13・中身一般人の悪役、国家転覆を企てる#3 ★挿絵あり
「演間、博雄………………!」
かつて、俺を殺すと言ったヒーローが、そこにいた。
「やはりお前だったんだな……。
新巻ヒロト……いや、蛇沼俊平――!」
「……こちらこそ。
あの時は分かって接触していたんだな、ヒーローくん?」
博雄の手は微かに震えていて、慣れない脅しに緊張しているのが伝わる。
「……、あの時。
確信までは至らなかったが、俺は江戸愛実の挙動から、そうではないかと疑っていた。
男変わりが早すぎる。ネットに彼女と前の男の画像が上がっていたのを知っているか?」
「さあな。まぁ、そんなもんじゃないかな?
彼女、“軽そう”だし。
しっかし、盗撮するなんて不届き者もいたもんだ」
愛実の体がビクッとはねた。
……ごめんな。でも実際そう見えるんだよなぁ……。
「シラを切るな!
……次の証拠だ。
新巻ヒロトという人間は、既に死んでいる」
あらー、バレちった。
「正確には、行方不明か。
しかし、俺の元同僚に聞いたところ、彼を最後に目撃した人物は、『富士の樹海に行っていた』と言うじゃないか」
……完全にお手上げだ。
「それなのに、お前は『同級生』というかま掛けに引っかかった。
そもそも俺は新巻のクラスメイトですらないというのに。
油断したな、スタントマン」
あー……あれ、やっぱり確認作業だったのか。
完全に出し抜かれた。
「証拠はまだある。
俺が薬物の情報を伝えてから、お前は数日で信者を手篭めにした。本来なら乗っ取りなど、反発が起きてもおかしくないが、彼らは盲信的だった」
凄い(小並感)。
「……ふふふっ。お見事お見事。
探偵くんと呼ばせて貰おうかな?」
「やめろ! 反吐が出る」
ちょ、若干傷付いたんだからな!?
拍手して褒めてやったのによぉ。
「でもさ。君は警察官じゃなかったのかな?
いくら犯罪を取り扱う職業とはいえ、そこまで自由に情報収集なんてできるもんなの?」
単純に、疑問だ。
そこまで突き止めるには、かなりの時間のストーキングが必要だったはず。
通常勤務に併せてこれだけの戦果となれば、かなりの激務となるに違いない。
「……俺が前言った言葉を覚えているか……?」
「うん? 何だったっけ?」
やべ、全く覚えてない。
「地獄の底まで引きずり下ろす。俺はあの時そう言った。
……俺は、お前を殺すためだけに、警察官を辞めたんだ」
「…………えっ」
馬鹿な。
警察官のままでも俺を追えたかもしれないのに、何故。
「どうしてだって? そんなの決まってる。
警察官は、無実の人間を殺せない」
「は?」
いや、俺は無実ではないだろうが。冤罪とはいえ、指名手配中のテロリストだぜ。
「蛇沼俊平。怪獣名をスタントマン。
――江戸愛実を失いたくなければ、出頭しろ。
返答次第では、彼女の首を掻き斬る」
「……………………」
(今までやってきたことが返ってきた、ってか……)
因果応報。
そんな言葉が脳裏を横切った。
ぶるぶると震える愛実。真っ直ぐと俺を見る博雄。
でも。
でもさぁ。
「君じゃ殺せないよ」
だって。
「そんなに手が震えてさ。
殺す覚悟がない君は、人殺しなんてできないよ」
――まるで、俺みたいだもん。
「…………そもそも。俺は、江戸愛実に“興味がない”」
「っえ……?」
困惑する愛実。
「――舞台が終わった時点で、彼女はもう用済みなんだ」
そう。
俺には、江戸愛実という駒は不必要なんだ。
だから……死んでも、俺には関係ない。
どうだって、いいんだ。
「蛇沼ァ……ッ!!! お前、そこまで……!」
堕ちていたか。
怒りで顔を真っ赤にする博雄を見て、俺は独りごちる。
……ああ、そうだ。
俺は自己保身の塊で、正直、他人の命なんてどうだっていい。
人を殺したくないっていうのも、人を殺すことで、俺自身が危険に晒されるのが嫌なだけ。
まともな倫理観なんて、はなから持ち合わせていないんだ。
けど。けどさ。
どうしてこんなに胸が痛むんだ?
「愛実さん。
本当に……ごめんなさい。
恨むなら、アイツを恨んでくれ……」
博雄の持つ包丁が、愛実の首にじわじわと食い込む。
ぽろぽろと涙を流して抵抗する愛実だが、体が脱力していて抜け出せない。
……博雄。お前は、止めてほしいんだろ?
俺が出頭すると言うのを期待してるんだろ?
道行く人が通報するのを待ってるんだろ?
俺がお前の立場だったら、きっとそう思ってる。
なら、止めろよ!
その手を止めろ!!
誰か、止めろ。
お願いだから。
誰か、助けて。
(……嫌だ。
嫌だよ。俺は……、
愛実が死ぬのは、嫌だ…………!)
祈りは届かない。
――筈だった。
「えいっ」
ぽけっ、という間抜けな打撃音が、道路にこだました。
*
「ボスから怪獣としての出勤命令があったと思えば……まさかこんなことになってたなんて……。
びっくりぽんッス!」
「…………後田ぁ! …………助かった……」
打撃音の正体は、巨大ネコ科怪獣(虎型)の特殊スーツを装着した、後田の援助だった。
肉球で頭を叩かれた博雄は、その音の軽さに反してすっかり気絶してしまっている。
思わぬヘルプの安心感から、膝が笑いそうになるが、すんでのところで抑えた。
俺はスタントマン。悪の組織の顔なんだ。
こんなところでボロを出すわけにはいかない。
……しかし、どうなってんだ、あの音? まさかの効果音つき?
「で、どうしますかこれ?」
後田が指差す先は、崩れ落ちた博雄とその下敷きになった愛実。
「……博雄は放置だ。
愛実は………………」
……どうしよ。
首に切り傷を負って、精神的にもトラウマとなってもおかしくない。
病院につれていく? ……いや、ネコ怪獣と俺が通報したら、そのまま仲良く逮捕ルートだ。
そう考え込んでいたときだった。
「蛇沼…………様…………」
愛実が、博雄の下からずるずると這い出てきた。
起きとったんかいワレェ!
「愛実」
「申し訳、ありません、でした…………」
「いいから、喋るな」
「蛇沼様の雄姿を、ひと目みたいと……そう思った結果が、コレです……。
あはは……私、完全にバカ、じゃん……」
うつ伏せになりながら、愛実はそう自嘲する。
違うんだよ。
……全部、俺のせいだ。
「ああ、そうだな。
お前はもう、必要ない」
だから、残酷な真実を教えてあげよう。
俺の為に命を失ってほしくないから。
「目障りだ。
愚か者は、俺の視界から消え失せろ」
「――――ッ……」
傷ついただろう?
俺から逃げたいだろう?
「俺が世界で一番嫌いな人間の種類は、バカっていうんだ」
ほら、俺のせいで不愉快な気持ちになったろう?
嫌なら、逃げろ。
逃げろよ。
「……蛇沼様」
…………どうして、近付いてくるんだよ。
「気付いてあげられなくて、ごめんなさい。
私は、最初から、なんとなくわかってたんです」
来るな。
俺は君と関わっていいような人間じゃない。
「やめろ……」
だから、近寄るなって、言ってるのに!
「――貴方は、人間です」
抱きしめられていた。
「何か、大きなものを背負っていて。
常に誰かを気にしていて。
弱みを握られまいと警戒して」
「……私のために、自分を遠ざけようとしてくれて。
そんな、人間臭い貴方を、私は…………」
……しかし、その先の言葉は紡がれない。
「…………愛実?」
愛実は、ドサリと地面に転がった。
今まで、相当気を張っていたのだろうか。
すうすうと、寝息をたてて転がる愛実に、俺は何もできなかった。
……何も。
「先輩。しんみりしてるとこ悪いんスけど……演間が起きそうです」
「…………」
「先輩?」
待たせて悪いな、後輩。
「帰ろう。寮に」
「……はいッス!」
――その日、俺の中で結論が出た。
俺は年上の女性が好きなんじゃない。
バブみを感じられる女性が好きなんだと。
なんつって。
「……あの声は…………カフェの店員…………?」
*
あれから、数週間が経った。
あの事件は『悪の組織のリーダー・スタントマン』の仕業として、日本中を巻き込み、語り継がれることなった。
やはりメディアは俺を怪獣扱いする。
今回に至っては怪我まで負ったのに、彼等は俺を怪獣だと信じてやまないらしい。偉い人の考えることはようわからん。
そして、日本人の約9割は俺の熱心なアンチなわけだが、残りの1割の中には、スタントマンの理念を妄信するバカがいるようだ。
あんなの適当に言っただけなのに、よく信じるよなぁ。ま、それを狙った事件ではあるんだが……。
ボスはというと、大変お喜びで、闇医者の手配までしてくれた。俺の怪我はみるみる治癒していき、今では激しい運動をしてもちっとも傷まない。
なんなら事件前よりめちゃくちゃ調子がいい。
……怪しい薬を打ち込まれたような気がしなくもないが、まぁ、治ったのでよしとする。
ついでに、江戸誠一は逮捕された。薬物が原因だ。
違法薬物を輸入していたのは、予想通り彼の仕業だった。愛実が彼を誘拐した時、”疑いの目は新伝道師に行く”なんて言っていたが、そんなわけがない。
洗い出したら、それはもう出てきた。悪事がゾロゾロと。
あ、スマートウォッチはまだ付けたままにしているかもしれない。逃げないように脅しで『逆らったら爆発する』とか言って(嘘)付けさせたんだが、想像以上に従ってくれた。
ま、まあ中国製だし? 爆発してもおかしくはないよねっ!
演間博雄について。
風のうわさによれば、傷害事件で出頭し、数カ月間シャバに出られないとか、なんとか。
知らないよ、あいつのことなんか……。
江戸愛実は……わからない。そもそも一般人の彼女だ。アルバイトもしてなさそうだし、SNSも知らない。
彼女とはあれ以降一度も接触していない。
少なくともそれが最善策だと思う。未来のある若者が、俺みたいな犯罪者と関わるべきではない。
後田は、相変わらずバイトを継続だ。今回みたいに、緊急事態のときに出せる人員が必要なのかもしれない。カフェも何かと利用させてもらったし、感謝が尽きないな。
狐耳のヒーロー……確か、氏家 雅とか言ったか?
アイツは、なんとか生きているらしい。記者会見で、包帯でグルグル巻きになった彼が出演させられていたのは、すごく可哀想だった。ざまぁ。
ちなみに、設置した爆弾はすべて不発弾である。それらは人質事件の後に、警察の手によって無事撤去されたようだ。めでたしめでたし。
最後に、俺。蛇沼俊平は――
「ふんっ!」
「UGOOOOOOOOO!!!!」
――怪獣と戦っていた。
……なんでだよ!?
俺が知りたいよ! こんなの!
ここはボスが用意した闘技場。俺の目の前で鉤爪を振るうのは、通常の1.5倍は大きいクマ怪獣だ。
『データを取りたい』と言っていたボスに従って、この部屋に入ると、いきなりアイツが襲ってきたのだ!
なんとか今まで避け続けているが、そのうちクリーンヒットして人生終了の予感がする……。
『そこまでだ』
あっ、怪獣の動きが止まった。
やっぱアイツら、ボスには絶対服従なんだよなー。
『データ収集は終わりだ。スタントマン。貴様は部屋に戻ってくれて構わない』
「へーい」
命の危機を脱した俺は、余裕の表情を装い部屋を退出する。
強者感出してくスタイル。
そして、自室に戻った俺は、携帯に一通のメールがあったことを確認した。
「後田から、か。……何かあったのか?」
あいつが連絡してくる時って、大概悪い話なんだよなぁ。
【
from:後田 忠司
to:スネーク
花さんから連絡帰ってきました!
転送しますね!
】
花さん?
……そういえば、劇団員にそんな人がいた気がする。
数秒後に、携帯が着信音を鳴らした。すぐに新着メールを開く。
【
from:後田 忠司
to:スネーク
*----------------------*
from:花町 ナオ
to:後田 忠司
私を捜して
*----------------------*
】
……なんだ、これ。
怪文書?
一応、返信しておく。
【
from:スネーク
to:後田 忠司
花さんって、あのキノコ博士の花さん?
】
ピロリン。
相変わらず返信が早い。
【
from:後田 忠司
to:スネーク
そうっスよ!
……ウイルスメールとかいたずらですかね?
】
うーん。これだけの文面じゃ、判断できない。
【
from:スネーク
to:後田 忠司
気に止めておいたほうが良さそうだな。
念の為、返信しておいてくれ
】
再び、着信音。
【
from:後田 忠司
to:スネーク
了解!
】
俺は携帯の電源を落とし、泥のようにベッドで眠りについた。
……ああ。
とても、疲れたなぁ。
*
――こうして、世界に悪の芽を残した大事件は、大勢の人物を巻き込みながら集結したのだった。
(拝啓、母様。
俺はなぜかまだ生きてます。
飼い犬のクッキーによろしくお伝え下さい。
P.S.
俺のせいで近所の人に嫌がらせとかされてたらごめんなさい……)




