20・狂信者、踊る#3 ★挿絵あり
※作者のIT知識はガバガバですので、雰囲気のみで捉えておいてください。
「ここが違うよ!」と思っても、どうか優しく見守ってほしいです。
怪獣対策本部にて。
一般人の社員たちが事務処理に励んでいる午後0時。彼らの仕事量は凄まじく、この時間まで居残り残業のようだ。
「ふぁ~……。
ぶちょー。まだ帰れませんかぁー…………?」
手狭なデスクの中で、ぐいーっと背筋を伸ばす若い女。
彼女の目線の先は、同じく机に向かって仕事中である筋骨隆々の男だった。
「まだに決まっとるわい。明日までには怪獣省のお偉さんに、ヒーロー共の資料を提出せねばならんからな」
「そんなことわかってるんですよぉ! も~、そこは気を利かせて『帰っていいぞ』って言ってくれてもいいのにぃ」
部長はくいっとメガネを押し上げた。
「バカヤロー、そんなことしたら俺の首が飛ぶわ!」
「私ならぶちょーの首の1つや2つ、いくらでも引っこ抜いてあげますよ~」
「……つべこべ言わず仕事しろ! 俺の部下だろ!?」
手を止めずにその会話を横目で見ている社員たちは皆、目の下にクマができている。数日間はこの調子だったのだろう。
「はぁ~い」と嫌そうな顔で返事をした部下は、渋々といった様子で仕事に戻る。
しかし、部下の真面目モードは数分と続かなかった。
「ねーぶちょぉ。なんかネット繋がんないんだけどぉ」
「は? またお得意の言い訳………………」
部長の言葉は途中で止まった。
「俺もだわ」
「部長、僕もダメです」
「俺も……」
「私のPCも繋がらないです」
「同じく」
部下たちは皆が皆、ネットワークに繋がらないと主張し始めた。
部長は「困った」とため息。
「ついこないだクラウド化したばっかってのに、幸先悪いですねぇ」
「…………。
チッ。めんどくせーなぁ」
部長は、するするとジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた。
「今日は”戦う”予定はなかったんだけどよぉ……」
ついでにシャツまで脱衣し始める始末。彼の鍛え抜かれた筋肉が無防備に露出する。
眼鏡拭きでレンズの僅かな汚れを拭き取ったら、彼は再び眼鏡をかけて立ち上がり、サーバーの管理室へ向かいながら呟いた。
「ここは、頭脳派ヒーロー『システム・ガーディアン』こと、この俺――
中曽根 貫地の出番ってわけね?」
*
『うんうん。ここまでは順調だね』
「……僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない………………」
僕は野菜戦士の言われるがままに、英語だらけの画面で、よくわからない行為を続けていた。
彼は遠隔操作アプリで僕のPCを監視している。だから、逐一報告せずとも、その意味を理解しているようだ。
『あっ、一応言っとくけど、これはまだ前座よ? 負荷をかけて鯖をダウンさせただけじゃ、データベースに侵入どころかそもそも遮断されて入れないから』
「………………よくわかんないです」
ネットでの受け売りでしかシステムについては知らない僕は、彼が何を行っているのかさっぱりわからない。
言語だって、Javaの触りくらいしか知らない。サーバー保守関連なんてそもそも興味なかったし。
『……あと10分くらいで復旧かな?』
「え、早くないですか? まだダウンさせてから数十分もたってな……」
『いいや。俺は知ってる。わかるんだよ。アイツならそうするってな。
……だからこそだ。そこの穴を突かせてもらうぜ』
悪役のように低い笑い声を響かせる野菜戦士。……うう、やっぱり怖い。
『俺らみたいな極悪ハッカー集団には、コミュニティってもんがある。
そこでは現OSの脆弱性や、抜け道なんかも情報共有されてるのさ。
俺はそこで入手したいまのWindowsの弱点を知ってる』
「へぇ…………」
なんだかノリノリで、自分から裏事情を披露してくれている。
『ヒーロー対策本部のOSはWinで”間違いない”。確実に見たんだよ、あのときな。
……で、だ。今回はまだ修正されてない不具合を利用させてもらう』
「それは?」
『サーバー復旧後の接続不安定な状態がチャンスなんだ。
あいつらは、AWSのプラットフォームだけ借りてクラウドを構築してる。
んで、今頃ひいひい言って復旧作業中だろうが、その地獄を抜け出した後にアクセスするのは確実にクラウドだろう』
「うんうん」
言葉は汚いけど、解説がわかりやすいなあ。
『ちゃんとネットに繋がるかどうかの確認作業が必要だからな。
……その寸前で、春雨がコソコソやって、AWSのURLを偽装する。そのサイトにはスパイウェアが仕込まれてる。で、そこを踏むと……』
「踏むと?」
『情報抜き出し完了ー! ってなわけよ』
「ほえー、なるほどなー」
『てめ、絶対わかってねぇだろ』
うん。正直意味不明。
『…………お? 動きがあったな』
「………………うぅ、お腹痛い」
先程まで繋がらなかった、怪獣対策本部のHPが、くるくると回るロード画面に移り変わった。
もうそろそろだ。
……手が震える。
(怖い。
怖いけど……やる!)
ヘッビーくんが連れてきてくれた協力者なんだ。
今はただ信じるしかできない。
『フッフッフ。さすがは貫地。
あと2分で完全復旧ってとこだね。
春雨、今から俺の言うとおりに叩き込め』
「……りょ」
これは、武者震えだ。
覚悟はもう決まってる!
『見てるかガーディアン。これが俺の今の最高傑作だぜ。
……総力戦、開始だァ…………!』
*
「…………ん?
あと30秒で仕事は完遂の筈だが……」
一方、管理室に腰を下ろしている貫地。ムキムキの肉体を惜しみなく見せつけ、PC作業に没頭している彼だが、小さな違和感に気付いた。
「この俺が10秒も計算ミスをするワケがねぇ」
数秒の狂いも許さない姿勢には、相当の自信を匂わせた。
「…………およ。およよよよ。
ネズミちゃんが入り込んだかなァ~?」
スクロールされている数千行のソースコードが、メガネにブルーライトとして反射する。
貫地はニヤリと笑って、手元のマイクを握った。
「あ、あー。マイクテス、マイクテス」
くぐもった音質の彼の声は全部屋で生放送されているらしい。管理室までその残響が届いた。
「えー、今から俺の言うことには絶対に従って下さい。
PCに接続されている有線LANの線を抜け。
今すぐにだ。
線がどれかわからないなら隣に聞け。抜かなかった奴は後で特定してブチ殺す」
放送と平行して、貫地はキーボードを凄まじいスピードで叩きはじめる。
(俺を相手に戦いたいなんて、恐れ知らずの攻撃者がいたもんだ。
……紫苑を思い出すぜ)
何やら感傷に浸りながら、貫地の超速タイピングは止まらない。
――攻防戦は既に始まっていた。
もはやアンチウイルスソフトなど無意味。貫地の圧倒的な速さで、サーバーのソースコードが守りの状態へと次々と書き換えられていく。
全身の筋肉がドクドクと脈打ち、眼鏡の奥では瞬きすら見えない。
そう。彼こそが、最強のセキュリティマスター。
システム・ガーディアンこと、中曽根 貫地なのだ。
「………………クソ、なかなかしぶといな、こいつ……。
やっぱアイツが関わってるとしか考えられねぇなぁ…………」
そうぼやきながらも、決して手が止まることはない。
未知の襲撃者に対する防衛は、容易な技術ではないのだ。
――一方。とあるネットカフェでは。
「ま、まだ打つんですか……ッ!?」
『まだッ!
まだまだまだまだまだまだまだまだァ!!!
もっと! もっと早く! 今この瞬間、お前がレスバで鍛えたタイピング能力を大いに発揮しろォ――!!』
「はぁ、はぁ、つ、疲れてきたッ……!」
汗で前髪を額に張り付かせながら、黒い画面にコードを打ち込む春雨。
野菜戦士から送られてくる見本を参考に、ひたすら模写コーディングだ。
『おせぇ! 遅ェよ春雨ェ!
ふざけてんのかそのスピードォ!? 頭かち割るゾ!?!?』
「ふ、ふざけて、ないってば……!」
テンション爆上げの野菜戦士に、春雨は若干引き気味でタイピングを続けている。
机は振動でガタガタと揺れ、ごくりと生唾を飲み込む音が多発する。
もう春雨の喉はカラカラだった。
『おっし! 第一関門突破ァ!』
「やった……!」
『油断してる場合じゃねぇ! 次のコードを送る!』
液晶に浮かぶ2つのタブの片方が、これまた超速で書き込まれていく。春雨も後追いで真似し始めた。
「はぁ……はぁぁ、ふぅッ」
もはや緊張で口呼吸になっている春雨。顔色は真っ白で、病人のような不調を思わせた。
こうなるのにかかった時間はたったの10分程度。いつ緊張の糸が切れてもおかしくはない。
『おい! 段々遅くなってるゾ!? 戸惑いはいらねェンだよ!
殺意の波動を指に乗せろ!!』
「わ、わかって、る、って……はあっ」
息も絶え絶えな様子の春雨。
野菜戦士は春雨のPC画面と声しかわからない。その蒼白な顔色を見れば、今すぐにでもドクターストップがかかってもおかしくない程だ。
彼の手の震えは増幅し、段々とタイピング音が弱々しくなっていく。
……もう、限界だ。
(――――あっ)
『あ』
くらり。
めまいと共に、コーディングの手がふっと止まった。
直後、聞こえてくる罵声。
『…………オイ!!??
バカ、なにやらかしてんだ!? もういい、俺が遠隔操作して――――』
しかし、野菜戦士はすぐに黙り込んだ。
『……………………チクショウ。やられた。
遮断されやがった』
侵入用のコーディング画面はエラーとなって、もう二度と入ることを許されない。
野菜戦士の爆上がりしていたテンションは、たったの一瞬で絶対零度のように冷えていた。
『……おい春雨ェ。
お前のせいだからな。
俺は絶対に悪くないからな。
俺のことバラしたらお前のエロ画像フォルダを2chで公表してやる』
「……え、それは普通にやめ」
――ピロン、と。
通話が途切れる。
気付けば、Discordのサーバーからも彼は抜けていて、遠隔監視アプリのアイコンすら消えていた。
(…………………………ゑ?)
春雨は、魂が抜けたような表情で、PCを前にして固まった。
「……………………………………………………………………………………………………え?」




