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#13 レクイエム

 ミーン、ミーン、ミーン……。


 なんだか耳障りだなぁと思ったらセミの鳴き声だった。さっきはそんなに五月蠅く感じなかったのに、それはまるで俺たちの会話を盛り上げるかのように、大合唱が始まっていた。


 聴いている音楽によって性格が変化するっていうけど、本当なのかしらん。そんな音楽のせいか分からないけど今は最高にハイな気分だ。豪勢なバックグラウンドミュージックの中、俺はアリサと向き合っている。アリサは気丈にふるまっているつもりだが、微かに焦りの色が浮かんでいた。


「質問タイムに戻ろう。俺のアカウントがBANされちゃったんだけどさ、どうしてこうなったのかアリサは知っているか?」


「ええ。スカイがRMTをしているように見せかけて垢BANされたんでしょう」


「それにアリサも協力していたんだな?」


「そうよ、RMT業者を雇ってスカイの出品物を落札させたのは私。お金はフィロソフィが出してくれたけどね」


 驚いた、カマをかけたつもりだったけどスカイの垢BANにはアリサも関わっていたのか。てっきりフィロソフィだけの仕業かと思ったのだが、そうではなかった。


「そもそも何故そんなことをしたんだ? フィロソフィに脅されていたのか?」


「脅されていた? 違うわ。さっきも言ったけど、私はスカイよりもフィロソフィの方に惹かれていったの。その時に邪魔になるのが恋人であるスカイの存在。ネット上だけの関係なんだし、スカイが垢BANされれば別れ話なんかしなくてもこれ以上関わることも無くなるしね、だからスカイを垢BANすることについては大賛成だったわ。足が付かないようにゲーム内じゃなくリアルで会った時に2人で入念に打ち合わせをしたのよ」


「へえ、そんな簡単に捨てられるってことは俺との交際はお遊び程度にしか思っていなかったってこと?」


「お遊び? 少なくともスカイと付き合っていた時には真剣に好きだったわ。だけど、私はフィロソフィと出会って大人の魅力に気付いたの。私が一人で居るときには、フィロソフィが声を掛けてくれて、ずっと一緒に居てくれたの。その時に気付いたんだ。私のことを本当に想ってくれているのはフィロソフィの方なんだって。それにね、こうやってリアルで会っていたらお小遣いもくれるんだよ。スカイと付き合っても何ももらえないけど、フィロソフィとならお金がもらえるの。これって、それだけ私のことを想ってくれている証拠だよね!」


 俺は鼻で笑う。おいおい、それって援助交際って言うんじゃないか? お金がもらえることを愛の強さだと勘違いしているのか、こいつは?


「こんな大人な人と出会える機会なんて現実世界じゃあ滅多に無いでしょう? 周りはお子様ばかり。でも、DOMを通して、アダルティックでスリリングな交際が出来るようになったの。彼との付き合いは最高に刺激的だったわ。スカイとのデート中に、こっそりフィロソフィとエロチャを行ったりね。薬物中毒者がより強い薬物を求めるかのように、私はより強い刺激を求めていったの。スカイが聞いたら驚くようなことも沢山したわ」


「随分と立派になったもんだな。将来はいい娼婦になりそうだよ」


「う、うるさい……!」


 アリサは顔を真っ赤にして悔しそうに歯を食いしばる。俺は嗤いながらその姿を見下ろす。自分のやっていることを客観視してみたことは無いのだろうか。


「ところで、フレンドから聞いたんだけど、昔の思い出巡りなんかしているみたいじゃないか、フィロソフィの方が好きならそんなのする必要なんてないと思うんだけど、どうしてそんなことをしているんだよ?」


「……ああ、そのこと? 思い出の場所を巡ることで、フィロソフィに妬いてもらう為よ。フレンドリストから相手の居る場所が確認出来るでしょう? 始めたばかりの頃はフィロソフィじゃなくて、スカイと付き合っていた……。だから、昔の思い出の場所に居るのを見たフィロソフィはスカイに嫉妬して、より激しく私のことを求めてくれるの」


 そう言ってアリサは妖艶な笑みを浮かべる。あのフィロソフィが嫉妬する? そんなわけないだろう、おっさんのアイツがこんな未成年に嫉妬するわけがない。アリサはどうも思い込みっていうか、自分の世界に浸る傾向があるようだね。


「お前はフィロソフィに愛されていると勘違いしているみたいだけどさ、実際にはただの性欲の捌け口にされているだけだぜ? こうやってリアルで会うたびにお金をくれるなんてただの援助交際じゃないか」


「……違う、私たちは本当に愛し合っているのよ。純愛よ!」


「ふふ、それはどうかな。……じゃあ次、アリサとフィロソフィの本名を教えてもらおうか。ゲーム内じゃなくて現実世界の名前だ」


「……名乗るときは自分から先に、でしょう?」


「随分と舐めた口を聞いてくれるな。今どっちが優位な立場なのか分からないのか? なんならさっきの写真をネット上に拡散してやってもいいんだぞ? しっかりと顔が映っているし学校にバレたら即退学だろうけど。まあ娼婦への近道になりそうだし、その方がいいのかな?」


 俺が低い声でそう脅してやると、ようやく自分の置かれている現実を認識し始めてきたのか、ヒートアップしていたアリサの感情は一気にクールダウン。アリサの顔はまた青白く変化していく。ポンポンと色が変わる、信号機みたいな奴だな。


「わ、分かったわよ……。私の名前は真田(さなだ) 愛里沙(ありさ)


「で、フィロソフィの方は?」


「……知らない」


「あっそう、じゃあこの写真は拡散しておこう」


 俺がスマホを弄る仕草を見せてやると、アリサが俺の腕を掴み、必死の形相で止めてくる。


「待って! 本当に知らないのよ!」


 そんなアリサの目には涙が浮かんでいる。さっきまで生意気なことを言っていたのに、すっかり萎んでしまっている。この様子からして、アリサは本当に名前を知らないのだろう。そんなんで子供でも出来たらどうするつもりだったんだろうね。


「ほらみろ、こうやってフィロソフィがお前に名前を教えていないのが何よりも証拠だ。何度もリアルで会うほど愛し合っている純愛ならお互い本名くらい知っているのが当然だろう? お前なんて、ヤれればいい、それくらいにしか思われていないんだよ」


「そ、そんな……そんなことは……」


 アリサは頭を抱えてその場にうずくまる。どうやら思い当たる節があったようで、アリサの口調からはすっかり覇気が消えてしまっている。他人から指摘して初めて気づくとか、どんだけアホなんだろう。これが恋は盲目ってやつか?


「うぅ……私、わたし……」


 女の子を泣かすとか俺って罪な男だね。さて、肝心のフィロソフィの名前が聞き出せないと意味ねーのに、どうするかな。そう考えてふと目に入ったのはアリサの持っている鞄。そうだ、あの中には……。


「なら、その鞄の中に入っているものを出すんだ」


「えっ……入ってあるのはVRヘッドセットだけだよ」


「いいから、出すんだ」


 アリサは自分の鞄の中に入ってあるVRヘッドセットを取り出す。


「これをどうするの?」


「ちょっと俺に貸してみろ」


 アリサは言われた通りにVRヘッドセットを俺に差し出してくる。俺は左手でそれを受け取り、自分の鞄の中からもう一つ、VRヘッドセットを取り出す。


「VRヘッドセットが2つ……?」


 アリサはきょとんとした顔で俺を見つめている。俺はスカイのVRヘッドセットをアリサに差し出す。


「お前のVRヘッドセットと俺のVRヘッドセットを交換だ」


「ちょ、ちょっと待ってよ……。どうして交換なんかしなきゃいけないの……?」


「シッ! 静かに、何か聞こえてこないか?」


 俺はわざとらしく口の前に人差し指を立てる。そして、スマホの音量を上げてシークバーを操作していく。


『――ええ、RMT業者を雇ってスカイの出品物を落札させたのは私……ジジッ……私の名前は真田 愛里沙……』


「俺のアカウントが()()()に不正BANされたせいで、このヘッドセットは使い物にならなくなってしまってね。こうなった責任を取るのが人として当然の行動だろう? まあ、高価な機械だし、奪うのは可哀想だから、交換ってことで目を瞑ってあげるよ」


「そ、そんな……」


「それに、お前が俺のアカウントを凍結するのに工作をしたこと、これって犯罪、或いは訴えれば勝てる案件じゃないか? 今までの会話は全てスマホのバッググラウンドで録音させてもらっているし、これらは十分証拠として成り立つだろう。つまり、提訴するかどうかは全て俺次第ってワケだ。じゃあ、アリサ、お前が次にどう行動すればいいか分かるよな?」


 俺は息をつかせる暇も与えないほど素早い口調で捲し立てていく。“訴える”なんて非現実的な単語を混ぜることでアリサの表情は絶望に染まっていく。


「……あ、IDはARIARI3、パスワードはqwerty」


 アリサはまるで洗脳されたかのように、DOMのログインIDとパスワードを漏らし始める。


「物分かりが良くて助かるな。おっと、嘘は言うなよ、嘘だって分かった瞬間……?」


「そ、それなら、ここで確かめてみればいいじゃない!」


 アリサは悔しそうな顔をしながら言ってくる。声の調子で分かるが、まあ、嘘ではないだろう。


「オーケー、信じよう。それにしてもパスワード、単純すぎやしないか? 不正ログインでもされたら大変だし、後で難しいやつに変えておくよ。……ああ、分かっていると思うけど、フィロソフィや他の人にこのことは絶対に言わないように。もしフィロソフィから連絡が来ても無視しておくこと。言ったらどうなるか分かっているだろう?」


「……訴えるつもりなんでしょう。退学は嫌だし、お金なんか絶対払えないもん。だから絶対に訴えるのはやめて!」


「だめだな、頼み方に誠意が感じられない」


「す、スカイ様、こんなことをしてしまい申し訳ありませんでした……どうか、訴えるのだけはやめてください……!」


 アリサは顔を涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃにしながらそう叫び、地面に手をついて頭を下げる。せっかくの美少女も台無しだよ。だが、ようやく事の重大さを理解出来たようだ。ま、手遅れなんだけどね。そんなアリサの無様な姿を見ていたらなんだか笑いがこみ上げてきた。


「アハハ! よく分かっているね! アリサが約束さえ守れば、訴えることはしないから安心してくれ。ほうら、ご褒美の地面に落ちていたハンカチだ、これで涙を拭くといい。今日はありがとう、君に会えて本当に良かったよ。もう二度と会うことは無いだろうけどね! それじゃ!」


 人差し指と中指を上にピッと立てて俺はその場から立ち去ることにした。アリサの泣き叫ぶ声が後ろから聞こえてくる。


 まあ、約束通り訴えることはしないだろう。でも拡散しないとは言っていない。すっかりアリサは後出しの印象操作で“訴える”ことだけに固執してしまったようだがね。さあ、写真+音声データ拡散後のアリサちゃんの将来はいかに!? ってな感じで色々と想像しながら帰路に着く。アリサのアカウントと紐づけされてあるVRヘッドセットがやけに重く感じた。疲れがたまっているのかもしれない。


 後ろから強い風が吹いて、俺のTシャツを揺らす。なんだか寒いなあと思ったら既に陽が沈んでおり、セミの大合唱も聞こえなくなっていた。

最近忙しいので次回の投稿は来週あたりになると思います。

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