1・悪のヒーロー「スタントマン」★表紙あり
「はい、スタート」
カチンコが鳴らされ、現場の空気がピリッと張り詰める。
そこは街の交差点だった。普段は大勢の人が行き交うそこは、異形と人間が集うステージと化している。
彼らの周囲を取り囲むのは、いくつもの撮影機器と、大勢のスタッフたち。
これから始まるのは、よくある勧善懲悪の特撮ショーだ。悪い怪物と正義のヒーローが戦い、正義が勝利する。茶番だ。ただの予定調和。だが、
(俺にとっちゃ、特別な舞台なんだ……!)
俺はグロテスクな怪獣の特殊スーツに身を包み、カッコつけた若手俳優と対峙していた。
そう、俺は怪獣役だ。それも、これが初めての地上波出演作である。これが緊張しない筈がない。
(俺はこれまで、チマチマとバイトで稼いで下積み時代を送ってきた……だが、これでようやく夢が叶うんだ! 俺の勇姿が、世界に放送されるんだ!)
気合は十分だ。台本は覚えてある。特殊スーツの重みが逆に心地よい。
俺は、いわゆる”ゾーン”に入っていた。
「ようやく見つけたぞ、怪獣め! あの人達を殺したのはお前だな!」
『ははははは! 待っていたぞヒーローくん。どうしてここがわかったんだい?』
特殊スーツの喉に取り付けられた変声機で、モザイクのかかったような音声が俺(怪獣)の口から出る。そう。俺は人間ではなく、もはや怪物なのだ。見た目、動き、声のどれをとっても、人間と呼べるような要素は1つもない。
俺は”ヒーローくん”をバカにしたような態度で、爬虫類のような片手をひらひらさせる。怪獣流のご挨拶だ。
「俺の質問に答えろ、怪獣! お前が殺したのかと聞いているんだ!」
『それに答える義理はないぜ。でも、そうだなァ、1つだけ教えてあげるなら、アレだ。
ぼくは君に会いたかったんだよ!』
「――なっ!?」
『素晴らしい身体能力! そしてぼくの居場所を突き止めるその頭脳!
ああ……君を手に入れたら、まずはその脳を食べてあげる。それから、血液を吸い上げて、骨を抜いて、最後に筋肉を食べ尽くしてあげよう! おめでとうヒーローくん!
君は偉大なぼくの血肉の一部になるんだぜ!』
「狂ってる……!」
クハハ、そうだろうそうだろう。俺は怪獣だからな。狂ってなんぼ、頭おかしくてナンボだ。
って、アレ? 俳優くん、セリフ間違えてない? ここは「やはり邪悪な怪獣だ……! コイツはここで始末する!」みたいな決め台詞だったような……。
まぁ、まだ初主演の若手俳優だから、抜けちゃったんだろう。俺も昔はそういうことがあった。
『でも君は、おとなしく食べさせてくれないんだろ?
だからぼくは、今から君を殺す』
「……同じ言葉を返そう。俺は今から、お前を殺す!」
うわー、すごい殺意。若手とはいえ、主演に抜擢されるだけあるなぁ。
なんて感心してる場合じゃない。俳優くんがアドリブで合わせてくれたんだ。俺も期待に答えなくては。
『はっ!』
ここからが本番だ。俺は筋力任せに重い怪獣スーツのままバク転。拳で突っ込んできた俳優くんを余裕で回避。……若干スレスレだったぞ。手加減してくれー。
俳優くんの動きが、練習の時より格段に早くなっているのだ。どうも調子が狂った俺は、一旦離れて俳優くんの様子見をする。
(……って、カメラさんたち、離れすぎじゃね? いくら衝突する危険があるとはいえ、そこまで離れたら……うわっ!)
俳優くん、再突撃。俺は慌てて拳で応戦する。気合が入りすぎだ。
……人のこと言えないか。
(でも、ッさすがに、この強さは……!)
俳優くーん! 俺の苦痛な表情見えない!? 見えないか!
拳が割れそうだぜ! ちょっと一旦おちつこ、な!?
(や、ヤバイ! このままだと負傷する! スタッフさーん、気付いてー!)
『え、えっと、ストップストップ! タンマ、休憩させてくれ!』
「抵抗は無駄だ! お前はここで、俺に殺されるんだよ!」
(目がガチだ――!)
え、俺俳優くんに恨まれるようなことしたかな!?
頭の中がパニック状態だ。
『ごめんごめん! 謝るからさ! 俺なにかしたかな!? そんな怒んないでよ、あとで居酒屋でも奢って――』
「……何かした……だと…………?」
……地雷踏んだっぽい。
名前忘れて『若手俳優さん』って呼んだからか? それとも、差し入れと題してメントスコーラしたのが琴線に触れた? もしくは、歴が長いからって先輩ヅラしたのがだめだった?
グルグルと思考がループする。思い出せ。思い出せ。俺はなにか彼にひどいことをしてしまったのだろうか。
「お前は! あの人達を殺した! それさえも覚えていないというのか!?」
『いや、だからさぁ! それは俺じゃなくて……』
「――侮辱するなァッ!」
パァン!
拳が弾けた。
(痛ってぇ)
じんじんする。右の利き腕が、思うように動かない。こりゃあ病院行きだ。
何がなんだかよくわからないが、彼は役にのめり込みすぎだ。俺は人を殺したことは一度もない。
ヒートアップした俳優くんを止める方法。……だめだ、ちっとも思いつかねぇ。
うーん。これは……。
(こんな現場懲り懲りだ! 退散させてもらうぜ!)
ま、また戻ってくればいいしな。そのときには俳優くんも落ち着いてリテイクさせてくれるだろう。
つーわけで。
『サラダバー』
「まて!」
逃げるは恥だがなんとやら、だ。
俺は彼に背を向けて、交差点を疾走――しようとした、その時だった。
(……し、死体……?)
足に何かが引っかかる感触を覚え、目線を下ろす。
そこには、地獄が広がっていた。
死体。死体。死体。死体。
全身が焼きただれた死体。何かに噛みつかれた死体。上下が泣き別れた死体。臓物だけの死体。
まさか、まさか――。
(こんなリアルな死体用意しなくてもなぁ)
俺は舞台さんに感心する。死体特有の匂いまでこだわっているらしい。ここまで気味の悪い死体を大量生産するなんて、精神病んでるんじゃなかろうか。もう山みたいに積み重なってるよ。
「? 逃げないのか、怪獣」
『いやー、こりゃ俳優くんも役に入り込みますわ。こんなにリアルだと現実だと錯覚しちゃうよね』
「何を言っているか知らんが……
お前はここで積みだ」
『は?』
振り返った。
おかしいのは俳優くんだろう。
彼の手にあるのは、拳銃。
(台本にはない……)
贋作? おもちゃ? それとも本物?
俺はこの状況から如何にして逃げ出すか。それだけに脳をフル回転させていた。
(あー、もう、疲れた。
……スーツ脱いで、正体あかすか)
結果、俺は合理的な選択を選べたと思う。
彼の目に追いつけないような速さで、一旦死体の山に潜り込む。さすがに死体撃ちはしないだろうからな。
そして、重っ苦しい怪獣スーツを――脱ぐ!
(っくー、汗臭いし、死体臭ェ)
死体の中は想像以上に気持ち悪かった。
おかげで全身真っ赤だよ。
そして、怪獣スーツ片手にもぞもぞと山の名から這い出る。気分はゾンビだ。
「やぁ、ごめんね。熱くなってるとこ悪いけど、あの怪獣は既に俺の手の中さ」
手の中(物理)。中身が抜けてへにゃへにゃになった怪物スーツを俳優くんに見せつける。
彼は怪訝な顔だ。やはりまだ役にのめり込んでいるのか。
「お前は……何者だ……!」
(あれれ? まだ誤解されてる?)
なんだか腹が立ってきたぞ。いい加減に目を覚ませよ。ただでさえ顔がいいってだけで初舞台で主演を張るっつー、バケモンみたいな経歴にムカついてたのに、理解力すらないなんて。
俺の心は火山のように噴火寸前だ。
「だーかーらー、俺はただのスタントマンだっつってんだろ! いいかげんにしろよヒーローくぅん!?」
ああそうですよ! 俺はどんだけ頑張ってもスタントマン止まりの俳優志望さ! ムカつくし、もちろん羨ましいよ! 才能に愛された男がな!
俺はあいにく、身体能力しか持ち合わせていない。どんなに努力しても、天才のような演技には決して追いつけないだろう。……はぁ、なんだか嫌な気持ちになってしまった。落ち着け俺。
「俺では君の目を覚ますことはできないだろう。けどさ、この死体を見てご覧?
ほら、この臓器とかさ。よく見てみたら、”ニセモノ”だって気付くよ」
「なにがニセモノだよ……! お前の手下が殺したのは、紛れもなく尊い命だろうが!」
「いやー、ニセモノだよ、これは。どこからどう見てもね。だって……」
『ここは”舞台”なんだから』
「…………ッ!」
困惑する俳優くん。そりゃあそうだ。この舞台が現実だと思いこんでいる彼に、真実を打ち明けても、信じてくれる勝算は正直低い。
しかし、キャラを崩す気はないらしい。俳優くん、再び怒り顔になって俺に叫んだ。
「舞台、だと……! 俺たちの戦いはすべて、お前に仕組まれたものだったとでもいうのか!」
「さぁねー。でも、”台本”はあるじゃん? それを探しなよ。そしたら、真実がわかると思うからさ」
はぁ。ここまで言ってもわからないなんて、相当ヒーローがはまり役だったらしい。
俺はそろそろずらかるとしよう。ここに長居しても、封鎖されているとはいえそのうち人が集まってくる。偽物の死体を見て騒がれても面倒だし。
というか、俺達の喧嘩に乗じてスタッフさん逃げやがった。怖がるなよ。いや怖いか。
本物かどうかわからないとはいえ拳銃だもんな……。
「ってことでバイバ~イ! また会おうぜ、ヒーローの俳優くん!」
「ッおい――」
逃げ足が速いのは俺の長所だ。なんてったってスタントマン。俺のステータスは身体能力に全振りだからな。
「スタントマン……! 覚えたぞ! その顔! その声!」
ありゃ、追ってこないのか。
まぁ……好都合だ。
「地獄の底まで引きずり下ろしてやる……!」
コッッッッッッッッワ!