第三部
第三部
1
私は自動車に揺られていた。
青空が綺麗だ。
道は真っすぐに伸びている。
どこまでも、どこまでも。
「……でね、私と香苗はその石をあの屋敷の中で探していたの。だってそれが今回の任務の目的だったんだから。で、何処にあったと思う?」
私の斜め前、助手席に座っている朱音が私に尋ねてくる。
知らない、と私が答えると、朱音は半眼で言う。
「そんなんじゃダメダメだよ。大体私は貴女が知っているようなことを聞いているんじゃないよ。これは単なる論理的推論なんだし。頭を使わないと生産的な生活は送れないよ」
……はあ、面倒臭い。
まあ、いいやと言って朱音は続ける。
「あの屋敷には地下室があったの。でね、その部屋の真ん中、その円卓の上に盃みたいな器があって、その中にそれはもう、いっぱい入っていたの。それでね、その周りにたくさんの人形が座っていてね。人形の顔がぼんやりと照らしだされていたんだけど、とても綺麗だったなあ。まあそのあとちょっと危ないところもあったんだけどネ」
すると運転席にいた香苗が朱音の方を向いて言う。
「ちょっとじゃないでしょ、あれは」
「まあ、うん。あの時は助かったよ。ありがとう香苗」
などと言い合っている。
私はクッションに背を預ける。
朱音はこっちを向いて話を続ける。
「そんな感じで屋敷に潜入したり、石を運び出したりするのに手間取っちゃって。それで貴女がまだ屋敷を出ていないってことを知ったのは大分あとになっちゃったんだよね」
「思い返せば、よくあの状況で生きて帰って来られたなあ」
と私は呟く。
「あの応接間に駆け付けたら、扉の下から血が滲み出ていた時にはもうダメかと思ったよ。天羽なんて凄かったんだから。ああ、そういえば貴女が屋敷から出てこないってことを知らせてくれたのも彼女だったんだよ。息を切らせて、ふらふらで私たちのところにやって来てさ。今にも泣きそうな顔をして。でも泣かなかったけどね。でさ、扉を開けたら、男二人が血溜まりの中に倒れていて、女の子がその間にうつ伏せになっていたの。でもまだ貴女は生きていた。それで貴女を担いで慌てて脱出したってわけ。それでね……」
それを遮る様に香苗が言う。
「さあ、もうすぐで帝都だよ。事務所に寄って行くんだっけ?」
「うん。でも行くのは私と香苗だけでいいんじゃない?ほら、天羽たちは疲れているみたいだし」
朱音は私の隣ですうすうと寝息を立てている天羽を見て微笑んだ。
穏やかな寝顔。
嗚呼、私は日常に帰ってきた。
私はそっと銀髪の天使の横顔を撫でた。
2
私は宿舎の屋上にいる。
星を見上げている。
朱く輝くもの、蒼白く光るもの。
あれは何の星なのだろう。
星は不思議だ。吸い込まれそうな光。
すると、後ろから声を掛けられた。
「やっぱり此処にいたんだ、天羽」
私は、うんと頷いて彼女の差し出してきたマグカップを受け取る。
コーヒーのいい香り。彼女の入れるコーヒーは美味しいと思う。
彼女は柵に凭れて月を見ている。
憂いを秘めた瞳で月を鑑ている。
「何をしていたの?また星見?」
「うん、でも今日は久しぶりにこの国の空を見てみたかったから」
しばらくの沈黙。
夜空の下。
真弓が口を開く。
「ねえ天羽、人は何のために生まれてきたのかな」
彼女はよくこういう話をする。私の答えが聞きたいのだろうか。
ふむ、と私は考え込む。
彼女はちびりとカップに口をつけている。
私は口を開く。
「それは生の意義ってことかな。そうだね。私は、私たちが生まれてきたことは神様の思し召しでも何でもないと思う。それはただの偶然で、ただの確率なんだ。だから私たちはそこに何か神秘的な予感を感じる必要はないんだ、とそう思う」
なら、と言い掛ける彼女を制して、私は更に続ける。
「なら、私たちが見つけなければならないものは何か?それは存在の目的。そうだね、存在の理由とでも言えばいいのかな。それもとても個人的な、自分だけの、ね」
……機械論的世界観から目的論的世界観へ。歴史の流れに逆行するように、私は行く。人は求め、そして満たされなければ生きてゆけないから。
私は言葉を紡ぐ。
「そしてこう言うんだ。『私はこのために生きているのである!』ってね」
……楽しいことは、楽しいということそれ自体で素晴らしいものなのである。
私は彼女に向き直り、手を差し伸べて言った。
「さあ、ソイツを一緒に探しにゆこう、真弓」
/
今回の任務の件で報告に来た二人が帰っていった。
男は独り呟く。
「今となっては貴方がどんな想いで帝国を去ったか、それを確かめる術は無い」
だが……。
「見つけてしまった以上、我々は貴方を始末しなければならなかった」
……全ては帝国、その栄華の為に。
と、また電話が鳴った。
受話器を取る。
「ええ、そうです。はい。石は回収致しました。ええ、今回もまた彼女たちに出張って貰いましたがね。ええ、そうです。はあ、今度は何処でしょう。ああ、はい。承知しました。ご心配なく。彼女たちを派遣致しますので。
ええ、そうです」
男はここで一呼吸おいて、言った。
「……人造人間部隊「花鳥風月シスターズ」を」
男は受話器を置いた。
彼の男は指を組み合わせて考えに耽る。
その空間は静寂に包まれていた。
了・