処方箋と男
ウエイトレスが俺の方へやってくる。
「あのお客さんなんだったんですか?なんか急いでるっぽかったし、薄気味悪い」
「あぁなんでもないよ。ただの予約さ」
と、流し気味に答え、さらに続ける。
「あの45番テーブルのお客さん、やっぱりガトーショコラ出すから、手違いがあったって説明してきて」
ウエイトレスの女の子にそう伝えると、急いで厨房に戻る。
45番のお客さんはまだ帰ってない。
急いでガトーショコラを作った。
調味料は赤と紫と緑で、赤はチョコレートに混ぜる。紫は卵に、緑は無塩バターにほんの少し。隠し味にジンジャーの風味をつける。
やはりプロである以上殺しの依頼だろうが手は抜けない。
あっという間にガトーショコラが完成し、呼び出しベルを2回鳴らす。
「これよろしく。今日最後の仕事だから」
ウエイトレスの女の子が少し嫌そうな顔をしながら、ガトーショコラを持って厨房を出る。
厨房の小窓からホールを覗くと、45番テーブルのお客さんに先ほど作ったガトーショコラを出している。やはり彼女はプロだ。その接客中の彼女の笑顔はまるで女神のよう。これだから女性には頭が上がらない。
お客さんは美味しいそうにガトーショコラを食べている。それは良かったが、残念ながらこのガトーショコラが彼の人生最後のデザートになる……はずだった。
俺は仕事ではミスはしない。
しないというのはした事がないからだ。
まさかこの一件が最初で最後のミスになるとは、この時は思わなかったのだから。