10・中身一般人の悪役、宗教の教祖となる#2 ★挿絵あり
「その神様が言っているのなら――貴方を殺してしまっても良いですよね?」
愛実の手によって、胸元に刃を突き立てられた誠一。
――しかし、予想された死は一向に来ず。
ズキズキとした胸の痛みはさることながら、心臓がバクバクと鼓動する音がきちんと聞こえる。
(死に損なったか…………いや、違う! これは……)
愛実の腕は、背後に立つヒロトによって止められていた。
奇しくもヒロトのおかげで命拾いした誠一だったが、
(俺を嬲る(なぶる)気だ…………!)
ヒロトのにやついた口元を見て悟った。
――遊ばれている。
「愛実さん。刺しどころが違うじゃないか」
「えっ、あっ、でも……」
「僕は最初、足を刺せって言ったんだよ? なにも”殺せ”だなんて一言も言ってない」
「……っ、申し訳――」
「よしてってば。さ、誠一を殺さずに刺そう? そしたらミッションコンプリートさ」
「はい! では、行きます!」
ヒロトは嗤う。
(……悪魔め…………! 俺が苦しむのを見て、楽しんでやがる…………!)
愛実は誠一の右足に、ズブリと包丁を射し込んだ。
「っぐぁあ――!」
「うーん。なんか微妙だな。
もう一回……いや、そのまま肉をかき回そっか」
「こ、こう、ですか?」
「…………あ……あぁぁ…………」
グチュグチュ、と中身をかき回す愛実。誠一は痛みのあまり口から泡を吹いた。
「もう十分かなぁ。
そろそろ気絶しそうだからね。ここらで終わりだ」
「は、っはい!
先走ってしまって、本当にごめんなさい!」
「いいんだよ。それだけやる気があるってことだしね」
誠一の意識は遠のき、二人の会話がどこか遠くで聞こえる。うまく回らない頭では、二人が話している内容が雑音のように処理され、ちっとも理解できなかった。
「逃げたら助かると思ってる?
私達を通報すれば平穏に生きれると思ってる?
違うよ。
父さんはもう詰んでるんだよ。
……警察がもうじき、教団へ薬物調査に入るの」
「……け、い……さつ……だと……」
愛実の言葉を聞いた誠一は、スッと血の気が引いていく。
「父さんは近い未来、刑務所に収容される。
狭い牢屋の中で、信者の怨念の声を聞きながら、頭のおかしい囚人たちに囲まれて、寂しい人生を終えるの。
なんて可哀想…………」
「……こ、ころ、せェ…………」
拘束されて自死も許されない誠一は、息絶え絶えに包丁を持った愛実に”救済”を求めた。
「殺せないわ。だって止められてるもの。
けど、1つだけ父さんを救える方法があります」
「…………すく、う……?」
「ええ。
――伝道師を辞めてほしいんです」
藁にもすがる思いな誠一に、手を差し伸べる愛実。
「新たな伝道師は、”神の愛し子”の私が指名する。
父さんが辞めたら、警察の疑いの目は新しい伝道師のほうにいく。どう?
財産は手元に残り、残りの人生をゆっくり過ごせるの」
まるで天使のように柔らかい笑みを浮かべて、選択を迫る愛実。
誠一の選んだ結末は――――
*
あっっっっぶなかったァ!
――あの時。『包丁で脅せ。足を刺して歩行不能にしろ』と愛実には説明していたが、まさかあそこまで殺意キメてたとは、完全な想定外だった。
……焦って変な顔してなかったよな?
俺って緊張したとき笑っちゃう癖があるからなぁ……。いや、マジで怖かった。愛実の憎悪を舐めてた。
「それでは、中継を開始します」
「はい、始めて下さい」
俺が今いるのは、『神々の光』本部、ホールの中のステージだ。
手前にセットされているのは、中継用カメラ。ステージを向いて正座しているのは、東京住在のほぼ全ての信者たちだ。
信者たちの目前には水の入ったコップが置かれている。準備はバッチリだ。
カメラが俺の方を向き、ピッと作動音が鳴る。
中継開始だ。
――主演は新巻ヒロト。
(信者ども、刮目して見よ。
そしてそのまま、愉快に踊ってくれ)
「初めまして。
僕は新巻ヒロトと申します。
突然の集会、そして、なぜ僕がここにいるのか、ということに驚かれた方が多いでしょう。
その前に、まず、”どういうわけか”2日ほど行方不明になっていた伝道師様が発見されました。
伝道師様のおなりです」
俺は一歩下がって、信者に上半身を補助されながらよたよたと歩く誠一を出迎える。
誠一は、感情の抜け落ちたような表情でマイクの取っ手を持った。
その腕には、俺がつけたスマートウォッチがちらりと覗いている。
「皆のもの。よく集まってくれた。
本部のものだけでなく、北から南まで、果てには海外まで。
私が一斉集会を予定したのは、皆に伝えたかったことがあるからだ。
――今日をもって、私は伝道師を引退する」
信者たちが、目をひん剥いて驚いた。
そりゃそうだよな。宗教を設立して、政治活動までやってるビッグな活動家が、引退するというのだ。
とんだ大ニュースだよ。
「そのためには、君たちに理由を説明しなければならない。
まず、私が教団を離れていた間のことだ。その時私は、天界で神と対談していた」
出たよ、スピリチュアル。
「この世界の行く末について話していたのだが……意見が食い違い、私は神の怒りに触れてしまった。
……そのおかげで、胸と足に怪我を負った。これは天罰である。
私は、伝道師として相応しくないと、神に烙印を押されてしまったのだ」
よくもまあ、こんなにスラスラと嘘が語れるものだ。
……人のこと言えないけど。
「そして本来なら、神々の光は、私が引退した時点で終幕となる予定だった。
しかし、神の愛し子が直々に後継者を指名した。
それが彼――新巻ヒロト君だ」
ハイライトのない光で俺をじっと見つめる誠一。
(め、目が死んでる…………)
俺たちのせいとはいえ、若干の罪悪感はある。
「私はこの演説を最後に、もう二度と表社会に姿を表さないつもりだ。
選挙は棄権する。投票してくれた信者たちには、盛大に謝罪したい。
……大変申し訳なかった。
手前の聖水は、私からの最後の餞別だ。全世界の、離れた信者たちにも用意してある。
私を見送るためと思って、拍手代わりに飲んでくれて構わない。
それでは、諸君。
――乾杯!」
そう言って、誠一は足を引きずりながら裏へ下がっていった。
うっすらと涙ぐんだ信者たちは、誠一の言葉と共に聖水を飲んでいる。
……悔しいが、カッコイイ演説だった。参考にさせてもらうぜ、小悪党。
仕切り役の信者が、俺の出番を急かす。俺はマイクスタンドの前に立った。
「改めまして、新巻ヒロトです。
この度は、二代目伝道師に就任させていただく運びになりました。
さて、突然ですが、皆さんに聞きたいことがあります。
皆さんは、神様を信じますか?」
信者たちは、顔にハテナマークが浮かんでいる。
「そうですよね。ここにいらっしゃるということは、当然、信じてらっしゃると思います。
先程、伝道師様が申された通り、神様は人間と密接に関わってきました。
ときには人を助け、ときには天変地異を起こし、ときには人と恋をして。
その上で再度聞きます。
皆さんは、神の正当性を信じますか?
天変地異では、たくさんの民が犠牲になりました。
神に選ばれなかった者は世界を憎み、この世に悪意をばらまきました。
神に選ばれた者は私腹を肥やし、貧しい人たちから搾取しました。
その上で――神はすべてにおいて正しい。
そう思いますか?」
信者の顔から緊張感が抜けていく。トローンとぼやけた表情だ。
”効いてきた”。
「僕は、そうは思いません。
人間と神は対等であるべきだ。
神が一方的に人間を傷つけるのは間違ってる。
……僕も以前は、祈り続ければ救われると信じていました。
けど、違った。
救うのは神の気まぐれ。どんなに聖人でも、努力家でも、神は賽の目一つで殺す。
大災害も、戦争も、環境問題も、変わりやしない。
因果応報なんて存在しない。……なんて、無情な世界なのだと。
そして、僕は、伝道師様が天罰を受けて負傷してしまったことを聞いて、確信しました。
自分に都合の悪い人間は消す。都合の良い人間は救う。
そんな”人間性”の神は…………ただの邪悪でしかない」
演説に力が入る。
脳内がハイになっている信者たちは、俺が過去の『神々の光』を非難しまくっていることにすら気付かない。
「――人間は、そんな邪悪な神を凌駕しなければならない!」
信者たちは、俺の言葉を聞いてハッとしている。
「この世界は間違っている。
上層部の人間が支配し、機械のように働かされる人生。
自然の……神の暴威に立ち向かえず、されるがままに死んでいく人生。
それが、神の定めた”正しさ”だというのなら――僕たちは、それを破壊して、新たな秩序を作り上げるべきです。
皆が幸せになる世界を、僕たちで創造するのです!」
「おおぉ……!」と、ざわめく聴衆たち。
「僕は……本当の事を言うと、伝道師ではありません。
神と対談しようものなら、すぐに天罰を受けて殺されてしまうような、裏切り者なんです。
けど。皆さんを幸せにしたい。その意志は、伝道師様と同じです。
皆さん。僕に、ついてきてくれますか?」
信者たちを見渡す。急に静まり返ったホール。
(…………まずったか?)
そう早とちりしたときだった。
――歓声。
誰かのまばらな拍手から始まり、その波が広がり、段々と大きくなっていく音が耳に届いた。
熱狂だった。
誰もが涙を流して、ついでによだれも流して喜んだ。
頭のイカれた信者どもが、脳死で俺に声援を送る。
俺に見えるように設置された、スクリーンに映る遠隔地の映像でも、同じように狂喜乱舞が広がっていた。
成功した。
俺は、彼等の心を掴むことに成功したのだ。
……聖水の力も借りて、だけどな。
「お静かに」
俺がそう言うと、ふっと静かになるホール。
「皆さん、本当にありがとうございます。
……世界を救うために、僕たちはまず、最初の行動を起こすべきだと思うのです」
信者たちは真剣に俺の話を聞いている。
「明日。
時間が切り替わる24:00。
場所は国会議事堂前。
皆さんが最初に救うのは――日本です」
カウントダウンは残り8時間。




