小学校からの友達
この手のサイトでは異色かもしれません。
ごく少数派の、ライトノベル系以外のものを求めている方々に届けば良いな、と思っています。もちろんライトノベルの好きな方々にも読んでいただけたら、光栄です。
第一話 四人組
岬奏はカフェ店でチョコレートバナナパフェを砂山を崩すように少しずつスプーンですくっていた。
それまでだらだらとスマホゲームをやっていた柏原紫がイヤホンを取り出し、本格的にゲームに熱中し始めた。
それを見た丹羽所山萌が、
「おしゃべりもしないのに集まっているのは時間のムダ」
と学習道具を取り出し、勉強を始めた。
時間を気にしていた野茨葉月が立ち上がった。
「ゴメン。わたし、用事あるからそろそろ行くね」
四人とも小学生からの同級生だった。年齢が高じていくとだいたいのところ取っ替え引っ替え友達への興味対象が変わっていくのに、高校まで友人関係が続いているのは奇跡的だと岬は思っている。
野茨が店を出て行った後に柏原がイヤホンを外した。
「葉月どうしたって?」
「用事があるからって先帰ったわよ」
丹羽所だった。
「用事? なんの用事? こんな時間から用事って? もうすぐ十九時じゃん」
柏原が身を乗り出してくる。好奇心旺盛な目の輝きを放っている。
「まさかオトコ? あの子にもついにオトコができたの?」
「やめなむらさき。あの子に限ってそんなことはないと思うわ。妙な勘ぐりするのは下品よ」
断定調で言ったのは、丹羽所である。
「あの子に限ってって、山萌ちゃんもビミョーに失礼なこと言ってない?」
「選ぶ言葉を間違えたわ。もしかしたら本当に恋愛中かもしれないわね。最近毎日メイクするようになったし、なんだかかわいくなった気もするのよ」
「わかる〜」岬が共感した。
「小学生の時からビン底メガネをバカにされていたあの子がついにお相手を見つけたのかぁ」柏原が感慨に耽っている。
「え? わかる? やっぱり。私だけじゃなくてよかったわ」
「今度写真見せてもらおうよ」柏原である。「どんなイケメンくんなのかしら」
「イケメンとは限んないわよ」
「山萌ちゃんいつも冷静な子でわたし好きだわー」
それから一時間後。
会話もなくなり、思い思いに過ごしていた。店員が四人分の水を注ぎ足しにやってくること三回。丹羽所が勉強道具をカバンに片付けて立ち上がった。
「ゴメン、私もそろそろ帰る。ここで勉強するより家に帰ってやった方が全然集中できるし、効率的なことに気づいたわー」
「え、もう帰るの〜」柏原は不満げであった。
「帰る」
「なんで〜?」
「ナンでもカレーでもない。アンタはスマホばっかりやってるし、とくに会話もない。もうお開きよ」
「フーちゃんはまだ帰らないよね?」
「わたし? どうかな〜そろそろ帰りたいかな〜」
「薄情モン」柏原は頬をふくらませた。
フーちゃんというニックネームは、岬奏が漢字二文字だからふた文字のフーちゃんということに由来する。
二人がいなくなり、岬と柏原だけが残った。
「アンタまだお母さんとケンカしてんの?」
「顔合わせたら口喧嘩よ。まったく融通が利かないんだから」
「お父さんは? お父さんも反対してるの?」
「お父さんもグルよ。ホントクソジジイとクソババアだわ。あの二人からよくこんなカワイイ子が生まれたのか不思議でならないね〜」
柏原紫はアイドルのオーディションを受けるほど自他共に認めるカワイイ子であることは事実であり、岬もなぜご両親が反対しているのかわからなかった。やっぱり人気商売は安定していないからだろうか。でも今の世の中には学業とアイドルを両立させているアイドルなんて普通にいるはずだ。
「また今度、地方オーディションがあるんでしょ? ガンバってね」
ただし上には上がいる。全国にはもっとカワイイ子がたくさんいて柏原紫は地方オーディションのファイナリストにはなれるが、それ以上に達したことが一度もない。
ふたたび店員がお冷を注ぎ足しにやってきた。
「そろそろ帰ろっかな」
岬も帰り支度を始めた。
「えッ、もう?」
「もうって何時間いると思ってんのよ。てか、アンタ、ゲームに夢中でなにもしてないじゃん。そんなの家に帰ってやんな。私にとっては時間のムダだし」
第二話 教室
女子生徒の一人がロングヘアをばっさり切って登校したのを見て、岬たちはいっせいに「カワイイ〜」と言って騒ぎ出した。どうして? なんで髪切ったの? 失恋でもしたの? イメチェン? 似合ってるマジカワイイどこの美容室行ったの? 紹介して私にも教えてくれない? 次々とマシンガンのようにカワイイコールが飛び交っている。他の女子生徒たちも寄ってきて口々に褒め始めた。
岬たちのその様子を見ていた男子生徒、高部天性がぼそりと呟いた。
「べつにかわいかねーだろ」
岬が反発した。
「カワイイよ」
「女子の言うカワイイは信用ならねーよ。ブスではねーけどカワイイとまでは言えない部類だろ」
「ひっどーい。サイテー」
「それにしてもオマエたち女子のカワイイ〜っていう感覚がオレにはよくわかんんねえ。なんでもかんでもカワイイって喜んだらみんなと共感できます、みたいな感覚がよくわからん。男子代表として言わせてもらうが、男の目から見たら全然カワイイとは思わねーし、アンタたちがホントそう思ってるのかも疑わしいぜ」
三人は騒ぎ出した。
「ホントにそう思ってるから言ってんのよー」
「ひねくれ野郎の考えそうなことねー」
「ちょっとモテるからって調子に乗ってんじゃないの〜?」
「女子代表として言わせてもらうけど、女の目から見たらアンタだって全然カッコイイとは思わないわよ」
「あーあーわかったわかった。オレが悪かった。うるさいからもうカンベンしてくれ。アンタたちホント群れるの好きだよな〜」
丹羽所だけがこの騒ぎに加わっていなかった。彼女は四人の中でも冷静で寛容でおしゃべりではなかった。そして、時々思いもよらないことを言う。
「…天野くんの言うことにも一理あると思う。女子ってなんでもカワイイで済ませることが多いから。服見てカワイイ動物の赤ちゃん見てカワイイ、ちょっとおしゃれした子がいたらカワイイ、そうでもないものにもカワイイ、友達の目を気にしてカワイイなんでもかんでもカワイイ。明らかなブスにもカワイイ。自分よりもブスだと思ったらなおさら」
他の人が言ったら喧嘩になりそうなことも丹羽所がいうと悪意を感じない。彼女は頭が良く、柏原とは違う系統の美人でたまに核心を突くことをズバリということがあった。結論が出ないような事柄も快刀乱麻の一言でムリやり終わらせてしまう。岬にとってはいちばんと言っていいほど信頼の置ける友達だった。
野茨の様子はとくにメイクをしている以外は変わったところはなかった。柏原
はスマゲーをやっているし、丹羽所は予習をやっているし、岬は頬杖をついてぼーっと窓の外を眺めていた。
帰りはどうするかという話になり、カラオケに行くことになった。野茨だけが今日は気分が乗らないとのことで来ないことになった。
「やっぱりカレシできたんじゃん」
柏原が唇を尖らせた。
「今日は気分が乗らないって言ってたよ」岬がフォローする。「カレシとは限んないよ」
「まああるよねそういうこと」丹羽所が棒読みで言った。「私たち小学生から一緒なんだもん。ホントよくつながってるわって感心しちゃう」
「マンネリともいうよね」柏原だった。
その一言で三人は続けることばを失った。岬も本当はもっと他のクラスの子と友達になりたかったのだが、幼なじみたちに気を使うあまり踏み込めないでいた。みんなはどう思っているのだろうか。
カラオケ店のカウンターで手続きをしていたら、近くにいた男三人組がニヤニヤしながら岬たちの方を眺めていた。
イケメンぞろいではあったが、岬はチャラい感じでいやだなあと思っていたら、三人は近づいてきた。
「ねえ君たち。一緒にカラオケやらない?」
「イヤです」岬がきっぱり断った。
「そんなコト言わずにさ〜オレたちバンドやってるから歌うまいぜー」
「え、マジ?」丹羽所が大げさに驚いた顔になった。「初めてリアルなナンパを目撃してしまった…マジウケるんだけど〜」
この子いちばんカワイイなと言いながら近づいてきた男にたたみかけるように今度は柏原がいっぱい食わせた。いきなり人気アイドルグループの歌を振り付けも交えて歌い出したのである。
これにはナンパ男たちも引いたのか、なにも言わずに引き上げて行った。
みんなで顔を見合わせてゲラった。
本当に頼もしい仲間たちだった。
第三話 爆弾
ある日のこと。
柏原がみんな来てと手招きしながら教室から出るように促した。
「え、なに?」予習中の丹羽所が乗らない調子でいう。「私勉強中なんだけど」
「そんなのはいいからちょっと来てって!」
「ここじゃダメなの?」
「ダメ」
「誰かに聞かれたらまずい話なの?」岬が問いかけた。
「まずい。大いにまずい! てか葉月が来る前に話したいの!」
丹羽所が不承不承に立ち上がり、他のみんなも廊下の突き当たりまで連れて行かれた。
「これ見て」
柏原がスマホで見せた写真には、だいぶ引きからの右斜めの構図の野茨葉月が写っていた。
「どうしたの? これ」
「わたしのカレシの兄が写したの」
「ちょっと待って。なんでアンタのカレシのお兄ちゃんが葉月を撮ってるの? まさか…」
岬の顔がゲテモノ料理を目の前にしたように歪んでいく。
「勘違いしないで。事はそんな単純なことじゃないの」
「あれ? これって…」丹羽所が何かに気づいたように柏原からスマホを取った。「この角度って隠し撮りよね。高い所から下を歩く葉月を撮ったようにも見えるんだけど。カレシならフツーこんな所から撮る?」
「さすが山萌ちゃん。あったまいいー。ご明察。これは兄の隠し撮りです」
「何の目的があって?」岬がたずねた。
「そこが問題なの」柏原は声を潜めて語り始めた。「兄の受講している講義を担当する大学の非常勤講師が女子高生と不倫しているっていうウワサが立っているらしくてね。兄とその友達がもしかしてこの子なんじゃないか、ってキャンパスにいた葉月を隠し撮りしたみたい」
「まず葉月に聞いてみよう」岬が言った。
教室へ戻ると野茨が登校して席についていた。
「…昼休みにしましょう」
柏原がニヤついた。明らかにコイツ楽しんでいるなあと岬は思った。
昼休み、野茨を人気のない校庭に連れて行くと開口一番丹羽所がズバリたずねた。
「葉月アンタ不倫してんの?」
「ちょ、山萌アンタなにいきなり聞いちゃってんのよ!」柏原が焦った。
「私回りくどいことキライなの? 知ってるでしょ? 幼なじみなんだから別にいいじゃないの」
「幼なじみと言ってもある程度は気を使わないとね」岬なりの持論だった。
「わかった。そうかもしれない。次から気をつける。だけど今回はもうズバリ聞いちゃったから撤回不可能。葉月どうなの? 不倫してるの?」
「不倫ってなに?」野茨がきょとんとした。
「アンタの付き合ってる妻子持ちで大学の非常勤講師の男のことよ」柏原が妻子持ちのところをとくに強調した。
「妻子持ちの男? あの人は違うよ。てかなんでみんなわたしに恋人がいること知ってるの?」
「なに? アンタ隠し通していると思っていたわけ?」柏原が大げさにのけぞった。「何年付き合いあると思っているのよ。アンタのこの頃の変わりようは、カレシができたって想像くらいつくわ」
他の二人も一様にうなずいた。
「でもあの人、独身だよ」野茨はきょとんとした。「だって結婚指輪だってしてなかったし」
丹羽所が難問にぶち当たったように頭を抱えた。「葉月、アンタ、世の中にその結婚指輪を外すことで未婚だって思わせる男がいることにも想像が及ばなかったの? どんなよい子ちゃんだよ」
「だって大学の講師だよ? そんなことするかなあ」
「ダメだこりゃ」
丹羽所がお手上げとばかりに両手を挙げた。
「するヤツはするんだよ」岬が断言した。
「えーまさかー」
「まさかじゃない。まさに、だよ」柏原はめずらしく真剣な顔だった。
「別れなさい」丹羽所が冷ややかな顔で告げた。
「そうね」岬も同意する。
結局、全員が別れたほうがいいという結論で一致した。ところが、当事者である野茨だけが反発した。
その理由は、心の底から愛し合っているから、という非常にシンプルなものだった。だが、そのことに真正面から助言できる者は、この場には柏原しかいなかった。彼女しか男性と付き合ったことがないし、男性経験もないからである。他の者たちがそんな理由で? 相手は不倫なんだよ? どれだけ愛していても葉月が傷つくだけだよ? こっちから振ってやりな、などどこかで聞いたことのあることばが頻発する中、柏原だけは頷きながら、うんうんわかるわかる、と知った顔をしていた。
「愛し合っている時ってその人のことが永遠に好きとかこの先も変わらないとか本当に思っちゃうんだよねー他人から見たらヘタなドラマみたいなクソ台詞かもしれないけど、当事者たちはいたって本気なんだよ。わたしだって最初はあんなセリフ嘘だろ、と疑ったけど恋愛中はそれがフツーなんだよねーべつに恋愛真っ只中でうまくしゃべろうとか考えてないし、即興だとやっぱり陳腐なセリフが便利というか、それしか言えないんだよ」
だけど、と柏原は人差し指を鼻に近づけるジェスチャをして付け加えた。
「もしわたしがアイドルデビューできたら、恋愛していたこととかカレシがいたことは、しぃーね」
「なんだよ私情かよー」岬は呆れて吹き出した。「途中までいいこと言っている気がしたのに、最後は自分のことかーい」
「わたしは不倫はかまわないと思う」柏原はマジメ顔で続けた。「やっぱり伴侶と恋人って違うんだよ。伴侶は生計を共にするパートナーで、恋人は男女としての喜びを満たしてくれるもの」
「じゃあ、もしアンタのカレシがもし浮気していたら、どう思うの?」
岬は至極まっとうな疑問をぶつけた。
「わたしは全然かまわない」柏原はけろりとして答えた。
「ふーちゃん。コイツは一般論ではあてにならないから聞き流したほうがいい」
冷ややかに丹羽所が言う。
「ていうかそもそもさー葉月見たらぜったい高校生だってわかるじゃん? あと話の内容とかでもさーそいつが悪いよ」
丹羽所が相手の男を非難し野茨を擁護した。
「そうだね」岬も同意した。「オトナのくせにさーそれに大学の講師なんでしょ? それくらいわきまえていそうなもんだけど」
「それがわきまえていないオトナが世の中にはごろごろいんのよー」柏原は知ったかぶりで言った。「そいつきっと高校生の時モテなかったんだよ。で、働くようになって自由にできるお金ができたら急に自分に自信ができた。それで高校生の時に経験することのなかった青春を埋めるために女子高生ブランドに…葉月に手を出したんだと思う」
「右に賛成」丹羽所が手を挙げた。
「右の右に賛成」岬も挙手した。
「悪いヤツだよ」柏原は眉間にしわを寄せた。「だけど葉月アンタ。どこまで行ったの?」
「どこまでって?」
「どこまでって男女としてどこまで行ったのかってことに決まってんじゃん。まさか宇宙の果てでもあるまいに。トボけるんじゃない」
野茨のほおが朱に染まった。ニヤニヤするばかりで答える様子がないのと他の二人が口をつぐんだのを見て柏原が、
「セックスしたのかってことよ」
「…した」ぼそりと答えた。
「あ? 聞こえない。はっきり言いなさい」
「し、た、よッ」
岬は常に自分よりも常に一歩か二歩後ろにいて控えめにしていた野茨が不倫という禁断ともいうべき恋を経験して、さらにセックスも経験済みという話を聞いて面食らった。きっと隣で聞いていた丹羽所も同様だろう。そのこと自体は衝撃を受けただけでいいも悪いもない。岬が驚愕したのは、小学生から中学生まではどんぐりの背比べみたいにほとんど差のなかった自分たちの間でわずかながら差がつき始めているということだった。
なぜかわからないが、動揺している自分を知りさらに動揺を呼び込んだ。
「じゃあさ、別に別れるつもりはないけど、もしそうなった場合にはどうしたらいいの?」
みんなにあれこれ言われて不安になったのか、野茨は控えめに正解を聞いた。
「別に別れるつもりはないけど、か」柏原はこの先の未来を予期しているかのように不敵に笑った。「葉月セックスは気持ち良かった?」
野茨は絶句した。
「やめなさいむらさき。そういうことストレートに聞くのタブーだと思う」
「山萌は秀才だから言うことも模範回答なのよね〜」
ローソクにコップを被せるみたいに丹羽所から表情が消えた。めずらしく怒っているようだ。たぶんムッとしただけで大げんかにはならないとは思うが、岬が間を取り持った。
「むらさき、アナタはデリカシーがない。山萌は命令調で言いすぎ。わたしたちだからいいけど、他の人だと問題になる」
「デリカシーってわたしたちの間でそんなことってある〜?」
「ふーちゃん細かいトコ気にしすぎ」
「いくら親しい間柄でも礼節やリスペクトの念は忘れちゃいけないと思う。そこを欠いたらただ付き合い長いだけの、発酵して腐った烏合の衆だよ」
丹羽所は小さくため息を吐いた。柏原は照れ隠しのためか長い髪を払う仕草をした。
「…気持ち良かったよ」消え入るような声で野茨が言った。「セックスはいいね。初めてする前はあんなにキモチいいとは思わなかった。一つに結ばれると愛し合っているってカンジがすごくする」
「わかる」柏原が同意したが、他の二人は身を乗り出すように聞き入っているだけだ。
「まさかセックスだけの関係じゃないでしょうね?」丹羽所は興味津々だった。勉強好きの秀才でもそこは気になるのだろう。
「それは違う。でも他の人はどうかわからないけど、わたしにとってはセックスのない恋人関係はありえない」
「言うようになったね〜」恋愛の先輩である柏原が少し引いていた。
「会ってすぐラブホ行ってセックスすることもあるの」
「えーマジで?」岬も驚いている。「そんなカンケーってあり?」
「で? なんだっけ?」柏原が急に話題を打ち切った。「ああそうそう。不倫相手との別れ方だった」
ああだこうだと話が錯綜している間に野茨の考えが変わったらしい。
「別れるつもりない」はっきり告げた。
これでお開きになった。
第四話 会議
ある日、岬と柏原と丹羽所の三人は、やっとのことで野茨を捕まえ、そのままカラオケ店に行った。話し合うのが目的だった。
「まだ付き合ってんの?」
「別れなさい」
「アンタから振ってやりなさい」
「もう社会勉強は済んだでしょ」
「来年は受験勉強があるのよ」
「話聞いているとろくな男じゃないわね」
「最近はインテリでもバカな男は多いからね〜」
「裏でなにやってるのかわからん」
「裏で女子高生と不倫してんでしょ」
「そりゃそうだ」
「犯罪だ」
「犯罪ではない。淫行は十八歳未満を対象としている。残念なことに葉月はもう十八歳だ」
「その法の抜け道は?」
「そこまでは知らん」
「慰謝料請求とかじゃない?」
「慰謝料なんかいらないよ〜っていうかそもそも同意の上だし」
「もしかしたら葉月の方が相手の奥さんから慰謝料を請求される恐れがあるんじゃないの」
「ないと思うよ未成年だし。そもそも支払い能力ないでしょ。そんなの裁判で判決出ても紙切れと一緒」
「お父さんとお母さんへの慰謝料の請求は?」
「そこまでは知らないわよ」
「いや山萌ならわかると思ってさ」
「ところでなんの話だっけ?」
「むらさきのモノマネのクオリティチェック〜」丹羽所が一人控えめにパチパチと拍手をした。「ほら、あれやってみて。オーディションだと思ってさ〜なんだっけ? …キャッシュレス決済を初めてやろうと思って失敗した時のオバちゃんの顔!」
「あれチョー面白いよね〜」
「なんでここでやるねん」柏原がツッコミつつ実際にやると爆笑の渦に包まれた。
自分で振っておきながら丹羽所は無表情に戻った。わざとらしく咳払いをして、
「本題に戻りましょう」
「なんだっけ?」
「もう気が済んだでしょう葉月そろそろ別れなさい、ってことだよね」
「だから別れないって!」
「アンタなんか悪い魔法でもかけられてるんじゃないの〜?」
「恋愛中は麻薬中毒者と同じ状態だっていうもんねー」
「なんとかって化学物質がいっぱい出るんだよね?」
「葉月、いまアンタは自分のことを客観的に見られない状態にあるんだよ。お願いだからわたしたちの話を聞いて」
「客観的にって…わたしのことバカにしないで。ふーちゃんも山萌ちゃんも経験したことないくせに…」
「それを言われたらおしまいね〜」
「ええ、経験しないと語れないなら、世のコメンテーター全員廃業だわ」
「ふざけないで」野茨はまったくつれない。本気で怒っているようなので険悪な空気になった。
逃げるように柏原がスマホをいじり始める。野茨もスマホをいじり始めた。丹羽所もスマホに逃げた。
岬が怒った。
「アンタたちスマホに逃げんじゃねーよ! ちゃんと角突き合わせて話し合おうよ! 会えばいつでもスマホをポチポチ。会った時にまでスマホやってんなら会う必要ないんじゃないの? いったい誰と向き合ってんの? スマホの中に育児放棄した母パンダの子供でも飼ってるの? そりゃあ毎日ミルクあげて健康チェックしなくちゃいけないわねー」
バラエティでよく見るマイクパフォーマンスみたいに床にマイクを叩き付けてやりたかった。岬は普段から怒るような人間ではなかった。見たことのない「ねーよ」と剣幕に三人は度肝を抜かれ、しばらく空いた口がふさがらなかった。
「ゴメン」岬は頭を下げ謝った。「わたしったらどうしたんでしょう。悪魔でも乗り移ったのかな」
ごまかしてみるものの誰も笑えない。岬も自分自身に驚いていた。わたしったらこんな言い方もできるんだ。
「ちょっとみんななんかしゃべって」
苦しまぎれに言ってみると丹羽所が口を開いた。
「ふーちゃんの言うことにわたしも共感する」
「あ〜ありがとう助かった山萌」
「スマホは傍に退いておいてわたしたちはちゃんと話し合うべきね。生身の体で。力士がはっけよーいでぶつかり合うみたいに。そうじゃなきゃ墓場までスマホを持っていかなくちゃいけないわ。自分が死んでもスマホにしか人格が宿っていないなんてイヤでしょう?」
岬はうんうんうなずいている。そういうことを言いたかったのだ。
「ありがとう山萌。ところでなんの話してたんだっけ?」
「葉月が怒った後に空気が悪くなってみんなスマホをやり始めた時に岬がキレたのよ」
「あ、そうだったっけ。ゴメンね」
「キレたって表現は違うかな?」
「うん。キレてはいない。怒っただけ。そういうわけで葉月」岬が腕を組んでプレッシャーをかけた。「アナタの愛はステキなもの。他人がとやかく言って否定できないもの。それはわかった。だからわたしはアナタの愛は否定しないけど、アナタの将来を心配することにした。今年はわたしたちは受験生。腐れ縁で大学も同じところに行くとしたら、アナタの今の模試の結果が心配だわ」
「…恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないって言いたいの?」
「うんそう」はっきりと言ってやった。「今は受験勉強がいちばん大事。その次に大事なのは地球と人類の将来と絶滅危惧種の保護くらいのもの。言いたいことは言ったわ。あとはアナタが選択するだけ。別に無視してくれてもかまわない。それが一つの個体としてのアナタの自由意思。誰にも否定はできない。ただわたしたちは耳を傾けてほしいと思ってる。それだけ」
最終話 尾行
ある日、岬と柏原と丹羽所の三人は、やっとのことで野茨を捕まえ、そのままカラオケ店に行った。話し合うのが目的だった。
「まだ付き合ってんの?」
「別れなさい」
「アンタから振ってやりなさい」
「もう社会勉強は済んだでしょ」
「来年は受験勉強があるのよ」
「話聞いているとろくな男じゃないわね」
「最近はインテリでもバカな男は多いからね〜」
「裏でなにやってるのかわからん」
「裏で女子高生と不倫してんでしょ」
「そりゃそうだ」
「犯罪だ」
「犯罪ではない。淫行は十八歳未満を対象としている。残念なことに葉月はもう十八歳だ」
「その法の抜け道は?」
「そこまでは知らん」
「慰謝料請求とかじゃない?」
「慰謝料なんかいらないよ〜っていうかそもそも同意の上だし」
「もしかしたら葉月の方が相手の奥さんから慰謝料を請求される恐れがあるんじゃないの」
「ないと思うよ未成年だし。そもそも支払い能力ないでしょ。そんなの裁判で判決出ても紙切れと一緒」
「お父さんとお母さんへの慰謝料の請求は?」
「そこまでは知らないわよ」
「いや山萌ならわかると思ってさ」
「ところでなんの話だっけ?」
「むらさきのモノマネのクオリティチェック〜」丹羽所が一人控えめにパチパチと拍手をした。「ほら、あれやってみて。オーディションだと思ってさ〜なんだっけ? …キャッシュレス決済を初めてやろうと思って失敗した時のオバちゃんの顔!」
「あれチョー面白いよね〜」
「なんでここでやるねん」柏原がツッコミつつ実際にやると爆笑の渦に包まれた。
自分で振っておきながら丹羽所は無表情に戻った。わざとらしく咳払いをして、
「本題に戻りましょう」
「なんだっけ?」
「もう気が済んだでしょう葉月そろそろ別れなさい、ってことだよね」
「だから別れないって!」
「アンタなんか悪い魔法でもかけられてるんじゃないの〜?」
「恋愛中は麻薬中毒者と同じ状態だっていうもんねー」
「なんとかって化学物質がいっぱい出るんだよね?」
「葉月、いまアンタは自分のことを客観的に見られない状態にあるんだよ。お願いだからわたしたちの話を聞いて」
「客観的にって…わたしのことバカにしないで。ふーちゃんも山萌ちゃんも経験したことないくせに…」
「それを言われたらおしまいね〜」
「ええ、経験しないと語れないなら、世のコメンテーター全員廃業だわ」
「ふざけないで」野茨はまったくつれない。本気で怒っているようなので険悪な空気になった。
逃げるように柏原がスマホをいじり始める。野茨もスマホをいじり始めた。丹羽所もスマホに逃げた。
岬が怒った。
「アンタたちスマホに逃げんじゃねーよ! ちゃんと角突き合わせて話し合おうよ! 会えばいつでもスマホをポチポチ。会った時にまでスマホやってんなら会う必要ないんじゃないの? いったい誰と向き合ってんの? スマホの中に育児放棄した母パンダの子供でも飼ってるの? そりゃあ毎日ミルクあげて健康チェックしなくちゃいけないわねー」
バラエティでよく見るマイクパフォーマンスみたいに床にマイクを叩き付けてやりたかった。岬は普段から怒るような人間ではなかった。見たことのない「ねーよ」と剣幕に三人は度肝を抜かれ、しばらく空いた口がふさがらなかった。
「ゴメン」岬は頭を下げ謝った。「わたしったらどうしたんでしょう。悪魔でも乗り移ったのかな」
ごまかしてみるものの誰も笑えない。岬も自分自身に驚いていた。わたしったらこんな言い方もできるんだ。
「ちょっとみんななんかしゃべって」
苦しまぎれに言ってみると丹羽所が口を開いた。
「ふーちゃんの言うことにわたしも共感する」
「あ〜ありがとう助かった山萌」
「スマホは傍に退いておいてわたしたちはちゃんと話し合うべきね。生身の体で。力士がはっけよーいでぶつかり合うみたいに。そうじゃなきゃ墓場までスマホを持っていかなくちゃいけないわ。自分が死んでもスマホにしか人格が宿っていないなんてイヤでしょう?」
岬はうんうんうなずいている。そういうことを言いたかったのだ。
「ありがとう山萌。ところでなんの話してたんだっけ?」
「葉月が怒った後に空気が悪くなってみんなスマホをやり始めた時に岬がキレたのよ」
「あ、そうだったっけ。ゴメンね」
「キレたって表現は違うかな?」
「うん。キレてはいない。怒っただけ。そういうわけで葉月」岬が腕を組んでプレッシャーをかけた。「アナタの愛はステキなもの。他人がとやかく言って否定できないもの。それはわかった。だからわたしはアナタの愛は否定しないけど、アナタの将来を心配することにした。今年はわたしたちは受験生。腐れ縁で大学も同じところに行くとしたら、アナタの今の模試の結果が心配だわ」
「…恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないって言いたいの?」
「うんそう」はっきりと言ってやった。「今は受験勉強がいちばん大事。その次に大事なのは地球と人類の将来と絶滅危惧種の保護くらいのもの。言いたいことは言ったわ。あとはアナタが選択するだけ。別に無視してくれてもかまわない。それが一つの個体としてのアナタの自由意思。誰にも否定はできない。ただわたしたちは耳を傾けてほしいと思ってる。それだけ」
(了)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。あなた様の人生の時間の無駄にならなかったことを切に願っています。