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花鳥風月シスターズ  作者: 今井涼子
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第一部

第一部

             

「X帝国情報省機密情報局第一課」の表札が掛けられた扉の向こう、男が指を組み合わせて椅子に腰かけていた。

静寂だけが支配する空間。

電話のベルが鳴る。

男は受話器を手に取る。

「はい。ええ、そうですか。嗚呼、あの男が彼の石を見つけた、と。Y帝国ですね。ええ、承知しました。早速部隊を派遣致しましょう」

男は受話器を置くと元の姿勢に戻る。

……人造人間。

かつて帝国においてその開発の一端を担った男が現在、帝国領域外にいる。そして彼はどうやら例の蒼石を手に入れたようだ。

何が次に続くのか。それから先を想像することは容易い。


「彼女たち」を派遣しなければなるまい。

/

 1


月代天羽は雑居ビルの屋上にいた。

見上げた空には銀の月。さっき任務が告げられ、私は此処にいる。

ステンレスの携帯マグに入れたコーヒーを飲む。まだまだ肌寒い春の夜である。

 ビルの表通りから裏通りへと目を転じる。そこには少女が歩いていた。

白い襟付きの黒ワンピース。長い金髪に、華奢な身体。

やあ、と上から声を掛ける。声が聞こえたのか、少女が顔を上げる。

「君の行先はあっちだよ」

私は彼女に言う。

彼女は何か言うと、そちらへと向かっていった。

その背中が見えなくなる。

私はふう、と息を吐いて任務に就いた。


ビルの屋上の柵に立てかけていたガンケースの中から取り出したのは、スナイパーライフル。

ブルートシュラーク・ボルトアクション。

血の一撃と呼ばれる帝国一の悪魔の長距離ライフルである。

標的は或る経済界の要人らしい。

此処から目標のいる屋敷までは一キロ程だろうか。射程距離四キロのこの子なら十分だろう。

私はスコープを覗きながらその時を待つ。

「秋の宵に酔いしれて、見上げた夜空に銀芒。さあ射貫こう、下弦の弓張月よ」

……まあ、春だけどね。

と私は独り言ちた。


照準器を通して屋敷を見る。

二階建ての立派な館である。

ルネサンス様式、グレーの煉瓦造り。

門、尖塔、大窓と中庭。

玄関、食堂、書斎に応接間。

順に覗いてゆく。

と、応接室に電気が燈った。

部屋の窓から館主の身体が見えた。件のターゲットである。

それに続いてさっきの少女が入ってくる。

男がこちらを背にしてソファに腰かけ、少女と話をしている。

私はライフルを構える。

けれど、ここからでは男の頭部が窓枠に隠れてしまっていて、狙いがつけ難い。

……どうしようか。

 すると突然、少女の顔色が青く変わった。

どうしたのだろうと思った途端、少女の華奢な身体がスコープの視界から消えた。


 2


柚風真弓は歩いていた。

大きなビルの谷間、その狭い路地を歩いていた。

見上げるビルの屋上に人影。月の光に照らされて顔は見えないけれど、それが誰なのか私には分かる。

影は手をジャンパーのポケットから出して、私の行先を示すように右腕を広げて見せる。

私はうん、と頷くと、

「しっかり頼むね。私も頑張るから」

と呟いて再び歩き出した。


私はとある屋敷を訪ねていた。

玄関ポーチのついた立派な屋敷である。

「お待ちしておりました。柚風様ですね?」

屋敷の門のところで迎えられた。

令嬢……だろうか。

彼女に案内されて門をくぐる。

玄関を抜けてホールへ入る。

緋色の絨毯。天井から吊るされているシャンデリア。

「ああ。柚風さん、いらっしゃい。今日は貴女の方から声を掛けて頂いて。どうかしましたかな?」

ぐるりと館内を見回していると声を掛けられた。

「こんな場所では何ですから、ええ。どうぞこちらへ……」

私は声の主の方へ振り向いた。

痩せた男。

黒の短髪。

白のシャツに、ブラウンのジャケット。

私は男に急な訪問の非礼を詫び、その後に続いた。


 応接間の扉が開く。部屋を見渡す。

ソファ、テーブルに暖炉。

二方の壁にはそれぞれ大きな窓が設けられている。

男は窓を背にソファに腰かけて言う。

「それで?何の用でしたかな。ああ、そういえばα地区一帯の再開発の件、でしたかな?」

私は微笑んで頷く。

「ええ。α地区といえば、β、γ両都を結ぶ交通の要衝。またδ古都群を……」

私が話している間、男は黙って私を眺めている。

本当に私の話を聞いているのだろうか。

「私、これは是非、貴方にと思いましたの。我らがY帝国のより一層の繁栄のために。如何でしょうか?いえ、急な話ですものね」

痩せた男は口を開く。

「私としても悪い話ではないんですがね。しかしですねえ、私最近忙しくなりましてね。ええ、何故かって?実はですねえ」

そこで男は一呼吸おいて言った。

「例の石ですがね。あれが手に入りましてねえ。ええ、これから忙しくなりますねえ……」

男はまだ一人で喋っている。

私は困惑していた。

どうして私にそんな話をするのだろう。

あの石の話なんてしたところで徒に自分の身を危険に晒すだけだろうに。

私が黙っていると男は言った。

「どうしてそんな話を貴女にするのかって?ええ、確かに私に利は何もないですがね。ええ、しかし」

男はそこで一度区切る。

「だって、ねえ。貴方、もう知っているのでしょう?」

そして私に、勝ち誇る様に、見下す様に言った。

「X帝国情報省機密情報部隊所属の柚風真弓さん?」

え、と声を漏らした瞬間。

私は何者かに背後から殴打され、吹き飛ばされた。


 3


 ライフルを動かして照準器の中をじっと睨む。

遂に視界が少女の姿を捉えた。

彼女は床に敷かれた深紅の絨毯の上にうつ伏せに倒れている。

両手をだらりとさせて、完全に伸びてしまっているようだ。

視界に黒服の男が現れた。手にハンドガンを持っている。

あれで殴られたのだろうか。

このままでは……。

「……それはダメだ。……全く君は世話のかかる友人だな」

私の銃を握る手に力が入る。

その照準が黒服の頭部に絞られる。

黒服がゆっくりと銃口を少女に向ける。

私は祈りを込めて引き金を引く。

……刹那。

空気を切り裂く音。

撃ち放たれた弾丸は螺旋を描きながら春の夜の静寂を進む。

射られた矢は屋敷の大窓に吸い込まれるように進んでゆく。

そして次の瞬間には黒服の頭を貫いていた。

倒れこむ男。朱い絨毯は深紅よりも深い黒に染められた。

……これで彼女は助かったのだろうか。それは分からない。

ここからでは何も見えないから。

でもこれで私の任務は失敗だろう。

スコープには館の主の姿はもう二度と映ることはないだろうから。

 私はガンケースを担いで屋上を後にした。

 

 4


 硝子の割れる音。

呻き声と悲鳴。

続けて何か大きなモノが倒れこむような音がした。

目を開く。視界が霞んでいてよく見えないけれど。

どうやら私はあの男に謀られたみたいだ。

視線を動かすとソファの後ろに大きな男が倒れ伏していた。頭からたくさん血が流れていた。

私は嗚呼、と声を漏らした。

……また助けられちゃったな。

ふと気が付くとあの男が扉のところへ向かってゆくのが見えた。

不自然な動き。

だって壁に沿って腰を屈めて、四つん這いになっているんだもの。

なるほど。ライフルの狙撃範囲に入らないようにするためか。

でも結構それ格好悪い。

さっきまでの余裕は欠片も残っていないようだ。

男は何かぶつぶつ呟いている。

顔色が悪い。真白だ。

私は身体を起こす。

頭が痛い。ズキズキする。

男が扉に辿りつく。

「一体どうしてこんなことに。聞いてないぞ。これも奴等の仕業なのだろうか?屋敷の周りは警備がいたはず。何をしていたんだ連中は……。しかし狙撃なんてのは想定していなかった……。嗚呼、そういえば彼女たちは無事だろうか……」

男はまだぶつぶつ言っている。

男は扉のノブに手を掛ける。その手が震えている。

私はふらふらと男に迫る。

私はワンピースの下、腰に掛けたナイフに手を掛ける。

そしてその刃を男の無防備な背中に突き立てる。

確かな手ごたえ。

飛びかけた意識の中で最後の力を振り絞って、私はナイフを引き抜いた。

男はガフッと声を上げて崩れ落ちた。

手に嵌めた白い手袋がどくどくと溢れる血の色に染まってゆく。

同時に私の意識もまた遠のいていった。

 

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