#11 八百長試合
『ユリア、これからギルド戦を行うけど時間大丈夫か?』
『ええっギルド戦ですか? 時間は大丈夫ですけど、ディアボロスのメンバー2人しかいないんですよ! 絶対勝てないですって!』
ギルド戦を行うことを連絡すると、予想通りの反応を見せてくれたユリア。ここまで良い反応をしてくれるとなんだか楽しくなってしまう。
『心配はいらないよ、俺のフレンドがギルドランクを上げるのに協力してくれるんだ。まあ、八百長試合のようなもんだ。模擬戦だと思って気楽に参加してほしい』
『それならいいのですが……。あ、そうだ。シエルさんのフレンドさんにもちゃんと挨拶しておきたいです』
ユリアに言われ、俺はちらりととっしーの方を見る。なんと、その辺を通りかかった女プレイヤーにナンパをしているではありませんか。油断も隙もない奴だ。
『会わせても大丈夫かな……』
『?』
『……いや、気にしないでくれ。じゃあシャルーアの町の酒場前で合流しよう』
『はい、分かりました!』
≪シャルーアの町・酒場前≫
酒場前に集まった俺たち3人。軽い自己紹介を交わした後、とっしーは「お前の新しい彼女?」なんて冗談を言ったせいでユリアは赤面してしまった。馬鹿なこと言うんじゃねーと、俺はツッコミを入れたけど、変な空気になってしまった。ここは何か違う話をして空気を変えなければ。
「……そういえば、ユリアにはギルド戦のルールを説明していなかったな。この際だからギルド戦について説明しておこう」
「は、はい……」
俺はユリアの目を合わせないように機械的に説明を始める。
ギルド戦を開始すると、まずはギルド戦専用のフィールドに自動的に飛ばされる。そのフィールドは荒野だったり、山岳地帯だったり、
月替わりで変わるんだ。
そして、そのフィールドにフラッグが7個散らばって置いてある。そのフラッグが勝敗を決めるアイテムになるのだけど、7個相手の陣地にあるゴール地点まで持ち込めば勝利。1個ずつ拾って相手の陣地まで持ち込むという手段もあるけど、30秒後にはせっかく持ち込んだフラッグが元の場所まで戻ってしまうので、7個揃えてから相手の陣地に持ち込むのが一般的なんだ。
勝利条件はこんなものだけど、人数が多ければ多いほど有利になるわけだから、人数を減らそうとプレイヤー同士で殺し合いを始めるわけだ。HPが0になったプレイヤーは、20秒間のデスペナルティが課せられる。20秒間と聞いて短いと思う人もいるかもしれないけど、前線に復帰するまでの時間を考えるとかなりものだ。
ちなみに、フラッグは一人何個でも持てるのだけど、フラッグを持っているプレイヤーは旗持ちと呼ばれていて、持つ数に応じてマーカーの光の強さが変わるため、相手から狙われやすくなる。フラッグ持ちを倒せば、そのフラッグを相手から奪うことが出来るので、それはもう、サファリパークに生肉を持っているような気分が味わえるわけだ。
制限時間は10分、時間内に勝負がつかない場合は、現在フラッグを多く持っているギルドの勝利となる。
【ギルド《ダークシャドウ帝国》からギルド戦を申し込まれました】
「説明長すぎるわ。さっさと始めるぞ」
説明の途中だっていうのに、とっしーは俺の話を遮ってギルド戦を申請してきた。突然出てきたその厨二病全開のギルド名に思わず吹き出しそうになるが、耐える。
気が付けば変な雰囲気もいつの間にか消え失せ、ユリアは熱心に俺の話を聞いてくれていた。
「はいはい――そんなわけでユリア。練習だと思って俺と一緒に旗持ちをやろう」
「はい、頑張ります! とっしーさん、よろしくお願いしますね」
そう言ってユリアはぺこりと頭を下げる。とっしーは俺の近くに寄ってきて、「ユリアってメッチャいい子じゃん」とこっそり俺に耳打ちをしてきた。
「……あとで見抜きお願い出来ないかな?」
更に近くに寄ってきてとっしーは馬鹿みたいなことを言いだしたので「アホか」と、腹パンをお見舞いしてやった。悶えながらその場で小さくなるとっしー。ユリアは何があったのかよく分からない、というような不思議そうな表情をしていた。
≪ギルド戦専用エリア・山岳地帯≫
俺たちが降り立ったのは、山岳地帯のてっぺん。てっぺんって言っても、このフィールドは紙を山折りにしたようなもので、視界の両脇は下り坂になっている。こういうのを稜線って言うんだっけ。坂はなかなかの急な斜面である。地面の質はボロボロと崩れてあまり足場が安定しない。
とっしーの陣地も俺たちの陣地と丁度向かい合う形で同じ稜線上だろう。一番近くに見えるフラッグは下り坂の途中にあるので、一度ここから降りて取ってこなければいけない。他のフラッグの斜面の途中にありそうだ。
「ユリア、俺は右側にあるフラッグを取ってくる。ユリアは左側を頼む」
「分かりました!」
二手に分かれて7つのフラッグをかき集める。ギルド戦と言っても敵の居ない八百長試合なので気持ちも楽だ。本当のギルド戦はランクに関わってくるので、殺伐としたものになるだろう。いやあ恐ろしいね。
フラッグを1つ、2つ、3つ手に入れた。とりあえず、こちら側にあるのはこれくらいだろうか。チャットでユリアの方の状況を教えてもらおう。
『ユリア、こっちはフラッグを3つ手に入れた。そっちはどうだ?』
『今4つ目を手に入れたところです。今からとっしーさんの陣地に向かいますね』
『分かった。俺も今から向かう』
このフィールド、山から下りるのは楽だが登るときに地面がボロボロと崩れてなかなか上りづらい。その上、体力的にきついぞ……。この坂を心臓破りの坂と命名しよう。実戦のときは下にいると身動きが取りづらくなるし、上からの突然の攻撃には対処出来ねーな……。裏を返せばこれを戦略に使えるかもしれない。
「ハァハァ……きっつ……」
やっとの思いで登り切ると、ユリアが下から登ってきているのが見えた。
「ユリア、大丈夫か?」
俺は手を伸ばす。なんかこういうシーン、CMで見たことあるぞ。
「ありがとう……ございます……」
ユリアも辛そうだった。ファイト一発、引っ張り上げて、どうにか山の稜線まで戻ってくる。少し休憩してとっしーの陣地まで歩いていく。
「実際のギルド戦はこの地形の中でプレイヤーと戦うことになるんだ。死ねるよな……」
「はい……。でも一度下見に来れて出来て良かったです」
「まあな」
とぼとぼと歩いてようやく自分の陣地で仁王立ちして待っているとっしーが見えてきた。
「よう、お疲れ」
腕を上げて、余裕の表情を見せてくる。とっしーは何も動いていないから当たり前か。
フラッグを俺とユリアで合計7つ、敵の陣地内に入れてゴールイン。
ピピーッ!
【ギルド《ディアボロス》の勝利です!!】
【ギルドランクC→Aにアップしました!】
ギルド戦終了の効果音の後、試合結果を告げるウィンドウが目の前に表示される。その上昇幅に俺は目が飛び出そうになった。
「やった、一気にAランクまで上がったぞ! 」
俺はつい、声に出して叫んでしまう。恐らく低ランクが高ランクに勝ったことでボーナスポイントが加算されたんだと思う。まるでチートじゃねえか。とっしーには感謝しかない。
「おめっとさん。こっちはランクBまで下がったぞ。俺に感謝しやがれ!」
ドヤ顔のとっしー。
「ああ、これが八百長試合じゃなかったら下克上だな。感謝してるよ、ありがとな」
「いいか? この機会、絶対無駄にはするなよ?」
ニヒルな笑みを浮かべてくるとっしー。俺は深く頷く。そして、俺はもう一つある提案をしてみることにした。
「なあ、とっしーも俺たちのギルドに入らないか? お前が居てくれたらいい戦力になると思うんだけど、どうかな?」
とっしーは少しだけ考え込むような素振りを見せて、眉を八の字にして頭を掻く。
「せっかくの誘いだが、やめとく。さっきも言ったけど、俺はいつVRヘッドセットを没収されるか分かんねーんだわ」
「でも」と言いかけたところで、俺の言葉はまたしても途中で遮られた。
「それに、俺が抜けたらこのダークシャドウ帝国は無くなっちまう。くっさいこと言うけど、このギルドを俺の墓場にしたいんだわ」
そう言ってとっしーは照れ臭そうに笑う。俺はラストエンペラーの決意にそれ以上何も言わなかった。




