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花鳥風月シスターズ  作者: 今井涼子
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第二部

第二部


 1


秋鳥香苗は目を覚ました。

窓の外を見る。夜はすっかり更けている。

「ねえ、そろそろ行くよ」

私は隣で丸くなっている少女に声を掛ける。

少女は、ううんと呻き声を上げて抗議していたけれど観念したのか、むくりとベッドから起き上がった。

胸のあたりまで伸ばした桃色の髪。

「や、こんばんは。香苗」

そう言って少女は微睡の中で微笑んだ。

私は頷いて言う。

「うん。こんばんは。朱音」

白のタートルネックセーターにデニムのサスペンダーパンツ。

どうやら来た時と同じ格好のままらしい。

私は朱音に、着替えなよと言って部屋を出た。


 2


花塚朱音は嘆いていた。

「屋敷の何処かって言われてもねえ」

私の言葉を受けて香苗が言う。

「でもそれって毎度のことでしょ」

「まあね。この仕事の性質上仕方がないことではあるんだけどねえ」

でも、いつも手探りな私たちの気持ちも少しは分かって欲しいのです。

なんて口を尖らせている私に、香苗は呆れた顔で言う。

「ほら、こんな場所にいても何も分からないんだから。行こう」

その通り。考えていたって仕方がないのです。

私たちは或る屋敷、その物置の様な場所にいた。

……いや、忍び込んでいた。

今回の私たちの任務は、とある石の回収。

屋敷の何処かにそれはあるらしい。

オリーブグリーンのトレンチコート。シャツにネクタイ。グレーのミニスカート。

お揃いの制服を着た香苗のあとに続いて部屋を出る。

……あれ?

廊下の突き当り。

「こんな部屋あったかな?」

私は香苗に尋ねる。

彼女は屋敷の見取図を取り出す。

……やっぱり。

覗き込んだ見取図では存在しないはずの空間。

「少なくとも私たちの行先は分かったね」

香苗はくすりと言うと、ちょっと離れていて、と仕草をした。

私は彼女の後ろに下がる。

香苗は息を吐くと、ロングブーツのつま先で扉のノブを思いっきり蹴り飛ばした。

からん、と掛け金の外れる音。

開いた扉の先は仄暗い闇の中。

その先に、地下へと続く階段が伸びていた。


3


ペンライトを灯して地下へと進む。

そして降り切った階段の先。

狭い空間と円卓。

円卓とその周りに配された椅子に俯いて行儀よく座っている少女たち。

精気の失せた眼差し。

……人形。

……そうか。これが。

人造人間。

まるで人間そのものじゃないか。

「この子たちはどうするの?」

おずおずと朱音が尋ねてくる。

「……人形が起動していないところを見ると、どうやらまだ石は嵌め込まれていないらしいね」

だからそのままにしておいても大丈夫だよ、と私は彼女を安心させるように言う。

そう。彼女たちはそれ程問題ではない。

問題なのは。

私は白いクロスが敷かれたその円卓の上に目を遣る、その視線の先。

蒼い石。人形に生命を吹き込む魔法の石。燦燦と輝く小石が器の中に満ちて、あたりをぼんやりと照らしていた。

「わあ、すごく綺麗」

朱音はただ無邪気に目を輝かせた。


ざらざらと、宝石をポーチに流し込む。

水のようにきらきらと光る。

ずっしりとした重さ。

命の重さ?

でも、それはこんな物じゃ測れない。

そもそも命の重さ、なんて言葉が間違っているとも思う。命の軽重が論じられて、それが実は平等で……、なんて何処かおかしいって思う。何処がどう違うなんて、はっきりとは言えないけれど、違和感は確かに有る。


石を持って薄暗い部屋を後にする。

地上に続く階段を上った先に、二人の少女がいた。

純白のブラウス、コルセットのついた黒のロングスカート。

可憐な乙女は嫋やかに、長い廊下のただ中に佇んでいた。

「ねえ、貴女が盗んだそれ、返してよ」

背の高い方の少女が言う。

「それは出来ない。だってこれのためにわざわざ忍び込んだんだもの」

私がそう言うと彼女は、はあ、と面倒そうに溜息を吐いて、

「それなら殺すしかないわね」

私を睨んでそう言った。

私は朱音を見遣る。

朱音は頷く。

広い廊下に令嬢二人と制服二人。

拳銃。

互いに互いを狙っている。

「さあ、始めようか」

それが合図だった。

互いの銃口が火を吹いた。

二発、三発と続けて撃つ。

グレーのスカートが風に靡く。

弾丸飛び交う戦場に在って、しかし少女たちはあまりにも鮮やかだった。

蝶の如く、軽やかに舞う。

あっという間に間合いを詰められる。

格闘戦。

しなやかな拳が、脚が迫る。

的確な攻撃。

一撃、また一撃と寸でのところで躱す。

続けて至近距離からの発砲。

銃弾が顔を掠めてゆく。

隙が無い。防戦一方だ。

動作に無駄が全くない。

まるで機械のような。

……そこで。

ふと思い至る。ある考え。

私は朱音にそっと囁くと、或る物をポーチから取り出して放った。

もくもく、と白い煙が視界を遮る。

発煙弾だ。

私たちは腰に下げたもう一丁の拳銃を抜き取って、構える。

煙幕が晴れる。

拳銃の引き金を引く。

撃ち放たれた弾丸は青白く螺旋を描いて少女たちの身体を射貫いた。


 蒼の弾丸。

蒼石から生成された弾丸。

彼の石は人形に生命を与える。

けれどそれが再び人形の中に取り込まれた時、その人形は死ぬことになる。

今、私たちが撃ったのはそういうモノだった。

直撃したからもう碌に身体も動かせないだろう。

少女たちはその場で頽れる。

けほっ、と咳き込む、その口の端から鮮やかな血が滲んでいる。

私は尋ねる。

「ねえ、貴女たち人造人間でしょ」

背の高い方の少女が答える。

「……どうして分かったの」

「こんなに強い女の子がいるのかと思ってね。強すぎでしょ、貴女たち。そうしたら思い出した。地下室でのことを」

地下室の椅子。その奥の二席は空席だった。

「そう……」

負けちゃったね、と彼女は傍らの少女に囁く。

「私たちが人造人間だから、貴女たちは私たちを殺すんでしょ」

「……そうだね」

それが私たちの任務だから。

でも。

彼女は私に尋ねる。

「ねえ、人間と人造人間の違いって何なのかしら」

私は答える。

「私はこう思うの。その区別に意味はない。そこに心があるか。本質的な境界線は、そうすることで初めて規定されるべきだってね」

人間は人間で、人造人間は人造人間なんだ。

でもただそれだけ。

私はそこに意味を求めない。

だって私には彼らの行いによって、その二つに境界を引くことができないから。

……始めに心在りき、である。

「だから貴女がその子を想う気持ちは、本物なんだ」

「……うん」

彼女は困ったような、嬉しいような、寂しいような、そんな顔をした。

私は。

私は拳銃を下ろす。

少女はどうして、と聞いてくる。

「だって貴女、放っておいても死にそうだから」

だからとどめは刺さないわと言って、朱音の手を取る。

「さあ、行こう。朱音」

「……ばいばい」

朱音は少女たちに小さくさよならを告げて、歩き出す。

 

廊下の途中で振り返ると、少女二人が互いに身を寄せ合うようにして死んでいた。口に春の午睡のような穏やかな微笑みを浮かべて。

 

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