23・狂信者、暗躍する#3
怪獣。
それは人類を害なすものである。
姿形は、様々な生命体を模した……というか、ほぼそのものだ。
哺乳類、両生類、鳥類、爬虫類などなど、あらゆる見た目の怪獣が存在する。
そして、お喋りではないにせよ、ある程度の人語を理解できるし、喋れる。
……そう。彼らは喋れるのだ。
「へびぬま~!! 山で山菜取ってきたぞ! 食うか!?」
「…………お、おう。後で食べるから、そこ置いとけ」
「わかった!!!!!」
俺に話しかけてきた畜生は、イノシシ型の怪獣だ(うり坊と呼んでいる)。
イノシシにしては小柄なサイズ感だが、イノシシの赤ちゃんが巨大化したものだと思えば納得できる。
(こいつ、俺が寮にいるときだけ、やたらと話しかけてくるんだよなぁ…………)
猪の特性か、山ごもりが趣味との本人談を嫌というほど聞かされていた。
――彼との出会いは約1週間と数日ほど遡る。
高校に潜入する前日の夜。
支援物資のモブ怪獣を受け取った俺は、ボスの勧めで『保管場所』である寮の一室に訪れて、顔ぶれを確認しに来ていた。
扉を開いた先にあった光景は、狭い空間にひしめきあう怪獣たちの姿。
彼らはお互いに睨みつけ合ったりしているものの、ボスの命令か喧嘩には発展していない。
中には見知った顔もあった。前の任務のときに引き連れた怪獣たちが、数匹ほど俺をじっと見ていた。
(まあ、こいつら必要以上に話したりしないしなあ。マジックの練習に戻るか……)
そうして、引き返そうとしたときだった。
「へびぬま! おまえ、へびぬまだよな!?」
中性的な声。
発声者は、初めて見る小柄な怪獣だった。
そう。冒頭をご覧の方ならご存知、うり坊である。
「…………俺のことを知っているのか?」
「あ、ああ! もちろんしってるよ!!
おいらはへびぬまの大ファンなんだ!」
舌っ足らずな言葉で、ぴょんぴょんと跳ねて喜びをあらわにするうり坊。
「ほー。
怪獣同士はいがみあうもんだと思ってたけど、お前みたいなのもいるんだなぁ」
「おいらは怪獣だよっ!!!」
「はい?」
話がなんとなく噛み合わない。
やはり、知能は獣並みなのだろうか。
「…………なんでもないやい。
とにかく! おいら、へびぬまと仲良くしたいんだ。ヒマなとき、お喋りしに行ってもいい?」
「あー、別にいいけど。任務の邪魔だけはするなよ? 俺は忙しいんだからな」
「うんっ! これからよろしくね、へびぬま!」
……と、何かがずれた初対面を終えた俺たち。
それから約一週間。
学校から帰宅し、情報収集に勤しむ俺の隣で、うり坊がぺらぺらと自分語りをするのが日課となっていた。
うり坊の自分語りは、話半分で聞いていた。
山にあった珍しいキノコや山菜の話が内容の大半を占めており、よく飽きもせず毎日喋れるものだ、と呆れつつも感心していた。
そう。彼ら怪獣は、俺が指示を与えない間は自由に振る舞っている。どこかで人を襲っているかもわからないし、純情そうなうり坊が殺人を犯した可能性だって0ではないのだ。
しかし、彼のようにグイグイと話しかけてくる怪獣は想定外だった。……嫌いではないんだが、いまいち信じられないんだよな。
「へびぬま、その黒いのなにー?」
「……防弾チョッキだよ。銃があたっても貫通しないようにするやつ」
PCをカチカチと操作する俺の横で、地面に置いてある装備について質問してくるうり坊。
「へー……。銃と戦うんだ?」
「可能性があるって話だよ。不安要素は少しでも潰しておきたいだろ。
うり坊こそわかってるのか? お前ら全員、明日出動なんだぞ?」
「……わかってるって」
小さな声で返事するうり坊。
それ以降、俺達の間に会話はなかった。
――夜は更ける。
朝日が昇り、太陽が頂上に昇りつめて数時間。
準備は整った。
荒い息を吐く、15匹の怪獣たち。
トラの怪獣スーツを装着し、ガムテープ武器を手にした後田。
ヘッビーくんの着ぐるみを着込んだ俺と、その肩に乗る白いハト。
腰に巻かれたポーチがずっしりと重い。
「お前ら、ハンカチとティッシュは持ったか? バナナ以外のおやつは入れたな?
後で忘れたなんて言わせねえ。
……もう二度と、ここに戻ってこれるかすらわからないんだ」
劇団寮の地下ホールに集結した怪獣たちは、俺を見上げながら言葉を待っていた。
「とにかく。今の俺から言えることは一つだ」
大きく息を吸い込んで、腹から声を出す。
「民間人“は”絶対に殺すな。
それでは……」
目的地は新宿。
――Distract attention作戦、開始。
*
電子時計は、飾りっ気のない文字をチカチカと点灯させ続ける。
【2015/ 11/15 (Sun) 14:50】
(……あと10分で、何かが起こる)
大きなソファの真ん中であぐらをかいて、40インチの大画面を鑑賞しつつ、インスタントラーメンをすする僕の名前は、春雨千秋。
ネットからの情報源を一切絶たれた僕にできることは、ひたすらこの部屋でテレビを見るくらいだった。
(他にできることを強いてあげるなら、千歳さんとの会話?)
互いに監視しあう関係性であるが、それなりに喋れる程度には親しくなっていた。
「なによヒョロガリ。ちらちら時計みて。そんなに私といるのが退屈ってわけ?」
「まーね……ていうか、千歳さんだってそうじゃん。スマホなんかいじってさ。
別にここから出ていってくれても僕は全然構わないよ?」
「……アンタって、顔の割に毒舌よね」
呼び方は相変わらずだけれど、彼女とて決して悪気があって言っている訳ではないのだ。
この二日間でなんとなくわかってきた。
良く言えば素直。……悪く言えば、バカ正直。
貫地さんは、彼女のように同世代で威圧感の少ない女の子を監視役にさせたら、警戒心を薄めた僕が口を滑らせるだろう……なんて考えているんだろうけど、甘い。
僕は絶対に自白なんてしない。
(僕はかつて、レスバ最強と言われたイキリキッズ・狂信者だからな)
諦めの悪さだけが、僕の長所なんだ。
「…………あら?」
電話の呼び出し音が、対角線上にいる彼女の手元から鳴り響いた。
「貫地にぃ! どうしたの?」
連絡相手は、彼女の親愛なる兄(仮)だったらしい。
「うん……うん…………。
…………わかったわ。今、そっちに行く」
通話を終えた千歳さんは、真剣な表情でソファを立った。
そのまま、堂々とした足取りで僕を通り抜けていく。
「監視はもういいのかい?」
「ええ。
春雨。…………もしものことがあったら、ここからすぐに逃げて」
「――――え?」
どうして。
……何故、泣きそうな顔をしているんだ。
しかし、彼女は僕の疑問には答えてくれなかった。
「理由は言えないの。
……今まで、ちょっとは楽しかったわ。
それじゃあね。ばいばい」
そうして、僕は1人になった。
――【2015/ 11/15 (Sun) 15:00】――
(…………………………始まる)
震える手は、小さな記憶媒体をぎゅっと握りしめていた。




