始まり
ああ、目が醒めた。
現状は何一つ変わっていないだろうが、今の俺には気力が溢れている。
とにかく、今は立ち上がり周囲を警戒しなければ。
凄惨な光景の部屋を見まわす。
血に濡れて酷い有り様だが、地下室の入り口へと近づき一言。
「ごめんなさい」
謝って許されることではない。
俺はこれから、一生この罪を胸に刻んでいかなくてはならない。
その痛みに耐え、急いで部屋の外を目指す。
今から走れば、まだ間に合うだろう。
俺は彼女に言わなければならないことがあるんだ。
暗い路地を抜け、大通りに辿り着く。
そして、遠くの方に歩いている、彼女の姿が見えた。
夕日の逆光で捉えにくいが、まず間違いはない。
足に力を込め、走り出す。
だんだんとその影は大きくなり、彼女もこちらの気配に気づいたようだ。
その姿に向かって、俺は大声で叫ぶ。
「俺は、生きる!罪を抱えたまま、傷ついたまま、進み続ける!償うことも、癒すこともできないかもしれないけど、ただ、生きてやる!!」
「……そうか、ならば今ここで、証明してみろ」
彼女は剣を抜き、構えを取る。
え?と一瞬思いもしたが、その真意にすぐに気づく。
———囲まれている。
デモニオと呼ばれたあの化け物が、そこら中から顔を覗かせている。
いや、さっきはああやって啖呵を切ったが、このイベントは急すぎる。
だが、そんな弱音を吐いている場合ではない。
それに、今の俺にならできるはず。
俺は今、あいつらを殺さなくてはならないんだ。
手に持っているのは、先ほど彼女が跳ねた化け物の首。
俺とあの化け物にある共通の認識、それは死だ。
この短時間ではそのくらいしか考えつかなかった。
その手を上に掲げ、化け物どもの視界に入れる。
わずかに、ほんのわずかにだが、化け物が反応する。
これで俺は、いけると確信する。
生き物を殺すことへの躊躇いは、今だけ捨て置く。
右手に持った頭を化け物に投げつける。
繋がった死の恐怖という道。
そこに無理やり力を通すイメージ。
そして俺は、言葉を放った。
「バーン!!」
左手から放たれた炎が化け物を包む。
それが、今までお前達が食ってきた行為の業だ。
その業火に焼かれて、死ねばいい。
上手くいった。
その達成感に心奪われそうになるが、あいつらはまだまだいたはずだ。
急いで周囲に注意を向けるが、そこにはもう血溜まりしか残っていなかった。
この人、かなり強いな。
ガッツポーズでも作ってしまいそうになった自分が情けない。
安全が確認できると、化け物を殺した俺が気になったのだろう。
構えを解いた彼女が話しかけてくる。
「貴様は一体、何なのだ」
「いや、自分でもよくわからないです」
「……なんだそれは」
本当に、分からないんだ。この能力のことも、自分のことも。
はっきりとこの問いに答えられるのは、まだまだ先の話だろう。
「はあぁぁぁ」
糸がプツリと切れたかのように、仰向けに倒れこむ。
身体も精神もボロボロだ。
しかし、この疲れはなんだか心地いい。
「それで、これからどうするんだ」
「とりあえず、今はこのまま休みたいです」
「こんなところで休むやつがあるか。……はぁ。ほら、安全な場所を探すぞ」
そう言って手を差し出す彼女。
「え?」
「もう夜も近い。今日はここで過ごすと言っているんだ」
「さっきは普通にここから出ようとしてませんでした?」
「うるさい。ああ、くそ、いいんだな」
「あ、待って、行きます、ついて行きますから!」
慌てて上体を起こし、彼女の手を取る。
「貴様、名は何という」
「ユウです。あなたは」
「セミスだ」
夕日に照らされた彼女の顔は、今まで見た何よりも美しかった。