デートの約束
冬休みは部活が無い。
先生たちだって家庭も有るだろうし、部活が休みになるのは仕方がないけれど、井口先生に会えないのは残念でならない。寒稽古は相変わらず道場のに参加しているので、ここでも会う事は叶わなくて寂しいけれど、『三か月半で誕生日を迎えるのだから』と自分を抑える。
今年の初詣は、美紀ちゃんと真理佳ちゃんと三人で済ませて、今は福袋を買いに都心まで出て来ていた。
「翔真君の様子は?」
「卒業くらいはして貰わないとって、パパたちに言われていたけど。どう励ましていいのか解らなくて」
去年までだったら翔真君も一緒だったのに、今年は家に籠って出てこない様だった。
「一緒に卒業しよう、で良いんじゃない?」
「退学でもして私を悲しませるの、は?」
良い感じのアドバイスが出来ないでいて、この辺は経験不足からなるものなのかもしれない。どちらにしても、翔真君自身がやる気を起こさない限り、進展は無いだろうから見守るしかない。
買い物の方は、サイズがネックになって私だけ福袋が買えていない。背も止まってしまった訳ではないけれど、そちらの栄養が胸に行ってしまったようで、どうにもアンバランスな体型になってしまっている。
福袋は諦めて春物のコートとワンピースを買う事にした。
いつ着るのかと言えば、もちろん『成人しました』と訴える時になる予定で、少し大人っぽく見えるものを選んでみた。
新学期が始まると、翔真君の授業態度が目に余る様になって良からぬ噂が流れる。一応は毎日登校するものの、居眠りを決め込んで指されても返事もしない。真理佳ちゃんの部活が終わるまで図書室に居るようだけれど、誰とも口を利かないとのことで、結城先輩が様子を教えろと迫ってきて困る。
先生方もいろいろと説得にあたっている様だけれど、変化が無いまま学年末考査が近づき、ついに圭祐さんが切れてしまった。
授業中、翔真君を武道場まで引きずって行き、中から鍵をかけて閉じこもってしまったそうだ。慌てて追って来た先生方も入る事が出来ず、鍵を取りに行っている間に二人は出てきて、集まった先生方に翔真君が謝罪をしたのだという。
もっともそれで事態が収まるはずも無く、井口先生は校長先生に呼ばれて、部活が始まっても姿を見せないでいる。剣道部は男子も女子も浮き足立ってしまって、危ないからと帰宅するよう指示をされてしまった。
『今日は、すまなかった』
夕飯を食べていると、井口先生からメッセージが届く。
親に勘ぐられるのも嫌なので、普段通りに食事を済ませて部屋に戻って返信する。この前の電話では『沙織』と呼んでくれたので、当然ながら二人称は『圭祐さん』にしてしまおう。
『圭祐さんこそ、大丈夫なんですか? クビとかには成ってないんですよね?』
『教頭先生にはきつく注意されたが、翔真の件も何とかなりそうだ』
『殴ったとか?』
『しないよ。好きな女を泣かせて、それでも男か! って言ってやった。ビックリした顔をしていたが、腑に落ちた様で謝ってきた』
やはり両想いであったかと嬉しくなった。血が近いと遺伝子がどうのと言われているけど、昔は当たり前に婚姻関係を築いていたのだから、本人同士が幸せならば祝福してあげよう。
『ご苦労様でした。でも、無理はダメですよ』
『遅いよ。校長先生に直談判してきちゃった。まあ心配しないで楽しみにしていろ』
なんだかよく分らないけど、四月を楽しみにしているのだから無茶だけはしないでほしい。
そろそろお風呂に入ろうと準備していたら、真理佳ちゃんから電話がかかってくる。
「遅くにごめんね。ママとお兄ちゃんがさっき帰ってきて、心配かけてごめんって謝ってくれたの」
「そっか、良かったね。じゃぁ、気持ちを打ち明けたの?」
「え? そんな事しないよ。せっかく立ち直ったのに、変なこと言って避けられたらやだもん」
双方片思いなのか。可哀想ではあるけれど、こればっかりは他人が口を出せる問題ではないだろうから、先生からのメッセージは黙っておこう。
「それじゃ、ちゃんと支えてあげてね。そして、ちゃんとアピールするのよ」
「も〜、からかわないで。でも、いろいろありがとうね」
そうして電話を切ると、美紀ちゃんにメッセージを送る。
『好きな女を泣かせて、それでも男か! って言ったら立ち直ったらしい。双方恥ずかしくなかったのかな?』
『立ち合いたかったなぁ。指さしてマンガの住人かって笑ってやる』
『真理佳ちゃんから電話有った。双方で片思いを続けるみたい』
『一つ屋根の下で? 据え膳なのに勿体ない』
『なにかあったの?』
『私だけ何にもない! 私も恋がしたい!』
美紀ちゃん、進級したら素敵な人とクラスメイトになれると良いね。
進路の決まった先輩たちが部活に混ざる様になって、練習に張り合いが出た。なにしろ、三年生が不在だと先生しか相手になる人が居ないし、先生がそう頻繁に付き合ってくれるわけでもないので助かる。
そして卒業式を迎え、先輩たちはそれぞれの道を進んで行く。剣道を続ける環境に居ない人もいるけれど、たまには遊びに来て指導してくれると良いなと思う。
終業式の日は、部活は有るけど練習は無い。来年度の新入部員の為に、ロッカーやシャワー室を徹底的に大掃除して磨き上げるタメで、この時ばかりは先生の力も借りないといけない。普段は入れない圭祐さんがシャワー室に居て、普段肌をさらす場所だけに少しだけ恥ずかしい。
実は同級生の部員にも先生との関係がバレていて、何気に気を使ってくれる。話の出所を聞くと、部長引継の際に最優先事項として『二人の関係を進展させ、良き報告をするように』と言われたらしい。
そう言う訳で、今は二人きりでシャワー室に居る。
「先生、一つお願いが有るのですが」
そう切り出すと、こちらも見ずに「言ってみろ」と返してくる。シャワー室の外には同級生しか居ないはずで、聞き耳を立てている事は予想できているので緊張する。
「四月に入ったら、新学期が始まる前にデートをしていただけませんか」
「やっぱり。そこがお前らの考えるタイミングなんだな」
どうやらバレていた様で、このまま断られると思うと気落ちする。
「いいよ。一八歳の誕生日を祝ってやろう」
「良いんですか?」
「思い通りになるかは言えないけどな」
そうして約束を取り付けると、同級生に生暖かい眼差しで迎え入れられ、二年生最後の下校をする。
たぶん先輩方には良い連絡は出来ないと思うけど、言いたい事はしっかり伝えよう。