表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑ってる海、泣いてる海  作者: 青嶋幻
3/10

第二話 センムが無くしたもの

 ある日の朝、トコヨハイツの住人で、センムというあだ名の男が、藤倉たちのアパートで騒ぎ出した。センムが大切にしていた物がなくなったので、リッポに探してもらいたいらしい。藤倉は無くした物は何かセンムに聞いたが、教えてくれない。リッポもわからないと言う。

 とりあえず、トコヨハイツへ行ってみると、なぜか美子が行方不明になっていた。藤倉は堂原から、リッポと一緒にセンムが無くした物と、美子さんを探して欲しいと依頼される。わけがわからないまま、藤倉はリッポを車に乗せて、捜索に出かけた。

 美子とセンムの秘密、そして藤倉の過去が明らかになる一編です。

 海は静かで、弱い風が吹いている。やや緑がかった青い海面にさざ波が立ち、朝日に照らされてキラキラと乱反射していた。

 風向きが南から西へ変わっていくとき、潮の流れがわずかに蛇行する。

 規則正しかったさざ波の様態が、揺れるように変化し始めた。

 何かがせり出してくるように、海面が盛り上がる。

 海の奥底よりも、更に深く冷たい場所。ほとんどの人に存在を忘れ去られて久しい、暗くて密やかな世界。

 そこから、ゆっくりと表情が浮かび上がっていく。

 海が笑ってる。


 藤倉は連打される玄関チャイムの音にたたき起こされた。時計は朝の五時を指している。こんな時間に誰なんだよと思い、電気をつけてドアを開けた。

「おい藤倉、リッポがどこへ行ったか知ってるか」

 ドア口にいたのはセンムだった。いつもの自信に満ちた顔つきとは違い、あからさまにうろたえた顔をしている。

「リッポなら、隣の部屋で寝ているんじゃないですか」

「それがいないから聞いているんじゃねえか。ほら」

 センムが外を指差した。藤倉が靴を履いて廊下へ出ると、リッポの部屋のドアが開け放たれたままになっている。

 中からパジャマ姿の堂原が出てきた。「きっと海にでも散歩に出かけているんでしょう」

「どうしてリッポを探しているんですか。あいつが何か粗相でもしたとか」

「いや……。ちょっと用があるんだ」途端に目が泳ぎ、口ごもらせた。何の用なのかは話したくないらしい。「と、ともかくリッポに会いたいんだ」

「私が浜に行って、あいつを探してきますよ」

「だったら僕が行ってきます」

 藤倉は慌てて中へ入って服を着替えた。リッポの行方なら堂原の方が詳しいかもしれないが、センムがリッポにどんな用があるのか興味があった。

 リッポには色々と不審な点が多い。仕事のできないダメ男だが、トコヨハイツの入居者には妙に人気があった。しかし、どう好かれているのかがわからない。入居者が時々リッポを呼び寄せ、こそこそ話しているときがある。内容を知りたいが、近づくと離れてしまう。美子の時もそうだった。

 もしかしたら、妙な薬でも渡しているのかと思ってしまう。センムがリッポを探す理由を言わないのも、知られるとまずいことがあるからなのか。

 藤倉は三保の松原へ出かけた。肥料の臭いがするビニールハウスの間を通り過ぎ、松林を抜ける。南からの風が、湿った潮の匂いを運んできた。

 海は靄がかかっていて、曖昧に空と混じり合って見えた。波打ち際に間隔を置いて、ぽつりぽつりと釣り人がいた。富士山は見えない。時折、霧が陸から海に向かって走り抜けていく。

 灯台へ向かって歩いて行くと、竿を持っていない男が一人、波打ち際で海を見ているのが見えた。小太りで上下グレーのスエット姿。間違いなくリッポだ。何をしているんだと思いながら歩を早める。

 リッポの足下が波で洗われていた。更に歩き出し、腰まで波に沈んでいく。まだ六月で海水浴にはまだ早い。というより、この辺りは潮の流れが速く、遊泳禁止だと聞いていた。このままだと波にさらわれちゃうじゃないか。

「おおい、リッポ」

 慌てて駆け寄った時、霧が吹き抜けてリッポの姿が隠れた。

「あれ?……」

 ほんのわずかな時間だったが、再び姿を現した時、彼は波打ち際から離れ、砂利の上にいた。危険だからすぐに戻ったのかなと思ったが、違和感が残る。服も濡れていないし、腰にまで波にさらされていたのは、見間違いだったのだろうか。

「リッポ……」

 横から覗き込み、声を掛けたが反応しない。リッポは目を閉じ、海に向かって手を合わせていた。今まで見たこともない静かな表情に、これ以上声を掛けるのがためらわれ、その様子をただ眺めていた。

 不意に目が開いた。海を見ているその瞳は、思いもかけず澄み切り、神々しさを帯びていた。藤倉はその姿に戦きを覚え、無意識のうちに後ずさりした。

 それはほんのわずかな時間だった。ゆっくりとリッポの首が動き、横にいた藤倉を見る。

「ヒャッ」

 初めて藤倉に気づいたのか、いきなり目を大きく見開きながら叫んだ。藤倉も緊張から弾かれたように驚き、思わずよろけそうになった。

「藤倉さん、なんでこんなとこにいるの?」

「お前を探していたんだよ。リッポこそ、こんなところで何をしていたんだ?」

「海を見ていたんだ」

 リッポが視線を海へ移す。一瞬澄んだ瞳がまた戻り、消えていった。

「リッポは釣りが趣味なのかい」

「ううん」首を振る。

「じゃあ、どうしてこんな朝早くから海を見に来ているんだ? サーフィンとかでもないだろ」

 ふくよかな白い肌に樽みたいな胴体。どう見てもマリンスポーツは似合わない。

「機嫌がいいのかなって。ほら、海が笑ってるでしょ」

 リッポが海を見る。つられて藤倉も海に視線を移した。いつの間にか霞は晴れて、キラキラした日差しがさざ波に乱反射していた。

「何を言っているんだ? ただの海だろ」

「藤倉さんも見えないんだ」リッポは海を見ながら呟いた。少し悲しそうな顔をしていた。「でもね、本当に笑ってるんだ」

「だったらさ、泣いてるときもあるのか?」

「うん。泣いてるときもあるよ」

「お前も変なこと言うよな。そんなことよりセンムがお前を探しにアパートまで押しかけているんだ。行ってやってくれよ」

「うん、わかった」

 ニコリと微笑み、体を左右に揺らし、バシャバシャと砂利を蹴散らしながら歩き始めた。

「センムはお前に何の用があるんだ?」

「うーん」リッポは首をひねった。「わかんないよ」

 考え込む様子に、とぼけている雰囲気はなかった。

 アパートへ戻ると、うろたえた表情をしたセンムの顔が、ぱっと明るくなった。

「リッポ、大変なんだ。朝起きたら、例のあれがなくなっていたんだよ」

「あれ? あれってなんなの」

 リッポはきょとんと鼻をつままれたような顔になる。

「あれだよあれ」

 センムは一転して苛立ちの顔を浮かべる。

「大島さん、一体何をなくしたんですか」

「俺とリッポの問題だから、あんたたちはいいんだ」

「そんなことを言われましても、私はリッポの上司ですし、大島さんとリッポの関係だけというわけにはいきませんよ」

 堂原が抗議したが、センムは意に介さず「あれがなくなったんだ」とリッポに迫った。

「ねえセンム、何がなくなっちゃったのさ」

 リッポは本気でわからないらしく、眉毛をハの字にして困り顔をしていた。

「ともかくここで騒いでいると他の人たちに迷惑だから、トコヨハイツへ行きましょう」

「ええっ。僕、まだご飯を食べていないんだよう。お腹ペコペコ」

「うるさい、こっちは緊急事態なんだ。朝飯ぐらい我慢しろ」

「リッポ、後でファミマへ行って卵サンドと牛乳を買ってやるからさ、悪いけど行ってくれないか」

「ほんと。じゃあ行く行く」

 口をすぼませて抗議していたリッポは、堂原の提案に目を輝かせ、ニコニコ顔で頷いた。子供みたいにコロコロ表情が変わる奴だ。思わず笑い出しそうになるが、深刻そうなセンムの手前、ぐっと押し殺す。

 四人はトコヨハイツへ向かった。昨日の夜のテレビでは、午後から雨だと言っていたが、今のところは晴れていた。ほぼ夏の日差しで、太陽が東の空で強く輝いている。

「早くしてくれよ。大変なんだ」

 センムは先頭を足早で進みながら、時々振り返り、険しい顔で藤倉たちを急かした。

 トコヨハイツについた。堂原はみんなを食堂へ連れて行き、椅子に座らせた。

「さあ大島さん。改めて詳しい事情をお話しいただけませんか」

「朝起きたら、俺が大切にしていたものが部屋から消えていたのに気づいたんだ。リッポなら、それが何かわかるはずだ」

「何が消えたんですか」藤倉は頑固なセンムに半ばうんざりしながらも、仕方なく聞いた。

「それは言えん」

「大島さん、わからないものを探せと言ったって、私たちも探しようがありませんよ。もし盗まれたとしても、警察にだって届けようがない」

 センムは腕を組みながら、むっとして口をへの字に曲げ、ぷいと顔を横に向けた。

「大島さん、私たちは頼まれたからこうして話を聞いているんです。あなたがそういう態度を取るなら協力なんでできないですよ」

「なんだと、こっちが困っているってのに放っておく気かよ」

「ちょっと待って下さい」声を荒らげ始めた藤倉とセンムに、堂原が更に大きな声で牽制した。「二人とも落ち着いて。リッポ、大島さんが無くしたものを探せるか」

「うーん、よくわかんないけど、ここにはないみたいだよ」

「じゃあ、リッポは今日一日センムの物を探してくれ。藤倉さんはまだ時間が早くて申し訳ないですけど、一緒に点呼をしてくれませんか?」

「あの……」リッポがもじもじしている。「ファミマの卵サンド買ってちょうだい」

「わかってるって。点呼が済むまで待ってろ」

「はーい」

 藤倉は堂原と入居者の点呼を始めた。みんなほとんど部屋にいたが、美子だけがいなかった。

「どこかへ散歩にでも行ったんですかね」

 問いかけにも答えず、堂原は難しい問題を解くように、眉間に皺を寄せながらうつむいた。不意に顔を上げ、左右を見回す。

「おおいリッポ、どこへ行った?」

 叫ぶと、外にいたリッポが駆け足でやってきた。「なになに、卵サンド買ってくれるの?」

「お前、美子さんがとこへ行ったか知ってるか?」

「ううん。知らないよ」

「そうか……。リッポ、センムの捜し物と一緒に、美子さんも探してくれないか」

「うん。わかったよ」

「美子さんは遠い場所にいるかもしれませんから、藤倉さんが車に乗せていってもらえませんか。私が行ってもいいですけど、ここの仕事を一人で回すのはまだ大変でしょう」

「でも、センムの捜し物だけでも訳がわからないのに、更に美子さんを探すとなると、かなり厳しいかと思いますが」

「もしかしたら、センムがなくした物と、美子さんがいなくなったのは関係があるかもしれないんですよ」

「お言葉ですが、どうしてそんなことが言えるんですか。何か心当たりでもあるように聞こえますけど」

「ちょっと……そんな気がしただけです」

 堂原は奥歯に物が挟まったような言い方をした。センムと同じように、何か隠していると思った。

 あんなにうるさかったかセンムが、いつの間にか押し黙っているのに気づいた。腕を組み、考え込むように視線を下へ向けている。

「堂原の言うとおりかもしれない」

 顔を上げたセンムは、さっきよりずいぶんと落ち着いていた。

「何を根拠にそんなことを言うんです、根拠を言ってください」

「うるさい、お前は新入りなんだから、堂原に言う通りにしていりゃいいんだよ」

 頭ごなしに怒鳴られ、思わずむっとする。

「大島さん、待ってください」堂原が弱った顔で、二人の間に入ってきた。

「藤倉さん、色々疑問はあるかと思いますが、私の指示に従ってくれますか。きっとリッポが解決してくれるはずです」

「はあ……」疑問はあるが、このままセンムと美子さんを放置するわけにもいかない。

「申し訳ありませんがお願いします。藤倉さんもまだ朝食が済んでいないでしょう。リッポの分と合わせて食事代です。昼食もリッポと食べて下さい」

 堂原が自分の財布から五千円を差し出した。

「いやいや、リッポはともかく僕はいいですよ」

「まあそう言わないで、リッポの世話をしてもらうんですから。ああいう奴ですからいろいろとご迷惑をお掛けするかもしれませんし」

「堂原さんはずいぶんリッポに優しいんですね。あ、これは別に嫌みじゃないんですよ」

 堂原はにこりと微笑んだ。

「あいつが十五の頃から一緒に仕事をしていましてね、今じゃなんだか自分の息子みたいな感じですよ」

 息子といえば、この人は結婚をしているんだろうかと思った。休みの日もアパートにいるようだし、きっと独身なんだろう。これまでお互いにプライベートな話はしてこなかった。そんなことをすれば、自分の話もしなければならないからだ。もっとも、祐理の話は社内でも有名だから、堂原も承知しているはずだが。

 五千円札一枚を渡されて、自分の食事代分を返すのもあまりに無粋な気がした。ここはありがたく頂いておこうと思い、礼を言って懐に収めた。

「じゃあ、リッポをよろしくお願いします」

 堂原は頭を下げ、早足で出て行った。藤倉はまだ閉まっている事務所の鍵を開け、予定表のフックに掛けてあるバンの鍵を取って外へ出た。

「おおいリッポ、出かけよう」

 門の前で、入居者とあっちむいてホイをしていたリッポに声を掛ける。

「はい」

 そういった瞬間、リッポが相手の指の方向に顔を向けた。

「ああっ……」

「へへっ、俺の勝ちだぜ」

 勝ち誇った顔の老人がリッポの額にデコピンをした。パチンと音がする。

「公ちゃん、痛いよう」

「だったら勝ってみろって」

 赤くなった額で泣きそうな顔をしながらリッポが駆け寄り、バンに乗り込む。

「とりあえず朝飯を食べよう。堂原さんがお金を出してくれたからな。後でお礼を言っとけよ」

「はーい」

 朝食と聞いて、リッポはすぐにニコニコ顔に変わる。

 エンジンを掛け、バンを発進させた。三保街道に出て清水駅方面へ道を下って行くと、右手にファミリーマートが見えてきた。右折して駐車場に車を停め、店に入る。

「お前、タマゴサンドが三個も入ってるじゃないか」

 藤倉がリッポのカゴの中を見て呟く。

「だって堂原さんは一個って言ってなかったでしょ」

「そういうところだけは頭が働くな」

「えへへへ」

「だいたいなんでタマゴサンド三つなんだ。他の物を買ったらいいだろ」

「だってさ、ファミマのタマゴサンドってバカうまいんだよ」

 真剣な目で訴えるリッポに、思わず笑ってしまう。彼は更に牛乳をカゴへ入れた。藤倉はおにぎり二個とお茶をカゴの中に入れ、会計を済まして店を出た。

 バンの中で食事をする。藤倉がおにぎり一個を食べ終わらないうちに、リッポはタマゴサンドを一パック平らげ、牛乳に差したストローがズズズと音を立てた。

「朝からよく食うな」

「うん。僕、タマゴサンド大好き。牛乳も大好き」

 リッポはニコニコ笑顔を浮かべながら、新しいタマゴサンドの包みを開けた。結局藤倉が食べ終える前に、全部食べ終えてしまった。

「さて、これからセンムのなくした物と美子さんを探さなきゃならないんだが、どうすればいい?」

「うーん」リッポは腕を組んでしばらく考え込んでいたが、ぱっと目を輝かた。「あっちへ行こう」

 右方向を指差した。

「あっちって……。具体的にどこなんだよ」

「うーん。だからあっち」

 なおも右を指差すリッポにむっとしたが、怒っても仕方ないと思う。

「俺はとりあえずこの辺りを探した方がいいと思うんだが。美子さんならふらふらこの辺りを歩いている可能性が高いだろ。センムだって遠出はしないから、落としたならこの辺りだろうし、誰かに盗まれたのなら、トコヨハイツの住人の可能性が高いよ」

「うーん。でもあっち」

「わかったよ。そんなに言うなら行ってみよう。どこへ行くか指示してくれよ」

「はーい」

 堂原の話ではあくまでも探すのはリッポで、自分は運転手役に過ぎない。納得はいかなかったが、リッポの指示に従い、バンを発進させて駐車場を右折した。しばらく走ると国道百五十号線にぶつかる。

「ここはどっちへ行くんだ」

「右へ行ってちょうだい」

「はいよ」

 右車線に入り、百五十号線を東に進んだ。交通量の多い道をゆっくりと進んでいく。


「お姉ちゃん、オトトがあんなにいっぱいかかってるわ」

 典子が興奮した顔で指差した先に、釣り人が竿を引き上げている姿があった。糸の先には小さなイワシが何匹も鈴なりにぶら下がっている。元気よく動いている魚体が、きらきらと光っていた。

「そうねえ。いっぱい釣れているわねえ」

 堤防から見る海は静かだった。横には中くらいの船が一隻停泊していた。青緑の海面は深く、底まで見通すことはできない。べたつくようなゆるい風が、潮の匂いを運んできた。

 美子は妹の典子にせがまれて清水の町中へ来ていた。手を繋いで魚市場の前を通り過ぎ、陸橋を渡って駅へ行く。改札を通り過ぎ、階段を下りると左手にアーケードがあった。中へ入っていく。

「ねえねえお姉ちゃん、あそこでジュースを売っているわ」

 右手に生ジュースを売っている店があった。典子が上目遣いで美子を見上げている。

「飲みたいの?」

「うん」

 典子がにっこり笑顔を浮かべながら頷いた。

「しょうがないわねえ。じゃあいただきましょうか」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 店の中へ入り、典子が選んだイチゴジュースを頼んだ。店員がイチゴをミキサーに入れ、スイッチを入れた。モーターとイチゴが砕けていく音が聞こえる。

 ミキサーの容器が外され、氷の入ったコップへイチゴジュースが注がれていく。お金を払い、コップを受け取った。

「さあどうぞ」

 コップを渡すと、典子はおいしそうにごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

「ねえねえ典子ちゃん。お姉ちゃんにも少し飲ませてよ」

「あ、ごめんね」

 美子は飲みかけのコップを受け取り、一口飲んだ。冷たくて甘酸っぱいイチゴの味が口いっぱいに広がった。

「ああおいしい」

「うん、おいしいね」

 典子がニコリと笑った。


「どこへ行ったらいいんだい」

「ええっとねえ……。清水駅がいいかな」

「清水駅って、さっき高架を降りたところで左に曲がらなきゃいけなかっただろ」

「あ、そうか」

「そうかじゃないって。戻らなきゃなんないよ」

「ごめんなさーい」

 頼りないナビだなと思いながら交差点でUターンし、三保に向かって右折した。しばらく走ると高架が見えてきたので、手前の信号を右折する。

「駅前銀座へ行こう」

「それはどこにあるんだ?」

「線路の向こう側だよ」

「じゃあ、車を停めておかなきゃな」

 藤倉はバンを有料駐車場に入れ、清水駅の改札前の通路を通って西口に出た。居酒屋やコンビニが入っているビルが建ち並び、ロータリーにはバスやタクシーが数多く止まっている。東口に比べて、歩いている人も格段に多い。こっちの方が町の中心なんだと思う。

 リッポは体を左右に揺らし、きょろきょろ辺りを見回しながら、ロータリーを左に歩いて行く。後を付いていくと左手に「清水駅前銀座」と書いてある看板が目に入ってきた。そこはタイル張りの道が続くアーケードになっていた。リッポは中へ入っていった。

 まだ時間が早いらしく、シャッターが降りている店が多かった。駅に近いせいだろうか、居酒屋も多い。リッポは相変わらずきょろきょろしながら歩いていた。

 アーケードを百メートルほど入ったところだった。隣を歩いていたリッポが不意に立ち止まった。

「美子さんがいたよ」

 リッポが前方を指さしたその先に、老婆の後ろ姿があった。猫背で、水中に漂っている海藻のような頼りない歩き方だ。藤倉は老婆に駆け寄った。回り込んでのぞき込むと、間違いなく美子だった。茫洋とした視線を漂わせ、大きさが五十センチほどの、バスタオルにくるまれた物を抱えている。

「美子さん、急にいなくなっちゃってどうしたんですか。みんな心配しているんですよ」

 美子は立ち止まり、訝しげに左右を見回した。そして藤倉など存在しないかのように、再び歩き出した。藤倉はぶつかりそうになり、道を空けた。

「美子さん」

 藤倉は美子の肩に手を掛けた。

 その瞬間、手のひらから体温が吸い込まれていくような感覚に襲われた。悪寒がして、めまいを起こした。よろめきながら、手を放す。

 気がついたとき、美子の横に小さな女の子がいた。おかっぱ頭で、くすんだ水色のセーターに赤いスカート。先日の夜。トコヨハイツで見かけた女の子だ。

「この子は……」

「あら藤倉さん、こんにちは」

 美子は初めて藤倉に気づいたという風に微笑み、会釈した。

「妹の典子です」

「こんにちは、藤倉さん」

 典子と呼ばれた女の子が、ニッコリと笑いかけた。

「妹さん……ですか。でも、妹さんはもう亡くなったんじゃなかったんですか」

 美子がケタケタと声を上げて笑った。

「藤倉さんも変なことを言うんですねえ。美子はこの通り、ちゃんと生きているじゃありませんか」

「でも……」

 目の前にいる典子は明らかに小学生だ。妹と言うより、孫ぐらい歳が離れている。

「藤倉さん、どうしたの?」

 リッポが不思議そうな顔をして二人をのぞき込んだ。

「なあリッポ、この子は誰なんだ?」

「典子ちゃんだよ」

 あまりに当然だというような話しぶりだったので、自分が勘違いしているのかと思いたくなるが、断固として違うと心に言い聞かせる。

「堂原さんに確認してみるよ」藤倉は携帯電話を取り出す。

「あ、だめだめ。繋がらないよ」

 リッポの言うとおりだった。電波状態が悪いのか、繫がらなかった。

「なんだよ、ここにはどこかに障害物でもあるのか」

「て言うか、藤倉さんは美子さんの世界に入っちゃってるからさ、携帯電話とか繫がらなくなっちゃったんだ」

「美子さんの世界って、どういう意味だ」

 言った瞬間、体内に温かい物が注入されるような気がした。重しが取れたように、体が軽くなる。

 すっと、美子と典子の体が透けて、存在感が失われていく。

「えっ……」

 美子と女の子の体が目の前で消えてしまった。呆然として周囲を見回したが、隠れる場所などないし、両側の店もシャッターが閉まっている。

「おいおい、美子さんはどこへ行ったんだよ。トリックでも使ったのか?」

「僕は何にもしてないもん」

「だって生身の人間が消えちまうはずないだろ」

「きっと生身じゃないからでしょ」

 意味不明な反論するリッポに対して、怒鳴りたくなる気持ちをぐっと抑える。この男と議論しても無駄だと思い、もう一度堂原の番号にかけてみると、あっさり繫がった。

「いま、美子さんを見つけたんですが、いなくなってしまったんです」

「逃げてしまったと言うことなんですか」

「それが、目の前でいなくなってしまったんです。透明になって消えてしまったんですよ。あり得ないと思うかもしれませんが、僕は見たんです」

「他におかしなところはありませんでしたか」

「女の子が一緒にいたんです。堂原さんはその子が誰か知っていますか?」

 堂原が沈黙した。

「どうしましたか」

「ちょっと相談させてください」

 そう言って、一方的に電話を切られてしまった。誰に何を相談するんだよと思う。

「リッポ、本当に今のからくりはお前と関係ないと言うんだな」

「うん……。て言うか、からくりじゃないもん」

「からくりじゃなかったら、今のは何なんだよ。

「それは言えないよ。シャチョーに口止めされてるもん」

「シャチョーって誰だ?」

「金井さんだよ」

「金井社長が?」

 あり得ないと思う。カナイトランスポーターは東証一部上場で、グループ社員一万二千人を擁する大企業だ。そのトップが、こんな末端の社員と交流を持てるわけがない。元々馬鹿野郎だと思っていたが、誰にでもわかる嘘までつくなんて、手の付けられない大馬鹿野郎じゃないか。

「美子さんを探しに行こう。まだこの辺りにいるんじゃないのか」

 リッポはゆっくり首を振った。「もういないと思うよ」

「じゃあ、どこへ行ったんだ」

 リッポは目を閉じ、祈るように手を合わせた。

「うーん、西の方」

「西のどこなんだ。おおざっぱに言われたってわかんないよ」

「ともかく車に戻ろうよ」

「わかったよ」

 投げやりに呟き、東口にある駐車場へ戻った。バンのエンジンをかけ、駐車場を出る。

「西へ行っちゃって」

 信号を右折して百五十号線へ出て、元来た道を進んだ。追い越し車線を走る大型のトラックが、軽々とバンを追い抜いていく。藤倉もアクセルを踏んだが、お尻の下からエンジン音が盛大に響いてくるだけで、一向に前へ進まない。

「三保へ戻るのか?」

 前方に三保半島へ入る信号が見えてきた。

「あ、そのまままっすぐ進んでちょうだい」

「はいよ」

 信号を左折せず、緩い右カーブになっている道を進んだ。左手に海岸とその先に広がる駿河湾が見えてきた。朝とは違って空には暗い雲が立ち込み始めている。波も荒れ気味だ。どこへ行くんだろうとリッポを横目で見たが、なぜか「津軽海峡冬景色」を楽しそうに歌っていた。

 フロントウインドウに、ぽつぽつと水滴がつき始めた。左のレバーを下げると、ワイパーがビリビリと音を立てて動き始めた。風も強くなり、背の高いバンはふらふらと横にあおられた。つるつるなタイヤを思い出し、藤倉はスピードを落とした。

「なあリッポ、どこまで行くんだよ」

「もうちょっと」

「もうちょっとってさあ、久能山を過ぎちゃったぞ。このまま行くと、焼津に行っちゃうんじゃないのか?」

「うん、そうかもしんない」

「そうかもしんないじゃなくてさ、どこへ行くんだよ」

 横目で見ると、わずかな笑みを浮かべ、ぼんやり海を見ているリッポがいた。瞳はさっきとは打って変わり、静けさをたたえていた。早朝、海を見ていたリッポも似たような目をしていたなと思った。少々違和感はあるが、付き合いはまだ浅いし、たまにはこんな顔ぐらいするのだろうと考える。

「焼津へ行こう」リッポがぽつりと呟く。

「ああ、わかったよ」

 この道を進めば焼津市に入るはずだ。道路は海岸を離れ、住宅がちらほら見える場所を通り、やがて橋に差し掛かる。

「リッポ、道はいいんだよな」

「うん、ここが安倍川だから、もうすぐ焼津だよ」

「わかった、ありがとう」

 バンにはカーナビなど付いていないし、止まってスマホを確認するのも煩わしかった。雨は本降りになり、雨粒が窓ガラスを叩きつけ、天井がバタバタと音を立てた。橋の上は遮るものもなく、容赦なく風が吹き付け、ハンドルが取られる。

「まっすぐ走ってね」

「わかってるよ」

 橋を渡り終え、しばらく走っていると店や住宅が減っていき、緑が増えてきた。目の前に山とトンネルが現れ、バンは中へ吸い込まれていく。雨音が止み、背中が少しだけ軽くなった気がする。ほっと息を吐き、ライトを点けた。

 不意に祐理と湘南へドライブに行った雨の日を思い出す。まだ結婚する前で、休日出勤や友人との飲み会が重なり、二週連続でデートに行けなかった時だった。本当なら映画館へ行きたかったが、祐理の機嫌が悪く、休日出勤で潰れた湘南へのドライブにこだわった。朝こそ彼女の機嫌を直そうと努力したが、昼食を決めるときにファミレスじゃ嫌だと言い出して藤倉も切れた。無理矢理入ったファミレスでは食事中ほとんど口をきかなかった。帰り道、さすがにこのまま別れるのはまずいと思ったので、途中パーキングエリアに車を止めて話をし、どうにか行き違いは解消された。

 窓ガラスに激しく雨粒が叩きつける中、むさぼり合うように交わしたキス。その後に入ったホテルでのセックスはより愛情深く、激しかった。まるで昼間のドライブが前戯であったかのように。すべては乗り越えられると思っていた。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

 不意に横で咳をする声が聞こえ、藤倉は現実へ引き戻された。横目で助手席を見ると、リッポが屈んでいた。

「リッポ、大丈夫か」

「うん。ゲホッ、ゲホッ、ちょっと咽せただけ」

 苦しそうに呟く声が聞こえる。出口が見えてきた。心配になったので、少しアクセルを踏み、スピードを上げる。

 トンネルを出た。再び天井からバタバタと雨音が響き、雨が窓ガラスをたたき始めた。

「リッポ……。本当に大丈夫なのか」

 リッポの顔は明らかに血の気がなく、不健康なくらいに白くなっていた。藤倉は最初の信号を左折して狭い道に入り、バンを止めた。リッポはゼイゼイと苦しげに呼吸を繰り返しながら、また咳をし始めた。

「お前、何か持病でもあるのか」

 リッポは答えない。目を閉じ、苦しげな呼吸と咳を繰り返している。藤倉は半ばパニックになりながら、携帯を出して堂原へ電話を掛けた。

「ああ、藤倉さん。手がかりは掴めましたか?」

「そうじゃなくて、ちょっとリッポの様子が変なんですよ。いきなり咳をし始めて、顔面も蒼白で」

「今、どこにいるんですか」

「ちょうどトンネルを抜けて焼津に入ったところです」

「そいつはだめだ。早く静岡に戻って下さい」

「戻ったらどうするんです」

「いいから早く戻って」

 これまで聞いた事のない堂原の怒鳴り声が響いた。藤倉は携帯電話を胸ポケットへ入れ、バンをUターンさせた。信号が青になるのをじりじりと待つ。リッポの咳は更に激しくなっていく。

 青になり、アクセルを踏んだ。スピードを出しすぎたせいで右折するとき後輪が滑り、車体が中央分離帯へ向かいそうになる。ハンドルを修正してどうにか立て直し、トンネルへ入った。

 車が車だけにあまり無理はできなかったが、最大限集中しながらアクセルを踏み込んだ。お尻の下からエンジン音が苦しげに響いてくる。

 出口が見えてきた。リッポを見る。苦しげに息をしていたが、咳はしていない。トンネルを抜けて明るくなったので、改めてリッポの顔を見ると、さっきより顔色はよくなっていた。息も落ち着いてきた。信号が見えてきたので左折してバンを止めた。

「リッポ、どうだ?」

「うん、かなりよくなってきたよ。もう大丈夫」

 そう言いながらシートベルトを外し、勢いよく外へ出た。

「おい、どうした」

 藤倉も外へ出る。リッポは雨に打たれながら、空き地に向かって身をかがめていた。盛んにオエッと呻きながら、さっき食べていたタマゴサンドと牛乳を吐き出していた。

「お前……。大丈夫なのかよ」

 嘔吐は治まったが、リッポはしばらく屈んだままの姿勢でいた。呼吸をするたび、背中が大きく上下する。

 携帯のバイブレーションが響き続けていた。藤倉は胸ポケットから携帯を取り出す。堂原だ。

「リッポは大丈夫ですか」

「今、トンネルを出たところで吐いてます」

「僕はもう元気だよ」

 横で起き上がったリッポが笑顔を見せていた。

「ちょうど吐き気も治まったようです。咳もしなくなりました」

「そうですか、よかった。リッポはちょっと特異体質でして、静岡から出られない体なんですよ」

「え?」

「面倒を掛けて申し訳ないです。あらかじめ言っておかなかった私が悪かったんですよ。戻ってきたら詳しく話します」

「でも、リッポはそのことを知ってるんですよね。焼津へ行こうと言ったのは彼だったんですよ」

「そうですか。すいませんが、ちょっとリッポに変わってもらえませんか」

「ちょっと待って下さい、一旦切って車へ戻りますから」

 藤倉はバンの助手席へリッポを連れ戻し、自分も運転席へ入った。堂原に電話を掛け、リッポに携帯を渡した。

「うんうん、ごめんなさい」

 携帯を受け取ったリッポは、眉毛をハの字にさせてしきりに謝っていた。窓の外に目を向け、雨が止めどなく降り続く様子を見ながら息を吐いた。

 謝り続けるリッポ、センムが無くしたもの、消えた美子さん。それに祐理。様々な出来事が脈絡なく絡み合い、もやもやしたまま体の中へ溜まり込んでいた。降り続ける雨が追い打ちをかけるように、気分を陰鬱にさせる。

「藤倉さん、ありがとう」

 不意に横からリッポに声を掛けられて、はっとして携帯を受け取った。

「藤倉です。とりあえずそちらへ戻ります」

「そうして下さい。今回はリッポのわがままで申し訳ありません。ちゃんと言って聞かせましたから」

「でもよくなって本当によかったですよ。また後で」

 藤倉はバンをUターンさせて、国道百五十号線を東に向かって左折した。途中でコンビニに立ち寄り、リッポにうがいをさせてポカリスエットを買ってやった。リッポは一気に半分飲んだ。

「プハァー。やっぱポカリはおいしいよ」

「お前、そんなに飲んだらまた吐きたくなるぞ」

「大丈夫大丈夫。だってもう、お腹が空いているんだもん」

 リッポはニタリと歯茎をむき出しにして笑った。

 藤倉は小さく息を吐いて呟く。「リッポ、体調が悪くなるのを知っていて、なんで焼津なんかに行ったんだ」

 リッポの笑顔の合間から、一瞬静かで澄んだ瞳が蘇る。それは夜の海で夜光虫が発光するように、すぐに現れて消えた。

「焼津へ一度、行ってみたかったんだ。ほら、堂原さんに言ったらだめって言うだろうし、バスとか電車だとすぐに戻れないし」

「だから俺を利用しようと思ったんだな」

「うん……。ごめんなさい」

「今回は軽かったかもしれないが、これでお前が入院したり死んだりしたら、みんなが悲しむんだぞ。わかってるのか」

「堂原さんにも言われたよ。ごめんなさい」


 トコヨハイツへ着いたのは昼近くだった。駐車場に車を止めると、事務所で見ていたのだろう、堂原が建物から出てきた。

「リッポ。お前はなんてバカなことをしたんだ」

 いきなり怒鳴りつけた堂原の目に、涙がにじんでいた。

「ごめんなさい」

 リッポは神妙そうな顔をして、ぺこりと頭を下げた。藤倉は戸惑いながら二人のやりとりを見ていた。堂原が怒るのは無理もないが、涙を浮かべるのはちょっと尋常じゃないと思う。リッポと堂原は長い間一緒に仕事をしているようだが、血縁関係はないはずだ。

「藤倉さんはお前の体のことなんて、何も知らないんだからな、電話をしてくれなかったら、死んでいたかもしれないんだぞ」

「でも……。ちょっと外を見に行きたくなったんだ」

「旅行へ行きたいと思うのはわかる。だけどお前には無理なんだからな。それをしっかり自覚しなきゃいけないんだ。この件は金井社長にも報告したからな」

「はあい」

「リッポは病院へ連れて行った方がいいですか」

「焼津にいたのは五分程度ですね」

「はい」

「だったら元気なようですし、このままで大丈夫でしょう」

「彼はどんな病気なんですか? 移動すると体調がおかしくなるなんて、僕は聞いた事がありませんけど」

 堂原は眉間へ皺を寄せながら首を振った。

「私もわからないんですよ。前に精密検査をしてみたんですが、異状は一切ありませんでした。ただ、金井社長からは東は富士川、西は宇津ノ谷峠、北は梅ヶ島を越えてはならないと厳命されているんです。

 実際五年前、リッポと富士市にある果物屋へゼリーを買いに行こうとした時がありました。私も正直いって、社長の迷信だろう高をくくってまして、富士川を彼と一緒に車で渡ったんです。そうしたらいきなり咳をし始めて顔も蒼白になり、慌てて引き返しました。金井社長からは後でこっぴどく叱られましてね」

「病名は聞かされていないんですか?」

「ええ。ただそういう体質なんだと言うだけです。小中学校も、修学旅行みたいに静岡市の外へ出かけるような所へは行かなかったそうです」

「て言うか、そもそもどうして金井社長なんですか? ここの管轄しているのは、総務部じゃないですか」

「さあ、私もよくわからないんです。社長も教えてくれません」

 急に堂原が口ごもった。やはり何か隠していると思う。

「ねえねえ、また探しに行かないの? 僕、お腹空いちゃった」

 横からリッポが屈託のない笑顔で割って入ってきた。

「なんで探すのと腹が空いたのを一緒くたにするんだ」

「だって藤倉さん、ファミマで五千円札を出してたでしょ。まだいっぱいお金残ってるじゃん」

「つまり、昼飯代も堂原さんがくれたと思っているんだな。めざといな」

「うん」満面の笑顔を浮かべてリッポが頷いた。

「だめだ。妙なところへぷらぷら出かけているようなら、出ない方がましだ」堂原が睨む。

「えええっ、お昼ご飯も食べたかったのにぃ」

「自分で適当に食え。俺は出さないぞ」

「そんなあ」

 口をすぼめて抗議するリッポにたいして、堂原がぷいと首を横に向けた。

「リッポ、俺の捜し物は見つからないのか」

 建物からセンムが出てきた。アパートに来たときからまだ数時間しか経っていないのに、朝と比べて、少しやつれた顔をしているように見えた。

「堂原さんがもう探すなってさ。お昼代も出してくれないんだ」

「昼飯代なら俺が出してやる」センムは血走った目をしてポケットから財布を取り出し、千円札を出した。「これでなんか食え」

「大島さん、それは仕舞って下さい。貴重なお金なんだから」

 堂原が慌てながら手で制した。トコヨハイツの入居者の千円と、藤倉たちの千円では重みが全く違う。

「リッポ、二度と外へ出ない約束を守れるなら、藤倉さんと一緒に捜索に行け。昼飯代も使っていいからな」

「リッポ、頼んだぞ」

「うん、わかったよ。藤倉さん、行こう」

 リッポが飛び跳ねるようにしてバンへ走り、助手席に入っていく。

「やれやれ、すっかり元気になりやがって」

「藤倉さん、いろいろご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 頭を下げる堂原に、「いえいえとんでもありません」といいながら、藤倉も恐縮して頭を下げ返す。

 バンに乗り込み、エンジンを掛けた。既にリッポはシートベルトを締めている。

「さて、今度はどこへ行くんだ」

「河岸の市、まぐろ三種丼がバカうまなんだよ」

「わかったよ、そこへ行くか」

 門から出るとき、ちらりとバックミラーを見ると、はかなげな様子でバンを見ているセンムの顔が見えた。ここまでセンムの心をかき乱す物は、一体なんだろうと思う。

 河岸の市は清水駅の海側にある施設だ。港湾道路を東へ進み、清水駅の手前で右折して駐車場に車を止めた。海産物を売る店と食事を出す店がいくつもあり、平日でも賑わっていた。

「ああっ、朝獲りの生しらす入荷だって。藤倉さん、ここにしよう」

 興奮気味のリッポに言われて店に入る。藤倉は日替わり刺身定食を頼み、リッポはマグロ三種丼と生しらす丼を頼んだ。

「朝獲れた生しらすを昼に食べるのってね、新鮮でバカうまいんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 店内は安っぽいテーブルと椅子が置いてあり、壁には大漁旗や手書きの品書きが所狭しと貼り付けてある。如何にも漁港の食堂といった雰囲気だった。窓からは穏やかな清水港の海面が見えた。雨は弱まっているのか、海面は鏡面のように滑らかだった。

「改めて聞くけどさ、センムの捜し物に、何か心当たりはないのか」

「そういえば、センムがトコヨハイツに来てから、あの人の部屋に行った時があったんだ」

「どうして行ったんだ?」

「夜に寝ていたら、夢でセンムが出てきてさ、こっちへ来いって言われたんだよ」

「うんうん」

「それで行ったらさ、センムがなんか持ってたんだ」

「それだよ。センムは何を持っていたんだ」

「忘れちゃった」

 思わずコケそうになる。

「お前、肝心なところを覚えていないんだな」

「ごめんなさい。あ、でもなんかタオルに包んであった気がする。そうそう。中を見ちゃだめって言われて渡されたんだ」

「タオルに包んでいた物って言うと、さっき美子さんも持ってたよな」

「あ、そうそう。あんなのだよ」

「じゃあ、センムがなくした物は、美子さんが盗んだのか?」

「そうかもしんない」

「そういえば女の子が現れたとき、美子さんが持っていた物がなくなってたぞ。女の子と何か関係があるのか?」

「どんな物かわかんないんだから、答えようがないでしょ」

「それじゃあ、あの女の子は誰なんだ」

「ノーコメント」

「なんだよそりゃあ。政治家かよ」

「だってさ、シャチョーから口止めされてるって言ったでしょ」

「ほんとか? 焼津へ行ったときみたいに、適当なことを言っているんじゃないのか」

「違う違う。本当だったら」

 リッポが口をすぼめながら首を左右に振り、必死になって抗議する。

「でもなあ、さっきは騙されたし。お前は信用できないな」

 堂原も焼津の件を金井社長に報告したと言っているし、本当なようだが、嘘をつかれた仕返しで、納得しない振りをした。

「さっきはごめんなさい。だって堂原さんに頼んだって絶対行ってくれないし、いいチャンスだって思ったんだ」

 必死な顔をして、ぺこりと頭を下げるリッポがかわいそうになってきた。確かに他の人が普通に行ける所へ行けないなんて不公平だし、一度でいいから行ってみたいと思うのだろう。もし、自分が一生ここから出られないなんてことになったら、神経が参ってしまう。

「わかったよ。今回は許してやる。でも二度とこんなマネはするんじゃないぞ」

「はーい」

 許しをもらうと、リッポの顔に一転して明るい笑顔が戻った。

 程なくして料理が出てきた。リッポはさっき吐いたとは思えないほどがつがつとどんぶりを掻き込み始めた。藤倉も食べ始める。

 定食の中に透き通った生しらすが入っていたので、そんなにおいしいのかと思い、醤油をちょっと付けて食べてみる。ぷりぷりした舌触りで、噛んでいくと溶けて口の中にうまみが広がっていく。昔居酒屋で食べた、どろっとしたものとは別物だった。やはり鮮度が違うのだろう。

「あー、バカうまだったよ」

 藤倉より先に食べ終えたリッポは、お茶をすすって満足げにゲップをした。

「さあ、センムがなくしたものと、美子さんを探しに行くぞ」

 食事を終えて店を出た。弱い雨が降り続く中、再び軽のバンに乗り込む。

「これからどこへ行けばいいんだ?」

「うーん」リッポは腕組みをしながら目を閉じ、眉間に皺を寄せながらしばらくうなっていたが、ふいと目を開け、ニコリと笑った。「わかんないや」

「なんだよ。じゃあどうすればいいんだ」

「三保へ戻ろう。海に聞いてみる」

「はいはい。わかったよ」

 海に聞くだなんて、気取ったサーファーみたいだなと思いながら車のエンジンをかけた。駐車場から港湾道路に出て、三保へ向かう。

「このままトコヨハイツへ戻るのか?」

「ううん」リッポが首を振る。「羽衣の松へ行って」

「そこになんか手がかりでもあるのか?」

「羽衣の松に車を止めれば、センムに会わなくて済むでしょ。トコヨハイツに行ったら、またヤイヤイ言われるし」

「そうだよなあ。って言うか、それだけかよ」

 藤倉はトコヨハイツの手前で右折し、羽衣の松へ入っていった。「神の道」の横を走り、松原の手前にある駐車場へ車を止めた。休日は満車のときもあるが、雨の平日だけあって車もまばらだ。バンから出たリッポは、傘も差さず左右に体を揺らしながら、ヒョコヒョコゆるく傾斜した階段を上っていく。その後から、傘を差した藤倉が追いかけた。階段を上りきったところで雨に霞んだ海が見えた。リッポは羽衣の松を通り過ぎ、下り坂になった砂浜を降りていき、波打ち際で立ち止まった。

「おいリッポ、また濡れちゃうぞ」

 傘を差し出しながら声を掛けたが、反応しない。どうしたんだと思って回り込むと、朝と同じように目を閉じ、海に向かって手を合わせていた。仏像のように静かな表情で、バンの中にいたようなおちゃらけた印象はない。これ以上声をかけるのもためらわれ、細かな雨がリッポの体を濡らしていくのをただ見ていた。

 海は灰色で、所々に白波が立っていた。波頭が崩れるたびに腹の底から響く音を立て、潮の香りと共に飛沫が飛んでくる。引き波が小石を洗い、ガラガラと音がした。とめどなく雨は降り続く。既にリッポの全身は濡れ、顎から水滴が落ち、グレーだったスウェットは水を含んで黒くなっていた。いくら暖かいとは言え、これ以上放っておくと風邪でも引きかねないなと思い、声を掛けようかと迷っていたら、不意に目を開いた。

「明日だ」リッポが藤倉を見た。柔らかな笑みをわずかに浮かべ、澄み切った目をしていた。「明日になれば、センムの無くした物も帰ってくるし、美子さんも見つかるよ」

「でも、美子さんは今日どこに泊まるんだよ。お金も持っていないし、家に泊めてくれる知り合いだっていないだろ。この雨の中、野宿して体を壊したら大変じゃないか」

 リッポがわずかに微笑んだ。肌が透き通り、背後の海が見えた気がした。目を瞬くと元に戻っていた。

「美子さん、きっとね、死んじゃうんだ」

「はあ? もしそうなら、警察にも探してもらわなきゃなんないぞ。根拠を言ってみろよ」

「それが言えないんだ」

「お前なあ、人が死ぬかもしれないのに、こんなタラタラ探してるだけだなんてありえないぞ。場合によっては、俺たちが逮捕される可能性だってあるんだからな」

「だってえ、シャチョーがそう言うんだもん」

 リッポが困ったように眉毛をハの字にさせた。

「社長がどうのこうの言ったって関係ない。堂原さんに相談しなきゃ。トコヨハイツに戻ろう」

 藤倉は雨で濡れた砂を踏みしめながら、足早に歩き出した。

「藤倉さーん。待ってよう」

 背後からリッポの声と、バシャバシャ砂を蹴散らす音が聞こえてくる。

 松林を抜け、緩い階段を下りたところで携帯電話に着信があった。堂原だった。

「堂原さん、ちょうどよかった。実は――」

「藤倉さん」声がわずかに緊張を帯びていた。「白井さんから電話がありました。社長がこれからここへ来るそうです」

「金井社長が……。一体どうして」

「リッポや美子さんの件を報告したからだと思います」

 つい半年ほど前まで、社長の近くで働いていた立場から言えばあり得ない話だ。今も社長のスケジュール表には、半年先まで予定がびっしりと入力されているはずだ。半日分の余裕を開けるには、他の予定をキャンセルするしかない。

「さっきの件は、社長が来るほどの問題なんですか」

 ちらりと横を見る。土産物屋に立っているアイスクリームののぼりを、物欲しそうに見ているリッポがいた。

「でも、他に理由がないですから間違いないと思います」

「わかりました。今は羽衣の松にいますから、すぐに戻ります」

 藤倉たちは車に乗り、トコヨハイツへ帰った。エンジンの音を聞きつけ、センムが心配そうな顔で出てきた。

「おい、見つかったか?」

 藤倉は首を振った。「ただ、さっき美子さんがタオルにくるんだ物を持っていたのを見ました。大島さんが探しているのは、それじゃないですか」

 苛立っていたセンムの目が、みるみるうちにクールダウンしていく。

「そうかもしれない」

「センム、きっと明日帰ってくるからさ、大丈夫だよ」

「美子はどうなるんだ」

「死んじゃうと思うよ」

「じゃあ仕方ねえな」

 リッポの言葉に納得したのか、センムは力なく頷き、建物へ戻っていった。やはり、何か知っているんだ思う。

 藤倉たちは事務所へ戻った。机に座っていた堂原は振り向き、緊張した顔を見せた。

「白井さんの話ですと、社長の車は海老名サービスエリアを越えているそうです。四時前にはここへ着く予定です」

「堂原さん、一体何が起きているんですか? 美子さんと一緒にいた女の子とか、リッポの調子が悪くなった件とか。しかも金井社長が出張ってくるなんてあり得ないですよ」

「その件についてですが、金井社長が直接説明するそうです」

「私にですか……」

 緊張が高まっていく。

 金井達夫。カナイトランスポーターの創業社長だ。世間的には四トントラック一台の運送会社から起業し、東証一部上場まで上り詰めた立身出世の人物として知られている。藤倉にとっては上司であり、何よりも祐理の父親だった。

 三月まで品川の本社で働いていた頃、金井社長は仕事以外の話を持ち出さなかった。藤倉も自分から娘の話をする気にもならず、淡々と社長から下される指令をこなしていた。

――あいつは次期社長を狙っているんだから、嫁さんがいくらおかしくなろうが離婚はしないよ――そう陰口をたたいている奴がいるのを知っている。そんな声は無視しておけばいいが、社長が自分をどう考えているか不安だった。自分から話し出す勇気もなく、これまで時間が過ぎていった。

 そんなとき唐突に命じられたトコヨハイツへ異動だった。花形部署からの明らかな左遷であるし、これは退職しろという暗黙のプレッシャーなんだろうかと思う時もある。異動から二ヶ月以上が過ぎていたし、そろそろ空気を読めと言ってきてもおかしくない。

 もうすぐ午後四時になろうとしたとき、電話が鳴った。留美が受話器を取る。

「堂原さん、白井さんからお電話です」

 留美の淡々とした声が終わらないうちに堂原が受話器を取った。

「お疲れ様です。はい……」

 堂原が受話器を置き、藤倉を見る。「今、三保街道を右に曲がった所だそうです。行きましょう」

 二人は同時に立ち上がり、中庭に出た。いつの間にか雨は止み、雲間から強い日差しが覗いていた。まぶしくて目を細めていると、金網の柵越しに黒い光沢を放つ巨大な車体が現れた。

 全高は軽々と藤倉の背丈を超え、威圧感を与えるフロントグリルとライトが、道幅一杯に拡がっている。それは三保のうらぶれた街角で唐突に現れた化け物のように、みしりみしりとタイヤを軋ませながら進んできた。キャデラック・エスカレードのリムジン仕様だ。

 門を通り過ぎたところで停止し、ウインカーとバックライトが光る。ためらうことなくバックし始め、トコヨハイツの庭に進入してきた。一度も切り返すことなく軽のバンの隣に停まる。

 運転席のドアが開き、若い女が出てきた。黒いスーツ姿で、ティアドロップ型のサングラスを掛けていた。モデルのように痩せていて背が高く、ヒールの低い靴でもキャデラックの背丈に見劣りしていなかった。頬にかかった髪の毛を手で払いながら、藤倉たちを一瞥してわずかに頷いた。背を向けて、後部座席のドアを開ける。

 中から男が一人出てきた。女より頭一つ分低く、地肌の透けた髪の毛をポマードで撫でつけている。グレイのスーツに青いネクタイ、皺の目立つ顔の中にぎょろりとした目。鋭い眼光で辺りを見回すと、一気に緊張した空気が広がった。

 男はグループ社員一万二千人の頂点に立つ、金井ホールデング社長の金井達夫だった。金井は女を押しのけるようにしてキャデラックの前に立ち、じろりと藤倉たちを見た。

「社長、お待ちしておりました」

「おう、堂原。リッポはどこにいる?」嗄れているがよく通る声だ。

「あ……はい、少々お待ち下さい」

 ついさっきまで事務所にいたというのに、いつの間にかリッポの姿が見えなくなっていた。あいつも肝心なときにどこかへ消えちまうと思いながら、堂原と一緒にリッポを探しに建物の中へ入ろうとした。

「シャチョー。久しぶり」

 藤倉と堂原がたたらを踏んで立ち止まった。建物の奥から甲高い声が響き、リッポが出てきた。

「いきなり来てさ、今日はどうしちゃったの?」

「馬鹿野郎、お前、堂原と藤倉に迷惑かけただろ。ちゃんと謝ったのか」

 金井社長の小さな体から、よく響くドスのきいたダミ声が出た。怒られていない立場でも、思わずすくみ上がってしまう。リッポは瞬間冷凍されたみたいに、目と口を大きく見開いたまま硬直した。

「おう、どうなんだ。言ってみろ」

「あの……。リッポは僕たちにちゃんと謝っていますが」

「オメエに聞いてんじゃねえ」

 リッポから視線を逸らさないまま怒鳴る。まるで風にあおられたように、堂原が後ずさりした。

「ちゃ、ちゃんと謝りました」

「本当か」

 じろりと藤倉たちを睨んだ。二人は激しく頷きながら「はい」と答えた。

「オメエ、あれほど静岡から出るなと言ったのに、どういうわけだ」

「それは……えーと、あのー」

 リッポがしどろもどろになっている頭上で、不意に窓が開いた。

 怒りに充ちた目をした明子がいた。ベランダの手すりに掴まりながら身を乗り出す。

「やい金井、お前は声がでけえんだ。おかげでテレビの音が聞こえないんだよ」

「うるせえ、俺はここのオーナーだ。文句があるならここから出て行きやがれ」

 金井は建物を見上げ、明子を睨みつけている。

「やなこった。一旦借りちまったんだからな、土下座したって出て行かねえぞ」

「相変わらず口の減らないババアだな」

「なんだと」

 明子が更に怒りで顔を歪ませながら、一旦奥へ下がった。再び顔を出したとき、右手に黄色い物を掴んでいた。

「これでも喰らえ」

 叫びながら右手を振りかぶり、黄色い物を金井に向かって投げつけた。あまりに唐突な出来事で、藤倉も堂原も動けない。

 明子が投げたものは、確実に金井へ向かっていた。

 ぶつかる寸前、金井の前に手が伸びた。

 サングラスの女だ。左手で黄色い物を受けた。

 腕が反動でわずかに後ろへたわんだが、取り落とすことなくしっかりと掴んでいた。女の顔から表情は読み取れない。

 その間、金井は避ける素振りも見せず、じっと明子を睨み付けていた。

 明子は「ちっ」と舌打ちしながら奥へ下がり、バシンと音を立て、手荒に窓を閉めた。

「バカが」吐き捨てるように呟くと、リッポに目を向けた。

「おい、ちょっと来い」

 金井は小さな体をピンと伸ばし、建物の中へ入っていく。体を左右に揺らしながら、操り人形のようなぎこちない動きでリッポが後を付いていった。

「あの二人、どこへ行くんですか?」

「三階の一番東側に金井社長個人で借りている部屋があるんです。そこへ行くんでしょう」

「説教部屋ですか。たいへんだ」

 怒りだしたら誰も手が付けられない金井社長の叱責を思い出す。会議の席で、ミスをした部下に対して、ありとあらゆる罵詈雑言を大声で投げつける。誰かが止めには入ろうとすれば、その人も餌食になるので、みなうつむき、嵐が過ぎ去るのを待つだけだった。これからリッポもあの調子で怒鳴られるのだろう。彼がちょっとかわいそうになってくる。

 藤倉はサングラスの女を見た。「白井さん。それ、よく取れましたね」

 女が持っているのは、きれいな艶を帯びた甘夏だった。

「動体視力はいい方だからね。それにあの婆さん、社長が来るたび何かやらかすから、警戒していたんだ」

 女が開いている方の手でサングラスを取って、胸のポケットへ入れた。二重の大きな瞳だった。顔も小ぶりで美人ではあったが、全体からきつい雰囲気が漂っている。白井早希。金井社長の秘書兼運転手だ。

「そういえば白井さん、昔キックボクサーだったんでしたね」

「本当はあんなクソジジイのお守りなんかするより、リングに立っていたいんだけどね」

 早希は小さく息を吐いた。

「一年前に、試合で相手のキックをテンプルへまともに受けてさ、二日昏睡状態になったときがあったの。どうにか意識が戻ったら、親に頼むから止めてくれって泣きつかれたってわけ」

「それで伯父さんの秘書になったんですか」

「そう。父さんが直子おばさんに相談して、社長のお目付役にいいでしょうってことになったの。確かに姪っ子がいきなり会社に入ってきて、自分の秘書をやるのはおかしいっていう意見があるのも知ってるけどね。これまでの秘書があの人のおかげで何人も体を壊しているんだし、あたしがやってた方が会社のためよ」

「明子さんと社長って、どんな関係なんですか」

「あたしは知らないわ、興味もないしね。どうせ昔の愛人かなんかでしょ」

 早希が投げやりに言ったあと、藤倉の横に近づき、そっと呟く。「この間、祐理と会ったわ」

「……彼女、元気でしたか」

「オツム以外はまともね。先月会いたいって連絡があったんで、一緒にご飯を食べたのよ。どうやらまた別の宗教へ入ったらしくてね、結局その勧誘だったわ。藤倉さんのところへは来なかったの?」

「僕はしばらく会っていません」

「そう。忘れてしまいたいのはわかるけど、ずいぶんな話ね」

 ため息交じりに呟いた早希の言葉を、肯定も否定もするでもなく受け流した。

 夕方だったが日差しは思いの外強く、いつの間にか季節は夏に移り変わっているのを意識した。湿った土から水蒸気が立ちのぼり、蒸し暑くなっていく。十分ほどして社長が戻ってきた。リッポは怒られてかなり落ち込んでいるかと思ったが、意外にも普通で、笑顔さえ浮かべている。

「早希、その辺をドライブするぞ。藤倉、お前も付き合え」

「社長、七時から始まる運輸安全マネジメント委員会の懇親会の会場が千代田区なのをご存知でしょうね。とっとと出ないと間に合いませんよ」

「五分だけだ、ショロショロしてねえで早く乗れ」

 ずんずんと車に向かって歩いて行く金井社長の後ろ姿を見ながら、早希が「行きましょう」とこれ見よがしのため息声で言った。

 藤倉は助手席に座りたかったが、金井は後部座席を開け放ったままだった。隣に座れということなんだろう。しかたなく後部座席へ乗り込む。ドアを閉めると同時にエンジンが掛かり、早希が無造作に思えるくらいスムーズな切り返しで路地に出た。

 ちらりと横を見る。金井は口を真一文字に閉じたまま、前を見ている。こちらから話しかけるのも憚られ、緊張しながら話しかけてくるのを待った。

 三保街道に出たところで、金井が「甘夏をよこせ」と言った。

 前の座席から無言で早希の長いリーチ延び、薄いピンクのマニキュアを塗った指に包まれた甘夏が目の前に現れた。藤倉が手を伸ばして掴み、金井に渡した。

「どうだ、食うか? 明子が選んだ甘夏だからうめえぞ」

「はあ……いただきます」

 さっきの明子の怒り様だと、毒でも仕込んでないかと警戒したが、金井は心配していない様子だった。

「社長、スーツの上でミカンを剥かないで下さい。汁で汚れます」

「そんなもん構やしねえ」

「着替えは持ってきてないんですからね。汚れたスーツで懇親会なんか出られたら、いい恥さらしですよ」

「うるせえ、ぐたぐた言ってんじゃねえ、ぶっさらうぞ」

「あたしとやろうっていうんなら、いつでも受けて立ちますよ。社長なら三秒で沈める自信がありますから」

 金井が運転席に向かってぐいと睨み付け、下唇を噛む。

「ちょっと口が滑っただけだ。女とは喧嘩しねえ」

「藤倉さん、シートのポケットに新聞があるでしょ。社長の膝に掛けてもらえます?」

「はい……わかりました」

 藤倉は慌てて新聞を拡げ、金井社長の膝にかぶせた。金井はしかめっ面をしていたが、拒否することもなく甘夏を持ち上げた。新聞の上に甘夏を乗せ、へそに親指をめり込ませた。バリバリと音を立てて皮がむけていく。外皮が向けた後、丁寧に筋を取り、房を分けて薄皮まで剥いて藤倉に差し出した。金井は一見豪快な性格に見えるが、案外細かいところがあった。

「食え」

「はい、ありがとうございます」

 甘夏を恭しく受け取り、種を取って口へ入れた。みずみずしく、やや強い酸味の中で甘さが際立っている。確かにおいしいミカンだった。

 金井が前部座席の後ろに取り付けてあるパーティションのボタンを押した。仕切りから電動音が響き、するするとガラスがせり上がって天井で止まった。

「これであのバカ女に聞かれないで話ができる。あいつがいると、うちの母ちゃんに筒抜けだからな。めんどくさくてしょうがねえ」

 緊張が蘇り、これから金井の口から出る言葉に固唾を飲む。

「トコヨハイツの仕事はどうだ。前と比べたら赤子の手をひねるようなもんだろ」

「いえいえ、住人の方がみんな個性的な人が多くていろいろ大変です」

「たしかに癖のある奴が多いからな」

 金井がくくくと声を出して笑った。

「お前、俺をあんなところへ異動させて、とうとう見捨てられたんだと思ってるんだろ」

「いえ……。それは……」

「別に遠慮することはねえ。花形の経営企画室から、いきなり爺さん婆さんの世話をさせられたら、誰でも左遷だと思うよな。無論この人事は俺も把握している。と言うより、俺が人事部に命じたんだかな。赤井の奴、お前をトコヨハイツへ送るなんてどうかしているとか言い出してよ、珍しく抵抗しやがった」

 社長からどんなに罵詈雑言を浴びせられても文句一つ聞いた事のない赤井部長が、自分のために意見を言ったとは。申し訳ないと思う。

「優秀な社員を社長の私情で左遷するのは社内に悪影響を与えるって言うんだ。そんなこたあ重々承知の上だって一喝してやったがな」

「いろいろご面倒をお掛けします」

 藤倉は目を伏せ、頭を下げた。

「なに言ってんだ。この問題は俺の問題でもあるんだからな」

 金井は自分で剥いた甘夏を口へ放り込み、うまそうに咀嚼し、種を新聞紙へ吐き出した。

「さっき、妙な物を見たそうだな」

「古野さんというおばあさんが、女の子を連れていたんですが……。その後、古野さんたちは、目の前で消えてしまったんです」

「美子さんだな。堂原から聞いている。一緒にいた女の子は美子さんの妹だ」

「でも、妹さんはずっと昔に死んでいるはずです」

「あれはな、美子さんが見ている幻なんだ」

「そんなバカなことってありますか。女の子は僕も見ているんです」

「それがあるんだよ」金井から笑みが消え、まっすぐ藤倉を見る。「美子さんの幻を実体にしているのはリッポだ。あいつはな、人に幻を見させる力を持っているんだ」

「お言葉ですが、言っている意味が――」

「最後まで俺の話を聞け。俺もどうしてかわからないが、リッポには〈寄する力〉といってな、人が死に近づくと、その人が見たかったり、思い残したりしたことを見させる能力があるんだ」

「でも……。本当にそんなことがあるんでしょうか。美子さんが病気で幻覚を見るのはわかりますが、それを関係の無い僕まで見えるなんておかしいですよ」

「信じられないかもしれないけどな、実際そうなんだ。お前も追い追い実感していくはずだ。

 世の中には因果っていうものがあってよ、見る条件がそろってる奴らは、なぜかリッポに引き寄せられてくるんだ。ほっとくと人間関係がややこしくなるから、トコヨハイツっていう施設を作ったのさ」

「はあ」

「人間てのはよ、死が迫ってくると自然に体が死ぬ準備を始めるんだ。だけん意識は追いつかねえ。いつの間にか死に取り囲まれて、おろおろして嘆くんだ。誰だって死んでいくのは怖いよ。心残りだってある。もっとうまいもん食っとけばよかったとか、偉くなりたかったとかさ。リッポはよ、そんな奴らのモルヒネみたいなもんなんだ。死に足を突っ込んだ奴らに、夢のような幻を見せてくれるんだ」

 金井から、思いの外真剣な眼差しが注がれた。「どうだ、お前には見えたか?」

「見えた……と、言うと」

 たじろぎながらも、喉の奥から絞り出すように答えた。

「紗良だよ」

 慌ただしく動き始めた医師と看護師たち。皆一様に緊張した面持ちだった。やがて集中治療室の扉が開かれた。沈痛な面持ちで説明を始める医師。一縷の望みがぷっつりと切れ、奈落の底へ落ちていく。病院のLED照明がやけにまぶしい。

 記憶がフラッシュバックになって駆け巡っていった。

 軽いパニックを起こし、目を閉じながら頭を抱えた。心臓が激しく鼓動している。

「大丈夫か、嫌なことを思い出させちまったか」

 体を起こすと、心配そうに自分を見ている金井がいた。

「もう大丈夫です。ご心配かけて申し訳ありません」そう言いながら、呼吸を整えていく。

 金井は藤倉から視線を逸らし、再び話し始めた。

「人間の死ってのはな、心臓が止まるだけじゃねえんだ。人に裏切られる。自分の実力のなさを思い知らされる。親しい人が死んでいく。そのたびに、少しだけ心のどこかが死んでいくのさ。その中で、どうにか折り合いを付けながら、前へ進んでいく奴もいる。足を取られて、そのまま止まっちまう奴もいる。

 俺がお前をここへ異動させたのはな、試したかったからなんだ。これを見て、ずぶずぶと足を取られちまうか、生きていく力になるか。お前はどっちなのか知りたかったのさ」

「まだ見ていませんし、何とも言えません」

「そうだったな。的外れなことを聞いちまったか」

 金井は苦笑いを浮かべた。

「色々あるがな、お前はまだ俺の跡継ぎには違いねえんだ。ただし、ここでずぶずぶと幻に浸っているか、それとも東京へ戻ってくるか。それはお前次第だ。その気になったら異動願を書け。すぐに受理してやる」

「お心遣いをいただきまして、ありがとうございます」

 藤倉が頭を下げると、電動音と共に仕切り窓が下がり始めた。

「馬鹿野郎、勝手に開けるんじゃねえ。まだ話は終わっちゃいないんだ」

「お言葉ですが、そろそろ東名に乗らないと懇親会に間に合いません」

 運転席から早希の声が聞こえてきた。

「こっちはもっと大切な話をしているんだ。懇親会なんざあキャンセルしちまえ」

「とぼけた話はやめてください。今日は大臣と国交省の幹部も出席するんですからね、社長のケツをひっぱたいてでも連れて行きますよ」

「わかったわかった。トコヨハイツへ戻って藤倉を下ろしてくれ」

「それじゃあ時間の無駄です。藤倉さん、申し訳ないけど清水駅で降りてくれませんか」

 金井の顔が強ばり、目がギロリと光る。

「馬鹿野郎。ショロショロしてねえでトコヨハイツへ戻れ」

「あの……。僕は全然構いませんよ」

「うるせえ、俺がだめだって言ってんだろ」

 キャデラックは国道百五十号を東に向かって走っており、ストックトン橋へ差し掛かっていた。怒鳴る金井を無視して歩道橋をくぐったところで左折した。突き当たりでUターンし、キャデラックが止まる。

 金井の罵詈雑言と「ごめんなさいね」と声を掛ける早希の言葉を背後から聞きながら、そそくさとドアを開け、キャデラックから降りた。

 右のウインカーが点滅し、キャデラックが動き出す。藤倉は頭を下げて見送った。

 キャデラックが左折したので、駅へ繋がるエレベーターへ向かって広場の横を歩き出した。外は相変わらず蒸し暑く、首筋からじわりと汗がにじみ出てくる。

 俺の跡継ぎと言われて、胸が高鳴ったのは確かだった。しかしその一方で、どうでもいいと思っている自分がいるのも意識していた。

 祐理とつきあい始めた頃、彼女の父親が運輸関係と言うだけで、何をしているのか全く知らされていなかった。後で聞いた話だと、父親からは社長の器になるような男を連れてこいと言われていたらしい。当時藤倉は、ITの会社に勤めながら、将来子供向けのプログラミング教室を起業するため、ビジネススクールに通っていた。そこで知り合ったのが祐理だった。二人は飲み会で意気投合し、程なく付き合うようになった。将来二人でプログラミング教室を経営する夢を見始めた頃、祐理に都心の高級住宅地にある豪邸へ連れて行かれ、父親を紹介された。

 とんとん拍子に結婚の話が進み、藤倉もカナイトランスポーターへ転職することとなった。社長の娘婿ということで、古参の社員からはあからさまに煙たがられることもあったが、体力はあったし、将来会社を引っ張っていくという自負もあった。人一倍勉強したし、現場事務へ配属されたときも、一癖あるようなドライバーから信頼されるまで馴染むことが出来た。

 希望に満ちあふれていたあの頃。

 エレベーターに乗って清水駅の構内へ入った。改札の前を通り過ぎ、階段を下りてバスターミナルへ向かう。ちょうど三保行きのバスが停車しており、乗客を乗せていた。藤倉は駆け寄って列の後ろへ並んだ。冷房の効いた車内に入り、椅子に座って一息つく。

 金井社長のことだから、お前が婿なのは、後継問題と関係ないと言うのだろう。しかし自分にとって祐理の存在は大きかった。彼女がいたからこそこれまで仕事に打ち込めた。無論彼女と別居した後も仕事に手を抜いたつもりはないが、情熱が落ちていたは確かだ。今になって思えば、金井社長はそれを感じ取り、トコヨハイツ異動させたのだろう。

 体の一番奥に、がらんとした空洞があるような気がしていた。表面は変わりないが、張りぼての自分。異動願を出すのは選択の一つかもしれないが、別の選択も可能だ。会社とも妻とも縁を切り、すべてをやり直すという選択。いずれにしても、ここにいるのが中途半端な状態なのは確かだ。

 結論が出ないまま、三保松原入り口でバスを降りた。トコヨハイツへ戻って台所へ行くと、夕飯用の米を釜に入れてあった。気になって覗いたが、案の定水が少なすぎる。

「おいおい、リッポこの線まで水をいれないとだめだろ」

「え? そうなの」

 釜を覗き込んでああっと叫び、慌ててコップに水を注いでつぎ始めた。

 やれやれと思いながら事務所へ戻った。パソコンの画面を見ていた堂原が、顔を上げて藤倉を見た。

「社長は帰りましたか」

「ええ。時間がなかったので、清水駅で降ろされまして。バスで帰ってきましたよ」

「そいつは大変でした。電話をしてくれたら迎えに行ったのに」

「ああ……そうでしたねえ。そこまで気づきませんでした」

 留美が自分のコーヒーカップを持って席を立った後、堂原が声をかけてきた。

「社長はトコヨハイツとリッポの件について、説明してくれましたか?」

「ええ」藤倉は異動願以外の話を説明した。

「もう一つ補足すると、リッポはこの三保の海と関係しているようなんです。藤倉さんは、常世信仰というのをご存じですか」

「海の彼方にあるという神の国のことですか? 昔、国文の授業で出てきた記憶があります」

 堂原は頷く。

「今は御穗(みほ)神社の神事で残っているだけですが、かつてこの辺りは常世信仰が盛んだったと言われています。リッポはその常世を信仰している一族の血を受け継いでいる子で、〈寄する力〉というのは、その一族の人間に代々備わっている力だそうなんです」

「だからここはトコヨハイツと命名されたんですか」

「そうなんです。〈寄する力〉というのは、元々常世から発せられる力を利用しているそうです」

「はあ……。そうなんですか」

 美子さんと彼女の妹と称する女の子が目の前で消え、金井社長や堂原からも説明を聞いた。それでも藤倉は一連の出来事を信じ切れていない自分がいた。心霊とかオカルトなんてものとは、これまで無縁な生活を送ってきたのだ。

「堂原さんは社長の話を信じているんですか」

「ええ。事実私もここへ来てから、色々と不思議なものを見ていますから。今日リッポにセンムが無くしたものを探してくれと言ったのも、きっとその関連だからだと思ったからです。美子さんを探してくれと言ったのも、彼女の失跡が幻と関連があるのだとすれば、センムの無くしたものと繋がっていると考えたんです」

 五時半になって食事の時間が始まり、入居者が入ってきた。

「美子さん、来ていませんね」

 六時近くになり、ほぼ全員が姿を現したが、美子だけがいない。

「部屋の中にいるか、見てきますよ」

 堂原が事務所から合い鍵を持って上の階へ上がっていった。すぐに戻ってきて、部屋にもいないと告げた。

「警察に連絡しましょう」

 落ち着いた様子で堂原が出て行った。藤倉はご飯をよそっていたリッポの腕を引っ張り、キッチンに連れ込んだ。

「おい、美子さんは本当に死んじゃうのか」

「そうだよ」

「死ぬのがわかってるなら、助ける方法だってあるだろ」

「でもね、これってみんな運命なんだから、変えられないんだ」

「確かに人は死ぬものだけど、病院で治療を受ければ治る場合だってあるんだからな。そのまま放置するわけにはいかないんだよ」

「でも、美子さんがどこにいるかわかんないもん」

「だったら、どうしてセンムの無くし物が帰ってくるのが明日だってわかるんだ」

「それは神様が必要だから僕にお告げしたんだ」

「そんなのおかしいだろ、神様は美子さんを見捨てるっていうのか」

「そうじゃないよ。藤倉さんには、神様が見えていないからそう言えるんだよ。神様は大っきな大っきな存在なんだ。いろんなバランスをとりながら、人の死ぬ死なないを決めているんだよ。病院へ行って病気が治っても、それは神様が決めたからなんだ。神様が死ぬべきだと思ったらその人は死んじゃうんだよ」

「そんなはずがない。俺たちは自由に生きているんだ。神様なんか関係ないよ」

 病室の照明がやけにまぶしい。

 小さなベッドに横たわる、布に覆われた小さな体。

 足がすくみ、近づけない。

「どうしたの?」

 リッポが不思議そうに覗き込んでいるのに気づいた。フラッシュバックが襲い、いつの間にかシンクに寄りかかっている自分がいた。今日はどうかしていると思う。激しく鼓動する心臓を意識しながら、体を起こした。

「おおいリッポ、飯をよそってくんな」

 食道から声が聞こえ、リッポが「はーい」と返事をしながら出て行った。

 藤倉は暗い台所で一人、深呼吸をしながら息を整える。

 やり場のない怒りが心の中に渦巻き、やがて疲れ果てて沈んでいったあの日。

 神様は一体何をしているんだ。どうしてこんな目に遭わせたんだ。

 静かに涙が溢れてくる。


 雲間から覗いている太陽が、西の空に沈もうとしていた。湿った風は、いつもより更に潮の香りが強かった。オレンジ色の日の光に照らされた波は、雨のせいか濁り気味で、やや高めだ。踏み出すたびに濡れた砂利へ足が沈み、歩みが重くなる。繰り返し響く波の音が頭の中をかき回し、全身が麻痺してくるように思えてくる。

「典子ちゃん、歩きにくくて大変でしょう。疲れてない? 今日は一日いろんな所へ行ったからねえ」

「ううん。典子は大丈夫よ。お姉ちゃんはどうなの?」

「そうねえ。お姉ちゃんの方が疲れちゃったかな。久々に歩き回ってたから」

「ねえねえお姉ちゃん、あれが羽衣の松なの?」

 典子が興奮して松林を指差した。その先に生け垣で囲まれた、一際大きく見事な枝振りの松の木があった。美子は何度も来ていたので、見慣れた姿だったが、典子は初めてだったらしい。

「そう、あれが羽衣の松よ」

「お姉ちゃん、早く行こう」

「あらあら典子ちゃん、そんなに手を引っ張らないで。お姉ちゃん、転んじゃうでしょ」

 美子の手を握りしめ、走り出そうとする勢いで前へ進む典子。たしなめながらも、そんな彼女がたまらなく愛おしいと思う。

 夕方のせいか、辺りには誰もいない。松林の間から夕日が覗いており、長い影を作り、足下は暗くなっていた。海岸を歩いていたときは蒸し暑かった風が、いつの間にか冷ややかさを帯びていた。波の音が、遠くから幻のように響く。二人は羽衣の松の前に立った。

「典子も天女さんの踊りを見てみたい」ため息交じりに呟いた。

「見られると良いんだけどねえ。でも天女さんはもう天に帰っちゃったから、難しいわ」

「典子、天女さんの踊りを見たいの」

 一転して典子がぐずり始めた。実際には天女なんていませんと言うのも不憫に思えるし、どうしたものかと悩んでしまう。

「そうだ典子ちゃん、お空に向かってお祈りしましょう。そうしたら、天女さんが来てくれるかもしれないわよ」

「うん、わかった。そうしよう」

 再びキラキラした笑顔を見せた典子にほっとしながら、二人並んで海とその上に広がる空へ向き直った。既に東の空は灰色がかった青で、夜の匂いを発し始めていた。美子は手を合わせて眼を閉じ、呟く。

「天女様、どうか私たちに踊りを見せて下さい」

「天女様、どうか私たちに踊りを見せて下さい」

 隣で同じ言葉を繰り返す典子がいじらしい。

 でも、天女様なんか現れないんだ。それをどうやって典子に伝えようかと思うと悩んでしまう。典子が諦めてくれればいいんだけど。

 どこからか、跳ねるようなリズムの太鼓が響き始めてきた。琴か三味線のような弦楽器の音が重なり、横笛も絡み合うように響き出した。聞いた事のないメロディーで、民謡のような懐かしさもあるし、異国のメロディーにも聞こえてくる。どこかで演奏会でもしているのかしらと思った。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お空を見て」

 目を開け、叫びだした典子を見た。典子は興奮して目を見開き、空を指差していた。釣られて空を見ると、いつの間にか空が明るくなっていた。

 月とか星ではない。空全体が光っていた。美子はまぶしくて目を細めた。

「天女様が踊っていらっしゃるわ」

「えっ、本当なの?」

 少しずつ目が慣れてくると、輝きの中で動きがあるのがわかってきた。陽炎のように揺らめいていたそれは、形を取り始めていた。

 ゆっくり、近づいてくる。

 光沢があり、うっすらと透き通った桃色の布が、音楽に合わせて金魚のひれのように揺らめいていた。上がったり下がったり、時にはぐるりと回転した。布の合間から、若くて美しい女性の顔が見える。手に蓮花を持ち、髪の毛にはきらびやかな飾りをつけていた。女性は微笑みを浮かべ、美子たちを見た。

「本当に天女様が来て下さったわ」

 興奮で体か震え、思わず典子を引き寄せた。

「お姉ちゃん、すごいすごい」

 典子は目を輝かせ、食い入るように空を見ていた。美子も空から目を離さずにいられなかった。

 やがて天女は舞を終え、美子たちの目の前に降りてきた。体全体から光を発している。文字通り、神々しい姿だった。

――典子さん、私の舞はいかがでした?――

「とってもきれいだったわ。ありがとう天女様」典子は目を輝かせて叫んだ。

――他に私ができることはありませんか――

 典子は少し考え込むと、モジモジして美子を見た。

「あたしねえ……。花火が見たいの」

「典子ちゃん、せっかく天女様が踊って下さったのに失礼じゃないの」

「でも典子、花火が見たいの」

「わがまま言っちゃだめ」

「だって天女様が、できることはありませんかって言ったんだもの」

 ニコニコ笑っていた典子が、再びぐずり始めた。

――美子さん、大丈夫ですよ。今から典子ちゃんに花火を見せて差し上げましょう――

「そんなことができるんですか?」

――ええ。簡単なんですから。美子さんも楽しんで下さいね――

 辺りが急に暗くなり始め、天女の姿が見えなくなっていった。潮風が感じられなくなり、代わりに熱を帯び、土と草が入り交じった匂いがする湿った風が吹き始めた。とても懐かしい匂いだと思った。

 いつの間にか松原と海岸が消え、二人は左右に木々が生い茂る道に立っていた。横を何人もの人たちが道を下っていく。

 どーん。どーん。

 どこからか、音が聞こえてくる。わくわくして心臓の鼓動が高まった。

「お姉ちゃん、もう花火が始まってるわ。早く行きましょう」

 興奮した典子が手を引っ張り、下り坂を進もうとした。

「待ってちょうだい。そんなに引っ張ると転んじゃうわ」

「早く早く」

 典子に引きずられるようにして道を進んでいくと、やがて開けた河原へ出た。既にたくさんの人々がいて、林の中よりも暑く、汗がにじみ出てくる。美子と典子は人々の後ろに付いた。

 どーん。どーん。

 暗い夜空いっぱいに、まばゆい虹色の花火が開いた。美子はその美しさに魅入られた。次々と繰り出される花火に、人々から歓喜の声が上がる。

「お姉ちゃん、典子が見えないよう」

 下を見ると、大人に囲まれた典子が悲しい顔をして見上げていた。

「あらあら、ごめんなさいねえ」

 典子の顔が自分の顔と隣り合うように抱き上げる。

 どーん。どーん。

「すごーい。きれいきれい」

 興奮した声が聞こえてきた。抱き締めた典子の柔らかくて温かい感触と、甘くて少し酸っぱい匂い。そして空に輝く花火。何もかも、たまらなく愛おしかった。

 

 玄関のチャイムが繰り返し鳴っていた。藤倉は眠い目を擦りながら、薄暗い中で目覚まし時計を探し当てた。午前四時二分。もしかしたらトコヨハイツで事故でも起きたのかと思い、慌てて起き上がった。電気をつけ、ふらつく頭で玄関へ行き、ドアを開ける。

「藤倉さん、おはよう」

 小太りな体型で、相変わらずの上下スウェット姿。つぶらな目を細めて屈託のない笑顔を浮かべている。

「なんだ、リッポか」

 藤倉は思わず息を吐いた。

「なんだじゃないでしょ」リッポが口をすぼめて抗議する。「昨日、朝になったらセンムがなくした物も、美子さんも見つかるって言ったじゃない。早く探しに行こう」

「ごめんごめん。でもこんな早い時間から探さなくてもいいだろ。まだ暗いじゃないか」

「暗いうちに探さないと、他の人に見つかっちゃうじゃないか」

「見つかっちゃうって言っても、美子さんの居場所はわからないんだろ」

「ううん、美子さんがどこにいるかわかってるよ」

「それを早く言えって。着替えてくるから待ってろよ」

 藤倉は寝汗で湿ったTシャツを新しい物に着替え、ジーンズを穿いて外へ出た。

「さて、どこへ行くんだ」

「三保の松原」

「結局そこかよ」

 昨日車で走ったのはなんなんだったんだと思いながら、アパートを出た。外はまだ空気が冷ややかで、半袖のTシャツでは寒いくらいだ。太陽はまだ出ていないが、周囲はすでに薄明かりが包み込んでいた。

 畑の間を抜け、松原の中へ入っていく。風もなく、辺りは静かだった。遠くから微かに波の音が聞こえている。そんな空気をかき乱すように、リッポのどたどたした足音が響いた。

「おっとっと」

 リッポが木の根に躓いてよろめいた。

「おい、コケるなよ」

「うん。大丈夫大丈夫」元気に歩き出した途端、またつんのめり、たたらを踏んだ。

「だから言っただろう。もうちょっとゆっくり歩けよ」

「うん」

 リッポは前を向いたまま、動き出そうとしなかった。

「おい、どうした。歩かないのかよ」

「美子さん、いたよ」

「え?」

 リッポが指差した松の根元に、人影があった。恐る恐る近づいていくと、松の木にもたれかかるようにして、女性が横たわっていた。美子だった。

 美子は穏やかな表情で目を閉じていた。あまりに自然で眠っているようにも思えたが、近くで見ると、人形のように顔が白かった。駅前銀座で見たときと同じように、バスタオルに包まれた物を抱えている。

「美子さん、起きて下さい」

 肩に手を置いて軽く揺すったが、首がかくんと斜めに崩れただけで、目を開けようとしない。そっと鼻の前に手をやったが、息をしている様子はなかった。

「亡くなっているな」

 藤倉が携帯を取り出し、警察に連絡しようとしたとき、

「ちょっと待って」

 リッポが手で制し、美子に近づいた。

「ごめんね。これ、センムに返さなきゃいけないんだ」

 リッポがバスタオルにくるまれた物をゆっくりと持ちあげ、中に入っていた物を取り出す。それは子供のぬいぐるみだった。全体的にくすみ、かつて肌色だったらしい顔や手足は灰色だ。髪の毛は毛羽立っていて、短いアフロヘアのようになっていた。スカートを穿いているので、女の子だとわかる。

「これでよし。電話しちゃって」

 ぬいぐるみを抱えながらニコニコ微笑むリッポに戸惑いながら、警察に電話した。程なくパトカーと救急車、それに連絡を受けた堂原が到着した。騒然となり始めた松林に住人も気づき、野次馬が回りを取り囲んだ。パトカーで事情聴取を受け、結局解放されたのは八時過ぎだった。

「あーお腹空いた。でもご飯を食べる前に、センムへこれを返さないとね」

「そのぬいぐるみはどうして美子さんが持っていたんだよ」

「うーん、きっと針金みたいなもんだったんじゃない?」

「それ、どういう意味?」

「ほら、粘土だけだとぐんにゃり曲がっちゃうでしょ。でも針金があれば曲がらないよ」

「悪いけど、言っている意味がわからないよ」

 リッポは少し考え込み、思いついたのか、ぱっと目を輝かせた。

「骨だ。キリンさんに骨がなかったら、あんなにピンと首が延びないでしょ」

「似たような比喩だな。要するに、あのぬいぐるみは芯だと言っているのか?」

「うん」

「じゃあ、なんでぬいぐるみが芯になるんだよ」

「それはね、お馬さんも骨がないと、足がぐんにゃりしちゃって走れないでしょ」

「それじゃあキリンの例えと同じだろ」

「あ、そうだね」

 要領の得ない話をしているうちに、トコヨハイツへ着いてしまった。門ではセンムがやきもきした顔で待っていた。

「ああ……結衣」

 ぬいぐるみを見たセンムの顔が、ぱっと明るくなる。

 突然くすんだぬいぐるみが輝き始めた。

 リッポの顔から表情が消え、体が半透明になったように、存在感が失われていく。

 そして、体温が吸い込まれていくような感覚。

「あっ……」

 ぬいぐるみがむずむず動き出したかと思うと、ポンとリッポの手から飛び出した。

 強い光を発しながら、宙を飛んでいる。

 まぶしくて目を細めた瞬間、ぬいぐるみが女の子に変化した。

 歳は五歳くらいだろうか。長い髪をはためかせ、きらきらした笑顔を浮かべていた。

――パパぁっ――

 女の子は着地したかと思うと、道路を蹴ってセンムめがけて飛び上る。

「結衣……結衣……」

 気がつくと、くたびれた老人がくすんだぬいぐるみを抱きかかえ、むせび泣いていた。

 輝きも、女の子の姿もない。

「四十過ぎにやっとできた子供でさ……。かわいかったんだよ」

 背中を丸めて自分の部屋へ戻っていくセンムの後ろ姿を、藤倉は悄然とした面持ちで見送った。

「芯の意味がわかった?」

 リッポの問いかけに、藤倉は力なく頷いた。

「ぬいぐるみが飛び足したときに見えた女の子は、センムの娘さんなのか」

「うん、交通事故で死んじゃったんだってさ」

 美子は死ぬ前に、典子と思い出を作りたかったのだろう。でも、典子の思い出はあまりにもろすぎた。だからあのぬいぐるみの力を借りたんだ。

 やりきれない思いを抱え、藤倉は事務所へ歩き出した。心が亡霊のようにふらふらと体から離れた気がして、足が地に着いた感覚がしない。

「ねえ藤倉さん、朝ご飯食べないの?」

 リッポの問いかけにも、首を振るのが精一杯だった。


 その日の夜、藤倉は寝付けないでいた。目を閉じて意識が眠りに入ろうとすると、病院のまぶしい明かりが入り込み、不安がせり上がってくる。何度か半身を起こし、激しく鼓動する心臓が落ち着くのを待たなければならなかった。

 暗闇の中、忘れたい過去が次々と脳裏によみがえっていく自分を意識した。

 流産を経て授かった待望の子供だった。

 しかし妊娠十八週で受けた超音波検査で、胎児の心臓に異常があると告げられた。藤倉と祐理は、天国から地獄へ突き落とされたような絶望と不安を味わった。

 出産の日。紗良と名付けられた女の子は誕生後、すぐに集中治療室へ運び込まれた。心室の壁に穴が開いているという。保育器の外から見た紗良の肌は、素人目にもひどく赤黒かった。苦しげにあえぐ幼い命を前にして、無力な自分がいた。

 すぐに手術が行われたが、症状は予想以上に重く、紗良は生後十一日で亡くなった。

 流産の時はどうにか明るく勝ち気な性格を復活させた祐理だったが、今回は復活する兆しもなく、気持ちは深い場所に沈んだままだった。藤倉も、あまりのあっけない結末に呆然として、掛ける言葉も失っていた。

 そんな中、弱った祐理の心に忍び込み、絡め取った者たちがいた。気がついたとき家の貯金は底を突き、各所で借金を作っていた。名前も聞いたこのない怪しげな宗教から脱退するよう説得したが、頑なに拒み、逆に入信を勧められた。口論の末、祐理が家を飛び出して現在に至っている。

 紗良、どうして生まれたんだ。

 どうして死んでいったんだ。

 お前が生まれたことに、どんな意味があったんだよ。

 目を閉じながら止めどなく考えを巡らせていると、隣の部屋で寝ているリッポが意識の中に浮かび上がってきた。

 お前には見えたか。

 問いかける金井社長を思い出す。

 何かに引き寄せられるようにして立ち上がった。意識ははっきりしていたが、体の芯が痺れているような感覚に襲われ、体が勝手に動いていく。Tシャツとスエットのまま玄関でスニーカーを履き、外へ出た。

 冷ややかで湿り気を帯びた微風が頬を撫でた。密やかに成長する夜の草木から発する青臭い匂いが、鼻腔をくすぐる。

 通路の蛍光灯が弱々しく灯っているだけで、辺りは闇に包まれていた。藤倉は隣にあるリッポの部屋の前に立ち、ドアノブを廻した。

 鍵はかかっていなかった。ドアを開け、中を窺う。

 照明は消してあり、真っ暗だった。俺は何をしているんだろうと心の片隅で考えながらも、スニーカーを脱ぎ、部屋の中へ入った。

 目の前に、柔らかな光がぼうっと浮かび上がった。その中で。正座をしたリッポがいた。

 穏やかな笑みを浮かべ、澄んだ目で藤倉を見ている。

 リッポの顔から表情が消えた。わずかに体を揺らし始める。

 体が透け、存在感が失われていく。

 すっと温度が吸い込まれる感覚に襲われ、体の芯が冷たくなっていく。

 いつの間にかリッポは何かを抱えていた。白っぽく、ぼんやりしたシルエットだった。次第に輪郭が明確になっていく。

 白いおくるみに包まれた赤ん坊だった。

 目を閉じている。ピンク色でふっくらした頬。小さな鼻とうっすらと赤い唇。穏やかな寝顔だった。

 視線を上げると、リッポはいなくなっていた。赤ん坊を抱いているのは祐理だ。結婚したばかりのように、輝くような明るい目で笑いかけていた。

――紗良よ。さあ、抱いてみて――

 祐理は膝立ちになって、紗良を差し出した。

 藤倉も膝を突き、手を伸ばそうとした。しかし、途中で止まる。

――どうしたの?――

 祐理は怪訝な顔で藤倉を見た。

 この手で紗良を抱きしめたい。

 でも、目の前にいる紗良も祐理も、みんな幻なんだ。

 一旦抱きしめたら、この幻からもう逃れられないかもしれない。

 それでいいのか。

 抱きしめたい衝動と、嫌だという思いが激しくせめぎ合い、うめき声になって口から漏れてくる。

 藤倉は立ち上がり、つんのめるようにして、リッポの部屋から抜け出した。

 自分の部屋へ駆け込んで、頭から布団を被った。

 涙が溢れ、喉の奥から嗚咽が漏れてきた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ