛かる薄寒い空気が、人々の足元を吹かしていた。


 いつも通りの穏やかな午後。

 時間はゆるやかで、早上がりのサラリーマンや首から名札をぶら下げた社員たちが行き交う道路。


 その日も、予定通りの一日で終わるはずだった。


「……なあ。何か音がしねぇか?」

「音? 僕は何も聞こえないですけど……」


 ざわざわと、喧騒が広がる。

 工事かなにかだろうか、いやはや地震が起きたのだと、相談し合う人々。

 地響きだった。


 だが、現在進行形で彼らに脅威が襲いかかっている訳ではない。

 謎の轟音を噂しながらも、大した理由ではないだろう、と余裕の面持ちである。


「なんか近付いて来てません?」

「マジだ。なんなんすかね、コレ」

「地震の割には揺れてないですね」


 通行人の戸惑いは大きくなっていく。

 段々と、顔色が曇ってくる。






「いやァ……………!!

 あ、あれ、怪獣よ――――!!!」


 ――その悲鳴が決定打となった。 


 彼らは見た。


 ビルの隙間から、一歩一歩で地面を揺らしながらこちらに向かってくる巨体を。


 周囲にいる人を引き倒しながら、進軍してくる十数の異形を。


 ――怪獣だ!


「おい、みんな逃げろ――!」

「建物の中に入るんだー!!」

「ハルカ! どこ、どこにいるの?! でてきなさい!」


 人々は一瞬にしてパニックに陥った。

 蜘蛛の子を散らすように逃げゆく人々。


 間に合わなかった者の末路を、嫌というほど彼らは知っていた。


「死にたくない…………!!!」


 しかし、現実は残酷だ。


「ハルカ、ハルカ――!!」

「おかあさん? なあに?」

「う、後ろ! 怪獣が…………!」


 無邪気に立ち尽くす幼子。動けずに固まる母親。

 口を大きく広げた怪獣が、幼子を飲み込まんと肉薄し――







「そこまでよ、ゲス」


挿絵(By みてみん)


 ――兎の仮面を付けた女が、怪獣の後頭部を蹴り飛ばした。




 *



 ざわつく。


「なんだあれ、ヒーローか!?」


「助けに来てくれたのね!」


「背は低いがとんでもないパワーだ! しかも見ろよあの筋肉!! 鍛え上げてやがる!」


「怪獣の頭が吹き飛んだぞ!?」


 人々の顔は安堵で緩んでいた。

 

 怪獣たちの進軍は止まる。その標的を、通行人から一人のヒーローに変えたらしい。


 『GAOOOOOOO!!!!』と唸りながら、ヒーローに一撃必殺の物理攻撃を加えようとする怪獣たち。

 しかし、ヒーローの動きは素早い。巨体を振り回しながら向かってくる怪獣に、ひらりはらりと身を翻して攻撃を避ける。


 そして――ガン、と衝撃波。


 ヒーローの拳で、また一つ、怪獣の体が爆発四散だ。

 空気を震わせる一撃は、人々の視線すら奪っていた。


「フン、思ったより弱いわね!」


 快進撃だった。


 ヒーローが殴り、怪獣は砕け散る。

 殺意は届かず、されるがままに翻弄される怪獣たち。


(…………おかしい)


 ヒーローの実力は圧倒的だ。

 しかし、「やれー!」と声援を送る一般人たちとは対照的に、ヒーローの心中は穏やかではない。


(弱すぎるわ。本物の怪獣が、仮想訓練より簡単に倒せるわけがない…………)

 

 …………果たして、彼女の予感は当たっていた。


 既にバラバラになって死んだはずの怪獣の体が、逆再生のように元通りに戻っていく。

 人々はそれに気付いた瞬間、再び絶望の声を上げた。


「生き返ってる…………!」


「お、おい! みんなここから逃げろ! 殺される!」


「やべぇぞやべぇぞ!?」


 戦い続ける仮面ヒーローの様子にも、疲れが見えてきた。

 殺しても殺しても、復活し続ける怪獣たち。

 怪獣のしぶとい再生力に、ヒーローは息を切らし始めている。


「ハッ……ハッ……」


(くっ…………初手で殺りきれなかったのは、痛いわねっ)


 ブォン。


 グチャリ。


 幅広い道路が、怪獣の赤黒い血で染まっていく。

 しかし、決して良くはならない戦況。肩で息を吐きながら、ヒーローは拳を繰り出す。


「はぁッ…………、ぐふぅっ!?」


 そしてとうとう、動きが鈍ったところで、怪獣の鋭い爪を背中に食らってしまった。


(まだまだ、まだよっ!)


 それでも彼女は諦めない。


 回し蹴りを食らわせ、猛撃を躱し、重量感のある殴りで嬲る。


 観衆たちは、いつのまにか息を呑んで見守っていた。


 それもひとえに、彼女のヒーローであろうとする不屈の精神を認めてのことだ。


 殴る。


 潰れる。


 蹴る。


 生き返る。


 飛び散る。


 その応戦を数百回は繰り返した頃だろうか。


(ハァッ……ハァ……ッ

 もう、一発………っ)


 気力だけで生きながらえていたヒーローの動きが、止まった。


 唐突に、体が硬直したのだ。


 同時に、重りのような疲労感が彼女の全身を襲う。

 獲物を定めた怪獣たち。

 拳を突き出したまま動かないヒーロー。


 怪獣たちはニヤリと口角を吊り上げ――――




 *



「サーバー管理室……ここだ」


 時間になったと同時に、自由な散策を許された僕は、例のデータがありそうな部屋を発見した。


 1台の大きなボックスPCが設置された、手狭な部屋だ。

 青い電源ボタンがチカチカと点滅しており、今現在もサーバーが稼働中なのが見て取れた。

  

「失礼します、っと」


 遠慮なく椅子に座る。

 PCのUSBハブにメモリーカードをぶっ刺して、電源ボタンをポチッと。

 コンマ0秒で、スクリーンは点灯した。


「windowsだ……」


 ロック画面の配置は、かつてボイチェンハッカーが言っていたOSの特徴と一致していた。

 一応、彼の言うことは間違ってはいなかったらしい。


「あっ、パスワード」


 マウスを1クリックしたら、当然のように求められる認証コード。……パスワードなんてわかんねぇよ……。


(なにかヒントになりそうなもの……ないよなぁ……)


 周囲を見渡しても、飾りっけのない真っ白な壁が続いているだけだ。

 僕は管理室でのヒント探しを諦めて、オフィスのあらゆる場所から何かそれらしきモノがないかを探した。

 

 しかし、パスワードを書いた紙なんて見つかるはずもなく。結局、捜査は最初の応接間に逆戻りしていた。


(戻ってきちゃったよ……)


 時間は15:21。

 規定の時間より20分以上過ぎている。


 僕は時計から目を逸らし――そして、とある物が目に入った。


(千歳さんの、学生鞄)


 ソファに投げ捨てられた、A4サイズの四角い鞄。


 僕は恐る恐るそれに近づき、中身をがしゃがしゃと探った。

 学生らしく、文房具やノートなどが体積の半分以上を占拠していた。が、そのわずかな余白の中に、小さな手帳を発見。


 学生証だ。

 

(1999年の、6月27日生まれか……)


 ……って、どう考えても、そんなことは今は関係ないよな。


(……………………ん?)



 “関係ない”……?


 いやいや、まさかね。


 そんなはずはないと思うけどね。


 ……ちょっと確認するだけだからさ、確認!




「19990627、っと」


 躊躇なく、エンターキーを一押し。


 すると、スクリーンはホーム画面へとスムーズに移り変わった。 


(まじかよ……マジで行けちゃったよ…………)


 ザルなのかなんなのかわからないけど、まさかの一発。……貫地さんって、本当に千歳さんと兄弟なのかも。


 ――そこからは、潤滑に作業が進んだ。


 数日前の僕の苦労は何だったのか、千歳さんの生年月日であらよあらよと認証を突破できる裏技を駆使し、ヒーロー名簿のデータベースにあっさりと侵入できてしまった。


 無論、日本全国に散らばるヒーローの数が少ないワケがない。数千の名簿を目の前に、さっさとデータをコピーアンドペーストだ。

 転送が完了したら、バレないうちにUSBを抜こうとした、その時だ。



(“台本について”……?)



 貼り付けたファイルを確認し終え、ずらかろうとしていた僕の目に入ったのは、先程USBに入った奇妙なテキストファイルだった。

 コピーした名簿リストとは一風変わったファイル名に、なぜか目を奪われていた。


 僕は背後に人がいないことを再確認し、テキストをダブルクリックで開く。


『台本は全部で4つ。

 脚本に逆らえ。

 巨悪を育てろ。

 我々は生き続ける。

 平和を手にするために。

 結末が変わっても』


(怪文書かな…………?)


 1kbにも満たない、意味不明な内容。

 ……けど、このファイルを削除する気にはならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです!! ハッキング描写が想像の数倍ガチで好き
[一言] そのまま読むなら「怪獣が滅ぼされるドラマの脚本を変える巨悪を育てろ」とかかな? 何が滅ぼされるのかってとこが鍵ですね! ヒーロー側と怪獣側にはなんらかの繋がりがあると読んでおるのですが!!が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ