16・指名手配犯(冤罪)、高校に潜入する#3
……ねえねえ、聞いてよ。
皆知ってる?
最近、都市伝説として広まってる話なんだけど。
――”仮面の怪人”。
仮面舞踏会のような蝶の仮面を付けた、背の高い男の話さ。
曰く、彼は必ず日没以降にしか現れない。
曰く、彼は自分の”ナカマ”を捜している。
曰く、彼の質問に『知らない』と答えたら、その人は翌日干からびた死体になっている。
曰く、曰く……。
噂は絶えない。けど、これだけは言えるんだ。
彼が『仲間を探している』と言ったら、絶対に『一緒に探そう』と提案すること。
……え? もし捜索する時間がないときはどうすればいいのかって?
そのときは――
――翌朝、
無惨な死体が発見されるだろうね。
*
「やあ。こんにちは。聞きたいことがあるんだけど」
……なんだこの不審者?
それが、俺の第一印象だった。
いつもと同じアルバイトの帰り道。日が落ちるのが早くなってきた午後7時。
俺は東京の町外れの小道を通って、自宅のボロアパートに帰宅しようとしていた。その時だった。
蝶々仮面をつけた、黒服の不審者に声をかけられたのだ。
「…………なんですか」
「怪しいものじゃないんです。
ちょっとだけです! お話だけでも聞いてくれませんか?」
(怪しむなという方が無理だろ……)
どうせ奇抜な出で立ちのyoutuberか何かだろう。スマホで音声を隠し撮りとかしてるんだろうな。
面倒な気持ちになった俺は、彼をスルーして歩き去ろうとした。
しかし、この男なかなかしつこい。
ずっとついてくる。……おいおい、もうすぐ家だぞ。
「……………………なんなんですかっ!
着いてこないでくださいよ!」
とうとう俺はキレた。
「まあ、まあ、落ち着いて!
1つだけ聞きたいことがあるんです! それが終わったら、僕はお兄さんから離れますから」
「…………はあ。
それじゃあさっさと質問してくださいよ。忙しんですよこちとら」
「ご協力ありがとうございます!
それでは…………」
仮面の男は腰ポケットからゴソゴソとスマホを取り出して、何度かスワイプ動作を繰り返した後、俺に画面を見せた。
映っていたのは、黒髪の幼い女だった。何やら複数人の大人に囲まれていて、真ん中の女を含めて皆笑顔だ。彼等の下のテーブルには、大きなラウンドケーキが設置されていた。
誕生日パーティーか何かだろうか。
「この女性に、見覚えがありませんか?」
(見覚え……?
ねぇよそんなの……)
当然の如く、赤の他人である。
「一回も見たことないです。
……あの、この調査は何の目的なんです?
俺の情報提供を元に犯罪でも犯そうってんなら、貴方を通報しますけど」
なんたって、格好から怪しすぎる。意味不明な質問もあやかり、俺は通報する気満々だった。
「ハハ、とんでもない。
僕は……”仲間”を捜しているだけなんです」
……ゾクリ、と。
背中を一筋の汗が流れた感覚が、いやに感じ取れた。
「…………仲間?」
「ええ。
一緒に演じた仲間なんです。”何故か”、今はみな散り散りになってしまって……」
「……仲間を捜して、見つけたら何をするつもりなんですか」
「そりゃあ、決まってますよ……。
――――僕が”匿ってあげる”んです」
(…………なんだよ、その目は)
――仮面の隙間から覗く瞳は、獲物を見つけた捕食者のように瞳孔が開いており、
愛想笑いのためかニコニコと笑うその口元に、俺は生理的な嫌悪感を感じ、
当たり前のことを言う彼の言葉に、俺はただただ、
『気持ち悪い』
と、思った。
(気持ち悪い。
気持ち悪い。
なんなんだ。
なんなんだよ、こいつは。
……。
逃げなきゃ…………!)
俺は、駆け出した。
理由は自分でもよく分からない。
けど、とにかく、逃げなきゃ、と思った。
必死で走った。
5分間。逃げに逃げた。
あの犯罪者から逃げなければ。その一心だった。
(はぁ、はぁ、そろそろ撒けた…………か…………、
…………ッ!?)
肩に手が当たる感覚。
人にしては冷たい体温。俺を背後から見下ろす存在の影。
捕まった。
あの男に。
俺は、逃げられなかったのだ。
「――知ってるんですね? 彼女のこと」
耳元で、そう囁かれる。
俺は、俺は。
(怖い。怖い。怖い。
どうしたらいい。どうしたら逃げられる。嫌だ。死にたくない。
気持ち悪い。逃げたい。死ぬのは嫌だ。
誰か、誰か助け…………)
「…………はぁ。
ハズレかなぁ」
しかし。
男は、俺からあっさりと手を離した。
(は…………?)
「知っていそうな素振りをしたから期待していたんですけどね。
まあ、いいでしょう。また”次の人”に期待ですね」
変わり身の早さを晒した仮面の男は、くるっとUターンして俺から離れていく。
ぺたりと尻もちをつく俺。
安堵しすぎて色々と漏れそうだ。
(は、ぁ……。良かった…………)
そして、俺も再び立ち上がろうとした、その時だった。
「長瀬 剛くん。
25歳、フレンチレストランのアルバイト。現在正規雇用を求職中で、彼女なし」
(……………………えっ……)
「その様子を見るに、間違いないみたいだね。
――長瀬くん。君は”間違っている”。
君は本来の記憶を失っている。
今まで生きてきた君の記憶は捏造だ」
足を止めて、俺に語りかける男。
俺はなぜか、彼の背中から目を離せなかった。
「劇団sea。
特撮ドラマ”怪獣警察インフェルノ”。
主演俳優は朝永 和樹。
出演者は、劇団員の花町 ナオと、他数名」
すべて知らない単語だ。
けど……。
なんだか、心に引っかかる単語だった。
「……はぁ。
君はやっぱり偽物だ。
残念だよ、長瀬くん。僕は君と仲良くしたかったんだけどね……」
(ッ誰が、お前なんかと…………!)
そう言い返そうとして、俺は喉で言葉が詰まった。
……声が出ない。
「それじゃーね、長瀬くん。
後輩の後田によろしく言っといてよー」
そうして。
(脅し、かよ…………ははは……)
俺は、男が完全に姿を消すまで、動けなかった。
すべてを把握されている絶望感。
いつでも周囲の人物を消せる、と暗の主張。
――俺は結局、あの怪物のような男に、手のひらの上で踊らされただけの哀れな人間だったのだ。
*
「…………やっぱり、記憶持ち越しできるのは、あのときにリアルタイムで演じていた役者だけみたいだな。
それも、俺たちの劇団だけってか」
「うーん。でも、ちょっとわからないんスよね。
そもそも、どういういきさつで、つよポンはオレと友達になったんスかね?」
今、俺達が会議を行っている場所は、蛇沼俊平こと俺の私室だ。
ボスから与えられた2LDKの寮。
そこのリビングで、椅子に座った俺と後田は向かい合っていた。
「オレってば、つよポンとは劇団が初顔合わせじゃないッスか。
それ以前に交流なかったのに。先輩のことは知ってました?」
「いや、わからんな。そもそも俺のこと気付かれてなかった気がするわ」
「…………てか先輩、ガチであの蝶々仮面被ってたんスか?」
「ああ」
「………………ッッッッ!!!!」
後田ァ……。
腹抱えて笑うなよ。結構傷つくわ!
「っっっくくく…………。
ま、まあ、そのことは良いとして。なんかネットで、スタントマン関連でまた炎上してるみたいです」
「はぁ。今度は一体なんなんだ……」
「これ見て下さい!」
ネットからの情報源は後田に頼りきりだ。こいつ、地味にネット中毒気味だから、そういうのはやけに詳しいんだよな。
後田のスマホに表示されているのは、とある大手まとめサイトの記事だ。
ことの概要が簡潔にまとめられていて、それに対する感想もかなりの数だ。
『
【スタントマンスレの常駐荒らし】狂信者のファンネル行為が大炎上【オカマ狂信者】
・諸悪の根源:スタントマンについて語るスレの常駐荒らしのコテハン、狂信者。
狂信者はスタントマン信者であり、なぜかスタントマン崇拝スレに行かず、中立の立場である本スレに居座っていた。
・狂信者がヒーロー志望の男子高校生(以下Yとする)に目をつける。
Yはツイッターにスタントマンアンチの投稿を連発していた。
それを煙たがった狂信者は、スタントマン崇拝スレとスタントマン本スレの両方に彼を晒す。
ツイッターでも引用リツイートを行い、彼の高校、住所、友人関係、彼女を晒し上げ。
狂信者のフォロワーが拡散し、Yと彼女に粘着質な荒らし行為。
彼女は鍵垢、Yのアカウントは削除まで追い込む
・流石にヤバイだろということで本スレ荒れ出す。
そしたら一週間後にY本人が降臨。
Yの父親は弁護士やっているらしく、狂信者のIPアドレスを開示
・狂信者、昼間に私立桜山高校から発信していたことが特定される。
つまり、そこの教師か生徒が狂信者の正体。
・同級生のリークから、ふぁぼりつ、FF関係がないのに狂信者のツイッターアカウントからブロックされているという情報あり。
しかもブロックされた生徒たちは皆1年生だったことから、
狂信者は私立桜山高校の1年生であると推測される。
・現在はスタントマン本スレ民が、過去の発言と時間帯から狂信者の特定作業中。
高校でも狂信者捜しが行われている模様←イマココ
ネット民の反応
おかか @okakaaasan88
スタントマン本スレでも目立ちたがりでうざかったからいつかやらかすと思ってたわ
まる氏 @njfksi_m.a.r.u
狂信者嫌いだったし、ざまあ
criss @xxxxcrissxxxx
YはYで個人情報出しすぎじゃね?
本名出すとかうかつすぎ
NIGHT::SAVER @yorukisi_74
ネタ動画までは良かったけど個人情報特定はやりすぎた感
︙
』
「ね、ね!?
ちょうど今トレンド入りしてて、燃えに燃えてるんスよ!」
「お前はなんでそんなに楽しそうなんだ……?」
人の不幸は蜜の味ってか?
「で、この話なんスけど、続きがあって!
主犯の狂信者は、スタントマンファンのライングループに入ってたらしいんスけど、
そこでの彼はこういったらしいです。
”スタントマンをおびきよせるためにこの事件を起こした。これからもっと大事件を起こす”ってね」
「…………おいおい、洒落になんねぇぞ」
雲行きが怪しくなってきた。
「”アタシを特定してみなさい。凸したいならご勝手にどうぞ。
全員殺してあげる”。
これがまたバーン! って、大炎上」
「…………ガキかよ。
けどまあ、ほおっといてもいいんじゃないか? こういうのって口だけだろ」
「いやー、それがそうとも言えないんスよねぇ……」
「?」
真剣な顔で、スマホをひょいひょいと操作する後田。
「狂信者のやつ、グロ画像スレにも前から居座ってたらしくて……。
マジで、人を殺してもおかしくないって、ネットでは話題です」
見せられたのは、モザイクのかかった、グロ画像板の書き込みの過去ログだ。
誰かのスクショを何度も回されたのだろうか。画質がぼやけて荒くなっていた。
これ、全部俺のせいなんだよな……。
ちょっとまずいことになってきたぞ。
「……おい後田。狂信者が特定されたら、俺にすぐ連絡しろ」
「え? 先輩がどうにかするんスか?」
「”俺”が動くとは言ってないだろ?
とにかく、こうなったのは俺の責任だ。
――狂信者くんに、身の程ってやつを教えてやろうぜ」
……いいかい、素人くん。
悪党ってのはなぁ、自分の手の内をそう簡単に晒さないんだ。




