22・狂信者、暗躍する#2 ★挿絵あり
「じーーーーーー」
「……………………」
「じーーーーーーーーー」
「………………………………」
「じーーーーーーーーーーーー」
「………………あのー。僕の顔に何かついてるなら、言ってほしいんだけど……」
ここは怪獣対策本部の応接間。
広々とした部屋で、机を挟んだ二人の高校生がじっと座り込んでいた。
顎に両手を置いて片割れを凝視する千歳。
気まずそうに目をそらす春雨。
「ついてなんかないわよ! 私はただ、貫地にぃに言われたから監視してるだけ」
(居心地悪いなぁ……)
「居心地も何も、アンタは自業自得よ」
(!?)
地味に心を読まれた春雨であった。
「……本当ならボコボコにしてやりたいくらいなんだけど、にぃがダメだって言うから止めてあげてるのよ。むしろ監視だけで済んだことに感謝してほしいくらいだわ」
「…………監視してくれてありがとう、千歳さん……」
「は? マジで謝るの? きもちわる」
(謝ってほしいのかほしくないのかどっちなんだよ!)
彼は心の中でツッコんだ。
「ま、私を敬ってくれるなら嫌な気分はしないわよ。
特別に、アンタに1つだけ質問する権利をあげる」
「質問……質問かぁ。
千歳さんと貫地さんって兄弟なの? 全然顔とか似てない気がするんだけど……」
春雨の何気ない質問に、千歳は数秒の間を置いて答えた。
「……わっ、私と貫地にぃは兄弟に決まってるじゃない!
名字が違うのは、家庭の複雑な事情よ。
顔も全然違うし、血も繋がってないけど、私達は絶対に兄弟なの!」
(うん、嘘だね)
冷や汗を流しながら熱弁する千歳に、春雨は嘘を確信した。
先程退出していった貫地の言葉もある。正直、二人が兄弟であるという事実に信憑性は0だった。
(そもそも僕は貫地さんの名字なんて知らないし、自分からボロだしてどーするよ……)
こと頭脳戦においては、春雨の方が優位らしい。
「というか、千歳さん、なんで怪獣対策本部にいるの? まさか、ヒー……」
「ヒー!? な、なによ!」
「ヒーローのサポーターなのかい?」
ガクッ。
そんな擬音と共に、ソファからずっこける千歳。
「そ、そうよ!? 私は貫地にぃのサポーター! 助手! お手伝いさんなの!!」
「ふーん……」
(……確実に、サポーターではないな。
ていうか、貫地さんってヒーローだったのな)
「私の言葉が信じられないってわけ!?
……いいわよ。そんなに見たいのなら、私の助手としての力、見せてあげるわ!」
「いや、別に……」と制止する春雨を押しのけて、千歳は席を立った。どうやら一芸を披露してくれるらしい。
「いい!? そこでじっとしてるのよ、ヒョロガリ。絶対に逃げ出そうなんて思わないで!」
(ヒョロガリって……)
あんまりな呼び方に、春雨の中の千歳への好感度はだだ下がりであった。
千歳が応接間から去って数分後。
予想された来客は、しかし想定外のモノとなった。
『きゃぁぁぁぁああっ!』
(……なんだ!? 千歳さん……?)
甲高い悲鳴。
同時に、パリーンと窓の割れる破壊音。
異変を感じ取った春雨は、千歳の言いつけも忘れて応接間から飛び出した。
彼が部屋を抜けた先に見た光景は――
「は、ハト…………?」
ずんぐりとした体躯のハトが人のいないオフィスに侵入し、千歳の頭上をグルグルと転回している様子だった。
「こ、来ないで! 来ないでってばぁ!」
半狂乱になりながら、ハトから逃げ回る千歳。目尻には薄っすらと涙が浮かんでおり、すっかりパニック状態だ。
「なんでハトが…………
って、えぇ!? こっち来た!」
春雨の存在に気付いたハトは、標的を変えて彼に突進した。思わずしゃがみこむ春雨。
しかし、春雨の抵抗もむなしく、パーカーをついばまれ、頭を足で蹴られ、しまいには糞までつけられる始末。
(ひぃぃいっ!? なんで僕を狙うんだよっ……!)
ハトはひとしきり春雨をいじめ終わったら、颯爽と割れた窓から飛び立っていった。
呆然とする二人。
「………………とりあえず。
服装を整えましょ。アンタ、ボロボロよ?」
「千歳さんだって、人のこと言えないよ……?」
いつだって、共通の敵は仲間意識を強くするものだ。
――再び、場面は応接間に戻る。
滞在人は春雨一人だけだ。千歳は化粧室で身だしなみを整えにいったらしい。
糞の汚れをティッシュで拭き取り、備え付けの櫛で髪をとかし、毛羽立ったパーカーを脱ごうとしていた春雨。
しかし、その途中で『カタン』という、小さな物音が耳に入った。
脱ぎかけのパーカーから何かが落っこちたようだ。不審な表情で地面を探る春雨。
しばらくして、目的の物を見つけたらしい彼は、思わぬ落とし物にボソリと呟いた。
「……USBメモリ……と、紙?」
差し入れ口をガードで包まれたUSBメモリと、4つ折りにされたメモ用紙だった。
記憶を思い返しても、春雨の所持物にはない。
春雨はメモを開き、中に書かれている文章を黙読した。
『11月15日 15:00
USBに転送しろ
とあるネズミより』
(どういう意味だ……?)
綺麗な達筆の3行に、春雨は頭をひねらせた。
(今現在の日付は11月13日。つまり、紙が記しているのは、明後日の昼だ。
差出人は”ネズミ”という名前から、おそらくヘッビーくん……)
USBに転送というのは、そのままの意味だろう。今までの彼の言動から鑑みるに、転送するデータは、ヒーローの名簿だろうか。
(しかし、日付の理由がわからない……。この時間に彼が何かを起こすのか?)
顎に手を当てて考え込む春雨だが、その思考は千歳の脳天気な声で停止した。
「ヒョロガリー! 私じゃ手が届かないから、ちょっと窓の補修手伝ってー!」
「…………ああ。今行くよ」
グシャグシャだった髪を元通りに戻した千歳が、オフィスの奥から手を振っていた。
春雨は、パーカーの腹ポッケに紙切れとUSBメモリをサッと押し込み、何事もなかったかのように応接間を後にしたのだった。
*
「1990年。我々はとある突然変異の生命体と遭遇した」
前髪をオールバックにした年若い男が、重苦しい語り口でマイクを握っている。
彼を取り囲むのは、大勢の記者たちと、黒服を身にまとった政府の要人たちだ。
フラッシュバックが沸き起こり、その場にいるすべての人々が彼に注目していた。
「通常の1.5倍ほど大きな野良犬。調査を行った科学者達は、その生体にひどく驚いた。
……その犬は、今まで見たことのない、従来の生命体と異なる奇妙な遺伝子構造を持っていたのだ。
しかし、身体は通常の皮膚、筋肉、内蔵、血液、脳を保っている。
興味深く思った科学者は、その犬の調査を深堀りし……そして、過酷な実験の末に殺してしまった。
今思えば、それがすべての始まりだったのだろう」
男は小さく息を吸い込んだ。
「それから数年。巨大化した突然変異種の野生動物が、どういうわけかたて続けに発見された。
彼らは発見次第科学者に捕獲され、実験のモルモットとなった。
……そしてとうとう、実験体だったうちの一匹が、一人の科学者を食い殺してしまった」
聴衆達は、息を飲んで彼の言葉を待っている。
「その事件を皮切りにして、各地の突然変異種たちによる、隠れていた傷害事件が露見していった。
人間は彼ら変異種ともはや共生できない、という風潮に世論は傾いていき――民間人までもが、罪のない変異種たちを殺害し始めた。
しかし、彼らとて愚かではない。生息領域が追い詰められていく過程で、彼らは人類を『敵』と学習し、お互い憎み合うこととなる。
……彼らの意志は結束していた。
同胞の死に怒り狂い、人の細胞を取り込み、人語を喋れるまで進化していった」
「我々もまた、彼ら突然変異種を敵とみなし、そしてこう名付けた。
――――”怪獣”、と」
静粛な会場では、誰も彼の言葉を遮る者はいない。
「我々は約20年間、奴らと戦い続けてきた。
しかし、奴らは殺しても殺しても復活し、らちのあかないいたちごっこと化していた。
だが、そんな遊びはもう終わりだ」
「怪獣防衛大臣の私――裏守がここに宣言する。
1ヶ月と約半月後の夜。
仲睦まじい恋人たちの聖夜。
とある家族の団欒。
白雪の舞う、クリスマスイブのその日――」
男は、目をカッと見開いた。
「――――人類は、すべての怪獣を殲滅する」
……終わりの時間が、刻々と近付いていた。




