#09 預言者シエル
噂を広めるためには、まず多くの人に聞いてもらったり、見てもらったりする必要がある。
DOM内で「フィロソフィはRMTをやっていますよー! クズですよー!」なんて叫んだところで、周りから白い目で見られるだけで全く効果がないのは明らかだし、誹謗中傷の迷惑行為で通報されまたしても垢BANされてしまう可能性がある。よってこの案は没。
じゃあ、どうしよう。DOMのプレイヤーが多数居て、自分の身を安全な場所に置いたままデマを発信出来るような場所はあったかな。あったね。掲示板だ。
再びDOMの掲示板にアクセスしてみることにした。
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【DOM】Disappearance of Memory総合スレ part857
1 名無しさんは成り上がりたい
ここはDOMに関する話題で盛り上がるスレです
荒らしはスルーで
次スレは>>970を取った人が立ててください
2 名無しさんは成り上がりたい
>>1おちゅ
3 名無しさんは成り上がりたい
やっと立ったか
4 名無しさんは成り上がりたい
次の大型アップデートで運営がAIに変わるって噂があるんやけどマジか?
5 名無しさんは成り上がりたい
>>4
マジやで
6 名無しさんは成り上がりたい
>>4
嘘やで
7 名無しさんは成り上がりたい
どっちやねん
8 名無しさんは成り上がりたい
すまん、本当はワイが運営になるんや
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深夜だっていうのに相変わらず馬鹿みたいな話題で盛り上がっている。
掲示板というものは、名無しが過半数を占める。ここは目立つためにも、名無しではなく、コテハンで君臨しようと思う。名前は……そうだな、預言者とでもしておこうか。
まずは最初ということもあり、ストレートな書き込みを行うのがインパクトに残りやすいだろう。
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10 【預言者】
皆さんに伝えておきたいことがあります。これは真実です。
セレスティアスのギルドマスター、フィロソフィはRMTを行っています。
今は信じられないかもしれませんが、後に皆さんは信じるようになります。必ず。
11 名無しさんは成り上がりたい
なんだ?荒らしか?
12 名無しさんは成り上がりたい
コテハンくっさ
13 名無しさんは成り上がりたい
>>10
私怨乙
14 名無しさんは成り上がりたい
それより好きなラーメンの具の話をしようぜ
15 名無しさんは成り上がりたい
メンマ
16 名無しさんは成り上がりたい
チャーシュー
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まあ、最初はこんなもんか……。
預言者なんて自分でも笑ってしまうね。いくら掲示板が無法地帯とはいえ、俺の書き込みはまるで荒らしそのものだ。少々気後れするけれど、今はこういう書き込みがあったという事実が大切なのだ。今は大衆に信じられなくとも、これから信じさせるように行動していけばいいだけ。
例えば、つまらない動画とか、人気のない商品が売られていたとしよう。当然、皆からは見向きもされず、話題にもならない。
しかし、ある有名人がその動画や商品を取り上げて絶賛したとすれば、それは瞬く間に話題になり、人気のなかった物が突然流行りだして、メディアなんかが「これは最高の動画、商品です!」とか言い出して、真に受けた世間の人々も手のひらを返したりするのだ。結局、内容よりも、誰がそれを認めたかが重要なのだよね。
これは戦略的な勝利のためだ。戦争に綺麗も汚いも無い。勝てば官軍負ければ賊軍。花を咲かせるためにも地道な水やりが欠かせないのと同じように、まずはこれを定期的に掲示板に投下してこの書き込みを見る人を増やしていくことにしよう。
スマホの画面を消して、俺はベッドに倒れ込む。
ああ、今日はなんだか疲れた。時計を見れば既に午前3半時を回っている。窓から差し込む光は月の光と遠くにある電灯の明かりだけ。
呆然と夜の情景を見つめているうちに眠気が襲ってきた。自分の身体は思った以上に疲弊していたらしい。抗う気力も無く、そのまま眠気に身を委ねることにした。
◇
夏服が解禁され、学校内では冬服と夏服が入り混じる季節。
冬服を着ているとなんだか自分が守られているような気がして安心するから、変えたくないなあ、もっと冬服のままでいたいなあって、結局ギリギリまで冬服を着てしまうのだけれど。いざ夏服が終わる頃になると夏服の身軽さが恋しい、やっぱり夏服から変えたくないと思ってしまう。不思議なものだね。
何を言いたいのかというと、何かを変えなきゃって思った時に、苦痛に感じるのは最初だけってこと。初動さえ乗り越えればあとは、あとは割と何とかなるものなんだよね。これは俺の短い十数年の人生で得た教訓でもある。
今日も学校は一日中寝て過ごした。遅い時間に寝て、朝早く起こされたせいで、眠気と頭痛が尋常じゃない。少しずつ自分が壊れていくのを感じるよ。
こんな生活を続けるのも如何なものかとも思うのだが、そんな教訓を以てしても変えるつもりは無い。世間一般の高校生はやれ青春だのって盛り上がっているけど、自分にはそういったものに魅力を感じないのだ。それはDOMをやっているせいだからかもしれないけど、やってなくても同じような気がする。俺は自分でも冷めた人間だと思っているし、元々自分の心がそういうものを求めていないんだと思う。
中学のときはバドミントン部に所属して、それなりに充実した日々を送っていたけど、高校に入ってまで続けたいとは思わなかった。まあ、人間得手不得手あるしね。俺はたまたま得手に当たるのがDOMだっただけだ。
「ただいまー」
と言いながら自宅のドアを開ける。母のおかえり、という声が返ってくるのを聞いて、俺はそのまま自分の部屋のある2階へ向かう。ちなみに母さんは俺がDOMをやることを良くは思っていないらしい。
確かにDOMを始めてから、母さんとの会話は減ったし、ご飯の時間もバラバラになってしまった。親の心子知らず、子供の俺が言うのも変だが、母さんにも思うところはあるのだろう。今までの周期からするとそろそろ母さんの雷が落ちてもいい頃合いだが、それに怯えているようじゃ復讐なんか達成できない。恐れずに変わらない日常を送るのみだ。
日課の掲示板で例の噂を流して、DOMにログインしようとしたところでスマホが鳴る。
なんだ、なんだと見てみると、スカイのときに仲が良かったフレンドの『とっしー』からメッセージが届いていた。




