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背伸びのキスはチョコの味  作者: 鈴野あや
4/5

四話

 三年生の女子生徒たちに脅されてから、梨衣は図書館に近づけないでいた。行こうとする度に足が竦んで動けなくなってしまうのだ。

 図書館に通うほど本好きであることを知っていた杏奈は、梨衣を心配してくれていたが、杏奈には事情を伝えるわけにはいかなかった。伝えてしまったら、絶対に杏奈は三年生の教室に乗り込んで、言い返してくれる。言い返して終わり、ならいい。でも杏奈がそのせいで仕返しにあってしまったら。そう思うと、口が裂けても伝えられるはずがなかった。

 図書館に行かなくなってしまったせいで、帰宅時間が早くなってしまった梨衣はどうにか時間をつぶそうと、誰もいなくなった教室でお気に入りのミントチョコを食べながら、自前の本を読んでいた。図書館で飲食禁止だが、教室で自分の本を読む分にはなにをしても自由だ。

 もう何度も読んでしまった本、けれど気に入っている本。それを毎日毎日繰り返し読む。それを何日繰り返しただろうか。冒頭部分だけなら、もう本を見ていなくても、一言一句違わずに言えてしまいそうだ。

 日が暮れて、下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。

「もう、帰らなきゃ」

 机の上に置いたミントチョコが入った袋を見れば、残り一つしか入っていなかった。それを口の中に入れ、幸せを噛みしめる。

 本を鞄の中に入れると、ふいに教室の扉が音を立てて開いた。

「あ、ここにいた」

「茅野、先輩……」

 扉の向こうにいたのは、千隼だった。髪色も、顔もよく見れば違うのに、雰囲気が似ているせいで千佳かと思ってしまった。千隼だと認識した瞬間、気持ちが落ち込んだのを感じた。

(なんでこんな失礼なこと思うの。それに、千佳くんとの約束を破ったのは、私の方。もう会う資格なんて、ないんだから)

 心の中で自分を責める。

「ねぇ、あれから図書館に行かなくなったんだって? 千佳が心配をしていたよ」

「それは……」

 千佳が心配をしていた。その言葉を聞いて、嬉しくなってしまう自身が嫌になる。

「もしかしなくても、俺のせい、だよね。ごめん、千佳が女の子と仲良くしてるって話、初めて千佳の口から聞いたから嬉しくなっちゃって。それで押しかけちゃったんだ」

 その言葉には、嘘を感じなかった。

 千隼の話によると、茅野兄弟は容姿に恵まれていたこともあって、小さい頃からモテていたらしい。それでもそれは容姿を好きなのであって、茅野兄弟自身が好きなわけではない。それに気づいた千隼は、自身も皆に見てもらう努力をした。けれど千佳はそれに気づき、女子というものが嫌いになってしまったらしい。

「千佳の顔に興味を持つことなく、最初は壁を作ってたんだったね」

「はい……」

 顔がどうこうなんて、人見知りが勝った梨衣には関係なかった。だから千佳とは話していくうちに仲良くなったのだ。

「それが嬉しかったんだってさ、千佳は。好きでもなかった読書が大好きになるくらいに」

「え……?」

 本が好きではなかった。その事実に思わず声を上げてしまう。図書館ではいつも本の内容を語り合っていた。語り合うなんて、その本が好きじゃないとできないはずだ。

「だからね、そんな梨衣ちゃんだからこそ、生徒会に入ってほしかったんだ。俺の周りに生徒会に入りたい生徒はたくさんいる。でもそれは俺の容姿に惹かれて、が大半の理由だから。ただ、今回の誘い方は俺が悪かったけどね」

「…………」

 フォローをする気もなかった。梨衣はそんなお人よしでもないし、千隼の言う通り、千隼が教室に来なければ、三年の女子生徒に目をつけられることもなかったのだから。

「でも、それで俺を避けるのはともかくとして、千佳を避けるのは間違ってると思うんだ」

「わかってます、でもっ……」

 怖い。千佳と会うために図書館へ行くのが怖かった。頭の中で何度も女子生徒が口にした言葉がこだまするからだ。

「昔、仲が良かった女の子が俺にもいてね。でもその女の子は影で女の子たちにいじめられて、俺に近づかなくなってしまったんだ。そのときはなんでだろうって思ってた。あとでいじめられてたって聞いたときは、本当に悔やんだよ。なんで話を聞いてあげなかったんだろうって。だからさ、梨衣ちゃんにはそうなってほしくないんだ」

 暗に、梨衣もそうでもないのかと聞いていうのだろう。

 千隼は梨衣の頭を手を乗せると、優しく何度も撫でてきた。

「何かあったら、千佳を頼ればいい。それに杏奈ちゃんも。二人とも梨衣ちゃんを見捨てるような子じゃないだろう?」

「頼ってもし、杏奈ちゃんが仕返しされたら?」

 千佳が仕返しされることはない。それでも杏奈が仕返しされることは十分に考えられる。

「そのときは俺を頼ってくれてもいい。こう見えて、信頼できる友人は結構多いんだから」

 千隼がそういうのだから、本当にそうなのかもしれない。そう思うと、なんだか笑いがこみげてきた。

 小さく笑えば、千隼もつられて笑っていた。

「おい、なにしてんだよ。二人で」

 声が廊下の方からした。声の方に顔を向けると、そこには悲しそうな顔をした千佳がいた。

「梨衣先輩。あんた俺をダシにして、兄貴を狙ってたのか」

「ち、違っ」

 完全な誤解だ。けれど今の状況だけ見れば、そう見えてしまうのかもしれない。千隼が梨衣の頭を撫でて、お互いに笑っていたのだから。

「千佳、これは誤解だ」

 千隼がすぐに誤解を解こうとするものの、千佳の耳には届かなかった。

「誤解? 梨衣先輩はあの騒動から図書館に来なくなったっていうのに? どこが誤解だっていうんだよ。梨衣先輩を好きになってた俺も馬鹿だし……最低だな、二人とも」

 傷ついた顔をしていた。傷ついた顔をして、梨衣に告白まがいのことを言った。

(私を好き? 千佳くんが?)

 こんな状況にも関わらず、ドクンと胸が高鳴る。異性に好きだなんて言われたことがなかった。言ったこともなかった。

 梨衣に背中を向けて、千佳は走りだしていた。

(なにか、なにか言わきゃ)

 そう思うのに、拒絶されることが怖くて、その一歩が踏み出せない。

 そんな梨衣の背中を押してくれたのは、千隼だった。

「いいの? 今行かなきゃ絶対に後悔するよ。……行っておいで」

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