ドライブの先で
中学生としての最後の大会は、スポーツ校のスカウトが多く来ているらしくて、特に三年生の気合が可笑しな程に高い。そして、それに比例するように強引な打ち込みや当たりが多くなり、怪我をする選手も出たりしていた。
私は順当に勝ち進んだものの、無理を避けて対戦したために準々決勝までは進めずに終わってしまった。それでも、始めて二年半でここまで勝ち進めるようになったのだから、この結果に満足しよう。
一緒に出ていた翔真君は準決勝敗退でもあっさりしたもので、これで真理佳の勉強に専念できると嬉しそうに言っていた。「このシスコン!」と言ってしまったら、意外そうな顔で否定されてしまったが、誰に聞いても同じ意見だと思う。
これで部活も引退になるのだけど、道場通いは続けるつもりでいる。だって、圭祐さんに会うためには道場に行かなければならないし、打ち合いに集中すると気持ちの切り替えが出来るのだから。
そして迎えた二学期の終業式。通知表から二が無くなり、英語と音楽が三で、他は四以上が並んでいた。さらには、学校説明会で言われた偏差値も大きくクリアしているので、よっぽどのミスをしなければ合格できるだろう。美紀ちゃんも真理佳ちゃんも安全圏にはいる様なので、翔真君の将来は中学教師なんてのも有りだと思ってしまった。
入学試験の前日、六年振りと言われるほどの大雪が降った。
明け方から降りはじめた雪は見る間に積もり、下校時には足首までの積雪なのにまだ止む気配がなく、夜半には止む予報みたいだけれど、明日の朝は凍結してそうで無事にたどり着ける自信が正直ない。
靴をびしょびしょにして家に帰り着くと、風邪をひかない様にとお風呂の準備が出来ていて、ユックリ浸かって温まる。お風呂から上がると、リビングには早帰りしたらしい父の姿が有り、どこかに電話をしていた。
「おかえりなさい、パパ。今日は早く帰れたのね」
電話の済んだ父にそう声を開けると、相羽家と木下家の住所を確認された。なんでそんな事をと思って聞いてみると、学校の最寄駅にあるホテルの部屋が取れたらしく、これから準備をして、送って行ってくれるらしい。
「部屋が取れたって、翔真君はどうするの」
「ツインが二部屋だから、一部屋は相羽さん所で使ってもらうようだな」
普通に言えば妥当な案なのだろうけど、真理佳ちゃんが浮かれ過ぎちゃって受験どころではないかもしれない。それでもそんな事を両親には言えず、部屋に戻って支度をすると、後の事を考えて三列目に収まり道案内をする。
相羽家は比較的広い道に面しているので問題ないけど、木下家は細い袋小路なので近所のコンビニまで出てきてもらった。美紀ちゃんを乗せる際に、明日のお弁当代わりにとパンと飲み物を買い、どうにかホテルにたどり着いて早めに就寝する。
翌朝は早めに目が覚めて、窓の外に広がる一面の銀世界に驚く。身支度を済ませて朝食を皆で食べ、慎重に学校へ向かうと車道は立ち往生する車が多くいて、そこかしこで受験生が車を降りて歩く姿が見られた。この分だと遅刻する子も出そうな感じで、ホテルまで取ってくれた両親には感謝しきれない。
試験会場は底冷えしていたけれど、カイロもいっぱい持って来ていたので何とか乗り切れ、午後に行われた面接試験も剣道の話題に終始したので、良い手ごたえを感じた。今日は道場の日だし「良い報告が出来そうだな」なんて考えていたら、駅について忘れ物に気付いた。
それは翔真君も美紀ちゃんもで、真理佳ちゃんだけがパスモを持っていて、チャージ用に余分に持っていたお金を借りて事なきを得た。
転ばない様にゆっくり歩いて道場に着くと、駐車場に圭祐さんの車が無い。雪がひどかったから歩きなのかと考えながら入って行くと、暗い顔をした圭祐さんが事務所で座っていた。
「失礼します。あの、どうしたんですか?」
事務所の窓越しに挨拶すると、圭祐さんは時計を見上げて時間には早い事を確認し、ため息交じりに話しだす。
「ここに向かって車を走らせていたら、信号待ちの時に追突されてな。レッカーしてもらったんだが、販売店で廃車した方が良いと言われてしまったんだ」
「怪我は! 体は大丈夫なんですか?」
ビックリして詰め寄ってしまったが、痛みとかも無いようで「大丈夫だよ」と頭を撫でられて照れる。
すると思い付いた様に圭祐さんが車のカタログを二冊取出す。どちらが良いか聞いて来るので、可愛い感じの方を指さすと色まで聞かれる。悩んだ末に青い車体に白い屋根を選ぶと、その場で電話をかけて頼んでしまった。
「とりあえずは仮契約だよ。長く乗るつもりだから意見を聞いておきたくてね」
驚いている私に照れくさそうにそう答えて、「そろそろ始めるか」と事務所を出て行く。長く乗るからって事は、私を隣に乗せて走る事まで考えてくれているのだろうか。それだったら嬉しいな。
試験の時に降り積もった雪はすっかり解け、暖かな日差しの中で合格発表を見に来ると、無事に四人とも合格していた。
それぞれが母親と来ていて、まとまって窓口に行って入学手続きをする。私と真理佳ちゃんは県立高校を滑り止めと考えていたので、翔真君と合わせてこの学校で決まりとなるけど、美紀ちゃんは親の勧めで市立高校を本命にしていた。いたはずだけれど、少し揉めた後に市立は受け無い事に決まったようだった。
それにしても私立の制服は細かい指定が多くて、靴下やハンカチまで指定されている事にビックリした。せっかく親と来ているのだからと、そのまま制服を頼みに指定のお店に寄って採寸まで済ませ、給食に間に合うように学校へと向かった。
担任の先生に合格と入学手続きが済んだことを伝えると、「決定一号だな」などと言われてしまい、これから県立高校を受ける子などから羨ましがられてしまった。
家に帰り着くと、圭祐さんとメールのやり取りをする。
『無事に合格しました。約束、忘れていませんよね?』
『おめでとう。覚えているけど、直ぐでなくても良いよね』
『臆しましたか? 立場もあるでしょうから、無理はしないでいいです』
『やさしいな。週末に車が来るから、新しい車でドライブと思っているんだけど』
『ホテルとかは心の準備が……』
『わかった。この話は無かったことにしてくれ。それじゃ月曜日に』
どこで間違えてしまったのだろう。無理をしなくてもとは書いたけれど、ドライブが無くなってしまったみたいで少し残念に思ってしまう。
合格が決まったので塾も辞め、当然ながら勉強会も自然解散になってしまい、久し振りにする事が無い日曜日を迎える。美紀ちゃんでも誘って服でも買いに行こうかと、朝食の後片付けをしながら考えていると、珍しく圭祐さんから電話がかかってきた。
「今日、何か予定が有るか?」
「服でも買いに行こうと、友達に連絡しようかと思っていたのですが」
「まだだったら、俺に時間をくれないか」
これはデートのお誘い? それとも取りやめと言っていたドライブの話?
「構いませんけど、どこに行けば良いですか」
「道場に居るから、支度が済んだら電話してくれ」
直ぐにでも出られますよと答えたら、数分で家の前に車を付けてくれて出発する。私が選らんだ新車の匂いがする車に乗り、勧められるがままに携帯プレーヤーを接続してお気に入りの音楽を流す。
「納車は昨日だったんですか?」
「いつまでも代車と言う訳にもいかないし、それでも助手席を最初に使うのは、沙織が良いと思っててな」
そう言ったかと思ったら組んだ私の手を握ってきて、指を絡めるように握り返して二人して赤面する。他愛のない話をしながら着いた先は、アウトレットモールだった。
着いてから「合格祝いに、何かプレゼントをしたかった」と言われて、洋服屋を何軒か回ったけど体に合うものが無い。剣道を始めて少しは伸びたといっても、一四五センチに届かない私の背丈に合うのは子供っぽいものが大半で、今日着ている物だってやっと見つけたくらいなのだから、簡単に見つかるはずもない事は承知している。
「やっぱりこの背だと難しいですね」
「それだったら小物はどうだろう」
そう言って連れて行かれたのは時計屋さんで、ざっとショーケースを覗いて行くと、店員さんに声をかけて二つ取り出してもらう。
「俺がしているのと同じシリーズの女性ものなんだがどうだ?」
パッと見は同じに見えないけれど、文字盤のロゴマークが同じで色合いも近い。文字盤が白い物と限定の桜色があり、電池交換の要らないソーラー発電と書いてある。
ソーラーだからかブランド品だからなのか、結構なお値段なので断ると、「入学祝だから気にするな」と言われてしまい。せっかくなので桜色の方を買ってもらう。バンドの調整をしてもらって着けてみると、着け慣れないからか少し重く感じるけれど、それでも身に着ける物を貰って、彼女みたいに扱ってもらって物凄くうれしかった。
「大事にしますね」
「気にせず、普段から使ってくれ」
その後は軽くお昼を済ませて、寒かったけれどソフトクリームも食べて家路につく。さすがにキスまではお願いできないな、なんて思っていたけれど、ちょっと休憩と言って止まった見晴らしの良い展望スペースで、抱き締められて長く優しいキスをされた。
他に人が居ないからとて、恥ずかしくて嬉しくて、なにかフワフワする。幸せな気分のまま車に乗り込むと、ひどく真面目な顔で話しかけてきた。その声のトーンは低く、感情が掴み難いものだった。
「勝手な物言いになってしまうが、次に車を降りた瞬間から教師として接する。だから沙織も、生徒として接してくれ。入学祝なんて理由を付けてプレゼントまでしといて、ほんと卑怯なのは解っているが、すまない……」
「解りました。生徒としての節度を持って接します。それでも部活で接する時は、少しで良いので愛弟子として贔屓してくれると嬉しいです」
優しく髪を撫でながら「分った」と言ってもらって、そして家まで送ってもらった。
しばらくして卒業式を迎え、最後の制服姿を道場へ見せに行き挨拶を済ませる。
高校に入学して部活動が始まれば、こちらに通う時間も取れなくなるだろうし、そもそも圭祐さんから教わる事も出来ないので三年間の感謝を述べた。「時間が有ったら顔でも出せ」と言われたので、寒稽古には来たいと返事を返して道場を後にする。