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雲の上

俺は殺された。

いや、勝手に死んだのは自分だが、これは殺されたと言っても過言ではないだろう。

それは、生来の「考えすぎ病」によるものだ。


俺には、世の中ではどうでもいいとされる事柄を事細かに、真剣に考えすぎるきらいがあった。

そうであれば、明確な障害はないが、この社会は非常に生き難いものとなる。

そんなもの、収めきれる器があるわけでもなく、いつも通りの通学途中、気の抜けた俺は信号無視をしてしまった。

望んでいたのかもしれない。自分の意思とは関係なく、誰かが殺してくれることを。

そして、この歳にして死んでしまったのだ。


———だというのに、この景色はいったい何なのか。

見上げると一面の青い空、いや、空の中にいるのか。

そして、足元に広がるのは雲。

雲の上に立っている。

ステレオタイプよろしく、ここは死後の世界なのか。

となれば、お次は。


「私の声が聞こえているか、若くして死を選んだ少年よ」


お約束。死後を導く案内役の登場だ。

声色からして髭を生やしたごついおっさんか、そんな期待を込めて後ろを振り向く。


そこにいたのは、フクロウだった。


「くるっぽー。少年よ、君は何故、死を選んだのだ?」


その容姿と鳴き声で、一気に胡散臭さが増す。

これはもしかして、天国などではなく、死に損ねた俺が病院のベッドで悪夢でも見ているのではないのだろうか。


「なにをそんな顔をしておる。いや、急なことで現状を把握できないのはもっともだろう。どれ、少し休憩でもとりたまえ」


目の前がぱっと光ったと思えば、そこには四畳半の畳が現れていた。

その上には座布団とちゃぶ台が用意されており、極め付けにはちゃぶ台の上の湯飲みが湯気を立てている。

雲海の上に、四畳半。すごくシュールな光景だ。


「ほれ、ここに座って一息つきなされ」


「はぁ……」


これが夢であるにしろ、このまま立ち尽くしていても仕方がない。

とりあえず、言われるがままに、靴を脱いで厚めの座布団に腰を下ろす。

そして、目の前にある湯飲みを持ち、一啜り。

丁度良い温度で身体を満たすはっきりと苦いお茶が、これは夢ではないと教えてくれる。


「どうかね、落ち着いたかね」


「ええ、まぁ……」


別に驚いていたわけでもないが、少しだけ冷静さは取り戻した。

このまま黙っていても埒が明かないので、ちゃぶ台に鎮座する対面のフクロウへ質問をしてみる。


「それで、ここは一体どこなんですか?俺は、どうなったんですか?」」


「ふむ。自分が信号無視をして死んだということは憶えているな?そう、間違いなく君は死んだのだよ」


「やっぱり、そうですか」


その言葉は当然のように、俺の胸に沈んでいった。


「そしてここは、君らの言う死後の世界でも、天国でも地獄でもない」


「え?」


「簡単に説明しよう。ここは普通、人間がどうやっても辿り着くことのできない場所でな。

ここに住む私達が何か拾い上げでもしない限り、まずはあり得ない空間だ」


うまく理解ができない。

思考が停止してしまった俺を他所に、フクロウの説明は続く。


「それではなぜ、君はここにいるのか。それは、私が連れてきたからだ」


「……なぜ」


「人間は死んでしまえば無になる。しかし、君はそうではなかった。小さな輝きを放っていたのだよ。

魂のようなもの、と言えばわかりやすいか。死してなお、君には何かが残っていたのだよ」


そんなはずはない。俺は、あの世界に絶望していたのだ。

それなのに、そんな自分に何が残っていたというのだ。


「恨みなのか、後悔なのかはわからない。だが、それは私の目に美しく映ったのだよ。

だからこそ、ここに連れてきたのだ」


「よく、わかりません。俺にはもう、何も残っていないはずです」


「ふむ、そう思うのは自分の勝手だがな。私も暇なのだよ。何も変わらないここで、珍しいものがあればすぐに飛びついてしまってな」


なんてはた迷惑なフクロウだろう。

人生に決着がついたと思ったら、暇つぶしに付き合わされるなんて。

少しだけ、棘のある口調で質問してしまう。


「それで、俺をどうしたいんですか?」


「いや、君さえ良ければ、第二の人生を送ってもらおうと思ってな。それか、もう一度無に戻るか」


「第二の人生?」


「ああ。ここは様々な世界に繋がっておる。君達の住む科学の発展した世界、魔法にあふれる美しい世界。

ファンタジーと呼ばれるような、そんな世界に送ることができる。君さえ良ければ、新たな世界を歩んでみてはどうだろうか」


そういえば、こんな展開、流行りの小説であったな。

いやだなぁ。


「お断りします。俺はもう、生きたくはないんです」


「そうか。それでは、世界の当たり前に押しつぶされた負け犬、ということでいいんだな?

一度も噛みつくこともせず、歯こぼれすらしてない牙を持つ」


急なこの物言いは何なのだろうか。俺を奮い立たせようとしている?

ここまで連れてきて何もないというのは、この生き物にとってはつまらないのかもしれない。


「別に、それでもいい。傷つくことが美徳だなんて、俺は思わない」


「頼む。暇なのだ。君なら、新しい物語を紡げると信じている」


「そんな理由でお願いされても、余計に嫌になるだけです」


「え〜。じゃあ、しょうがない、強制的に送っちゃおう」


ここは断固として拒否したいが、決定権が無効にある以上、抗っても無駄なようだ。

無理やり送られて訳の分からないことになるよりも、従った方がいいか。

しかし、最初に比べるとだいぶキャラが崩れているな。


「わかった、わかりました。どこへなりとも連れて行ってください。あと、そんな適当ではなく、しっかりと説明をお願いします」


「ほっほっほ〜、ようやく観念したか。それでは、これからのことを説明しよう」


少し強引な気もするが、仕方がない。

それに、前向きに考えれば、全くの新しい場所でもう一度自由に生きられるということだ。

もしかしたら、変われるのかもしれない。

……あれ、いつの間に、こんな馬鹿げた話を信じているんだ?


「行先は私の方で勝手に決めさせてもらう。なに、君を一回りも二回りも成長させる世界を選ぶから、安心したまえ。

そして、手向けとして君には一つだけ、欲しいものを授けよう」


「一生困らないお金と無敵の装備をください」


「一つと言っておろうが。それに、それでは私が楽しめん。第一、私は知恵を司るものだ。そんなものは用意できん」


「役立たず」


なんてケチな奴なんだ。アニメの世界なら、ここでチートと言われるものを無条件でもらえるのに。

大体、どうして一つなんだ。


「いいか、私は君に成長してほしいのだ。そして、あの時に見た光の正体を知りたいのだ。

真っ新な状態、自らの意思で必要なものとそうでないものを取捨選択し、自らの血肉としなければならない」


「本当は力不足で一つしか与えられないんじゃないのか?」


「ギクリンチョ。……もういい。適当な能力を与えるから、さっさと行ってこい」


あらら、へそを曲げちゃったよ。

しかし、せめて能力の説明はしてほしい。


「その能力って、いったい?」


「ふむ。名付けるなら『ロゴス・ガトリンガ—』といったところか。その名の通り、言葉を撃ち出す能力だ」


「言葉を撃ち出す?」


真っ先に思い浮かんだイメージは、言葉が可視化され、それが飛んでいくようなものだが、そんなわけはないだろう。


「実は最初から与える能力は決めていてな、すでにそれは備わっている。説明するよりも、試しに撃ってみるがよい」


「……いろいろとツッコみたいが、まあいい。でも、どうやって撃つんだ?」


手元には何か武器があるわけでもない。

能力を与えられたと言っても、何か実感できることがあったわけでもない。

とんだ無茶ぶりだ。


「適当に手で銃の形でも作って何か一言、強く念じるのだ。

そして、その言葉を発すると、撃鉄は落とされる。どれ、試しに私に向かって撃ってみるがよい」


「はぁ……」


言われた通り、右手で銃の構えを取る。

しかし、言葉と言っても何を言えばいいのかが分からない。

魔法のように技名を唱えればそれが放たれるのか、それとも。


とにかく、目の前のフクロウを見て思う浮かんだ言葉を念じてみる。

そして、放つ。


「焼き鳥!」


その瞬間、右腕を駆け巡るような熱さを感じ、それは外へと吐き出された。

赤い、真っ赤な稲妻が勢いよくフクロウを貫く。


「んごごごごごごご!!熱くて痛い、炭火焼!!」


悶え苦しむフクロウ。

実際に火が出現しているわけでもなく、あの稲妻以外は何も起こっていないように見えるが、何かが起こったらしい。


「はぁはぁ。さすがは私が見込んだ男。一発で私の弱点を見抜くとは」


「いや、撃った本人もよく分かっていないから、説明よろしく」


「ふぅ。その能力はな、抽象的なものやイメージを相手との意思疎通によって現実にする力だ。相手の心に深く突き刺さる言葉であればあるほど、時には身体を貫く刃になったり、全てを癒す魔法にもなる。先ほどは私がわざと弱点を思い浮かべ、それを君が現実にして私に撃ち返したというわけだ」


……なるほどよくわからんが、攻撃するなら相手の嫌がる言葉を、癒したいのなら相手にとって安らげる言葉を発すればいいってことか?

ん、待てよ。


「それなら、相手によって毎回念じる言葉は変えなきゃいけないし、何が効果的か分からないと役に立たないってことか」


「もちろん。それに、君の発する言語を理解できない生き物には全く効果は発揮しない」


「えぇ……」


「しかし、この能力には無限の可能性があり、面白いものだと私は考えている。言葉という概念に囚われなければきっと、君の力となってくれることだろう」


ヒタヒタと足音を立てて不安が近づいてくる。

だが、この命は失ってもいいようなどうでもいいものだ。

なるようになるさと、楽観的に考える。


「心構えはできたようだな。案ずるな、チュートリアル的なものは用意してある。

それでは、新たな旅の始まりだ!存分に悲しみ、存分に楽しみたまえ!アテナの加護があらんことを!!」


「ちょっとま———


フクロウが羽ばたき、その風圧によって吹き飛ばされる。

先ほどまで地面の役割を果たしていた雲をすり抜け、真っ逆さまに落ちていく。

こんないきなりだなんて、聞いていない。

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