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#EXTRA アリサ編Ⅱ 

 この出会いをきっかけに、私はシエル君とフレンドになった。


 その後、シエル君に誘われて一緒にバザク荒野でレベル上げをした。不思議なことに、彼と話せば話すほどスカイに似ているなって思いが強くなっていく。よく他人は自分を映す鏡だっていうけれど、私の心はそれほどまでにスカイに囚われているのだろうか。だとしたら私はとてつもなく恥ずかしい奴だと思う。好きだった相手を自分から裏切り、それに後悔しているなんて、まるで馬鹿そのものじゃない。私はそんな馬鹿な存在だとは認めたくなかった。早くスカイのことを忘れたかった。


「マスター、私とリアルで会う日を増やしましょう? マスターの家に遊びに行ってもいいんですよ?」


 その後、私はフィロソフィに少しでも構ってもらえるよう提案してみた。自分でもかなり大胆な提案だったと思う。……でも結果はこうだ。


「悪いな、俺には家族がおるから家は無理なんや。毎週火曜に会っているんだからそれでええやろ?」


 その言葉を聞いた途端、頭から血の気が失せていくのを感じた。


 家族――。


 別にフィロソフィと将来的に結婚しようとか、そんなことを思っていたわけじゃない。少なくとも昔は真剣に付き合ってくれていたんだと思っていたのに、なんだか裏切られたような気分だった。


 シエル君と仲良くなって寂しさを埋められたらいいのかもしれないけど、彼と私は初心者と上級者プレイヤーで住む世界が全然違う。それにユリアちゃんっていう相手も居るみたいだし、私の入る隙なんかないよね……。ああ、なんだか自分だけ2人組が作れなくて1人ハブられているような気分だ。


 ログアウトして、机の上に置いておいた自分のスマホを手に取り、友達から連絡が来ていないか確認する。友達には一応夕方から夜までアルバイトをしているって伝えてあるから私に連絡を寄こしてくる人は居ないはずだ。居ないはずなのに、確認してしまうのは、やっぱり心のどこかで寂しさを感じて、人の温もりを求めていたからなのかもしれない。


 こんな孤独感に悩まされるのは私よりも下の奴だけだと思っていた。どうして私がこんな目に……。私がこんなことで悩むことなんて絶対に無いと思っていたのに……!


 スカイの居なくなった今、本当の自分と接してくれる人はもうこの世界に居ないんだと悟った。私はずっと偽りの自分で生きていかなければいけない。誰にも本当の私を見せられずに死ぬんだ。



 ――火曜日。


 フィロソフィとリアルで会う日。ホテルでセックスをした後、そのままフィロソフィと一緒にDOMにログインするのがいつもの習慣になっていた。


 仮初めの幸せ。まるで喉の渇きを潤すために塩水を飲んでいるようなその場しのぎの意味の無い行いだ。だけど、それは確かに私を満たしてくれていた。今の私にはフィロソフィしかいない。そこにあるのがどんなに汚くて、例え私を傷付ける有刺鉄線だとしても私はそれに掴まっていなければならない。……そうしないと私が壊れてしまいそうだったから。


 DOMにログインしてフィロソフィと雑談をしているとフレンドチャットが飛んできた。


 シエル君からだった。


『こんにちは! アリサ、昨日の約束は覚えているかな?』


 ――そういえば、バザク荒野でレベル上げをした後に今日遊ぶ約束をしていたんだっけ。


「マスター、フレンドからレベル上げに誘われてしまいました」


「フレンドとか珍しいな。どうせだし、一緒にレベル上げをしよか」


 せっかくフィロソフィと2人きりになれたというのに、こんな時にレベル上げなんかしたくは無かった。


 シエル君はよく私に話しかけてくれるけど、一体何が目的なの? 私じゃなくてユリアちゃんと遊べばいいじゃない。それなのにこうやって私に話しかけるのはどうして? ああ……分かった。惨めな私を見て優越感に浸りたいのでしょう? そういえばあなたはスカイとよく似ているんだったね。シエル君、いいえ、シエル。あなたはまるでスカイの亡霊みたいだわ。私を苦しめるためにやってきたスカイの亡霊。過去の男だっていうのに鬱陶しい奴……。残念だけど、今の私にはフィロソフィがいるの。それを見せつけてあげる。ハハッ、いいざザマだわ、スカイ!


 フィロソフィとシエルと3人でのレベル上げは炭鉱で行われた。シエルを除け者のように扱い、私とフィロソフィでイチャイチャしているところを見せつける。人を見下して自分が上位に居ることを確認するのはとても快感だった。


 ……だけど、それもフィロソフィと居る時だけのこと。一人になればまた気弱な私に戻ってしまうのだった。自分でも嫌になってしまう。フィロソフィと居るときだけ気が強くなってあんなことをシエルに言ってしまうなんて……。そもそもシエルがスカイの亡霊なはずなんかないのに。


「あの時の私は本当にどうかしていた」


 夜のマレットの町で一人、電子の海を眺めながら誰に言うでもなくそう呟く。作られた海、作られた街、作られた世界。この世界も私と同じ偽り同士だから居心地が良いのかなって思ってしまう。


「やあ久しぶりだね、アリサ」


 そう思っていた時だ。私の名を呼ぶ声のする方を振り向くと、そこにはシエルが居た。もう二度と声を掛けられないと思っていたから驚いた。私も挨拶を返し、2人でベンチに座って雑談をすることにした。


 私があんな態度を取ったことについて責められるのかなって思ったけど、そんなことは無かった。


 雑談の内容は主に私のことだった。私に興味を持ってくれていることは嬉しかったけど、内容が内容なので答えづらい。でも、昔のことを思い出している内に、私の心はスカイと付き合っていた頃にタイムスリップしたような感覚になっていた。


 シエルの質問は鋭い槍のように、私の心を今にも突き刺そうと狙っているかのようだった。そんな危険と隣り合わせなのに喋ってしまうのはそこに危険以上の幸福を感じていたからなのかもしれない。そう、幸福だったんだ。だからこうして話をしている間は自分の世界に浸り、ついペラペラと喋ってしまっていた。


「――じゃあ、どうして昔のままでいようと思わなかったんだ!?」


 突然シエルが怒鳴り声をあげた。言葉の意味よりも声の強さが最初に頭に入って来てしまい、私が一人で話し過ぎたことに怒ったのか思った。だけどすぐに違うこと気が付いて、なおさら私の頭は混乱する。私がずっと後悔していることをズバリと他人に言い当てられてしまったからだ。さっきまではあれだけ饒舌に語っていたというのに、今の私は何も言葉を返すことが出来なかった。なんとか言葉を捻り出して出てきたのは、「私を愛してくれるなら……それで……」という情けない言葉だけだった。流石のシエルも呆れてしまったのだろう。私に背中を見せてここから立ち去ってしまった。


 それから数日が経ったある日、シエルが有名生主ヤミキンの生放送に出演していた。内容はフィロソフィがRMTを行い、スカイを垢BANさせたというものだった。これは大スキャンダル間違いなし。視聴者もほとんどそのことを信じてしまっている。これだけ大々的に取り上げられてしまえば、プレイヤーだけでなく、運営も黙っていないかもしれない。


「そうなればただでさえ少ないフィロソフィとの繋がりがいよいよ無くなってしまうかもしれないじゃない……。もう、なんてことをしてくれたの!」


 これほどシエルを憎いと思ったことはこれが初めてだった。今の私からフィロソフィを取られてしまったらいよいよ一文無し。誰にも相手にされず、それこそ孤独な人生を送っていくことになるだろう。悲しきかな、これが私の人生なんてね。シエルが何を考えてこんなことをしたのか分からないけれど、私たちのことを良く思っていないことは確かだ。炭鉱でのレベル上げのことがきっかけだったのか、マレットの町での会話がきっかけなのかは分からない。だけど、私とシエルの関係は不可逆的な敵対関係になってしまった。


「いいわ、その宣戦布告、受けてやろうじゃない」


 悲しみや虚しさをシエルへの憎しみへと変えた。シエルとフレンド関係にあった私はディアボロスとセレスティアスの連絡係となった。彼の真意が知りたい気持ちもあったけど、今は潰してやりたいという気持ちの方が強かった。


 運命のギルド戦まであと1週間。高校最初の夏休み初日のことだった。火曜日なのでいつもと同じようにフィロソフィと例のホテルに向かい、行為を済ませ、フィロソフィと現地で解散したとき、私が帰宅しようと歩いていると、背後から声を掛けられる。


「もしもし、お嬢さん、落としましたよ」


 どこかで聞いた懐かしい声。振りむくと見覚えのある少年がそこに居た。深くキャップを被っているせいで、顔を確認出来ない。


「初めまして、アリサ。スカイって言えば分かるかな?」


 少年がキャップを取って素顔を見せてくる。そう、彼はスカイだった。驚きのあまり声が出なかった。


 どうしてここに……。


 一番会いたくて、会いたくなかった人物とここで会ってしまうなんて……。まさか見られていた? ここで会うなんて予想もしていなかった。なんて言えばいい。どんな顔をすればいい。勝手に混乱しているうちにも時は進んでいく。


 スカイに連れられるまま雑木林のところまで移動して彼の尋問が始まった。彼の質問はまるで私を挑発しているようなものばかり。沈んでいた私の気持ちが、気が付けば火が点いたように感情的になってしまっていた。


 もしかするとこれはスカイの作戦なのかもしれない。そう気が付いているのにも関わらず、暑さと焦燥感に頭をやられていて短絡的な受け答えばかりしてしまっている。


 そして、スカイには反抗的な態度。こんな態度、加害者である私に取る権利なんてないというのにね。罪悪感に苦しんできた私がスカイに伝えたかったことはこんなことじゃなかったはず……。なのに、どうしてこんな態度を取ってしまっているのだろう。私はこんなにも性格の悪い奴だったのか。これじゃあ絵本に出てくるような悪者そのものじゃない! ……アハ、そっか、そうだったわ。そんなの今に始まったことじゃない。ずっと皮を被って偽りの自分しか見せてこなかった私の本性が自分でも分からなくなっていたんだわ。本当の自分というのは最初からドス黒くて歪な腐臭のする穢れた果実のようなものだったのよ。私は最初から悪者だったんだ――。


「お前はフィロソフィに愛されていると勘違いしているみたいだけどさ、実際にはただの性欲の捌け口にされているだけだぜ? こうやってリアルで会うたびにお金をくれるなんてただの援助交際じゃないか」


 違う……違う……。そんなことはない。フィロソフィは私のことを愛してくれている……。


「ふふ、それはどうかな。……じゃあ次、アリサとフィロソフィの本名を教えてもらおうか。ゲーム内じゃなくて現実世界の名前だ」


 名前……? フィロソフィの本名ってなんだっけ……? 私聞いていたかな……。そんなことはない……はず……。早く思い出さなくちゃ……!


「随分と舐めた口を聞いてくれるな。今どっちが優位な立場なのか分からないのか? なんならさっきの写真をネット上に拡散してやってもいいんだぞ? しっかりと顔が映っているし学校にバレたら即退学だろうけど。まあ娼婦への近道になりそうだし、その方がいいのかな?」


 や、やめて……! そんなことをしたら私の人生が滅茶苦茶になってしまう……! 今まで演じてきた私の良い評判が全て無駄になってしまうじゃないっ!!


「――で、フィロソフィの方は?」


「……知らない」


「あっそう、じゃあこの写真は拡散しておこう」


「待って! 本当に知らないのよ!」


 私はフィロソフィの本当の名前を知らなかった。愛しているなら当然知ってあるだろう名前を私は知らなかった。フィロソフィは教えてもくれなかった。彼は本当に私のことを愛してくれていたのだろうか?


 いつの間にか目の前の風景が歪んでいる。曇った硝子を通して見ているみたいだ。


 気が付けば、私は泣いていた。

続きます。


なかなか時間が取れず更新が遅れて申し訳ないです。アリサ編は必ず書ききるつもりなので、もう少しだけお付き合いをお願いします。

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