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#16 シエルの帰還

 母さんが家に帰ってきた。


 仕事から解放された母さんはとてもご機嫌な様子で、なんの音楽だか知らないけど口笛なんか吹いちゃっている。俺が聞きたいのはそんなどうでもいい口笛ではなく、金庫の暗証番号なんだけどな。


 恐縮しながらVRヘッドセットの「ヴ」の字を口にすると、母さんは「あー、はいはい、金庫の番号でしょう」と言ってすぐに番号を教えてくれた。ちなみに番号は1234の連番だった。


 こんな単純な番号ならもう少し金庫の前で粘るべきだった。それにわざわざ努力の跡を残したノートなんて用意する必要もなかったじゃないか。


 金庫からVRヘッドセットを取り出して急いで自分の部屋に戻る。


 3日ほどシエルでログインをしていなかったけど、ディアボロスのギルドは今どうなっているのやら。


 少々の不安を胸にシエルのアカウントでログインする。



≪帝都アルケディア・大通り≫


 降り立った場所は帝都アルケディア。青空の下、大通りは相変わらず多くのプレイヤーで賑わっている。


 そうそう、俺はここで母さんに強制ログアウトをさせられたんだよ。それからヘッドセットを没収されて……散々だったな。


 まずはギルド欄を確認する。意外なことにギルドメンバーの数に変化は見られない。ということは俺が居なくても混乱は起こらなかったということか?


 そう疑問に思っているとログイン早々フレンドチャットが飛んできた。


『シエルさん、よかった……戻って来てくれた』


 安堵と不安の混ざった、縋るような声の主はユリアのものだった。


『悪い、ちょっとアクシデントが起きて数日ログイン出来なかったんだ』


『もう、心配したんですからね』


『ごめんよ』


 俺はもう一度謝る。フレンドチャットでは身振り手振りが見えないというのについ頭を下げて両手まで合わせてしまう。


『でも、こうしてシエルさんが戻って来てくれたので許してあげます』


 いつものユリアの口調に戻ったので俺はほっと胸をなでおろす。


『ありがとう、そう言ってもらえて助かるよ。――ところで俺が居ない間ギルド内で変わったこととか起こらなかったか?』


『そうですね……シエルさんがログインしていないということで、不安に思っている人も出てきたようですが、それほど大きな混乱は起こりませんでした』


『そっか、それはよかった』


 とにかくギルドのことで問題も無かったようだしこれで一安心だ。――よし本題に入ろうか。


『ちょっとユリアに聞きたいことがあってね、光の冒険団にたいきってプレイヤーが居たのを覚えてる?』


『ええ、今もたいきさんならフレンド欄に居ますが……』


『え、ユリアとたいきってフレンドだったの?』


『はい、最初にパーティを組んだときにたいきさんからフレンド申請が飛んで来たんです』


 あー、そういえばユリアは俺が帰ってくる前にたいきと一回パーティを組んでいたんだっけ、その時にフレンドになったのか。


『それにしても、たいきとフレンドで居たらよく絡まれたりして面倒じゃないの?』


 俺が冗談交じりでユリアに尋ねると、


『ふふ、そう思うでしょう。たいきさん、ギルドチャットでは活発でしたがフレンドチャットでは全然話しかけられないんです。フレンドチャットは一対一での会話だから話しかけづらいのかな?』


『あのたいきがそんなの気にするとは思えないけどなあ。しっかし、ユリアとたいきがフレンドだったなんて渡りに舟だよ。ちょうどたいきと話したいことがあるんだけど、今は大丈夫そうかな?』


『たいきさんに聞いてみますね』


『よろしく』


 たいきに頼るというのも気が引けるけど、フィロソフィの情報を引き出せるのはたいきしか居ない。1分ほどしてユリアから声が掛かってきた。


『15時に初心者サーバーの王都ウェスタンベルの噴水広場で待っていると言っていました』


『15時に噴水広場ね、サンクス』


『もしかして、たいきさんをギルドに入れるつもりなんですか?』


『まさか』


 俺がそう言って苦笑いすると、ギルドメンバーから声を掛けられる。



ウッディー

「あ、マスターが戻って来てくれた! もう、どこに行ってたんすかー」


ラムネ

「居なくなるなら一言言ってくださいよ!」



 そうだ、ギルドメンバーにもちゃんと話しておかないとな。不安に思っていた人も居たみたいだし。


 とはいえ馬鹿正直にVRヘッドセットを没収されていたなんて言えないので、このギルドに工作員が紛れ込んでいることを口実にしてしまおう。


シエル

「実はだな、このギルドにセレスティアスの工作員が紛れ込んでいるみたいなんだ」


ラムネ

「ちょっと、それ大丈夫なんですか!?」


ウッディー

「ピンチじゃないっすか!」


 案の定不安と驚きの混じったリアクションが返ってくる。中には「そんなの居るわけないじゃないですかー」と存在を否定する声もあった。言わずもがなそんなことを言うのは工作員本人しかいない。俺は動じることなく冷静に話を続ける。


シエル

「……だが安心してくれ。数日ログイン出来なかったのはその工作員が誰なのか調べていたんだ。そしてその工作員の情報は全て入手済みだ」



 俺がそう言うと、不安の声を上げていた人達は「さすがマスター、ちゃんと考えていたんですね!」なんて安堵と賞賛の声が多数返ってきた。一方工作員の存在を否定していた者はすっかり黙り込んでしまっている。


「これからこのギルドに紛れてある工作員を一人残らず除名していく。工作員は震えて待っているといい!」


 そう宣言してフィロソフィの言っていた工作員を全て除名していくと、最終的にはメンバーの数は全盛期の半分ほどになってしまった。ちょうど今のセレスティアスと変わらないくらいの人数である。


 人数は減ってしまったけれど工作員を入れておいたままにしておくより何億倍もマシだ。それに、俺にはもう一つ花火を上げる用意が出来ているしな。


ラムネ

「あたし、除名されるんじゃないかと思ってヒヤヒヤだったーw」


ゲロ

「これでギルド戦のときも安心ですね」


ポテト

「工作員が紛れ込んでるとか全然気が付かなかったー」



 残されたギルドメンバーの安堵の声を聞きながら今の時間を確認すると、まさに15時になろうとしているところだった。急いで約束の場所に向かう。



≪王都ウェスタンベル≫


 久しぶりの初心者サーバー、久しぶりの王都ウェスタンベル。良い思い出はそんなにないけれど、昔拠点にしていた街なのでなんだか安心してしまう。


 初心者サーバーが開設されてから大分経ったので、あまり初心者とは言えるような見た目のプレイヤーはもうほとんどいない。今としては強力な装備に身を包んだプレイヤーが、数少ない初心者プレイヤーに自慢しようと戻ってきているため尚更だ。


「わあ、バルクレイさんの鎧カッコいいー!」


「ガッハッハ、先輩の俺が手取り足取りこの世界のことを教えてあげるよ」


 やれやれ、初心者サーバーの空気も変わってしまったもんだね。遅れて始めたプレイヤーが俺Tueee出来る唯一の場所がこの初心者サーバーだから仕方ないと言ったら仕方ないのだろう。そんなプレイヤーを横目に、噴水広場に向かう。


 さて、噴水広場に到着したのだけど、たいき君がいないぞ。


 周辺を探してみるけど、あの特徴的な頭をしたプレイヤーは見当たらない。くそう、どこに行った。キョロキョロと見回していると急に後ろから何かがぶつかる激しい衝撃、しかし何とか踏みとどまる。


 イノシシにでも突進されたんじゃないかと思い、後ろを振り向くとそこには逆立った髪をした少年アバター、たいきが尻餅をついていた。


「よう、たいき、久しぶりだな」


「あっ、シエルサンダー!」


 シエルサンダーってなんだよ。

 たいきは目を大きく見開いて俺の方を指さす。あの親にしてこの子ありといったところか、人に指をさすとか躾がなっていないなあ。今はとにかく情報が欲しいのでいちいちそんなことには突っ込まず尻餅ついているたいきに手を差し伸べてやる。


「おいおい、噴水広場で待っているんじゃなかったのかよ……」


「ごめん、鬼ごっこしてたの」


「ふーん、鬼ごっこねぇ」


 よく見たらたいきのナンセンスな装備も前に見た時とほとんど同じだ。レベル上げなんか全然していなかったんだろうな。まあ楽しみ方は人それぞれだし、口を出す気は無いけどさ、せめて約束くらいは守ってくださいよ。


「うわ、シエルさんの剣カッコいい!! なにこれ、欲しい!!」


 たいきは目を輝かせながら俺の腰に掛けている剣に手を伸ばしてくる。モフモフの作ってくれた剣“オートクレール”に目を奪われたのかな。


「ストップ! 今日はたいき君に聞きたいことがあってやってきたんだ。剣の話はそのあとな」


「えーーーーーー」


 たいきは口を馬鹿みたいに大きく開けてやけに間延びした声を上げる。そして……


「いいよ」


 いいみたいです。


 よほど剣に惹かれたのか、たいきは「聞きたいことってなに?」と興奮気味に食い入ってくる。だが待て、リアルの情報を話してもらうことになるんだ、一応人目のつかない場所まで移動しよう。


 俺とたいきで噴水広場の外れの茂みの奥に入っていく。ここなら滅多にプレイヤーは入って来ない。来るとすれば特別な性癖を持ったカップルくらいだ。俺は木に寄しかかり、腕を組む。なんだか最近にも同じようなことをしたな。まあいい、早速始めよう。


「最初に確認だ。たいき君はお父さんとDOMのオフ会に参加したことがあるね?」


「うん、あるよ。せれすてぃあす? ってゆう人たちとご飯を食べたりしたの。それで楽しそうだと思ってこのゲーム始めたんだ!」


 やっぱりか、ヨシツネの言っていたことと当てはまっている。これでたいきはフィロソフィの息子で確定だろう。


「それでね、聞きたいことっていうのはたいき君のお父さんのことなんだ」


「え、パパ?」


「そう、パパだ。まずはパパの名前を教えてもらえないかな?」


「なんで?」


 ああ、面倒だな。俺は頭を掻きむしる。ここで馬鹿正直に俺が説明したって理解してくれる保障も無いしどうするか。相手は所詮キッズだ。単純に餌で釣る作戦で行けばいいか。


「ほら、教えてくれたらこの剣を見せてあげるから」


「うおー! 分かった! パパの名前は“あさだ けんぞう”! ママは“あさだ きょうこ”」


 あさだ けんぞう……これがフィロソフィの名前か。ママの方はどうでもいいけど、漢字にすると浅田 健三? 剣蔵? まあ何でもいいか、そこらへんを詳しく調べるのは俺じゃなくて警察の仕事だろうしね。名前を教えてくれたので約束通り剣を取り出してたいきに貸してやる。


「うおお、かっけー!」


「ちなみにオートクレールっていう剣だ」


 たいきは俺のオートクレールをブンブンと振って大はしゃぎしている。前にパーティを組んだ時も自分から年齢を話し始めたくらいだ。ネットリテラシーの無いキッズは関わると面倒だが、欲望に正直というか、こうしてやればリアルの情報をペラペラと喋ってくれる単純な生物だから悪い人にとってはいい獲物だよな。


「パパは好きか?」


「うん、優しいしめっちゃ好き!」


「たいき君のパパとママは仲が良いのか?」


「うん、めっちゃ良いよ!」


「そうか」


 俺は頭の中でたいきの幸せそうな家庭を思い浮かべる。そのたいきの父親は裏では未成年の女の子と援助交際をして、ゲームの中ではこうして威張り散らしているんだ。たいきと母親が知ったらどう思うだろう。きっと家庭崩壊モノだろうね。


「ねえ、シエルさんはどうやってそんなに強くなったの? 強くなる方法教えて!」


 たいきは純粋な瞳で俺を見つめながら訊いてくる。もしこれが漫画だったら、たいきの周りにはキラキラとしたエフェクトがかかっていることだろう。


「それはだな……ここでは言えない」


「え、言えないってなんだよ! 教えてくれよ!!」


 俺はわざと勿体振ってみせる。相手の欲しいものはこちらにとっていい交渉の道具になるからな。


「強くなる方法……これはちょっと特殊な方法でね、ゲーム内で話すことは出来ない秘密なんだ。でもたいき君のお家の住所を教えてくれたらお手紙で教えてあげるよ」


「マジで!? じゃあ言う! 言うから!! えと、俺んちはね――」


 たいきは疑う様子もなく俺に住所をペラペラと話し始めた。今は自分の家の住所が分からない子が多いと聞いていたので、分からなかったらどうしようと少々不安だったけど杞憂に終わってよかった。そして何より驚いたのがフィロソフィの家はアリサの町の隣にある町だっていうこと。世界は思ったよりも狭いものなんだね。


「なあ絶対シエルさんみたいに強くなれた秘密を送ってくれよな!」


「ああ、約束しよう。必ず君の家に届けてあげるよ」


「約束!! ぜったいに約束だからな!!」


 俺がここまで強くなれたのはフィロソフィに対する憎しみ、そして復讐心のお陰だろう。それが俺を強くする原動力になった。だから約束通りしっかりと送ってやるよ。アリサとフィロソフィの写った写真、そしてあの音声データを。

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