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世界にひとつだけの物

 朝早めに起きると、シャワーを浴びて念入りに髪を梳かす。化粧は軽めに抑え、着るものは背伸びをし過ぎないように気を付けると、背が低いなりにも女子大生に見えなくもない程度に収まる。

 時間通りに圭祐さんが訪ねて来たので、母が用意してくれていたお年賀を携えて車に乗り込む。向かう先は圭祐さんの実家で、高速道路を使っても二時間は掛かると言われたけど、緊張で二時間なんてあっと言う間なのだろう。

「おかしな所は無いよね」

 何回目かのその質問に、緊張しすぎるのは良くないと駄目出しされて、気を紛らわせるために風景を眺める。高速を降りた後は山間の道を進むので、聞いていた通りの田舎風景を思い描いていたけれど、着いた先は何処にでも有るような普通の住宅街だった。

もっとも土地は広くて、庭付きの戸建てに駐車スペースが三台分あった。


「ただいま」

「お邪魔します」

 玄関に入ってそう声をかけると、奥から若い女性が現れる。一つ上と聞いていた妹さんの様だ。

「お兄、お帰り?。と、いらっしゃいませ。遠慮せずに上がってください」

 スリッパを出しつつ敬語で答えてくれたところを見ると、自分よりかは年上の女性を連れて来たと思っているみたいだった。まあ圭祐さんの職業柄、年下とは間違っても思わないだろう。

 奥には三人いて、良く似ている事からご両親とお兄さんだと思われる。

「あけましておめでとう。彼女を連れてきたよ」

「初めまして、橘沙織と申します。あの、明けましておめでとうございます」

 お年賀を差し出しながら、そう挨拶をする。

「はい、おめでとう、圭祐の母です。ささ、遠慮せずに座ってくださいな」

「圭祐の父です。こんな朴念仁に彼女が出来るなんて思ってもみなかったが、迷惑はかけていないかね」

「迷惑なんてとんでもないです。私が愛想を尽かされないか心配になるくらいで」


 そんなやり取りをしつつ席に着くと、早速なんだがと前置きして、圭祐さんが一方的に話しだす。

「近々この娘と結婚するつもりでいて、彼女の親御さんにも了承は貰ってきた。できれば籍は四月前、再来月の初めには入れたいんだ。それで、結納と言うか、両家の顔合わせはいつが良いかな」

「土日ならそっちへ出向く事も出来るから、向こうさんの都合で連絡くれればいいよ。な、母さん」

「えぇ。急な用が出来たってお兄ちゃんが居れば何とかなるだろうし、圭祐の方で進めて構わないわよ」

 なんとも速い展開で、私も黙って座っているしかない。そして、ご兄妹の反応は唯々唖然といったところだろうか。

「新居は暮れから借りれたから、今月中には引越しする。同居は籍を入れてからかな?  結婚式は少し後になるけどちゃんと挙げるから、そん時は兄貴たちもよろしくな」

 新しい住所と略地図を描いた紙を渡しながら、そこまで言い切った。


「もしかして出来ちゃった、とかなの?」

 会話から置いてかれていた私たちから出た、初めての言葉は妹さんのそれだった。まあ、紹介したかと思えば入籍だ新居だと話が出て、結婚式は後だと言われれば疑いたくもなるだろう。

「そんな訳ないだろ。途中で苗字が変わると手続きが大変だから、年度中に入籍したいだけだよ」

 何処となくホッとしたような空気が流れて、改めて自己紹介したりしつつ和やかに話が進んで行く。拒絶されたらとビクビクしていたのが莫迦らしいほど、すんなりと受け入れてもらえて嬉しいながらも何かを忘れているように感じていた。

 夕食の時間になり、『泊まってくのか?』『帰るよ』となって妹さんから免許を持っているのかと聞かれる。

「時間が無かったわけではないのですが、まだ取りに行っていないんです」

「じゃあ、お兄は酒ダメだね。沙織さんは飲める方?」

 そう聞かれて、さっきから引っかかっていた事案に思い至る。ちゃんと年齢の話をしていない。


「あの、まだ二十歳じゃないので……」

「そっか、幼く見えるけど上だと思っていたんだよね。あ、早生まれとか?」

「その、早生まれではないですし、同い年でもありません」

「ん? ドユコト?」

「今年の三月に卒業します。圭祐さんの勤める高校を」

 そっと窺った圭祐さんの表情は普通に笑顔で、張り付いた笑顔の妹さんとは対照的だった。

「オニイハ オシエゴニ テヲダシタ ノ カナ?」

「いや出会ったのは道場だし、その頃はまだ大学生だったから」

「チュウガクセイニ テヲ ダシ タ?」

「人聞きの悪い。付き合い始めたのは四月からで、まだ一線は越えていないよ」

「やめなさい。こんなロリコンと結婚したって幸せには成れないよ!」

 それまで棒読み状態で話していた妹さんは、急に私の方を向くと説得するかのように言い切る。

「いや、あの。五年越しの思いなので、もう遅いです」

「チュウイチ カラ……」

 とんでもない黒歴史だなと考えたけれども、当の本人たちは恥ずかしい事だとは思っていないのでスルーを決め込む。ご両親とお兄さんは温かい表情で頷いているので、今日の目的は達成できたと考えよう。


 お暇してしばらく走った交差点の信号待ち。

 別れ際の妹さんの顔を思い出してしまい、思わず吹き出す。つられた様に圭祐さんも笑い出して、同じものを思い出していたんだなと楽しくなってしまった。

 認められた安堵感からか、そこに見えた看板に目が留まって覚悟を決めた。

「あのね。このまま帰っても遅くなってしまうから、連れてってくれませんか」

「あぁ。インターまでの間に二軒あるから、空きがあったら泊まって行こうか」

 探してまではと思ったのか、今一つ覚悟が決まっていなかったのか、賭け事みたいな事を言ってきたものの、一軒目で空室があったので入る事になった。

 初めて入ったそこは普通のホテルとはやっぱり違って、一番戸惑ったのは照明スイッチが沢山ある事だった。もう、どれが何処のだとひとつずつ確認して行って、不要な所は消していくと、ダイヤルをまわして少し暗くしておいて、一緒にシャワーを浴びてからベッドへ戻る。

 こちらから誘ったとは言え、恥ずかしいのと怖いのでどうしても動きが硬くなってしまう。それでも、そっと抱きしめてくれて、いっぱいキスをしてくれて、優しく触れてくれて、始めて一つになった。

 始めては痛くて、なんだかわからないまま果ててしまわれたけれど、二度目は我慢していた声が思わず漏れてしまい、そうなったら止める事が出来なくて、終わってしばらくは顔をあげる事が出来なかった。


 裸で目覚める慣れない感覚に、それでも圭祐さんの温もりを感じて抱きつくと、腿に固い感触が伝わる。

「あの、もう一度する?」

「いや、ただの生理現象だから。問題も二つあって、ゴムが無いのと早めに出た方が人目が無いと思うこと」

 それならばする事は一つしかない。昨晩の感情を紛らわす様に、二人してシャワーを浴びたけれど、ドライヤーがポンコツで髪が乾かない。出来るだけタオルで拭き取ったものの、ブラシが通りにくいのでお団子にして誤魔化す。

 それなのに、その髪型も良いななんて言われてしまって、ちょっと恥ずかしかった。

 ホテルを出ると直ぐのインターから高速道路に入り、最初のサービスエリアによって朝食をとる事になった。昔ながらのレストランも有ったけれど、有名コーヒーチェーンに入ってゆっくりと食事をして、思い出したように家と友達用のお土産を買い込んで家路につく。

 自宅に送ってもらい二人して両親に報告をすると、顔合わせの日程を一月末で調整する事になった。場所は受験の際に泊まったホテルに入るレストランで、ここならば電車で来る事も出来るし泊まる事も出来る。

「折角だからゆっくり東京見物でもしてもらったらどうかな。職場周辺の雰囲気を感じてもらうにも良いだろう」

 父にそんな風に言われたものだから、恐縮しつつも嬉しそうな表情で日程を決めて、明日と明後日で引越しをあらかた済ますからと、話が済むと帰って行った。私は体が少し重いので、「気疲れしたみたいなので」と言って部屋に入って横になる。


 夕方になって母に起こされた。母は何かを言いかけて、それでも微笑みながら頭を撫でてくれて、「ご飯よ」と言って降りて行ってしまった。

 夕食を取りながら、昨日の妹さんとのやり取りを話して聞かす。

「妹さんって大学一年なんだけど、まさか自分よりも年下を連れて来るとは思っていなかったみたいで、夕飯の時にお酒が飲めるか聞かれてね。まだ飲めませんって言ったら、それまで敬語だったのがタメ口に代わっちゃって。早生まれでも同い年でもありませんて言ったら、ピンときたみたい」

「ふつう考えたら、高校の教師が在学中の教え子を連れて挨拶には行かないな」

「それはそうだけど、計算が早かったよ。知り合ったのは大学生の頃だって聞いて中学生だと分っていたし、五年越しと言ったら中一だって直ぐに分ってた」

「道場に通い始めたのは、それが理由なのですか? 相羽さんもと言うから許しましたが、通っているのは翔真君だけで、もしかしたらと思った事も有ったんですよ」

 冷や汗が出て目が泳いでしまったが、釈明だけはしておく。

「バスケやバレーをするには背が足らなかったし、覗いてみた道場の中で小柄な人が同等以上にわたり合っていたのを見て、これなら私でもと思ったのは本当よ。その小柄な人が受け応えしてくれて、彼方に教われますかと聞いたら構わないと言ってもらえたのも、理由の一つ」

「もういいじゃないか、蒸し返す必要も無いだろう。それだけ長く付き合ってきたんだから、逆に安心だと考えようよ」

 父が助け舟を出してくれたので、その話は終わりになる。


 代わって指輪を選ぶ話になり、圭祐さんに言われていたからと母を誘うと、宝石屋さんを紹介してくれると言い出した。

「そんな職業が有るんだ」

「宝石の買い付けや加工をして、ジュエリーショップに卸す仕事をしているのよ。お母さん達の指輪もそこでお願いして、デザインから起してもらったのよ」

 要するに『世界に一つだけの指輪』と言う事なのだろう。興味があるのでお願いする事にした。


 新学期が始まって、関係を持って初めて学校で顔を合せた圭祐さんは、それまでと変わらない態度で接してくれる。もっとも、特進や進学コースの受験対策時期にもあたるので、朝と帰りのホームルームでしか顔を合せることは無い。クラスの大半は就職が決まっているかAO等で進学先が決まっている。

 始業式の講堂から戻ると、東條さんがやって来た。

「暮れはありがと。パフェ美味しかったから、また食べに行くね」

「バイトの日に来てくれればサービスするよ。ところで、将来設計はどうなったの」

「進学先とは少し離れているけど、家も決まって家具なんかも揃い始めているよ」

「ほぉ〜。随分と話が進んだんだね。急展開? どこまで報告して大丈夫?」

「任せる」

 それを聞くと「そっか」と言って自分のクラスに帰って行く。戻った先で結城先輩たちにメッセージを送っているんだろうな。

「パフェってなに?」

 先輩たちの反応を想像していると、彩萌ちゃんが話しかけてくる。

「東條さんのお祖父さんが喫茶店を開いていて、そこのパフェが美味しかったのよ」

「いいなぁ。今度みんなで行こうよ。あと、一人暮らしするの?」

「え、しないわよ。家からでも通えるのに、一人で住むメリットが無いでしょ」

「それもそうだね。じゃ、パフェの案内宜しくね」

 この分だと近い内に案内する様だけれど、予定がいっぱい詰まっているので難しいかもしれない。真理佳ちゃんは挨拶の件を知っているので、それとなく引き伸ばしてもらおう。


 指輪に関しては宝石屋さんに来てもらって、三人で説明を聞く。

「結婚指輪に関してはサンプルを持ってきたので、気に入った物を幾つか選んでもらってデザインを決めましょう。婚約指輪は予算内で良い物を提案させてもらいます。どちらも、一般的な価格の七割位と考えてください」

「そんなに値引きして大丈夫なんですか?」

「小売店は人件費や宝石類に掛ける保険代が上乗せされるのでね。今回は卸値で構いませんから、私も損はしませんので安心してください」

 鑑定書を見せられつつダイヤを選び、そのダイヤに合う石座を選ぶなんて、随分とマニアックな買い方ではあったけど楽しかった。結婚指輪は、その場で蝋細工みたいなサンプルに追加工を施してもらい、好みのデザインでサンプルが出来る。

 どうやら、このサンプルから型を作って指輪が出来るそうだ。

 真理佳ちゃんの指輪にはダイヤが入っていたけれど、私は入れなかった。だって、世界にワンセットだけの指輪なのだから、全く同じものにしたかったのだ。予想以上に良い物が安く買えたので、真珠のネックレスも買ってもらえた。

 なんでも、葬儀の時にはダイヤとかの装飾品は使えないらしく、服装も含めて一揃え用意しないとならないらしい。


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