21・狂信者、暗躍する
『お掛けになった電話は、現在使われていないか、電波の届かない……』
プツン。
(クソ、だめだ。昨日から連絡取れねェ……)
何度かけなおしても結果は同じ。もはや試行回数は数十回を超えていた。
――数日前のこと。
ネット社会にドップリな春雨に利用価値を見出した俺は、彼がハッキングの実行係となるよう行動を誘導した。
最初にSNSからのリストアップなんて無駄なことをさせたのも、不可能だと弱音を吐かせて、後にハッカーの協力を取り付けるための動機作りである。
……いや、ちょっとは期待してたけどね? 流石に3日じゃ無理だったよな。
(しゃーねぇ。アイツにかけてみっか)
俺は電話帳から別の名義を探し当て、即座に電話をかける。
応答は3コール後であった。
『はいはい? 要件はなんですかい、ミッ●ーくん』
「ミ●キーじゃねえよ。ヘッビーくんって何度も言ってん……
……言ってるよね!? ハハッ」
いけない。素が出てしまった。
「……キミに聞きたいことがあるんだよね」
『えー? 俺なんかしたかな~? お前と話すこと何もないんだけど』
「はぐらかしても無駄だよ。
――春雨千秋くんは、今どこにいる?」
『…………………………』
だんまりかよ。
「答えられないの? まさかインターネットを牛耳ってるキミが、知らないなんて――」
『………………クソがよぉ。
俺は今イラついてんだよ。切れたナイフなんだよ。血と戦いに飢えた肉食獣なんだよ。
気安く話しかけんじゃねぇ、クズが!』
「ボクは当たり前の質問してるだけなんだけど、どうしてそんなにイラつく必要があるのかな」
電話先の彼は、わざとらしく舌打ちをした。
『あー、あー、ハイハイハイ! お前マジうざい! 言やーいいんだろ、言やァ!
……春雨千秋なら、怪獣対策本部に軟禁されてるよ』
(……………………やはり、か)
犯罪者を信じた俺がバカだった。
悪名名高く、実績もあるハッカーを選びぬいてコンタクトを取った筈だった。
しかし、結果がコレ。150万がパーどころか、協力者が捕まってしまう大失態。
『あのなァ!! 俺は悪くねぇんだって!
アイツが失敗しやがったんだよ! あとちょっとで侵入できたのに!』
「春雨くんを失敗に導いたのはキミだよね?」
『いや、違うね! しくじったのはアイツの全責任だ!
俺は関係ない! …………俺が直接やってれば、こんなことには』
「ふーん。なら、最初からそうすればよかったのに。
そもそも実行者役を立てろと条件を提示したのはキミじゃないか。そんなに自分で行動する自信がなかったワケ?」
野菜戦士と接触したのは、学校に潜入して一週間ほど経った頃。
彼の言う条件通り、俺は誰かしら代役を探す必要があった。
そんなときに、都合よくマインドコントロールさせてくれたのが春雨だったのだ。
『………………は? うざ。
お前にそれを言う資格はねーよ、クズ。
”お前が”自分でやるのが怖かったから、春雨を生贄にしたんだろ?』
「………………否定はしないよ」
……痛いところだ。
俺の勝手な自己保身を見破られている。
『……萎えたわ。
これ以上話し合っても無駄無駄。
結局のとこサ。
お前は自分が大事で、俺は手を汚したくないし、春雨は失敗した。
全員に非がある。これで手打ちにしとこーぜ』
「意外とまともなことを言うんだね」
『一周回って、冷静になったんだよォ。
……もう俺はお前に二度と連絡を取ることはないと思うが、最後にアドバイスだ』
アドバイス、か。
彼なりの温情のつもりだろうか。
『春雨千秋が怪獣対策本部にいる。
この事実をよーく考えるべきだな』
「…………えっと、意味が」
『お前のちいちゃいオツムでせいぜい悩んどけよ。
じゃーな、ヘッビー……いや、蛇沼クン?』
ツー、ツー……。
通話は俺の返事を待たずに終了。
正体を勘付かれていたことには、あまり驚かなかった。
なんせ彼はスーパーハカー(自称)だし。
それに、お互い犯罪者同士だ。彼との交流の中で、足の引きずり合いほど無駄な行動は無い、と暗黙の了解を感じさせた。
(春雨が怪獣対策本部にいる意味…………。
うぅ、駄目だ。思いつかん……)
前線を張るのは得意だが、情報戦にことごとく弱いのが俺の弱点である。
……あ、そうだ。
こういう時こそ、役に立つ仲間がいたじゃないか……!
「頼む、後田……知恵を貸してくれ!」
俺は今日何度目かになる、通話開始ボタンをタップした。
*
「本当にお前さんがやったのかい? 春雨くんよぉ」
都内のとあるオフィスの応接室では、緊張感が漂っていた。
ガタイの良い眼鏡の男と、小柄な高校生男子が、向い合せのソファに座っている。
「………………人違いじゃないですか。僕はただネットゲームしてただけで……」
「そういうのいいから。俺はわかってるんだよ?
君、ヘッドセット被って、Discordで通話してたよね。
誰の指示だ?」
「指示なんて、受けてないです……」
春雨はかたくなに男と顔を合わせない。
男は額に2本指をくっつけて、呆れたように息を吐いた。
「はー。平行線だな、こりゃ」
「…………とにかく、僕じゃないってさっきから言ってるじゃないですかっ」
春雨は覇気のない声で叫んだ。
「……まあ、追求はここらでやめにしとくか。
このまま質問し続けても、お前さんの回答は変わらんだろうからな」
「…………」
(……一体どうしてこんなことに………………)
春雨は一日前の出来事を回想する。
――野菜戦士がチャットサーバーから抜けて1時間後。
ぼけーっとネットカフェの椅子に座っていた春雨だが、トントンとドアを叩く音にドキンと心臓が跳ねた。
(……店員さん……? でも、まだ部屋の時間は残ってる……)
ふらふらと出入り口へ向かう春雨。しかし、扉を開けた先に現れたのは、店員として見覚えのない顔だった。
髪を赤く染めた20代前半くらいの男だ。
口角の下がった口元には煙草をくわえていて、三白眼の鋭い目つきが犯罪者のような凶悪さを醸し出している。
(部屋を間違えたお客さんかな…………?)
春雨は威圧感のある風貌の彼に、下から目線で恐る恐る声をかけた。
「えっと……たぶん部屋間違えてますよ。
ここは342ごうし――」
「残念ながら、間違いじゃねェんすわ」
「……え?」
春雨は自分より背の高い男に、パーカーの首根っこを掴まれていた。
母猫にくわえられた子猫のように、ぶらぶらと宙に浮く身体。
「ちょ、ちょっと! なにするんですか!?」
「――――黙っとけ、格下」
「…………ッぐあぁ……っ」
下腹部をグーパンで一発。
痛みで悶絶して動けなくなった春雨は、肩で男に担がれたままネットカフェの受付まで通過してしまう。
「そんじゃ、店員さん。”そういうこと”だから」
「は、はいっ! かしこまりました、火野様!」
店員にひらひらと手を振る男に対し、暴力に怯えおとなしくなった春雨は小声でぼやいた。
「……なんで、僕をさらうんだよ……」
「オイ、聞こえてッぞ。
テメー。この状況で、自分の罪も自覚してねえのか?」
「……罪、って…………」
(ま、まさか――)
「オバカな春雨千秋クンに教えてやるぜ。
……テメーはなぁ、怪獣対策本部を敵に回した汚物なんだよ!」
「…………………………っ」
自覚なら十分すぎるほどあった。
「あのクソマッチョにパシらされて、ただでさえイラついてんだ。これ以上俺の手を煩わせるなよ、汚物」
(…………言い返せない……)
目的地へと歩みを進める男の足取りに、春雨は顔を真っ青にしてもがきながら抵抗する。
しかし、力の差は体格差から見て明らかだ。
二度目、三度目の拳が叩き込まれれば、体力に乏しい彼はあっという間に気を失い、人形のように連行されてしまった。
そうして目が覚めたら、春雨は応接室で筋肉ムキムキの男と対談させられていたのだ。
短時間で目まぐるしい激動の展開に、彼の脳内は混乱を極めていた。
(やっぱり、あんなボイチェンハッカーの言うことなんて、聞くべきじゃなかった……!)
後悔しても時は戻らないのである。
と、脳内で反省会を繰り返している春雨の耳に、可愛らしい少女の声が届いた。
「貫地にぃー! 今日も一緒にトレーニング………………」
春雨と目が合う少女。
言葉は止まり、直前までご機嫌だった表情が一瞬で真逆に様変わり。
春雨は春雨で、少女の顔を見て固まっている。
「ち、千歳さん…………?」
「誰よこいつ。なんで一般人連れてきてるわけ?」
(僕、学校でそんなに影薄かったかな………………)
少女の正体は、春雨のクラスメイトの千歳あやのだった。
しかし、春雨の方はそもそも認知すらされていないという、悲しき現実。
「あやの。
彼、春雨千秋くんはね、俺と戦った良き戦友なんだ」
(…………は!?)
春雨は、口をあんぐり開けて、貫地の他己紹介に驚いた。
対する千歳は……。
「えー……こいつが? こんなヒョロガリが貫地にぃの相手になるの?」
「…………あのー! 僕、ヒョロガリじゃなくって、春雨っていう名前があって……」
「あっ、貫地にぃ! 今日、今月分のプロテイン買ってきたの! ついでにスポドリも補充しといたわ!」
「話聞けよ! てか、君学校と全然キャラ違うよね!?」
(……女子の裏って、こんなもんなのか……?)
彼の中の、おしとやかキャラである千歳あやののイメージが、パリパリと崩れ落ちていく。
もはや人間不信になりそうな春雨だった。
「あー……あやの。お前は俺の“妹”で、兄の本拠地であるオフィスに入り浸っている、ただの部外者だ。
それで間違いないよな?」
「えっ? 私は妹じゃな――」
千歳の口が、貫地の大きな手でさえぎられた。
「しーっ! ちょっと静かにしとこうな。
……春雨くん、ここから逃げられると思うなよ?
逃走を感知した瞬間に、アラートが鳴り響いて誰かが必ずかけつける。
俺はいつでも君の自白を待ってるからね」
「そんじゃ」と言い残し、千歳をずるずると引きずりながら、貫地は応接間を退室していった。




