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#EXTRA アリサ編Ⅲ

 私の行いは間違いだらけだった。でも、そう気が付いて悔んだ時には手遅れだった。悪人である私は幸せにはなれない。子供向けのアニメみたいになんて分かりやすい構図なんだろう。まるで予定調和みたいだね。


「なら、その鞄の中に入っているものを出すんだ」


 絶望している私に、スカイは鞄の中身を要求してきた。入ってある物はVRヘッドセットだけど、これをどうするつもりなのだろう? そんな疑問が頭の中を埋め尽くしていくけど、圧倒的に弱い立場にある私はただ彼に従うしかない。従うことしか出来ないのだ。


「お前のVRヘッドセットと俺のVRヘッドセットを交換だ」


「ちょ、ちょっと待ってよ……。どうして交換なんかしなきゃいけないの?」


 さすがの私も驚きを隠せない。今の私の唯一の居場所であり、本当の私で居られるDOMを奪われてしまえば、それはもう私の生きる意味を失ってしまう。それこそ生きた屍状態だ。


 なんとしてもそれだけは防ぎたかった。だけど、彼は狡猾にも今までの会話を録音していたのだ。そして、私がスカイのアカウントを垢BANさせたことを訴える、なんてことまで言いだしたのだ。これが脅しであることは分かっていた。だけど、この件に関しては100%私に非がある。それに、音声や証拠を拡散させられて困るのは私の方だ。自分の行動の迂闊さを呪いながら、やはり彼に従うことしか出来ない。私は無力だった。


 彼に私のアカウントのIDとパスワードを伝える。その行為は、まるで私の魂を死神に受け渡しているような気分で、死にゆく私は今までのDOMの思い出が走馬燈のように頭の中に駆け巡っていった。その中でも大きな割合を占めていたのは皮肉なことにもスカイとの思い出だった。


 なんだかとても疲れてしまった。

 家に帰るまでの足取りは重く、VRヘッドセットが奪われたことによるショックよりも、どうしようもならない後悔だけが私の胸を締め付けた。ベッドの上に寝転がり、ふとスマホを見るとフィロソフィから連絡が入っていた。


『今からログインするからはよこい』


 フィロソフィが私を求めてくれるのに一瞬だけ喜びを覚えたけど、こんなのは幻想だって気付いてしまっていたんだ。彼が求めているのは私じゃなくてもいい。若くて、フィロソフィの言うことを聞いてくれる女の子なら誰でも良かったんだ。そうよね? その証拠に彼は自分の本当の名前を教えてくれなかった。自分のことが第一で、いつでも切り捨てられる準備が出来ているってことなんだよね。


 そう考えたら、この文章に詰まっているのは愛などではなく、ただのどす黒い欲望にしか見えなかった。


「気持ち悪い……」


 私は返信もせずに、スマホを床に放り投げた。


 それからどれだけ時間が経っただろう。

 何も考えたくないという気持ちからスマホをいじったり、ぼーっと天井を見上げたり、自分の部屋に閉じこもって過ごしていた。壁にかかってあるカレンダーを見ると、ギルド戦の1日前。


 そうだ、DOM内でなにか動きはあっただろうか。

 気になった私は動画サイトを覗いてみることにした。すると、DOMをやっている人で知らない人は居ないであろうヤミキンがちょうど生放送を行っているのが目に入った。


 普段はヤミキンがリスナーと一緒にレベル上げをしたり、雑談を交えた放送をしていたのだが、今回は違った。ヤミキンは草むらの陰にじっと隠れて動かない。それどころか物音を立てないようにしているのだ。


 いつもと違うなと思って目を凝らすと、遠くに写っていたのは見覚えのあるキャラクターだった。


 ヤミキンの放送にフィロソフィと私のアバターが映っている。


 一体どうしてヤミキンの生放送に私のキャラクターが映っているの?


 疑問と共にしばらく放送を見ていると、2人の会話が聞こえてきた。


『……実は没収されたスマホの中身、親に見られたみたいなんです』


 私のアカウントが、勝手にそんなことを喋り出した。アリサのアカウントはスカイが持っているから、操作しているのはスカイで間違いないだろう。

もちろん私のスマホは没収なんかされていないし、親に見られてなんかもいない。なぜそのようなことを発言したのか気になった私は食いつくようにその生放送を見ていた。


『は、はぁ? それはどういうことや、まさか俺たちがリアルで会っていることがバレたっていうんか?』


 狼狽えるフィロソフィ。


 ちょっと何を言っているの? 生放送されているっていうのに、そんなことを言わないでよ!


 そんな私の思いは、届かない。


『はい、それだけでなくアレも……』


『写真……まさか、あの時に撮ったハメ撮りも見られたんか!?』


 ……頭がクラクラとしてきた。

 この会話が生放送で多くの人に見られているなんて……。それに気付かずペラペラと喋ってしまうフィロソフィにも呆れてしまう。


 そうか……スカイは最初からこれを狙っていたんだ。

 ゲーム内での私たちの印象をどん底に落とす、そのために私のVRヘッドセットを奪ったんだ……。


 そう思った時、フィロソフィの口から驚きの言葉が飛び出してきた。


『……ふざけんなよ……俺は悪くないッ!!』


 唸るような声でフィロソフィが叫ぶ。その声は遠くから撮影しているヤミキンが驚いて手元が震えてしまうほどの声量だった。


『……大体こうなったのもお前が原因やろ、アリサ! 寂しいとか言って先に俺にすり寄ってきたのはそっちやないか。俺に抱いてほしいって最初に言い出したのもアリサの方やろ! だから俺は仕方なくお前を抱いてやったんや! それに金も渡したやろ? せやからこの件は全て俺には関係ない、全部そっちが作り出した問題や!』


 なに……これ……。


『前にも言ったけどな、俺には家族がおる。せやけどお前は未成年や。売春における女っていうのは保護される立場やし逮捕されることもない。俺が逮捕されるダメージに比べたらアリサの受ける処罰なんて屁みたいなもんや、だから分かるやろ? 俺のことをうまく誤魔化してくれへんか? ほら、金もようさん渡したやないか』


 フィロソフィの口から次々と出てくる保身の言葉。あまりにも醜くて、私が憧れたトッププレイヤーとは思えない醜態だった。私はこんな人を好きになっていたのか。


それからの会話の内容はよく覚えていない。

ヤミキンがネタバラシとして出てきて、スカイの操るアリサは白々しい反応を取っている。最初からスカイとヤミキンはグルだったのだろう。


フィロソフィは盗撮されていたことに今更気付いて慌てながら弁解をしているが、コメント欄の荒れ方からしてほとんど意味を為していない。


「滑稽ね……」


 自然と私の口からそんな言葉が出ていた。

 それはフィロソフィに向けた言葉なのか、それとも私自身に向けた言葉だったのか、いや、もしかしたら両方かもしれない。


 スカイによる復讐はこれで終わるのかと思っていた。この会話を生放送で配信することで、DOM内での私とフィロソフィの居場所を無くすという目的は達成して、これで気が済んだのかと思っていた。


 しかし、これで終わりではなかった。

 ヤミキンがノリノリで放った次の一言が私を絶望のどん底に叩き落したのだ。


『これはドッキリでもないし、嘘でもないですよ。SNSのアカウントを確認してみてください。そこに全てが載っていますぜ☆』


 まさか……。


 私はすぐに言われたアカウントを確認する。

 

 そこにあったのはゲーム内ではなく、現実世界での写真・音声データ。

 私がフィロソフィとラブホから出てきているところがばっちりと写っている。音声データには私の名前が、私の行ってきた罪が。すべてネット上にアップロードされていた。


「う、嘘でしょ……どうして、こんな……!!」


 この話題性からして、多くのプレイヤーが、視聴者がこのアカウントを見るだろう。

私やフィロソフィの特定作業が行われることは間違いない。今更被害者のふりをすることも不可能だ。


 もし私が特定されてしまえば、周りの友人にも知れ渡ってしまうかもしれない。

 もし学校にバレてしまえば……停学で済めばいい方だ、退学だけはなんとしても避けなければならない。そうしなければ私の人生は終わってしまう……!


 どうすれば、どうすれば……。


 何も考えることが出来ない。

 そうだ、フィロソフィに連絡を……。


 すがるような思いでSNSを開いてフィロソフィに連絡を取ろうとしたが、メッセージを送ることができない。トップページを見ると『ブロックされています』と表示されている。


 まさか、この短時間でブロックしたというの?

 ヤミキンの生放送を見てみると、いつの間にかフィロソフィがログアウトしている。


 私は捨てられた――ついにフィロソフィから完全に見捨てられてしまったのだ。それこそ蜥蜴のしっぽのように、いとも簡単に切り離されてしまった。



 こうなったら……。


 私は最後の手段として、スカイに電話をすることにした。

 助けてもらえるとは思えない、だけどフィロソフィに見捨てられた今、連絡の取れる相手はスカイしかいない。


 スカイはログアウトしているのか、電話を掛けたらすぐに出てくれた。


「ちょっとスカイ、生放送見たけどこれはどういうこと!? 約束が違うじゃない!」


 私はスカイを責めるようにして叫んだ。

舐められたら終わり。なんとしても譲歩してもらうようにしなければ。


『おいおい、約束っていうのは俺のアカウントをBANさせたことに対して告訴しないってことだろう? 生放送はヤミキンが勝手にやったことだ。俺は何も約束を破っていないぜ。その約束を忘れているようなら、その時の会話もアップロードしてやろうか?』


 そうだ、冷静に考えたらスカイに譲歩することによるメリットなんて一つもないじゃない。


「や、やめて……! 私が言いたいのはあんな会話する必要なかったっていうことよ! あの会話が生放送で流されて……これじゃあ学校退学になってしまうじゃない! そして親にもバレて……いやあ!」


『おっと、一応言っておくけど、俺は2人の行いについて何も喋っていないぜ? あれはフィロソフィが勝手に喋り出したんじゃないか。そしてその会話がたまたまヤミキンに撮られていただけだ。責めるべきはフィロソフィだと思うな』


「そ、それはスカイが誘導するように言ったからでしょう!」


『知らないな。そもそもお前たちがそんなことをしなければ良かっただけじゃないのか?』


 私は何も言えなかった。

 スカイの言う通り、すべて私から始まったんだ……。


 それでも……。


「……ああ、もう私はどうしたらいいの! ねえ、スカイ助けてよ!」


 私を助けてくれる人は誰もいない。

 一度道を誤ってしまったら、元には戻れないというの?


「助けを求める相手が違うな。お前の恋人はフィロソフィさんだろう? ゆっくり話し合えばいいじゃないか。これからの底辺生活の仕方についてさ」


 スカイはそれだけ言って電話は切れてしまった。


 気が付けば私は涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃになり、助けて、助けて……と誰にいうでもなく呟いていた。


お久しぶりです。次回でアリサ編は終了の予定です。文量もそう多くはならないと思うので、近いうちに更新出来たらと思っています。


※追記

本当は今週中に投稿する予定でしたが、リアルで用事が入ってしまったため投稿は11月以降になります。申し訳ございません。

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