#EXTRA アリサ編Ⅰ
アリサ視点の物語。少しだけ閲覧注意です。
「あの、愛里沙さん、放課後になったら校門前に来てくれませんか?」
帰りのホームルームが終わると同時にメガネの男子生徒に話しかけられる。いつも机に突っ伏して過ごしている陰気臭い彼……名前は確か俊明君だったと思う。
呼ばれた場所に向かえば、告白されるなんてことは分かりきっている。昔なら“告白”という行為に、喜ぶことが出来たのかもしれないけど、今では「またか」というウンザリする気持ちの方が勝ってしまっている。クラスカーストの高い男子に告白されるならまだしも、こんなゴミムシのようにクラスカーストの低い男子に話しかけられるなんて最悪だ。
「うん、いいよ! 教室の掃除が終わったらすぐに行くね!」
それでも私は決まった笑顔を作り、それに答える。例え相手がゴミムシのような存在であっても笑顔を振り撒かないといけない。それはゴミムシに対しての敬意ではなく、私の評判の為なのだ。今まで私は“優しくて可愛い女の子”ということで通ってきた。だから私はこの“優しくて可愛い女の子”を崩さないように演じ続けなければいけない。それがこの学校……いいえ、現実の狭い世界で上手くやっていく唯一の方法だから。
こういうことは高校に入ってからよく起こるようになった。男に呼ばれ、告白されては私が申し訳なさそうにお断りをする。工場のライン作業のように単純で簡単な作業。
周りの女子たちは愛だの恋だの言って楽しんでいるみたいだけど、そのへん私にはよく分からなかった。分からないってことはそこまで私に必要なことでは無いのでしょうね。異性に興味がない訳じゃないけど、現実世界の男子高校生なんてアニメや漫画みたいに全然華やかじゃないし、むしろその逆。芋臭いし、女子を馬鹿にして楽しんでいる。こんなのを好きになるなんて無理。
だけど、そんな同年代の男子でも唯一好感の持てる人が過去に居た。それがVRMMOで出会ったスカイっていうプレイヤー。出会ったのは大体1年前。当時中学生だったあの頃の私はまだ純粋だったし、初めての彼ってこともあって尚更輝いて見えたのかもしれない。
よく小さい頃に見た風景はキラキラと輝いて見えるなんて聞くけどそれに似ているのかな。少なくとも当時の私は真剣に彼のことが好きだったし、楽しい恋愛もしていたと思う。思えば、あの頃が一番幸せな時期だったな。
しかし、そんな幸せなも一変して、現在の私といえば人生の破滅の危機に瀕していた。援助交際の証拠となる写真や音声がネット上に拡散され、いつ学校の者がそれを発見して、噂になってもおかしくはない。噂で済むならマシな方だ、ハッキリとした証拠があるのだから見つかればそれこそ破滅は免れないだろう。
ーーどうしてこんなことになってしまったの?
私は教室の掃除をしながら昔のことを思い出していた。過去を振り返ることで何か解決策が浮かぶかもしれない。……いえ、これで解決策が浮ぶくらいなら問題なんて最初から起こらなかった。
そう思いながらも、私の意識は過去へ過去へと引き込まれていった――。
◆
私の容姿は自分でも優れている方だと思っている。これは自惚れじゃない。小さい頃から大人の人たちから『アリサちゃんは将来美人になるよ』なんて言われて育ってきたし、高校生になった今では男の方から寄って来てくれるんだから『アリサちゃんが魅力的過ぎて引き寄せられちゃいました!』って言っているようなものだよね。だから私は他とは違って色んな面で優れている。他とは違った恋をするもんなんだと思っていた。
高校に進み、多くの男子から告白された私は、ようやく自分の価値というものが分かってきた。スカイも悪くないけど、私にはもっと相応しい人が居るんじゃないかな。スカイで妥協してもいいの? 私はそんなに安い女じゃないはずよ。そう自分に問いかけることが多くなっていった。そして、その時に気になり始めたのがフィロソフィだった。
フィロソフィは1つの強豪ギルドを支配するDOM内でも有名なプレイヤー。強さだってスカイと互角、いいえ、スカイよりも上かもしれない。
偽りの自分を演じることに疲れていた私は現実世界よりも仮想世界の方が居心地が良かった。だから私は現実よりもこっちの世界で恋愛をすることに決めた。だから平凡なスカイを捨てて、有名人であるフィロソフィに乗り換えることにしたの。
作戦は簡単。女は待つだけで良い。私はスカイが学校から帰ってくる前にわざと誰ともパーティを組まないようにして、フィロソフィから声がかかるのを待った。
「アリサ、いつも一緒に居る坊主はどうしたん?」
「……きっと私のこと、もう好きじゃないのかもしれないわ」
最初は一人のギルドメンバーとして声をかけてくれたんだと思う。だけど、私は同じことを何回も繰り返すことで、フィロソフィの注意を引いた。
「なら俺のところに来ないか? 俺ならアリサに悲しい思いをさせないって約束するわ」
「本当!? 嬉しいわ、マスター……」
フィロソフィも私を狙っていたみたいだからちょうど良かった。最初は私の価値を高めることが目的でフィロソフィと恋人関係になったのだけど、いつの間にか私は本来の目的を見失い、フィロソフィの虜になってしまったのだ。
「おいアリサ。装備を全部外して四つん這いになってみろ」
「こ、こうですか……?」
「ワンって鳴いてみろ、この雌犬!」
「……わ、わんっ!」
「ハハハ! こりゃ傑作やな! ほうら、ご褒美の人差し指や。しゃぶってみい」
「んっ、んん――っ!」
「そう、良い子や。もっと音を立てて……」
大人の男の人との付き合いがこんなにも素晴らしい物だとは思わなかった。スカイは私のことを硝子細工のように丁寧に扱ってくれるけど、フィロソフィは乱暴に、激しく私を求めてくれる。こんな体験は初めてだった。だけど、それがとても刺激的で、震えるほどのエクスタシーを感じたのを覚えている。
大人のフットワークの軽さもあってなのか、現実世界で会おうという話が出るのもそう遠くは無かった。現実世界で初めてフィロソフィと会ったときは小太りの中年のおっさんという見た目に少しだけ驚いたものの、フィロソフィの扱いは相変わらずで、流されるようにホテルに連れて行かれた。
私もすっかり大人の仲間入りをしたつもりでいたけど、何か大切な物を失ってしまいそうな気がして怖かった。でも怖かったのは最初だけで、終わった後も私は私のままで、何も変わったことなんてなかった。いえ、むしろ強くなれた気さえしたわね。
終わった後はフィロソフィが私の頭を撫でながら「よく頑張ったな」と、ご褒美として2万円も渡してくれた。お金も嬉しかったけど、フィロソフィのその言葉がなにより嬉しかった。そしてその後にはゲーム内の装備も私にプレゼントしてくれた。
辛いことを共に経験すると(フィロソフィは快感だったかもしれないが)何故か親しみを感じてしまうもので、私は更にフィロソフィに惹かれるようになっていった。スカイに対する罪悪感なんて微塵も無い。私を満足させてくれなかったスカイが悪いに決まっている。本当に愛してくれるなら私を満足させてくれるのが普通でしょう。
そんな捻くれた思考に変わっていった頃だ。フィロソフィがこんな話を持ちかけて来た。
「スカイを垢BANさせてしまわないか?」
スカイとの恋人関係は解消していないままフィロソフィと関係を結んでしまったため、余計な修羅場を避けたかった私はもちろん賛成した。どうやって垢BANさせるのかを聞くと、RMT業者を雇って冤罪BANさせるつもりらしい。
「さようなら、私の初恋の人」
私がスマホでRMT業者にスカイの出品物を落札してもらうよう頼んだだけで、スカイはあっと言う間にこの仮想世界から消え去ってしまった。ランキングからも、ギルド欄からも、そしてフレンドリストからも跡形なく消え去り、今では存在しないものとなってしまった。あまりにあっけなさ過ぎて笑ってしまった。
――それからだった。フィロソフィの態度が一変したのは。
周りの人から見たらそうは見えないかもしれない。だけど、当の本人である私はすぐに気が付いた。以前と今では私に対する態度が全然違う。いつもは激しく私のことを求めてくれるのに、まったく私のことを求めてくれなくなってしまったのだ。『お前は用済みだ』そんなことを言われているような気がした。
私を狙うライバルが居なくなったことで、フィロソフィは安心してしまったというの……?
一応毎週火曜日にはフィロソフィと会うことになっていたけれど、それもただ欲望を満たすためというのは薄々気が付いていた。だけど、求めてくれるだけで私は嬉しかった。フィロソフィはまだ私のことを好きでいてくれるんだと思えた唯一の瞬間だから。
一方こっちの仮想世界では一人で居る時間も増え、楽しかったDOMもただの退屈な場所になってしまっていた。
「スカイと居た頃の方が楽しかった……」
思わずそんなことを口にしてしまう。そして気が付けば昔スカイとよく冒険していた場所に訪れるようになっていた。それは、昔のことを思い出して幸せな気分に浸りたかったからなのか、フィロソフィを妬かせてこちらに振り向いて欲しかったからなのか、自分でも分からない。でも私が思い出の場所に訪れた後は、フィロソフィが私のことを激しく求めてくれるような気がした。でも実際は気のせいで、自分でそう思いたいだけなのかもね。そう思わなければ虚しくて死んでしまいそうだった。
「今更よりを戻すなんて無理なのに。私ったら馬鹿みたい」
そう呟いても一人。過去にスカイと一緒に冒険した、誰も来ないような初心者向けのダンジョンを一人で再び攻略していると、ゴブリンに追いかけられている冒険者が見えた。私は引き寄せられるようにそのゴブリンと追われる冒険者を追っていく。
人との交流が少なくなり、寂しかった私は、とにかく人と出会うきっかけが欲しかった。老人が若者にやたら話しかけてくるのもそんな理由だって聞いたことがある。すると私はもうお婆ちゃんなのか、惨めだなって思う。
「つかまれ!」
勇ましい男の子の声が洞窟内に響き渡る。ちょうど前を見ると、狭い通路でゴブリンが女の子の足を掴んでいるところだった。
初心者プレイヤーが苦戦している……助けてあげないと。
「【フレイムガン】」
静かに魔法を唱えてゴブリンを焼き尽くす。自由になった女の子は前に居る仲間に引っ張られるかのようにして狭い通路を進んでいく。
「誰だか知らないけど、ありがとう!」
再びあの男の子の声が聞こえてきた。この声が懐かしく感じてしまうのは何故だろう。もっとその声を聞きたい、声の主を見てみたい。
実際に確かめたくなった私は、2人を追うべく、奥へ奥へと進んでいく。
本当に狭い通路で、赤ちゃんなんかがするハイハイ歩きになってしまっている。お婆ちゃんの後は赤ちゃんか、輪廻転生、私も生まれ変われるならそうなりたい。
そんなことを考えながら進んでいると、ちょっとした広場のようなところに出る。
たしか……閃きリングの入っている赤い宝箱のあるエリアだ。
そして、そこに居たのは獣人の男の子とエルフの女の子。始めたばかりであろう2人は楽しそうに会話をしていて、なんでだろう、2人に昔のスカイと私の姿を重ねてしまう。
獣人の男の子はシエル、エルフの女の子はユリアという名前らしい。
2人を見ているとなんだか昔の私たちを見ているようで微笑ましかった。そして2人には不思議と親切にしてあげようと思えた。獣人の子がスカイに似ているからスカイに対する償いのつもりなのか、自分でも分からない。だけど、この出会いは何か運命的なものを感じたのを鮮明に覚えている。
続きます。




