黄昏が紡いだメール
涼風さんとの温水プールデートも終わり、お互い身体を動かしたせいか疲れが蓄積され、あまり余計な動きはしなくないので帰りは、この温水プール場より近いバス停で俺達の街の駅前に帰宅することになった。
バスに乗ると最初は結構人がいて、座席に座ることができなく、満員電車並みに窮屈さを感じていたが目的の停留所に近づくごとに、乗客が多く降りるので徐々に座席に座れるチャンスが大きくなる。
それもそのはず、この温水プール場から目的の駅前の道のりはこのバスよりも少し離れているが電車を使った方が料金は勿論なこと、途中で止まる停留所もないので早く到着でき、時刻表もバスと比べて電車の方が詰め込んでいるので、電車の方が効率がいいのだ。
それでも電車よりバス派がいるならば、俺達のようにゆっくり休みたい人間か、バスから見える外の景色を楽しみたい人間の二択なのだろう。
かくゆえ俺もどちらかというとバス派なのでゆっくりと夕焼けに映る外の風景を見ながらつり革を片手にそれを楽しんだ。
そして涼風さんとはいうとつり革を持った状態でもウトウトして眠たげだった。
乗客が減り一番後ろの右側の窓際の席が空いてたので、まるで介護士のように涼風さんを誘導しながら座ることになった。
「zzzzzzzz・・・・・・・・・・・」
う・・・・・・近い。
もうすぐ目的地のバス停留所にたどり着く影響か、大分乗車客が減り文字通りスカスカになっており、現在一番後ろの俺達二人しかいない状況になっていた。
さらに大胆にも俺の肩に頭を乗せ、吐息を漏らしていて、まるでいたずらしてくださいと言わんばかりに無防備だった。
まったくこの前の勉強会といい。つくづく涼風さんって警戒心がないなぁ。
明日ヶ原が護りたくなる気持ちも分からんでもない。
さて、ここで彼女の頭を上げると起きるかもしれないから、目的地が着くまで起こさないでおいてやるか。その間に俺はスマホを片手に外に映る黄昏色に染まった外の美しい景色を見ながら軽くあくびをする。
「ん・・・・・・・久東君・・・むにゃむにゃ好きぃ」
「え?」
なんだ・・・・・・寝言か。
突然のことで全身を揺らして、その影響か彼女の頭部が動いたがそれでも起きなかった。
これで起きないってことはよっぽど疲れてるんだな。
「はぁ・・・・・・好きか・・・」
思えばこのデートは、涼風さんの初恋の人と呼ばれる王子様という男の記憶を忘れさせる為に誘ったんだ。
その結果はどうだ。待ち合わせに遅刻したり、涼風さんの気分を悪くさせたり、挙句の果てには、あの接近事故以降、あまりまともなコミュニケーションをとってない状況だ。
涼風さんはそのことについてあまり嫌な顔をしなかったけど、内心俺の事を悪く思って、最悪のデートだと思ってるかもしれない。
一周目の人生を味わった経験か、少し疑心暗鬼になったかもしれないな。
その可愛い寝顔を見て雲やかな気持ちが晴れそうだ。
「好きか・・・・俺も好きだよ。涼風さんの事。子供の頃からずっと・・・・好きでたまらなかった」
寝ているので油断をしたせいか、つい本音を漏らしてしまった。
「ん・・・・・」
まぁ、本人は文字通り熟睡してるので眉を軽く動かす程度だった。
はぁ・・・・どうせなら起きてる時に言いたかったな。
けど、それだと少し怖いなぁ・・・
なんか見てると恥ずかしくなってきたな。窓の景色を再び見るか・・・・
ピロリン
「メール?誰だろう」
しばらくするとメールの着信音がきたようで、少し眠たくなったせいか、メールの送信者の名前を見ずに本文を読む。すると・・・・
『アタシも大好き・・・・・よかったら付き合ってください』
・・・・・・・・なんだこのメール?
新手のいたずらか・・・・そう思いながら横に振り向くと・・・・・・・
柔らかい感触が走りいきなり抱き着かれた。
その正体は、ご存じのあの・・・・・・・あの・・・・・・涼風さんだった・・・
抱き着かれた影響か顔は見えなかったけど、今まで肩に頭を乗せて寝てたから間違うはずはない。
なにが起こったんだ?もしかして俺はまだからかわれてるのか。
ただ、一つだけ分かるのは、先ほど涼風さんの身体を覆いかぶさった時に感じた震えを、今もこうして感じてるのだ。
いろいろ困惑してる中涼風さんが耳元でボソボソと口を開く。
「メールに書かれてることは嘘・・・・じゃないよ。嘘だったらこんな事はしないよ」
「メール?」
なにを言ってるんだ?メールってもしかしてさっきのメールを送信したのか?
その送り主を見ると紛れもなく、涼風さん本人だった。
「涼風さん、本当なの・・・・」
「そんなことより返事が聞きたいよ。ほら、早くしないと今余裕ある右腕で、降車ボタンを押すけどいいかな?」
イタズラ性とせっかちな表面を二つに混じった感情を表せながら返事を待っている。
そんなの答えは分かってるじゃないか!!!!
自然と流れる涙に、緊張で乾いた喉のせいで震えて声が出せない。
思えばこの瞬間どれだけ待ったことか。
一周目の世界では、この人と接近できる数あるチャンスを散々不意にしてしまい。二度と会えないくらいに差が開いてしまった。
けれど、その後悔の果てに与えられたその千載一遇のチャンスを逃してたまるか。
この夕焼けの中ですべてをさらけよう。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・お願いします」
「嬉しい・・・・これから恋人同士だね」
チュッ
その瞬間涼風さんは一度俺から離れると周囲に乗客がいるのにもかかわらず、俺の口元に軽く唇を触れた。
これはフレンチキスと言っていいのか分からない。絶妙のラインだが、それだけでも俺は満足だ。
キスはその一回のみだが、密着したせいか心臓の鼓動が激しく苦しい。
そして改めて涼風さんの顔を見ると顔を赤らめて綺麗な顔が涙でぐしゃぐしゃだった。
「あはははははははははなにその顔、涙流し過ぎだよ」
「そういう涼風さんだって同じ顔をしてるよ。きっと」
「あはははそうだね。変な顔を見られたね。でも、それを見せられるのは、君だけだから・・・・・・」
ドキッ
そういうと涼風さんはポーチからハンカチを用意して俺に差し出そうとするが、それ一つしかないと思ったので、ワイルドに自分の袖で顔を拭くことにした。
けど、それでも鼻水が出そうなので、それを我慢しながら面と向かって、夕日に映る彼女の微笑みを目に焼けつける。
「どしたの久東君。念願の彼女ができて嬉しかった?」
「うん。やっと、やっと、君の初恋の人に勝てたと思うと嬉しく感じるよ」
「嬉しくか・・・・・・あの頃思い出したんじゃないんだ」ボソッ
「ん?」
後半なんか言ってたような気がするが、小声とバスの音のせいであまり聞こえなかった。
けど、そんな事はどうでもいい。
この目的地の停留所に着くまでお互い静かに手を握りながら最高の瞬間を味わった。




