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背伸びのキスはチョコの味  作者: 鈴野あや
2/5

二話

 けれどあっさり引き下がったわけではないとわかったのは、その次の日のことだった。

 昼の休憩時に、千隼が梨衣のクラスまでやってきたのだ。

 生徒会会長ということもあって、千隼の顔を知っている人は多い。思いがけぬ千隼の存在に、梨衣は肩をびくつかせ、クラスの女子生徒は色めきだった。容姿端麗な千隼は、その容姿を武器にすることなく、誰にでも気さくに話しかけるし、話しかけたら優しく応えてくれる。そんな噂を耳にしたことがあった。だからなのだろう、学年問わず人気があるのは。

「梨衣ちゃん、いる?」

 そんな人物に名前を呼ばれてしまった。それもちゃん付けという親しみのある呼び方付き。クラスの女生徒の視線が梨衣へと注がれ、一気に注目を浴びる。

 元々クラスでは大人しい方で、友人と呼べる人も少ない。そんな数少ない小学校からの友人の一人、藤崎杏奈の背に隠れてしまった。

「ちょっと、梨衣。一体あんた何をしたのよ」

 杏奈は梨衣の行動に溜息をつきながらも、自身の背に隠れる梨衣を突き放すようなことはしなかった。やはり持つべきものは友人である。

 しかし無情にも、千隼は目ざとく梨衣を見つけると、その背から強引に引っ張り出されてしまった。

「見つけた、梨衣ちゃん。なんで隠れてたの?」

(貴方から逃げたかったんです、とはとても本人には言えない……)

 梨衣は千隼から目を逸らしながら、なんとなくです、と言った。苦し紛れの返答に、千隼は気を悪くするどころか、上機嫌な声でそっかと言われてしまう。なぜそんなに嬉しそうなのかと思い、一瞥すれば、そこにはイケメンの笑顔があった。その笑顔の持ち主である千隼から逃げろと、脳内で警鐘がなる。警鐘通りに足を一歩、後ろへ引くと、右手をがっちり千隼に掴まれてしまった。

「逃がさないよ? 生徒会に入ってもらうまでは、ね」

「ひぃ……」

 友人が少ないイコールあまり人と話したことなかった梨衣は、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。そんな梨衣を見かねてなのか、杏奈が助け船を出してくれた。

「茅野先輩、この子とどういう関係なんです? あまり人と関わるのが得意な子じゃないので、からかいとかの類なら、他の子にお願いします」

 物怖じしない態度で、梨衣と千隼の間に体を割り込ませると、迷惑だと言わんばかりに千隼へきつく言い放った。

「杏奈ちゃん!!」

 そんな杏奈の姿に感動をし、杏奈の名前を口に出してしまう。杏奈は梨衣の方に振り向くと、頭を撫でてくれた。

「小動物みたいで可愛いね」

 しかし杏奈の物言いに引くどころか、全くの無視で話しかけてくる。それどころか梨衣を小動物みたいと表現してきた。これにはさすがの杏奈も怒るかと思いきや、意外にもその顔にはドヤ顔が浮かんでいた。

「当たり前。うちの梨衣が可愛くないわけがない」

(杏奈ちゃん、そこ張り合うところじゃないよ……)

 杏奈が梨衣の褒め、それに千隼が同意する、という謎の会話が続き、杏奈に心の中で突っ込みを入れる。

 それは終わりを知らず、午後の授業を知らせるチャイムが鳴っても続いていた。

 梨衣本人といえば、人前で褒められることに慣れておらず、杏奈の背で顔を赤らめるだけだった。誰か助けを乞おうとするものの、クラスの中に杏奈ほど仲がいい友人はいない。ならば杏奈が仲がいい友人に、と視線を向けるがものの見事に逸らされてしまった。

(うう……)

 しかもこんな時に限って、次の授業の先生がいつまでたってもやってこない。どうしようかと途方に暮れていると、任せてと耳元で誰かが囁いた。

「え?」

 その人物は千隼とほぼ同じ高身長で、よく知る声の持ち主だった。後ろ姿を視線で追っていくと、その人物――千佳は千隼の胸倉を掴みあげた。

 女子生徒の悲鳴が上がる中、その一切を無視して、千佳は低い声を出した。

「兄貴、なに梨衣先輩に迷惑かけてんだよ」

 今まで聞いたことのない声に、梨衣までぴくりと肩を揺らしてしまう。しかし千隼はさすが兄弟というべきなのか、表情を変えることはなかった。

「迷惑かけたのは謝るよ。ごめんね梨衣ちゃん」

 けれどさすがにここまで目立ってしまっては、罪悪感というものがあったのだろう。梨衣の方に目を向けると、千佳に胸倉を掴まれたままの状態で謝ってきた。苦しくないのかなと思いつつ、その謝罪に頷く。

「いえ。……あの、千佳くんありがとう。でも、茅野先輩苦しそうだから、手を離してあげた方がいいと思うの」

「別にわざわざ迷惑かけた兄貴のことなんか庇わなくてもいいのに。本当に梨衣先輩は優しいんだから」

 梨衣の言葉にぶつぶつと文句を言いながら、千隼の胸元から手を離した。それにほっと息をつき、再度お礼をする。

「そんな気にしなくていいよ。俺が来たのは、兄貴が一つ下の学年に押しかけてるって廊下歩いてるときにたまたま聞いたからだし。一年の廊下までくる噂にまさかと思って来てみれば……」

「ごめんって、千佳。そこまで悪気はなかったというか、梨衣ちゃんに生徒会に入ってもらたかったというか」

 ジト目で千隼を見る千佳に思わず苦笑をしてしまう。

「とにかく、兄貴は連れて帰るんで。ほら、兄貴行くぞ。……梨衣先輩、また放課後図書室で」

 兄である千隼の腕を引っ張りながら、教室の外へ出ていく千佳は、去り際に梨衣に約束を残して去っていった。

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