19・狂信者、踊る#2 ★挿絵あり
捜査は難航した。
情報源はネットのみ。
彼らの生活の破片を一つずつ拾って、パズルのように埋めていく。2、3年前の過去投稿まで遡ったりして、生活の中で怪しい部分がないかを確認する。
メモ用のワードファイルは、既に7万文字を超えていた。
正直、容易ではない。
だって、全校生徒348人。都内にしては小規模な学校だが、それでもたった3日で全員の行動パターンを把握する、というのは、無理がある。
けど、やらなくちゃいけないんだ。
僕はヘッビーくんと友達でいたいから。
(二日目にして、容疑者は約20人……)
まぁ、大半はネットに痕跡を残していないだけの一般人なんだろうけど。
時計の針は午後11時を差している。
僕は焦っていた。
まだリストアップできていない生徒が248人。
つまり、僕が2日で情報収集できた人間は、たったの100人だ。単純計算で言えば、残りの生徒たちの情報を集めるのにかかる日数は、あと5日。
……猶予が一週間もあれば、余裕で完遂できるのに。
(あっ、ヘッビーくんからの定例連絡)
机の上の僕の携帯がブルブルと揺れて、彼からのメールを通知した。
すぐさま携帯を開き、要件を確認する。
『
from スネーク
to はるまき
春雨様、いつもお世話になっております。
進捗はいかがでしょうか?
既に承知のことと思われますが、納期は明日です。現状報告お願いします。
』
(僕は今、謎に社畜気分を味わっている)
社会経験ゼロの僕をからかっているのか、ヘッビーくんは堅苦しい文面でメールを送ってきた。
(……あいつ、実は人間なんじゃないの……?)
スタントマンという例もある。正直、怪物の皮を被った人間だと言われても僕は納得する。
僕は素直に今の状況を書き記した。
『
from はるまき
to スネーク
リスト化できたのは100人です。
うち20人が詳細不明で、容疑者候補です。
本当にごめんなさい。このペースでは、多分3日じゃ無理です……。
』
送信。
……失望、されるんだろうなぁ。
体感60秒で返信がきた。
『
from スネーク
to はるまき
かしこまりました。
実はそうなることを予想しており、増援を派遣致しました。
Discordのこちらのサーバーに入ってください。
〈とあるチャットアプリの招待URL〉
』
(うわ。こうなるって分かってて働かせたのかよ!)
やけに準備の整ったメール内容に、僕ははなから期待されていなかったことを悟る。
ヘッビーくんのことがなんとなくわかってきた。
……あいつ、けっこう性格悪い!
携帯に届いたメールを僕のGmailに転送し、僕はPCからDiscordのチャットルームに入室した。
『
―――――――――――――――――――
#weare_stupid
―――――――――――――――――――
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時7分
始めまして!
―――――――――――――――――――
#weare_stupidへメッセージを送信
―――――――――――――――――――
』
オンラインは1人。……どうも増援というのは彼一人だけらしい。
『
―――――――――――――――――――
#weare_stupid
―――――――――――――――――――
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時7分
始めまして!
●はるまき 今日 午後11時8分
こんばんわ、はじめまして
●美少女戦士YA=SAI 興味 午後11時8分
お前狂信者だよね?
―――――――――――――――――――
#weare_stupidへメッセージを送信
―――――――――――――――――――
』
……一言目がそれかよ!?
(暇人か、その道のプロなのか……)
アニメアイコンだと、なぜか頭のネジが外れてる人が多い気がする。
『
―――――――――――――――――――
#weare_stupid
―――――――――――――――――――
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時8分
お前狂信者だよね?
●はるまき 今日 午後11時9分
だからなんですか?
そんなことより、僕の仕事を手伝ってくれるんじゃないんですか
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時9分
そだよー。
天才ハカーである俺の指示に従ってね
●はるまき 今日 午後11時11分
え、僕が指示されるんです?
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時12分
依頼主のネッズー?へびくん?からの伝言
「彼の言うとおりにしろ」だってよ
俺は無償で協力してるんじゃなくて雇われだから、おとなしく聞いといたほうがいいよ。
―――――――――――――――――――
#weare_stupidへメッセージを送信
―――――――――――――――――――
』
まじか。
ヘッビーくん、カネの力にモノ言わせたんだ。……その収入源は、もはや聞くまい。
『
―――――――――――――――――――
#weare_stupid
―――――――――――――――――――
●はるまき 今日 午後11時12分
じゃあ、最初は何をすればいいですか?
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時13分
とりあえず、このツールDLしといて
〈とあるダウンローダーのURL〉
TOR(onion)は持ってるよね?
●はるまき 今日 午後11時16分
DLしました
torブラウザいまインスコしました
―――――――――――――――――――
#weare_stupidへメッセージを送信
―――――――――――――――――――
』
……どうしてここでTORが出てくるんだ?
TORとは、接続はとても遅いが、匿名性に長けたインターネットブラウザである。
(通常のインターネットは一本道で回線を接続するが、
TORは独自のサーバーを経由してサイトにアクセスするため、IPアドレスを特定しにくいという利点がある)
とはいえ、完全に足跡を残さないわけではない。
嫌な予感をひしひしと感じる。
『
―――――――――――――――――――
#weare_stupid
―――――――――――――――――――
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時16分
ここから先は通話でよろ
マイクと遮音性の高いイヤホンあります?
●はるまき 今日 午後11時17分
一応、ネカフェ標準のヘッドセットならありました
●美少女戦士YA=SAI 今日 午後11時17分
それでオッケーよ
準備はいい?
―――――――――――――――――――
#weare_stupidへメッセージを送信
―――――――――――――――――――
』
あれ。
あれれれ?
……おかしいなぁ?
『はろろー。……いや、ぐっない?
ども、野菜戦士でーす』
「は、はるまきです」
軽薄な印象の、若い男の声だ。
……しかし、若干ケロケロした音声で、変声機の使用を察する。
『あ、別に形式にのっとらなくていいよ。
俺は君が春雨千秋だってこと知ってるから』
「はぁ……。
あ、あの! 僕は今から、何するんですか……?」
野菜戦士は、くすくすと笑った。
完全に馬鹿にされている。
『お前さ、ここまできてそんなこともわかんないの?
――ハッキングだよ。ハッキング。
俺は金さえ払えばどんな犯罪にも加担する極悪ハッカーなんだ。あ、もちろん自分の手は汚さないけどね★』
(……最悪だ)
僕が一番、手を出したくなかった方法だった。
『いやさ、落ち込んでるとこ悪いけど、別にお前を逮捕させるつもりはないからね?
この俺が伝授するんだ。何一つ証拠は残らねえよ』
「すごい自信ですね……」
……ちょっと、縋ってみたくなったのは内緒だ。
『自信なんてチンケなもんじゃねえ。
確実。絶対。100%だよ。
(……まぁ、俺の“ライバル”が対抗してきたらちょっとわかんないけどサ)』
最後の方に小声で何かを言っていたが、うまく聞き取れなかった。
「えっ……でも……いやいやいや! 僕はそんな、犯罪まがいなことできませんって!」
『ふーん? なら、依頼人の名誉のためにも言わせてもらうけど。
俺への依頼報酬は先払い制なんだ。そして今回の報酬額は150万。シロートにちょっと指図してやるだけでこれだぜ?
その恵まれた機会を自分から踏み倒したとなっちゃ……お前、若くして借金背負った苦労人デビュー確定だな』
「…………っ!!!!」
抜け目なく、しっかりと外壁を埋められていた。
……ああ、もう!
「っしょうがないな! お前の指示通りに動けば良いんだろ!?」
こうなったらもうやけくそだ。少年院だろうとなんだろうと、かかってこいよ。
僕には『自称・最強のハッカー』がついてるんだから!
『ふふふふふ。決意は決まったようだな。
――さあ、戦争を始めよう』




