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背伸びのキスはチョコの味  作者: 鈴野あや
3/5

三話

 まるで嵐が去った後のようだった。

 教室は茅野兄弟が来たことで、一時はざわざわと盛り上がっていたが、遅れて先生が授業をしに教室へ来たことで一旦は静まり返る。それでも静まったのは、授業の時間だけ。五限と六限の間にある休憩時間と、授業が終わった放課後、クラスの女子生徒からいくつも質問をされてしまった。ある程度は杏奈が間に入ってくれておかげで、深く突っ込まれることはなかったが、それでも興味津々の彼女らの質問は終わらない。

 兄弟揃って、整った顔をしている千佳と千隼は、梨衣が思っていたよりも校内では有名な存在だった。学校来れば、本を読むか、授業を受けるか、杏奈と会話をするかの三択しかなかった梨衣は、学校の噂にとことん疎かった。だから生徒会長である千隼だけでなく、弟の千佳まで有名だとは知らなかったのだ。でもよく考えてみれば、あれだけ顔が整っているのだ。当然なのかもしれない。

 クラスの女子生徒曰く。

 兄は成績優秀で人当たりもよく、クラスの中心となる存在。

 対して弟は、スポーツ万能ではあるものの、付き合いは狭く深く。

 見た目はそっくりなのに、真反対な性格をしているらしい。それでも兄弟仲はいいとか。彼女らよりもよほど梨衣の方が千佳と接する機会は多いはずなのに、なぜか梨衣よりも千佳たちのことに対して詳しかった。

(なんでだろう。なんかモヤモヤする……)

 ただ彼女らは知っている情報を教えてくれて、なぜ梨衣が千佳たちとあれほど親し気なのか聞いてきているだけなのに、心はどこかどんよりとしていた。

「ねえ、聞いてる? 楠さん」

「あ、ごめん」

 そんな自身の心に首を傾げていたせいか、彼女らの話を上の空で聞いてしまっていた。それをどう捉えたのか、耳の痛い言葉を投げられた。

「生意気。陰気キャラのくせに」

 誰が口にした言葉なのかはわからない。小さな声で呟かれた言葉はしっかりと梨衣の耳に届いていた。

(自分が陰気キャラだってわかってる。私だって、目立ちたくて目立ったわけじゃない)

 心の中だけではなくて、杏奈のようにはっきりと口に出して言えたらいいのに、中々行動に移すことができない。そんな自分に腹が立って、机の下で硬く拳を握りしめた。


(皆と話していたら、遅くなっちゃった)

 約束といっても、千佳の一方的なもの。それでも、毎日放課後に図書館で千佳と本を読むことを楽しみにしていた。

 時間を気にしている梨衣に、杏奈が目ざとく気づき、ブチ切れるという演技をしてくれたおかげでこうして開放してもらえることができた。明日にでも、お礼にお菓子を買っていこう。そう心の中で決めて、図書館へ向かうために速足で廊下を歩く。

 階段を昇れば、図書館は目の前だ。千佳がいつもの時間より一時間以上過ぎてしまった梨衣を待ってくれているのかはわからない。それでも向かわないという選択肢はなかった。

 しかし図書館へ続く階段を登ろうとしたとき、誰かに腕を引っ張られてしまった。バランスを崩しそうになるが、まだ階段を登る直前だったこともあって、どうにかバランスを保つことに成功をする。

 腕を掴まれた相手の顔を見れば、その顔は般若のような形相をした女子生徒だった。その女子生徒の周囲には友人と思われる女子生徒が三人。誰もが梨衣を険しい表情で見ていた。

(え、どうして?)

 どの女子生徒の顔にも見覚えはなかった。視線を校内シューズにやれば、色は梨衣と違うものだった。

(この色は、三年生のものだ)

 三年生の顔見知りといえば、千隼しかいない。知らない間に、粗相でもしてしまったのだろうか。自身に問いかけてみるものの、心当たりはなかった。

「あんたさ、二年の楠梨衣だろ?」

 梨衣の腕を掴んだままの女子生徒が話しかけていた。声の冷たさにびくりとしてしまう。それがいけなかったのだろうか。女子生徒は苛立ちを顕わにして、梨衣に顔を近づけてきた。

「千隼くんと千佳くん。あんたどういう関係なわけ?」

(ああ、そういうことか)

 女子生徒の疑問に全て納得がいった。

 昼休憩の間に千隼が梨衣の元まで来て、千佳が騒ぎを止めたというのは三年生の間でもすでに噂になってしまっていたのだろう。これまで注目を浴びたことすらなかった梨衣は、まさか噂が回るのがここまで早いとは思いもしなかった。

「なに、無視?」

「いや、その、そういうわけじゃ……ない、です」

 女子生徒の怒りに、身が竦み、どもりながら返事をしてしまう。

「よくそれで千隼くんと千佳くんに取り入ったね」

「取り入ったわけじゃ。ただ、千佳くんとは趣味が一緒で……」

「は? あんたと千佳くんが? そんなわけあるはずないしょう」

「ほ、本当です!」

「千佳くんは運動神経抜群の、格好いい男子なの。あんたみないな目立ちもしないただのチビが近くにいていい存在じゃないのよ」

 女子生徒の言葉がズキンと胸に刺さった。

 近くにいる、いないは梨衣の自由で、それを許す、許さないも千佳の自由だ。目の前の女子生徒が決めることではない。そう声を大きくして言いたかったのに、怖がりな梨衣はそんなことすらできなかった。

 梨衣の目が涙ぐんできたのを見ると、女子生徒は気をよくしたように笑った。

「てことで、今日から二人に近づかないでよね」

 女子生徒は梨衣に釘を刺すようして、この場を去っていった。

 廊下にぽたぽたとこぼれ落ちた涙を、歪む視界でただ見ていた。

 階段を登れば、千佳が待っているかもしれない図書館がある。けれど図書館に行こう思っても、足がいうことを聞いてくれなかった。

(ごめん。約束、破ってごめんね、千佳くん)

 梨衣は心の中で千佳に謝り続けた。

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