#10 ナイス友情
とっしーっていうのは、俺がBANされる前に、天使の宝玉を渡そうとした相手であり、スカイのときに知り合った仲の良かったフレンドである。彼もなかなかの強プレイヤーで、自分でギルドを結成して、なんとSランクまでギルドを育て上げていた。
誤解が無いように言っておくが、仲が良いと言っても青春漫画に出てくるような汗と涙の美しき友情とかそういうのじゃない。例えるなら調理手順を見ずに作ったカレーライスにゲテモノをぶち込んだような、何でもありの悪友みたいな存在である。
そんな存在だからこそ何でも話せるのだが、彼は現在中学3年生。母親は教育ママらしくて、受験勉強のためにスマホとVRヘッドセットを没収されたらしい。没収前には「俺に連絡しても出ねえから連絡すんなよ」と年下にも関わらず舐めた口でわざわざ教えてくれたのだった。教育ママのもとで育ったのに、どうしてこんな性格になったのか甚だ理解できない。
連絡が取れれば、俺の愚痴の一つや二つ聞いて欲しかったのだが、こんな状態なので来年になるまで連絡も取れないものだと諦めていた。
とっしーからのメッセージはこんな内容だった。
『受験勉強なんてクソ食らえだ。今からDOMにログインするから一緒に遊ぶぞ』
教育ママに怒られないのか疑問だったが、こうして連絡が取れるのは正直嬉しい。例えそれがジャイアンのような言い方でも、だ。
だが、とっしーは俺が垢BANされたことを知らない。まずはそこから話さねばいけないのだ。メッセージで『長い話になってしまうがいいのか?』と確認を取ったら『いいから話せ』と乱暴な返事が返ってきた。
俺は最後まで聞けるもんなら聞いてみろ、と言わんばかりにメッセージを連投していくことにした。
話は彼女だったアリサのことから始まり、フィロソフィに寝取られたこと、一方的にギルドから追放されたこと。そしてフィロソフィに嵌められ、垢BANに追い込まれたこと。新たなアカウントで始めたことなど、今までのことをまとめて話した。
聞き終えたとっしーは、いたわりの言葉なんか掛けてくれるはずもなく、『じゃあ、どうやってそいつらに復讐をする?』と当たり前のように言ってきた。
ああ、お前はそういうやつだ。回復タイプでも、防御タイプでも無くて、ひたすら攻撃の猪突猛進タイプなんだよ。
俺はまず、掲示板を使って虚偽の既成事実を作り上げることを伝えた。
『じわじわと行く感じか』
『いや、最終地点は垢BANさせてやることさ』
『それだけで終わらすのは惜しいな。もっと地獄を味わってもらわないと』
『具体的には?』
『住所を特定して拉致監禁、そして拷問』
ここまでのぶっ飛び具合を見ると本当に中学3年生なのか疑問に思ってくる。実はパンクな感じのS気のある超絶美女の女子大生かもしれない。まあ、とっしーって名前から現実の名前は“としあき”とか“としき”とかそんな感じだろう。微粒子レベルの可能性信じるだけ無駄か。
とりあえず必要なことは話したし、あとは実際にDOM内で話そうぜというメッセージを送り、
『じゃあ集合場所はどこにする?』
『マレットの町の灯台前で』
『オーケー』
というやり取りを繰り返してようやくログインすることにした。
≪マレットの町≫
まさか行くことの無かった灯台が、こんな待ち合わせに使うなんて思わなかった。しばらく待っていると、ピンク色の派手な髪をした人間の青年がこちらにやってきた。
とっしーだ。
「遅い」
俺が文句を言うと。
「悪い、可愛いエルフが居たから見抜きしてたら遅くなった」
アホみたいな言い訳である。
「それネカマだぞ」
「知ってて見抜きをお願いしたんだ」
「ハッ、お前バカじゃねーの?」
そしてハイタッチ。これが俺たちの美しい友情の挨拶である。
「つかお前、今度は獣人にしたの? 前よりイケメンじゃん」
「お、おう」
おいおい、DOM内では2垢目ってことを仄めかすことを言わないでくれよ。もしBANされたら全てが終わりなんだぜ? ログインする前に注意したじゃないか。運営に盗聴されているのかもしれないんだぞ。
そんな俺の心境も知らずに、とっしーはメニューウィンドウを弄りながら笑い出した。
「ハハハ! おい聞いてくれよ、久しぶりにログインしたら俺のギルドメンバー全員抜けてやがるぜ。Sランクギルドだってのにこの有様だ。なあ、ウケるだろ?」
とっしーは腹を抱えて笑う。
それって、お前はギルドメンバーから捨てられたって事なんだぞ。全然ウケねーし、むしろ落ち込むことだと思うな。
「そりゃギルドのこと長い間放置していたらそうなるかもしれないけど、お前自身にも問題があるんじゃないのか?」
「うるせえ、みんなクソッ垂れだ。ゲーム内の関係なんてこんなもんだってのがよく分かったよ。傷ついて今にも病みそうだ」
全然傷ついているようには見えなかったが、それなりに落ち込んでいるらしい。
「そういやシエルさ、例のアイツに復讐するために新しくギルドを作ったんだよな?」
今度は一応配慮してくれたようだ。例のアイツとは勿論フィロソフィのことである。俺は「そうだ」と返事をすると、
「じゃあギルドのランク上げるの手伝ってやるよ」
「手伝うってどうするんだ? 俺のギルドに入ってギルド依頼でも手伝ってくれるのか?」
「そんな面倒なことしねえよ。俺のギルドとギルド戦をするんだ。俺のギルドはSランクだからな、勝てば一気にランクが上がるぞ」
とっしーはまるで面白いことを見つけたかのように楽しそうに提案してきた。ギルド戦で負ければとっしーのギルドのランクは下がることになるのに。
「そうか、その手があったか! ……でも、とっしー、お前いいのか? 頑張って育ててきたギルドなんだろう?」
「なんかギルドメンバー抜けちまったの見たら萎えたんだわ。それに、いつまでDOMが遊べるか分からないしな。今はその復讐ってやつに興味がある。俺を楽しませろ」
そう言ってとっしーはニィっと笑う。俺たちはガッシリと握手を交わした。ナイス友情。




